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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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大地の試練

「ドラゴン狩って食おっか」


 私の発言を受け、テティスのみならずイスまでもがきょとんとした顔でこちらを見ていた。

 まぁ仕方ないわな。でも私も間違った発言はしてないし。


「ちょうどいい相手が近くの山岳地に棲息してるみたいだから、上手く行けば今日中にでも門を開けると」


「ちょ、ちょっと待って下さいアトラさん。ドラゴンを狩るって…」


 テティスはイスの顔色を伺いつつ、視線で私に諭そうとしていた。

 彼女がエルフとドラゴンの血を引いているから、気に掛けているようだ。

 しかしイスは小さく笑み、何食わぬ顔でバイクの整備点検を再開した。


「お心遣い痛み入りますわテティス。けれどわたくしに遠慮する必要はございませんわよ」


「そうそう。ドラゴンって言っても現代の定義で語られる「体長10mを超過する爬虫類」じゃなくて、地の門の開門方法が流行った頃の「ドラゴン」だからさ」


 いつの時代にも必ず存在したが、その時々によって持つ意味を変えていた言葉、「ドラゴン」。

 今回テティスが狩る「ドラゴン」は現代だと別の正式名称がつけられていると思うけど、一応ドラゴンと呼ぶようにしとくね。

 まぁこれらの説明は目的地に着いてから、じっくり行うとしようか。

 イスがバイク整備をしている間、私はテティスに武具の点検を万全に済ませるよう伝えておいて、多少なりとも魔力を回復するために軽食をつまみながら時間を潰した。

 そして三十分後、私達は目的地へ向けて出発したのだった。


--------------


 レストハウスを残したままクレイオルデン跡地を出て約二時間。

 セス=レモア流通網の大動脈と名高い、登り四本下り四本の計八車線道路を北東に走り、緑溢れるなだらかな山の麓に辿り着いた。

 ここはアスレス盆地にあるメルグ(やま)

 周囲を取り囲む山々と比べると標高はかなり低い、428m。

 盆地は一年を通して温暖な気候に包まれており、メルグ山山頂へ伸びる道はハイキングコースとしてしっかり整備されているため、小さいお子さん連れでもハイキングが楽しめる、セス=レモアきってのレジャーアクティビティエリア。

 …と、四百年ほど前に呼ばれていたとデバイスで収集したデータに書かれていた。


「レジャーエリアかぁ…今じゃ見る影もないね」


「はい。かなり緑が生い茂ってますね」


 というのもこのメルグ山、訳あって今から四百と十二年前に閉山されており、地元民でさえ寄り付かない呪われたエリアとまことしやかに囁かれているのだ。

 まぁ本来ここに居なかったはずの強大な魔物がどこからか現れて住み着き、誰も手出し出来なかったってのが真相なんだけどね。

 私達はイスを先頭に、テティス、私の順で手つかずの樹海へと分け入り、デバイスのナビ頼りに北西へと足を進めた。


「あ、あの…アトラさん」


 黙々とルートを構築しつつ目的地に向かう道中、テティスがおずおずと話しかけてきた。


「どうしたの?」


「えっと、クレイオルデンでおっしゃっていた…その、昔の意味の「ドラゴン」とは、どういったものなのでしょうか」


 おっと、そういえばまだ説明出来てなかったね。

 いい頃合いだし、ちゃんと話しておこう。


「テティスはさ、竜脈(りゅうみゃく)って言葉は知ってるかな?」


「ええ、もちろんです。人体の血管のように大地に通う魔力の流れ、すなわち「地脈」と呼ばれる地点の中でも特に活性化したものを指す…ですよね?」


「そうそう、流石はテティス。じゃあ、異なる二つの竜脈が交差する、北世界の中でも稀有な地点を何と言うでしょう?」


「たしか…絶界(ぜっかい)、でしたよね?」


 私は大きく頷いて、心の中で彼女の博識さに称賛を送った。

 何故なら「絶界」とは、地学に一生を捧げた異常レベルの研究者が残した論文にのみ記載されていた造語であるため、ごく一般的な生活を送っているだけだとまず見聞きしないのだ。

 そもそも一般のヒトが地脈と竜脈を見極める事自体が非常に困難らしいんだよね。

 私が封印した禁術レベルの探知スキルが無ければ、判別がきかないほど本質が似通っていて、区別するには直感を信じるほか無いとされている。

 …まぁこんな話をしてるんだから、私が何を言いたいのかだいたい伝わったよね。


「そう、まさにこのメルグ山の山頂付近が「絶界」と称される、魔力特異点なんだよ」


 魔力は我々ヒトや魔物のみならず、北世界全域にありふれた物質のひとつで、濃度いかんによって大地に貧富の差をもたらす。

 魔力が乏しいエリアは緑の芽吹きが弱く、濃いほどに大地の活力は強くなる。


「かくいうドレステミルの周辺も絶界だったんだよね。樹海とか、石切場とかさ」


「ドレステミル産の木材や石材が他産地よりも高品質なことと、関係があったりしますの?」


「私が読んだ論文をなぞるなら、大いに関係してると思うよ。竜脈に長く触れていると生命力が活性化するから、()()()()()()ドレステミル周辺は特に魔物が手強かったんだよ」


「…なるほど、読めてきましたわ」


 地脈よりは珍しいが、竜脈も決して数が少ないわけではない。

 まぁ竜脈の影響は少なくとも数十年から数百年単位で受け続けなければ生命に作用しないが…それがもし、絶界の影響だとしたら?


「絶界…魔力特異点の影響を受け続け、莫大な魔力によって格段に強化された特異な魔物。それが今回の「ドラゴン」を意味するものだよ」


 私の話を聞いたテティスは瞳孔を真ん丸くして、固唾をゴクリと飲んだ。


「この論文を読んだ時、なんでドレステミル周辺の魔物が異常に手強かったのか腑に落ちたよ。あいつら天然のチート受けてたんだもん」


 ドレステミルにも竜脈が通っていたものの、この山全体を覆うほど巨大なものではなかった。場所によって途切れていたり、全く通っていなかったり…町中を移動しているだけでも、影響は築一途切れていたんだ。

 けど、外の魔物たちは広大な絶界で影響を受け、有り余る力を振るい幾度もドレステミルを蹂躙した。

 時代によっては全く手がつけられず、周期変化時の圧殺が起こるまで耐えていた事もあったっけ。

 …提案しといて何だけど、テティスの身が心配になってきた。


「…やっぱり正攻法と呼ばれる「竜脈から外れず十年の時を過ごし、真の守護を乞い願う」ってやり方のほうが、テティスには合ってる気がしてきた」


 私もスコット君も、この方法で地の門を開いたんだよね。

 時間はかかるけど安全かつ確実。まぁ彼の場合は全くの偶然だったらしいけど。


「テティスの動体視力と素早さは天性の才能…でも魔法全盛期の私でも刃が立たず、秒で潰されるくらいドラゴンは強いんだよ」


「…ですが、十年も時間はかけていられません。今更怖気づいて尾を巻き帰ることも、獣人の王族の血を引く者としてあってはならないのです」


 テティスは手を胸に当て、レーザーよりも真っ直ぐな視線で私を射抜いた。気品と威厳溢れる佇まいに、ただただ圧倒される。

 しばらく言葉を失ってしまったが、もう一つ大切な事項を告げ忘れていたと気付く。


「それにドラゴンとの戦いに、私とイスは参加できない。魔力を肉体に留めておく術式を施した武器で相手を倒し、その血肉を剥ぎ取り、魔力が収束した心臓をそのまま食べなきゃいけないんだよ」


 ドラゴンと化した魔物の種類にもよるけど、ものによっては重篤な病気に感染する場合もあり得る。

 しかしテティスはいつもより野生的な目をして、口の周りをペロリと一周舐めた。


「猫獣人は本来、肉の生食が得意…といいますか、生ハツはわたしの大好物でもあります。特に取れたては格別でして…ふふっ」


 …竜脈の影響は人間よりも魔物や動物により顕著に現れやすいと言われているが、絶界に近いせいか、テティスに宿る猫獣人の本能が刺激されているようだった。

 生物学的ドラゴンの血を引くイスをちらりと見やる。

 しかし、彼女は特に竜脈の影響は受けていないようだった。


「ワイルドなテティスも素敵ですわね…記念に動画を回しておきましょう」


「はっ。やだ、わたしったらはしたない…」


 テティスはいきなり我に返り、たなびく袖で口元を隠した。

 あまり長居はすべきじゃないかもしれない。

 私はデバイスを構えてテティスの撮影に勤しむイスを促し、山頂付近の絶界を目指した。


「ところでアトラ。その…絶界?とやらがここにあると、どうしてわかったのですか?」


 禁術については説明しない方がよさそう…かな。よし、誤魔化すか。


「んー…永く生きてるからかな。なんとなく地脈の感じからわかるんだよ」


「なるほど、年の功ですわね」

 

「そうだけど、言われるとなんか嫌だな」


 適当にはぐらかしつつも歩いていたら、つま先に触れた空気感が突如急変したように感じた。

 温かいのに冷たくて、満たされているのに飢えていて…。


「(…絶界、か。よく言ったもんだね)」


 この世に在るのに、まるでこの世ならざる感覚を味わっている気分だ。先を行くイスとテティスも感覚は鋭い方だが、何も感じ取って居ないようだ。冗談めかして「なんとなくわかる」とか言っちゃったけど…本当に直感でわかるなんてね。

 我々はまさに今、絶界へと侵入した。


「イス、テティス、ちょっと待って」


 ここからはドラゴンが住まう領域…私は二人を呼び止め、テティスの腰にぶら下げられた鉤爪型の手甲をそそくさと手に取った。


「ふたりとも気付いてないかもしれないけど、私達はもう絶界に入ってる。いつドラゴンが現れてもおかしくないから、武器に術式を施しておくよ…っ」


 とはいえ、術式を施すには地の門を使用しなければならない。当然ながら門の修復は一割も進んでおらず、無理に使おうとすれば有刺鉄線でブラッシングされているような痛みが走るのだが…他ならないテティスのためだ。

 こんな痛み、いくらでも我慢できる。


「くっ…ぐああ…っ!」


「アトラさん、無理はしないで下さい…!」


 幸いこの術式は魔法よりも簡単だ。お腹を突き刺すような痛みに襲われたものの、無事に術式を施せた。


「…っこれで、ドラゴンを一体でも倒せば…っ、開門は、すぐ…はぁ、はぁ…」


「アトラ!」


 寝起きと違って、完全覚醒状態で味わう門の痛みは別格だ。まともに立っていられず、私はイスに寄り添われながらその場にしゃがみ込んだ。


「…もう、テティスの覚悟に水を差すような発言はしない。でもチャンスはこれっきりじゃないから、危なくなったら、退くことも考えるんだよ」


「はい、約束します。必ずお二人の元へ戻ると…!」


 テティスは術式が発動した状態の手甲を両手に装着して、私達に背を向け、単身でより山頂に近いエリアへ向かった。

 流れで置いてきぼり食らったけど、痛みが引いたら後を追わなきゃ。


「…にしてもあの子、特大のフラグ立てて行っちゃったなぁ…」


「万が一の場合、テティスの邪魔をする形になってでも助けに入りますわ。…といっても、わたくしの力が通用する相手ならば、ですが」


 元は私達の過保護が招いた事態だ。

 静観するのがテティスにとっては吉…だけれども、勝算ははっきり言ってとてつもなく低い。

 大抵のドラゴンは硬質化した皮膚と高密度の筋繊維によって、急所である心臓への攻撃を防ぐ傾向にある。

 疾いからこそ軽い彼女の一撃が、ドラゴン相手に通用するのか…結末を見届けるため、私はよろめきながらもイスの手を借りてテティスの後を追った。


続く。

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