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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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砂呑(さどん)

 …時は遡り、アトラ達がレモナスを訪れる八日前。

 ここは大陸のほとんどが森林に覆われているセス=レモアでは珍しい自然の砂漠地帯、カンカ・トデロのオアシスに造られた小規模な居住地だ。

 地下から湧き出す潤沢な水源と、風に運ばれて地に根付いた植物によって地表が緑地化しているとはいえ、周辺にヒト以外の生物はほとんど存在せず、保肥力を持たない砂地ゆえ農作物もろくに育たない。

 そのためこのオアシスで自給自足の生活を送ることはほぼ不可能である。

 なのにオアシスにはギルド直営の酒場や武具屋が居を設けており、決して多いとは言えない来訪者、すなわち冒険者のサポートを行っている。

 というのも、このオアシスをしばらく南下した先に未だ攻略されていない遺跡が存在しており、手つかずの遺物が眠っているとまことしやかに囁かれているのだ。

 世間一般において遺物は、宝飾品などよりも遥か高額で取引されるレアアイテム。

 一攫千金を夢見て訪れた者や、冒険者として腕試しに来た者が装具や体調を万全に整え、遺跡へと赴いていく。

 …その後の挑戦者達がどのような結末を迎えたのかは、未だ攻略されていないという情報から察せるだろう。

 そう。熱砂に埋もれた遺跡へと足を踏み入れ、帰還した者はほとんど居ない。

 故に砂漠の遺跡は際限なく人を呑み込む砂呑(さどん)の遺跡と呼ばれ、ギルドによって立ち入りを厳しく制限されていた。

 …しかし今日もまた一人、無謀にも砂呑の遺跡へ赴こうとする人物が、ギルド直営酒場の防熱扉を開いたのだった。


「…」


「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」


 外気温五十度をゆうに超す真昼間の砂漠にも耐えうる分厚い外壁と二重窓、熱帯地域専用の空調機器によって快適な室温が保たれた酒場に、防塵効果を有するガスマスクを着けた人物が現れた。

 身長はおよそ162cm前後。上半身は強い日差しを反射する白いミリタリージャケットと手指保護用の黒いグローブ、下半身は深緑色の厚手カーゴパンツと、騎士団でも採用されているモデルの黒いコンバットブーツ。

 腰には布にくるまれた剣らしきものを帯刀している。

 いかにも遺跡に挑みに来た冒険者の装いだ。


「…」


 冒険者は落ち着いた光量の店内を見渡し、まばらに座っている七名の冒険者と、カウンターの向こう側に待機しているバーテンダー兼受付嬢の姿を確認すると、右端のカウンター席に足を進めて座った。


「当ギルドのご利用は初めてですよね。本日のご用向きは?」


 長い黒髪を後ろで結い、砂漠の陽射しで健康的に日焼けした受付嬢がにこやかに対応すると、冒険者はフルフェイスガスマスクを着けたまま淡々とこう言った。


「…砂漠の遺跡への立ち入り許可が欲しい」


 冒険者が放った低く唸るような声に、酒場の空気が一斉に緊張した。

 砂漠の遺跡…それはこの場に居合わせた誰もが存在を知る未知の秘境だ。

 そこがどのような場所か痛いほど知る受付嬢の表情からは笑みが消え去り、全身を強張らせながらも、自身の責務を果たそうとしていた。


「ええと、砂漠の遺跡へ立ち入るには冒険者レベルが150以上必要なのですが…確認のためギルドカードかデバイスをご提示頂けますか?」


「…ああ」


 冒険者は懐からギルドカードを取り出し、カウンターに置いた。


「お預かりいたします、少々お待ち下さい」


 受付嬢はギルドカードを受け取ると、カウンター内に常設してある機器に差し込んで、情報を確認した。


「レントライト=Ht=フュリウス様、ジョブは聖騎士(ホーリーナイト)…ご本人様で間違いありませんか?」


「ああ」


 ギルドカードとその所有者は、遺伝子レベルで異なる個人の魔力によって強く紐付いているため、情報を偽造・改竄することは困難を極める。

 たとえ何らかのかたちで他人の魔力を入手しても、生体から離れた魔力はたちまち固有の波長を失い、自然界に存在する魔力と同じ無機質なものに変化してしまうため、悪用しづらいのだ。

 故に魔力を用いたセキュリティは、古くからダムデルで広く取り入れられている。


「お手数ですが、本人確認のための魔力認証をお願いします」


 受付嬢はカード読み取り機に接続された小型の認証端末を冒険者…レントライトの前に差し出し、認証を求めた。

 するとレントライトは右手のグローブを外して、一分も躊躇わず機器に親指を押し当てた。

 機器はすぐに魔力を読み込み、ギルドカードに記録された魔力と照会を終えると…ピピッ、と短く鳴った。

 これはレントライトがカードの持ち主だと機器が判断した合図。すなわち正規のギルドカードに紐付けされた冒険者であると示された証だ。


「ありがとうございます、レントライト様。ギルドカード情報を照会した結果、あなたには砂漠の遺跡への立ち入り許可が下りました」


「…そうか」


 受付嬢はギルドカードをレントライトに差し出し、受け取る直前に心配そうな視線と共に言葉を投げかけた。


「ですがあの…お一人で遺跡に向かわれるつもりなのですか?」


「…ああ」


 レントライトは他人とパーティを組まず、このセス=レモアの地で単独行動していた。

 ギルドカードに記録された魔物討伐数・8647匹、冒険者レベル283という数値から申し分無い実力を有していると判断出来るものの、砂呑の遺跡を単身で攻略することは不可能だと、受付嬢は切々と伝えた。


「現在判明している情報では、遺跡の入り口を開いておくために最低でも三人の協力が必要とのことで、お一人で向かわれても入り口を開くことすら難しいんですよ」


「…ここで協力者を募れと?」


 受付嬢は「出来ることなら…」と自信なさげに呟いて、酒場に居合わせた他の冒険者たちを控えめに眺めた。

 彼女の視線に続いてレントライトも再び酒場を見渡す。

 しかし冒険者たちは一様にレントライトから視線を外し、半ばわざとらしく酒をあおった。

 つまり誰も協力する意思が無いことを表していた。


「…チッ。他に遺跡の入口は無いのか」


「現時点では正面入口しか発見されておりませんね…。取り急ぎの用でなければ、当ギルドからパーティ募集のお知らせを発布しておきますが」


 と、受付嬢がギルドのデバイスを手にした時、入口の扉が静かに開いて、三人組の男性が入店してきた。


「こんにちわー、クエストボード見たいんですけど」


「あっ、いらっしゃいませ。当ギルドのご利用は初めてですよね?クエストボードはカウンターの端末からご覧いただけますよ」


 三人とも同じデザインの茶色い防塵コートを纏った、黒髪の好青年と、背の高い筋肉質な短髪男性と、少し肥満気味で長い茶髪をなびかせる男性がレントライトの隣の席に並んで座った。


「この辺りに砂の鱗を持つ亀型の魔物が居るって聞いてやってきたんだけど、その魔物の討伐依頼って出てますか?」


「砂の鱗を持つ亀の魔物…デザートシェルですね。砂漠の遺跡で目撃例がありますが、討伐依頼は…あっ」


 受付嬢はレントライトと青年たちの顔を交互に眺めて、ある提案をした。

 それはもちろん…。


-------------------


 構造物のほとんどが砂に沈んだ、砂呑の遺跡入口。


「ふう。レントライトさんの荷物はバンで預かっておくとして…よーし、それじゃあ行きますよー」


「…ああ」


 砂中から突き出した高さ四メートル程の三角錐の前にレントライトが佇み、同行した三人の男性はそれぞれ三角錐の角の対角線上に立ち、地面へ向かって魔力を放出した。

 すると。

 ゴゴゴゴゴゴゴ…


「開いた!」


 レントライトの正面の壁が左右に割れながら沈み、地下へと続く階段が現れた。


「…遺物は、この先か」


 扉を開いたままにするには、三人の異なる魔力を同時に注ぎ続けなければならない。

 もし途中で魔力注入を止めてしまうと、セキュリティのためか七日間置かないと扉を開けられないそうだ。


「じゃあお願いしますよレントライトさん。デザートシェルを見つけて倒したら、砂の鱗を四枚持ち帰って下さいね」


「…わかっている」


 砂呑の遺跡の遺物に用があるレントライトと、遺跡に存在する魔物の素材が必要な三人組。

 遺跡の扉は三人の力で開いたままにしておかなければ入ることも出ることも出来ないが、三人パーティだと誰も遺跡に突入出来ず魔力を無駄に消費するだけで終わってしまう。

 そこで受付嬢はレントライトと三人の許可を得て事情を共有し、利害の一致により彼らがレントライトを身請けするかたちで、即席の四人パーティを組んだのだ。

 レントライトは三人に扉を開いてもらう代わりに、特定の魔物から指定されたアイテムを調達し、三人はその間扉を開き続ける…という条件付きで。


「僕達も死ぬ気で頑張りますが、この暑さの中ではあまり長く保ちそうにないので、出来るだけ急いで頂けると助かります…」


「…努力しよう」


 正午過ぎ、極めて快晴。 

 降り注ぐ陽射しと熱された砂の照り返しにより、三人の体感温度は六十度を超えていた。

 長くて十五分…せいぜい十分が彼らの限界だろう。

 レントライトはそう思いつつ、表情が窺えないガスマスクの奥でため息を漏らした。

 そして腰に収めた布包みの剣の柄を握り、ひんやりと冷えた遺跡の内部へと踏み込んだ。

 まだ遺跡の照明機能は生きているようで、下方に伸びる階段がおぼろげに浮かび上がっていた。

 レントライトは迷いなく階段を下りきり、前方へ向かう通路の途中で右折する道へと差し掛かった。

 前方の道は扉が閉まっている状態で、右の道は照明が壊れかけているか、不気味に明滅していた。

 しかし道は伸びているようだ。レントライトは右の道を選び、進んだ。

 と、次の瞬間。

 パシュン。


「…」


 今しがた通り抜けた通路が静かに閉まり、頑強な壁と化していた。

 遺跡のトラップやセキュリティが働いた様子は無い。

 ともすれば…と思い立ち、レントライトはジャケットの右ポケットに入れていたハンディサイズの通話機を取り出し、コールした。

 これは青年の運転で遺跡へ向かう車内にて、特に必要が無いという理由からデバイスなどの通信機器を持ち歩いていない旨を伝えたところ、肥満気味の男がやや強引に手渡してきたものだ。

 通信距離はおよそ百メートル以内、遺跡内部から外部へも繋がると豪語していたが、応答する気配は無い。

 それどころか、端末がピーッと鳴った直後、内部から火花が迸った。


「ッ」


 レントライトは端末を投げ捨て、即座に踏み潰した。

 

「…未熟だな。気を付けていたつもりだが、無意識に遺物に目が眩んでいたか…身近に迫る悪意を見逃してしまうとは」


 レントライトは嘲るように吐き捨て、砕けた端末を後方の壁に蹴り飛ばした。

 近年は減りつつあるものの、一時期報道で大きく取り上げられていた事件…パーティメンバーの死亡時に所有物を分配する制度を悪用した、殺人事件。

 レントライトは早く遺跡を訪れたいがために、先程パーティを組む際に流れで同意してしまっていたのだ。

 まさかこんな地方の田舎で原始的な詐欺に引っかかるとは、ゆめゆめ考えてもいなかった。

 男たちに預けたのは数日分の食料品と少額の金銭だけだったが、それでも自身の未熟さを恥じつつ、退くことが出来なくなったレントライトは、薄暗い通路を歩み始めた。

 前方に蠢く大量の魔物の気配を全身に受けながら。


「(…俺はこんな場所で死ぬわけにはいかない。この剣で堕落したあいつ…グローデン騎士団長、スコットの心臓を貫くまでは。)」


 レントライトは剣に巻いた布を剥ぎ、妖しい紫色に染まった両刃の剣を眼前に構え、雄叫びを上げながら通路の先…魔物で埋め尽くされたフロアへと飛び込んでいった。


-------------


 同時刻、砂呑の遺跡前。

 早々に魔力の注入を止めて、運転してきたバンに乗り込んだ三人…詐欺師の青年ジョル・デラーゴン、筋肉質のフェルマト・シン、肥満気味のトラト・クレトは、車内に残されたレントライトの荷物を物色しながら、不満げに漏らしていた。


「チッ…しけてんなぁ。鞄の中身は水とレーションに、薄っぺらい財布…さっきのギルドの嬢から貰った名刺とレシートが数枚、現金は二万ギアぽっちかよ」


「いやいや、まだあいつが何か金目のモン持ってるかもしんねぇだろ。ここは腐る程魔物が出るらしいからな…後で死体を回収させて、貰えるモン貰っとこうぜ」


「でもあいつの死亡認定が出るのは、最短でも一週間後なんだよなぁ。それまでこの何もないクソ暑ぃ砂漠に居なきゃいけないのは辛ぇよ」


 都合よく名前の紹介順に喋った三人は、シートに座って再びオアシス方面へ走り出した。


「ま、口座の方にはたんまり貯め込んでるかもしれねぇからな。後はギルドカードが回収されてからのお楽しみ、ってな」


「あくまでトラトが陽射しにやられて倒れたせいで扉が閉まった…って事にするんだからよ、お前ちょっと外走ってこい」


「はいはい、その代わり僕の取り分割り増しだからな」


「わーってるって。今回も期待してるぜ、トラト先生の名演技をよ」


 …バカ笑いする三人は、未だ気付いていなかった。

 彼らの登場タイミングと言葉の端々に不自然さを覚えた受付嬢が、レントライトに渡した名刺に、超薄型の収音装置を取り付けていたこと。

 そして会話の一部始終を聴かれていたことを。

 …彼らに下される審判の時は、刻一刻と迫っていた。


続く。

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