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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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何者でもない何か

 不滅の遺物に宿った意思と人格。

 それが私、アトラの正体なんだ。

 遺物に意思が宿るという現象は、既にネティとポティが実証しているから有り得なくはない。

 不滅になる以前の記憶が酷く曖昧で殆ど覚えていないのは、そもそも私に過去の記憶なんて存在しないからだ。

 ディゾネイターの効果で突然全感覚を遮断されたのも、不滅の効果と共に意識が肉体から切り離されたため。

 そしてこの肉体の本来の持ち主は、些細な要因でありとあらゆる存在を破壊しようとする、檄禍真っ只中の少女。

 …そう考えると、全てしっくり来るんだ。


「十六歳ってのもただの思い込みで、本当は年齢なんて私には初めから無い。今ここにいる私は、何者でもない曖昧な存在…」


「アトラ…」


 イスは落ち着いたトーンで私の名を呼び、片膝をついて私の前に佇んだ。

 そして右肩にそっと手を添えて、ふっ、と息を溢した。


「ひとつ、言わせて頂きたいのですが…」


「…なに?」


 実体を持たず他人の体に宿っているだけの私に、愛想が尽きたかな。元々イスは私の…この容姿に一目惚れしただけだから、いつか私が消えることがあっても対してダメージは受けないだろうし。

 …久々だな、こごまで自暴自棄になるなんて。

 イスに何を言われても受け入れる覚悟を固めて、私は顔を上げた。

 すると。


「タイミングが早すぎませんこと?」


「…え?」


 どういう意味だ?

 全く予想していなかった返答に私は驚きを隠せずにいた。

 イスは口を「ω」の形に結んで、困惑する私の肩を掴むと、わりと真剣な眼差しで私を射抜いてきた。


「ですから、そういったご自身の真の正体的なものに行き着くには、あまりにもタイミングが早すぎませんか?まだわたくし達が知り合って、数十日程度しか経ってませんのよ」


「何ベクトルの心配をしてるのさ」


 えーと…要はこういうことかな。

 もし私達の旅が何かしらの物語だと仮定した場合、私が「人じゃなく遺物に宿った人格」と自覚して語るにはまだ早すぎる…みたいな?


「大抵そういったイベントは終盤近く、それも決別寸前で発生するものですわ。こんな早い段階だと、先程掴んだ真実はミスリードに終わり、後々別の真事実が発覚するという展開が…」


「私達の旅は別に物語とかじゃないし、今までもそんなドラマティックなイベントはそう起こらなかったでしょうよ」


 もしこれが何かしらの物語だとしたら、ここまで見せ場も山場も特に無い、つまんない話にしかならないだろう。

 でもそれが現実ってものだ。

 全てが自分に都合よくドラマティックに展開されるなんて、まずありえないからね。


「そもそも世界にそんなご都合展開が溢れてたなら、私はもっと早くに誰かに身請けされて、勧善懲悪の旅とかに出たりしてたでしょうよ」


「そういった旅に興味がありましたの?」


「自分で口にしといて何だけど、よくよく考えてみたら全く無かったわ。」


 勧善懲悪…ではないにしろ、悪を討つのはどこかの亡国の姫が似たようなことやってるし。

 かといって悪名轟く人物として活動しようにも、破滅さんが幅を利かせてるし。

 世界のアイドル的存在でお金持ち…目の前におるがな。

 実は王族の直系だけど、世間を知るために身分を捨て…それもおるなぁ。

 あれ、改めて私って目茶苦茶地味では…?


「これといった取り柄は魔法しかないのに、今は門が傷んでてしばらく魔法を使えないし…私ってただの足手まといでは…?」


「アトラにはヒトの身に収まりきらない、膨大な知識がありますでしょう?それも立派な資産のひとつですわ」


「…資産、ねぇ。話を聞く限り、私の知識や記憶は肉体の持ち主に継承されていなかったようだけど」


 地道なバックアップ以外に記録する方法が無く、私と共に失われてしまう知識なんて何の役にも立ちはしない。


「…このまま私が他人の体に居座り続けるより、いっそ消えて明け渡す方がいいんじゃないかな」


「アトラ…今のセリフ、ちょっと主人公っぽかったですわよ」


「感傷にも浸らせてくれねぇのな。」


 ムードも何も無いわ、全く。

 イスが叱ってくれると思って自分を無下にする発言をしたというのに、カノの不自然なまでの微笑みに包まれてしまった。

 しかしそれは、彼女が余裕だからではなくて…


「うふふ…ごめんなさい。正直わたくしも困惑していますのよ…アトラがネティやポティと同じく、遺物に宿った意思だなんて」


 遺物に詳しい彼女が抱く混乱は、私以上に大きいのだろう。

 額に冷や汗をかいて、顔色をぐるぐる変えながら言葉を探っていた。


「ええと、まず断っておきますが、アトラが遺物に宿った意思、人格だとしても、わたくしのあなたに対する愛情に何ら変わりはありませんわ」


「はぁ…」


「何なら少し興奮が増した気すら致しますわ。別人の肉体に宿った遺物の意思(アトラ)との恋…物凄く高度な浮気をしているようで。」


「ニッチな需要を満たすための見かたは遠慮してくれないかな?」


 こんな場合でもイスは変態のまま。場の雰囲気にはそぐわないのに、何故か安心している自分がいた。

 博愛と変態は紙一重なのかな…知らんけど。


「冗談はさておき、わたくしはアトラが消えてしまったら酷く悲しみますわ。スコットも、テティスだってきっと…」


 ヤケになって呟いた実のない言葉を拾い上げ、必死にフォローしてくれるイス。

 …本当はわかっていた。この子が仲間として、こいびとしてどれほど私を愛してくれているのか、なんて。

 イスならきっと、曖昧な私でも肯定してくれると知っていたから、つい痛い女アピしちゃったんだ。

 よくわかんない私の存在を、証明して欲しかったから。


「もうあなたを消させたりは致しません。ディゾネイターにも…破滅にも。」


 イスに絆されてなし崩しに付き合うことになったり、十秒にも満たない倒置法で誓いを立てられるだけで嬉しくなったり…つくづく私ってちょろいよなぁ。

 ごめんね、元の肉体の持ち主。

 私が居る限りあなたは自由に動けないだろうけど、短時間で全門を使用不可にさせる無茶な使い方をする檄禍真っ只中の人に、主導権を明け渡すわけにはいかない。

 せめてあなたの檄禍を終わらせて、不滅…私をこの体から安全に取り出す方法を見つけるまで、借り続けことを許して欲しい。


「ねえイス、ラルハール君はアーちゃんやイスよりも遺物に詳しいよね?」


「もちろんですわ。お父様の遺物に関する知識はダムデルいちですの」


「じゃあ彼なら知ってるんじゃないかな。既に効果だけと化した不滅をこの体から取り出して、何か別のものに移す技術…とかさ」


「…遺物の特性上、遺物の入手又は譲渡により、効果を他人へと移し換える事自体はもちろん可能性ですわ。ですが遺物を失った状態で、効果のみを肉体から抽出する術となると…」


 イスは腕を組み天を仰いで、ムムムと唸り始めた。

 しばらく考え込んでみたものの、彼女の脳内に打開策は浮かんで来ないようだった。

 が、思考を止めようとしたその瞬間。


「…あっ。確か以前お父様が、遺物の効果に取り憑かれた人の体から効果のみを抽出し、別のもの移し替え使用していたと語られていた気が…」


 以前イスの記憶と心を覗いた時には見えなかった話だ。

 よほど曖昧な記憶なのだろう。


「その時の記憶、はっきりと思い出せる?」


「お父様と行動を共にし始めたばかりの頃、就寝直前に聞いた気がするので、あまりは自信はありませんが…」


 以前記憶しておいたイスの過去にアクセスし、ラルハール君と行動を共にし始めた頃、寝る前の情報に絞って目を光らせる。

 …この頃のイスは育て親の老夫婦を亡くすきっかけとなった餓狼作戦のせいで、夜間の睡眠に恐怖を覚えており、毎夜毎夜ラルハール君が嫌な顔ひとつせず、安心して眠れるようずっと傍について、武勇伝を語っていたようだ。

 しかし内容は武勇伝というより…遺跡でヘマをした話、贋作の遺物を高値で売りつけられた話、魔物用のトラップにハマった話など、格好のつかない失敗談ばかり。

 だがどの話も、オチに辿り着く前に記憶が途切れていた。

 それはイスが心安らかに眠れていた証でもあるのだが…っと、この記憶かな。


『──でな、俺ぁそいつを暴走させてた遺物の効果を取り出して、別のモンに移す技を開発してよ。どうにか事なきを得───』


 …確かに酷く曖昧な情報。だが、声色も口調も抑揚もラルハール君のものに間違いない。

 イスが脚色した記憶でもなさそうだ…詳細は判然としないが、少なからず話に信憑性はあると言える。


「…ラルハール君に会って、遺物の効果を別の何かに移し替える方法が分かれば…」


 もしかすると私は誰かの体を間借りする存在ではなくなり、いつか一人のヒトとして行動出来るようになるかもしれない。

 これまではただ友人として彼を救うつもりでいた。

 でもこれからは違う。

 この肉体の持ち主に体を返還し、疚しさに後ろ髪引かれず私が私として生きられるようにするために。

 本当の意味でイスの恋人になれるように…今、改めて決意を固めた。


「出来るだけ早く、絶対にラルハール君を救おう、イス。」


「え、ええ。もちろんですわ」


 この時のイスがどんな思考で居たのか、一人勝手に盛り上がっていた私には知る由も無かった。


「(なんだかアトラ、この短時間で自己完結されたようですが…まぁ、元気になられたならよかったですわ)」


 私を見守る生暖かい視線をよそに一人盛り上がった私は、このあと寝る前に一連の出来事を思い出して悶絶したのであった。


続く。

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