聖騎士レントライト
アトラ達がレモナスを出立した頃、深夜帯の帝国にて。
騎士団長としての激務を終え、寝室のダブルベッドでエルフ族の妻、エルミナと共に休眠を取っていたスコットは、ふと懐かしい感覚に襲われ目を覚ました。
「(…まただ。体の奥に染み付いた残滓が、鳴動するように騒いでる)」
これまでにも幾度か感じたことのある感覚だったが、ここ一週間前後、懐かしい現象はより顕著に感じ取れるようになっていた。
スコットは薄闇のなか導かれるようにして、壁のショーケースに収められた剣の無い鞘を注視した。
黒地の本体の先端付近に金のラインが走っただけのシンプルな鞘。これには本来、僅かに青みを帯びた白銀の両刃剣…武器型の遺物が収納されていた。
鞘自体は剣を収めるためだけに誂えた、何の変哲もないただの鞘だ。
しかし自身と三十年以上連れ添ってきたもう一つの相棒でもある。
職人が作り上げたただの鞘に過ぎないものの、これにはまだ遺物の気配が残っている気がした。
「(これほどまでに胸中が騒ぐのは、今も君がどこかでその剣を振るっている証拠なのだろうか。…レントライトくん)」
レントライト=フュリウス。
かつて騎士団に所属しながらも、帝国王政の言いなりになっていた騎士団の腐食っぷりに耐え兼ね、騎士団長スコットに単騎で刃を向けた少女の名だ。
彼女は気弱だったスコットを気迫で圧倒しつつ、彼が所有していた遺物の剣を奪い、そのまま行方を眩ませた。
あの剣は持ち主を選ぶと言われていて、剣本来の力を引き出すためにはまず、剣に認められなければ持ち上げることすら敵わない。
しかしレントライトは躊躇なく剣を手にして、スコットの右手の甲に薄い傷をつけた。
故にスコットは彼女こそ本来の剣の持ち主として相応しいのでは…と考え、今日まで剣の回収を行わずにいた。
おそらく最近特に感じられるようになったこの感覚は、彼女が正しく剣の所有者に…才覚を発揮し始めていることを、前所有者として察知しているのではないだろうか。
…そう思ったスコットの心には、不思議と穏やかさが溢れ出していた。
「(いつか彼女にも認めて貰えるように…帝国と世界をより良くするために頑張らないと)」
スコットは再び枕に頭を埋め、瞼を閉じ、微かに感じられる心地よさのなか、静かな眠りについた。
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…一時間後、すっかり日が暮れた砂漠のオアシスにて。
「くっ…………そ寒いんだが。」
「砂漠の夜はひどく冷え込みますのよ。あちらにギルド兼酒場がございますから、聞き込みがてら暖を取りましょう」
「そうですね」
私、イス、テティスの三人は、前方に見える半円型の建造物…冒険者ギルドの看板を掲げた施設に向かった。
デバイス経由でクエストを受注し、レモナスのギルドで砂漠移動用車両と砂塵耐性ロングコートを借りてやってきました、砂漠地帯。
動物どころか植物すらまともに見つけられない、どこまでも続く砂の大地…いかに生命力が薄い土地か、車内からでも窺い知れたほどだ。
何故これ程までに貧相なのか、地に降り立ってみてはっきりした。
「…この砂漠一帯にはほとんど地脈が通ってないねぇ。遺跡があるって聞いてたから、竜脈の一本くらいは走ってると思ったのに」
「言われてみれば…絶界を訪れた後だからなのでしょうけれども、大気中の魔力がより薄く感じますわね」
「や、実際かなり薄いよ。遺跡周辺もここと似た状況なら、まともに稼働してるとは考えにくいレベル…」
…いや、なにか妙だ。
か細く通っている地脈の流れを注視してみると、本来走っているはずの方向とは真逆に流れている。
まるで何かに地脈を吸い上げられているような…私は逆流する地脈の先を目で追いつつ、寒さに耐え兼ねて酒場の扉を開いた。
「…失礼します」
「いらっしゃいませ…っ。」
私が顔を覗かせた瞬間、カウンター奥の日焼けした女性が目を丸くさせた。
実は今回の依頼、ギルドの受け付けとして働いている彼女がクエストとして登録した案件なのだそうだ。
事件の確たる証拠を掴み、捕縛対象となる犯罪者たちの目に触れないよう、クエスト情報閲覧に必要な冒険者レベルを平均より高めに設定して、私達のような冒険者が現れるまで彼らをこのオアシスに引き留めている…と、レモナスに駐屯している騎士団員から伺った。
ちなみに私達が犯人捕縛に動いたことは、騎士団経由で受付嬢に通達済み。
なので彼女は私達三人に合図を送るかの如く自然に顎を引くと、酒場奥のコーナーソファーに座り、酒瓶の並んだ円卓を囲う上機嫌な三人組の男性を示した。
「さて、次はどこの街に行こうかなぁ」
「しばらくここに居んのも悪かねぇけどな。飯も宿も安いしよ」
「僕は早く帝国に帰りたいね。気になってたガジェットの展示会が近いんだ」
あれが冒険者パーティ、ヒルベルのジョル・デラーゴン、 フェルマト・シン、トラト・クレトか。
八日前に組んだパーティメンバーを罠に嵌め、遺品分配制度を悪用してその人物の所有物を我が物にしているという腐れ外道共。
外聞的には「三人の魔力を流すことで開く遺跡の扉をジョル、フェルマト、トラトの三人で保持していたが、トラトが砂漠の暑さにやられて昏倒。遺跡に潜った新加入メンバーの一人が未なお遺跡内部に取り残されたまま」ということになっているそうだ。
…オアシスに向かう前、遺跡や裏の事情に詳しいミアちゃんと連絡を取って知ったのだが、実はこの遺跡「扉が開くには三人の魔力が必要。浅層に魔物の大群が跋扈している。そして扉が一度閉じるとその後一週間開かなくなる」という特性を持っており、裏の世界では「邪魔な存在を事故に見せかけて処分する場」として古くから使われているらしい。
曲がりなりに奴らも裏に足を突っ込んだ存在。きっと事前に情報を得た上で、今回の計画を実行に移したのだろう。
後はメンバーの遺品回収に赴く人材を見つけて、さっさと撤収する腹づもりだったようだが…受付嬢の機転により、このオアシスに冒険者が近寄らないための偽情報を流し、デバイスの接続を阻害する装置を用いて外部との連絡を絶ち、人払いを徹底したそうだ。
なので奴らは待ち侘びただろう。
私達のような冒険者…遺品回収に向かってくれそうな人材を。
「…さて、始めるかねぇ」
奴らを捕縛するプランは何通りか考えた。
イスに単騎特攻させて熨すか、不意打ちで拘束具を装着するか、シンプルに全員でボコすか。
…ま、今回の目的はこいつ等みたいな雑魚を相手に戦うことじゃ無いから、私は道中でテティスに伝えていた作戦決行のキーワードを呟いた。
「今日は少し重めのクエストに挑もうかな。」
すると私の背後に控えていたテティスがヒルベルの三人に向かって両手を向け、橙色の瞳を金色に発光させた。
これはテティスが持つ特殊能力、神通力を発動させた時に起こる現象。それすなわち…
「うっ!?」
「なんだっ!?」
「体がっ…!!」
突如ヒルベルの三人を襲った、抗い難い重力の負荷。
私が魔法を使えたら天の魔法で一発だったんだけど、出来る限り肉体を傷めず行動不能にさせたかったから、今回はテティスに任せる事にした。
三人は円卓に上半身を伏せたまま見動きが取れなくなり、軽いパニックを起こしていた。
「そんじゃイス、後はよろしく」
「了解ですわ」
私が指示を出すと、手錠型の拘束具を携えたイスが三人のもとへ歩いて行き、重力の影響をものともせず腕を引っ掴んで後ろに回させて、あっという間に手錠をかけてしまった。
「クソッ、なんなんだ…っ?」
拘束が済むとテティスは神通力を解除した。
しかし装着されたヒルベルのメンバーたちは机に付したまま起き上がろうとしない。いや、出来なかった。
この拘束具は装着した者の魔力の流れを著しく弱める効果があって、言わば擬似的な魔力結石の症状が現れる。
基本的には長命種族にしか発現しない状態異常だ。
比較的短命な人間が、突発的な魔力の阻害に耐性などあるはずもなく…
「くっ…!」
疲労感、倦怠感、めまい、頭痛…様々な体調不良が引き起こされ、前後不覚はおろか、失神してしまった。
「いやー辛いよねぇ魔力結石…けど安心して。こんなの比じゃないくらい重い罰が待ち受けてるんだからさ」
意識を失った三人の耳に私の皮肉が届いたかはわからない。しかし事は済んだ。
「あっ、あのっ!」
イスが追加の拘束具を彼らの足首に装着していると、カウンターの向こうに居た受付嬢が慌ただしく飛び出してきて、私の手を握った。
突然の行動に驚いたが、受付嬢の緑瞳には何かを必死に訴えかけてくる気迫が宿っていたので、私は気を引き締めた。
「えと、なんでしょう…?」
「この度は迅速に依頼を完遂して頂きありがとうございます!ですがあの、皆様にもう一つお願いしたい事がございまして…っ」
「ちょっ、お、落ち着いて…」
視界の端で青年とぽっちゃりと大男を軽々担いで外の車両に移動させているイスを捉えつつ、暴走気味にまくしたてる受付嬢を緩やかになだめた。
受付嬢は深呼吸して息を整え、落ち着いてから再び訴え始めた。
「それで、お願いしたいことって言うのは?」
「はい…。策略によって遺跡に閉じ込められてしまった冒険者の方を救うため、皆様にお力添え頂きたいんです」
冒険者を、救う…?
話によればその冒険者が閉じ込められたのは八日前で、所持品のほとんどはヒルベルが持ち帰っていた。
遺跡内に食料や水源があるとは考えにくいし、じっとしているだけならまだしも、魔物がひしめく遺跡内で生存しているとは考えにくい。
なのに彼女ははっきり「救う」と発言した。その絶対的な根拠はどこに…と考えていると、受付嬢はタイトスカートのポケットから、カラカラと鳴る小型の魔物の骨らしき白い円錐…小型の人型魔物、「リーヴァー」の角を八つ取り出して見せてきた。よく見たら全ての角に「ミ」みたいな形の傷がついている。
「…これは、リーヴァーの角?」
「その通りです。石をぶつけるだけで簡単に割れてしまうくらい薄く、中は空洞になっていて、水に浮くほど軽い素材で出来ております」
…話の要点が見えない。
いきなり魔物の素材を見せられても…なんて思っていたら、ヒルベルの収容を終えたイスが再び酒場に現れた。
「話は伺っておりました。比較的広範囲に生息するリーヴァーの角と、水路を用いた連絡手法…そして等間隔の傷。これは古来より騎士団に伝わる「生存」の意思表示ですわ」
流石はイス。不足していた情報を即座に補ってくれたおかげで、私の理解も早まった。
「つまりその角は、遺跡の中から冒険者が送ってきた…ってこと?」
「はい。毎日一つずつ、決まって日暮れ前に」
「水路っていっても、こんな砂漠のど真ん中に…あ。」
暗くて気付きにくかったが、オアシス中央にはここをオアシスたらしめている貴重な水源…尽きることの無い泉が存在する。
その水の発生源、もしくは通過地点に遺跡があって、ここが水の終着点になっているとしたら。
「冒険者が脱出出来るほどの幅が無いにしても、水源が近くにある。そして食料も…魔物を狩る実力さえ備わっていれば困らないか」
魔物の肉は風味のクセが強かったり毒性を持つものもあるが、適切に処理すれば食肉になる。
栄養価は魔物によってまちまちだが…確かリーヴァーの肉はチキンと似た蛋白な味わいながらも、食べやすい部類だと聞く。
…因みにオスの個体が体内に持つ持つ睾丸は、生でも食べられて栄養豊富なんだとか。私は火ぃ通しても食べたいとは思わんが。
「ともかく、その冒険者はまだ遺跡の中で生きている…可能性が非常に高いってことだね?」
「はい。つきましては私とあとお二人のお力をお借りして、遺跡の扉を開き、残るお一人に冒険者の救出をお願い出来ないかと…」
こちらの受付嬢は事務専業の非戦闘員だそうで、扉を開くことに専念するらしい。
となると扉を開くために必要な人数はあと二人。
私はいま魔法の門の修復に魔力を割いてるから論外だし…って、これもう答え出てない?
「必然的に私が潜るしか無いか。」
「ですがアトラ、魔法を使えない状態で潜るのは危険ではありませんの?」
「それは大丈夫だよ。前に骨鎧狼を霧散させた遺物「光を斬り伏せる刃」なら、少し魔力を込めただけで操れるから」
私は腰のホルスターに収めた青白い金属、光を斬り伏せる刃を手に取り、久々に光をも飲み込む漆黒の刀身を顕現させた。
「それにこの武器は刃の特性上対人戦では扱いにくいけど、魔物相手なら無敵に近いしね」
「と、言いますと?」
そういや前に特性というか、この武器の挙動について感じるものがあったけど、イスたちには説明してなかったっけ。
丁度いいから軽く説明しておこうか。
「この武器は片刃の剣を模してるけど、厳密に言えばこの部分に刀身は存在しないんだよ」
「刀身が無いのに、魔物相手だと無敵な武器…ですか?」
「まぁ私がヒト相手に向けたくないってだけで、心持ち次第では世界最強と称して差し支えない武器だね」
私は柄の部分を持つと、酒場を照らす照明にかざした。
「何せこの刃…いや、刃状に形成された空間と言うべきかな。この空間は触れたものを悉く引き裂く、高密度に圧縮された重力場なんだよ」
「触れたものを引き裂く重力場…まるで小型の隔絶海層ですわね」
イスの冷静な例えは実に言いえて妙だと感じた。
これこそが、人にこの武器を向けたくない理由だ。
「峰」や「切れ味」など存在せず、ただ触れるだけであらゆる事象を斬り裂き続ける、暴虐の象徴みたいな武器。
「骨鎧狼がやけに容易く斬れたのと、アトラがあまり使いたがらない理由はそこにありましたのね」
「そういうこと。もし万が一があっても、うっかりとかじゃ済まされないから、まだ魔法で戦う方が安心だったんだよね」
「あの…どういったお話かわからないんですが、あなたが救助に向かわれるという事でよろしいですか?」
おっと、内輪話に花咲かせてる場合じゃなかった。
さっさと行って更なる面倒事が起きる前に、冒険者を助け出さないと。
私達は受付嬢の案内で酒場の裏に止めてあった六輪バギーの所に移動し、彼女の運転で遺跡へ向かい始めた。
車内は四ドアながら広々とした七シート、助手席にはイスが座り、後方一列目の左側にテティス、真ん中を空けて右側に私が座った 。
「…それにしても遺跡に一人閉じ込められて八日間も生き延びているだなんて、余程腕の立つ冒険者だったんだね」
「はい。魔物討伐数とクエストクリア数は、このセス=レモアにおいてもかなり上位に位置するレベルでしたので」
「ちなみにその冒険者は男性ですの?それとも女性?」
「本来、公開されていない冒険者のプライベート情報を外部に漏らしてはいけない規則があるのですが…イス様は騎士団関係者ですので、特別に。…立ち居振る舞いは男性のようでしたが、登記上「女性」です」
「ふむ…古めかしい連絡手段を取っていたことから、てっきりソミアが閉じ込められたのかと思いましたが…振る舞いが男性っぽいのであれば、別人ですわね」
確かに遺跡と聞くと一瞬ミアちゃんの存在が脳裏に浮かぶけれど、彼女の所作は男性っぽくないもんね。
そもそも彼女にはメポタが同行してるから一人じゃないし、見ず知らずの男性三人とパーティを組んで行動するとは考えられない。
巻き込まれたのミアちゃん説が早々に消え、イスは再度、救出への思いを昂らせた。
「閉じ込められたのが奴…ソミアじゃないのであれば、迅速にお救いしなければなりませんわね」
「…?ええ、閉じ込められているのはそういったお名前の方ではなく、レントライト=フュリウスという聖騎士職の冒険者です」
聖騎士レントライト。物語の主人公みたいな格好いい名前だなぁ。
…なんてぼんやり考えていると、イスが突然受付嬢の方を向いて、顔をにじり寄せた。
「…いま、レントライトとおっしゃいましたか?」
「えっ、ええ…。ギルドカードには確かにそう記載されておりました」
受付嬢はイスの反応に戸惑いを見せつつ、丁寧な運転を続けた。イスはハッとして元の位置に戻ったが、その声音には僅かな動揺が含まれているように思えた。
「そう、ですの」
「どしたのイス、知ってる人だった?」
「ええと…直接的な面識はございませんが、お名前はスコットから伺った事がありますの。…かの帝国王政に反旗を翻すきっかけとなる、騎士団の内乱を引き起こした張本人として」
…また一つ、私達の運命を動かす歯車が、カチリと音を立てて回った気がした。
続く。




