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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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盗賊の今と昔

 前回のあらすじ。

 イスの正体と職が判明した。


「貧民街出身の盗賊ですわ」


 他人の生まれを揶揄するつもりはない。しかし彼女の場合、職の方が大問題だった。


「と…盗賊…」


「あら、てっきり名前で察しがついているから聞かれたのかと思いましたが」


「ど、どういうこと…?」


「冒険者は自分の名と名字の間に、職種を表す文字を入れるのが通例なのですわよ」


「そう…なんだー…」


 いかん、ショックが大きすぎて話が入ってこない。

 イスが盗賊なら、私は罪を犯して稼いだお金で買われたということ。知らん間に自らを汚されていたのだ。

 てかなんでイスは犯罪者なのに、こんな派手な格好で堂々と彷徨けるのか。ドレステミルは閉鎖的な町だから、外部の犯罪者に関する手配書が回っていないのは当然として…町の外に出た今は、誰かに見つかると大変な騒ぎが起きる気がする。

 私はよろめきながら、震える手でイスの両腕を掴み、顔を見上げた。


「イス…早いとこ自首した方がいいよっ…」


「はい?」


 イスは僅かに戸惑い、目元に笑みを浮かべたまま口角を吊り上げていた。

 なんのことやら、と表情からのほほんとした雰囲気を出しているが、私は諦めず彼女を必死に説得する。


「と、盗賊行為を働いた者は死罪だよ…!?自首して拷問を受ければ、いくらか恩赦が」


「えーと…何やらわたくしとあなたの中で、盗賊に対するイメージにかなりの差異を感じるのですが」


「へ…?」


 イスは私のお尻に手を回してひょいと抱え上げると、コーナーソファまで移動して、優しく座らせた。すかさずイスも私の左隣に座った。

 円形テーブルの中央に設置したランタンに淡い橙炎を灯し、紅い飲み物の入ったワイングラスを2つ出現させると、ひとつを私に差し出してきた。


「とりあえず、グレープジュースでも飲んで落ち着いてくださいませ」


「あ、ありがと…」


 私はワイングラスを受け取り、グラスの下半分に溜まった液体を揺らしてみる。そしてはた、と思い出す。


「…飲み物とか口にするの、何無量大数ぶりだっけ」


「はい?」


「や、不滅になってからは飲まず食わずでも死ねないから、久しぶりだな―と」


「いえ、そこではなく。いつぶりですって?」


「何無量大数かぶり。軽く14、15回くらい数えたかな」


 特に抵抗や情緒もなくジュースを口に含む。

 んー、新鮮なグレープを皮ごと搾って果汁を濃縮した、特有の渋さの後に襲来する甘酸っぱさ。

 古代のグレープは、皮が固く、渋く、色素が薄く、水っぽい青臭さの塊、って印象だったけど、これは古の悪印象を完全に払拭する美味しさだ。

 つい一気に飲み干してしまう。


「ぷはー…ご馳走さまでした」


「え、ええ、お粗末様ですわ…。よろしければ、おかわりもお出し致しますが」


「いいの?じゃあお願いしようかな」


 なにやらイスの反応がぎこちない。自身の想像を超える、とてつもなく信じがたい話を聞いたみたいな様子で、グレープジュースのボトルをテーブルに召喚した。


「(てっきり数千か数万年ほど生きている存在だと思っておりましたが…文字通り、桁違い過ぎますわね)」


 イスが私の表情を窺いながら、グラスにグレープジュースを注いでくれる。

 私は無邪気にそれを飲…もうとした所で、今回の本題を思い出した。


「ってそうだ、盗賊!」


「あ、話戻りましたわね」


 私は一旦ワイングラスを…ひとくち飲んでからワイングラスを置き、膝を揃えてイスに向き直った。


「さっき「盗賊に対する差異がある」って言ってたよね。あれはどういう意味の発言だったの?」


「話す前にまず、アトラの時代の盗賊について詳細を窺ってもよろしいでしょうか?そうするとわたくしの感じる差異を、より明確に説明出来ると思うので」


 やや真面目ではあるが変にシリアスな雰囲気でもなく、私は世間話をするトーンで語り始める。


「えっと、盗賊って言うのはだいたい徒党を組んで町や人を襲って、金品や食べ物だけじゃなく命も強奪する野蛮な輩を指す言葉でね」


「ふむ」


「当時の大国が発令した法だと、捕縛された盗賊は容赦なく死罪に処されるか、生死に関わる拷問を受けた後に死ぬまで強制労働をさせられる…って感じだったよ」


 私が話し終えると、イスはソファにもたれ掛かり天井に視線をやった。


「なるほど。だからアトラはあんなに取り乱しましたのね」


「うん…」


「それは自分が「略奪したお金で買われた」と思ったのがショックだったから?」


 流石はイス、切り口が鋭い。

 実際同じことを考えて、かなりグサッと来るものはあった。ただそれ以上に…


「…まあそれもある、けど」


「けど?」


 私は続けて告げようとした言葉を一度飲み込んだ。

 自分があまりにもチョロくて浅ましい人間だと、認めてしまうのが恥ずかしすぎたから。


「…」


 きっとイスの目には、みっともなく紅潮してしまっている私の不貞腐れた顔が映っているのだろう。

 少しでも顔を隠そうとして俯いたとたん、頭上に「ぷっ」と漏れた笑い声が浴びせられる。


「ふふ…アトラはわかりやすいですわね」


「う、るせぇ」


 俯いたまま抵抗の証として拳を振り上げるものの、筋力不足のヘロヘロパンチなど単身旅をしてきたイスに通用する筈もなく、あっさり掴まえられてしまった。

 そして私の体を引き寄せ、厚く抱擁する。

 彼女の腕の中はとても居心地がよくて、自分の方が(精神的に)歳上だということを度々忘れさせられる。


「…ねえ、アトラ」


 彼女は囁いたあと、自身の額で私の前髪をかき分け、額同士を擦り合わせる。


「アトラはわたくしに、死罪に処されて欲しくないと思って下さったのですわよね」


 イスの唇が言葉を紡ぐたび、吐息が頬を撫でていく。

 ランタンの灯りと相まって、彼女の妖艶さが増幅している気がした。

 顔を逸らしたくても、体と額を固定されているせいでまともに取り繕うことも出来ない。

 私は…観念するしかなかった。


「…っそ、そうだよ…」


 ぶっきらぼうに告げると、イスはより強く私の体を抱き締め、追加で額を擦り付けてきた。


「わたくしが恩人だから、死んで欲しくないだけですの?」


 こいつ…確信を持ってからかってやがる。

 嬉しそうにニマニマ笑いやがって…こうなりゃもう、ヤケクソになるしかない。


「あーもう、イスが好きだから!死んで欲しくないの!」


「アトラってちょろ過ぎて、わたくし本気で心配になりますわ。」


「急に素に戻んのやめい。」


 なんか甘い空気が漂い始めたところで、イスも私もマジトーンに戻ってしまった。


「一目惚れのわたくしはともかく、まだ知り合って24時間も経過していないのに。少し好意を向けられたら誰にでも「好き」って告げそうで…不安ですわ」


 私ってそんな移り気な人間に見えてるのかな。

 互いに好意的でも、知り合って間もないから当然っちゃ当然か。誰もが私みたいに他人の本質を探れるわけじゃないだろうし。

 私はからかわれた仕返しに、イスの額に軽く頭突きしてやった。


「あうっ」


「…心配無用だよ。あなたのおかげで魔力が戻って、他人の本質や本音を暴く知覚系パッシブスキルが機能してるから、変な奴に引っ掛かったりはしないよ」


「現にこうして変態に引っ掛かってますのに?」


「変態って自覚あったんか。」


「だって、頭の中が遺物と遺跡とアトラとアトラのお尻と太ももと腹肉で埋め尽くされているような奴ですわよ?」


「ド正直だなほんとに。」


 事実イスの思考は多少割合に変化があるものの、前述通りの内容で埋め尽くされていた。

 お腹が密着すれば腹肉、太ももが当たれば太ももと、接した部位の主張が競り合っているなか、ひとつの疑問が浮かんだ。


「てかイスさ、思考を視られてるのに全然嫌だとか思ってないみたいだけど…」


「ええ。アトラに視られて困るような疚しい考えはありませんから、存分にどうぞ」


「性的思考もイスにとっては疚しくない事象なんだね」


 心フルオープン過ぎても逆に怖いなぁ…このスキル、一旦切っておこう。パッシブ状態だとイスの思考に身も心も犯されそうだから。

 私はイスの肩をタップしてから抱擁を振りほどき、改めて真面目に座り直す。


「それで、イスの言う盗賊の差異っていうのは?」


「(アトラってばドライですわ…でもそこが素敵)」


 スキル切っても心の声が駄々漏れだわこの人。

 今さら真面目な話に戻すのは雰囲気的に難しそうなので、私はグラスを取り、残りのグレープジュースを飲み干した。


「…ぷは。堅苦しい話は一旦やめて、今日はもう各々自由に過ごそうか。私はともかくイスは食事とか必要でしょ?」


「言われれば今日は朝から何も食べてませんわね。それにお風呂も…」


 と言いかけて、イスの翡翠色の瞳がぐわっと見開かれる。

 獲物を前にした獣のように眼光をギラつかせ、すかさず私の手を引いて立ち上がる。


「お風呂。お風呂に一緒に入りましょうアトラ。」


「うえぇ圧がすごい」


 イスは有無を言わさず私を引きずって通路とリビングを進み、出来たばかりの洗面所兼浴室へ到着した。

 4マスのうち2マスが洗面所と脱衣所になっており、残り2マスが浴室という造り。

 リビング側に、ひっくり返した「J」みたいな形の銀の蛇口と白磁の洗面台が鎮座しており、その隣に黒く塗装された棚が2つ並んでいる。

 棚の口は上下2段に別れていて、木製のカゴがそれぞれに納められていた。恐らく脱いだ衣服をここに納めておくのだろう。

 …そういえば気になっていた水源問題、あれはどうなっているのか。そちらにばかり気が行ってしまい、眼前でよだれを垂らす淫獣の存在を忘れるところだった。


「…はぁ…はぁ……アトラと…お風呂…」


「挙動が性犯罪者のそれなんよ。」


 樹海では散らされなかった貞操が今度こそ危ういかもしれない。

 暗転して次回へ続く、なんてことにならないよう気を付けなきゃ。

 何てったって…


「お風呂に入るのって、実は初めてなんだよね」


「えっ」


「あ、体はちゃんと毎日拭いたり行水したりして、綺麗にしてたからね?お湯に浸かるのが初めてって意味だよ」


 今さら脱ぐのを躊躇するほどウブではないから、ジャケットとホルスターを脱ぎ、シャツのボタンを下から外していく。


「ドレステミルには個人宅で入浴する文化は無かったからねぇ。何千年か前、近場に温泉が湧出して以来、住民はこぞってそっちを利用するようになったし」


 上半身が、色気のない黒無地のタンクトップ姿になると、イスが「ごくり」と生唾を飲み込む音が聞こえた。

 それから我に返り、取り繕うように鎧をコンパクト化させて、自身も入浴のために衣服を脱ぎ始める。


「アトラはその温泉には行きませんでしたの?」


「温泉は魔術契約の範囲外だったからねぇ」


「では今度、温泉街巡りを致しましょうか。北東に進んだところに、世界有数の温泉地が…」


 私がタンクトップを脱いで半裸になると、イスが言葉を途切れさせて視線を私のへそ付近に注ぐ。

 性的な意味は無く、単に驚きのエッセンスが含まれている。私はイスが視線を落とす先、つまり自分のへそに目を向ける。すると。


「あ、ここに浮かび上がってきたんだ」


 へその下、ちょうど魔力結石の治療でイスが口付けした箇所に、大人のこぶし大ほどの、不規則に途切れた円を象った白黒の紋章が刻印されていた。

 私にとっては懐かしくも忌まわしいもの。しかしイスにとっては、初めて目にする不思議な現象に映ったことだろう。

 イスは胸の下に埋もれていた、コルセット風ギャザーのタイをほどきながら控えめに質問する。


「アトラ、その紋章は…?」


「これは古の魔術契約が正式に履行された証だよ。イスの体表のどこかにも、同じ紋章が現れてるんじゃ、ないかなっ」


 ニーソックスを脱ぐ際、壁に背を預けてなおもバランスを崩しそうになる。本格的に体鍛えなきゃなぁ。

 ともあれ残りの着衣も脱ぎ去り、全裸になったわけですが。同じく着衣を取っ払ったイスのあまりの発育のよさに、軽く人生終わらせたくなった。

 あの乳を叩きつけるだけで、小型魔物の2~3匹くらい易々と倒せるのではなかろうか。


「紋章…紋章…」


 彼女は私の言葉に従って、上体を捻ったり屈んだりしながら紋章を探しているが、私からすれば凶器を振り回す殺人鬼にしか見えなかったわ。乳のアウトレンジまで離れておこう。


「どこですの~?」


 まあ本人の死角である左肩と首の間に紋章が浮かんでいたから、肉眼での確認は困難を極めるだろう。

 必死に探す様が面白いから、しばらくニヤニヤしながら見守った。


――――――――――――


「おお…これがお風呂かぁ」


 撥水加工された木壁に沿って固定された、大きな長方形の木組みの升…確かヒノキ風呂とかいうやつだ。室内全体に鼻がスーっとする独特な香りが充満している。

 そして壁から不自然に生えた竹筒を通じて、無色透明の温かいお湯が滾滾と湧き出し、浴槽を満たすだけでは飽き足らず、絶えず溢れ続けていた。


「すごい、ちっちゃい滝みたい」


「設置するだけで源泉からお湯を引ける魔法アイテムですわ。ちなみに水道は地下水脈から新鮮な水を引いておりますが、どちらも原理は同じですの」


「世の中には便利な物が増えたねぇ…」


「繰り返し使える分、それなりに値は張りますがね。…さあ、お背中をお流し致しますから、ここへお座りになって」


 室内の雰囲気にマッチした木製の小さな椅子に手のひらを向けて、いつの間にか泡立てたスポンジを片手に微笑んでいる。


「お湯に浸かる前に体の汚れを落とす。お風呂の基本マナーですの、覚えておいて下さいませ」


「はぁい」


 私は大衆の常識に疎いところがあるからなぁ…公共の場で恥をかく前に、イスから色々と教わっておこう。

 それこそ、盗賊についてとかね。


「それでは、お湯で流しますわね」


 イスは木製の手桶に浴槽のお湯を酌んで、一言声をかけてから私の頭にゆっくりと流した。


「ふおぉ……」


「熱くありませんか?」


「ちょうど良いくらいだよ」


 体を伝い落ちたお湯は僅かに傾斜がかった床を滑って浴槽の足元にある溝へと流れ、排水口に吸い込まれる。

 配管などを設置する素振りは無かったから、きっと排水口と下水道は繋がっておらず、流れたお湯は魔法アイテムか何かで都合よく処理されているのだろう。


「まずは頭から洗って差し上げますわね」


 特にイベントも起こらなかったので割愛するが、私は頭の先から背中にかけて懇切丁寧に洗ってもらった。その他は自分で洗い、お返しにイスの背中を流して、私たちは浴槽に横並びで浸かった。


「あぁ~…こりゃ素晴らしい…」


「ですわねぇ~…一日の疲れが溶けていきますわぁ」


 身長に応じて座高も低い私は顎までお湯に浸ってしまうが、イスは胸の半分から上が出てしまっている。なまじ身長があるのも、時としては考えものかもね。

 体の表面から熱がじんわりと染み込み、湧き出すお湯が水面を打つことで僅かに振動して、約半日歩き続けた足の筋肉を緩やかに解していく。

 これは一度経験したら抜け出せないやつだ…そのうち温泉地巡りが趣味になりそう。

 なんて考えていたら、イスが急に立ち上がり、隣から津波が押し寄せた。


「ぶわぅ」


「わたくし長風呂は苦手ですの…お先に失礼して、晩御飯を用意しておきますわね」


 イスはこの短時間ですっかり茹であがってしまい、胸から下が真っ赤になっていた。手で顔を扇ぎながらそそくさと浴室を後にする。

 対する私はお湯に耐性があるのか、はたまた不滅のせいかわからないけど、まだまだ浸かっていられそうだった。

 せっかくだから広く使わせてもらおう。

 私は体の向きを浴槽に合わせて座り直し、首にお湯を浴びながら悠々と足を伸ばした。


「はー…」


 静まり返った浴室に、ため息とも安堵の息とも言えない吐息が染みる。

 イスと出会ってから今までたった半日程度…しかし既に100年分の刺激を得た気分だ。

 今後もこんな日々が続いていくなんて、まるで都合の良い夢を見ているようで不安になる。…だが、背後の壁越しにしっかりと感じられるイスの気配によって、一瞬で不安は消し飛んでしまう。

 …時間経過で自然とお湯の湧出が止まり、水面の揺らぎが収まっていくと、そこにはすっかり頬を上気させた少女の顔が映っていた。


「…すっかりのぼせちゃって、まあ…」


 私は水面の少女を叩いて、体までもがのぼせてしまう前に浴室を後にした。


 かくして、現代の盗賊については判明しないまま次回に続く。

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