存在理由
知らない間に魔法の門が全て、極度に傷んでいた。
気を失っている間に暴発した?いや、そんな感覚は微塵も無かった。
「いっ…つつ…」
訳分からんけど、こんな調子じゃ魔法なんてとても扱えない。
門が身体機能のひとつと呼ばれる以上、初回の開門失敗と違って修復も可能なのだが…一つの門を修復するにも、膨大な魔力が必要となる。
以前無茶して木の門を傷めた時は、完全修復まで八年の歳月を要したっけな。
ただそれは元々私が魔力を生成出来るスピードが遅かったからであって、魔力生成速度の上昇に加え、摂取エネルギーを魔力に変換するスキルを用いたら、一週間に一門ペースで修復が行えるだろう。あくまで目安の数字だけど。
「…ふう、痛みが落ち着いてきたかな」
魔力が貯まるまでの間、少なくともあと五日間は門の開閉を禁止しておかないと。門が傷んだ状態で魔法を使い続ければ、やがて壊れて二度と魔法を扱えなくなる危険性が高いからね。
「五日…五日かぁ」
今にして思えばイスに魔力結石の治療を行われるまでの間、魔法を使わないのが当たり前だったのに、最近は何だかんだ毎日のように何かしらの魔法を使ってたっけ。
五日なんてあっという間なのに、何故かひどく長いようにも感じてしまう。
「(こういう時に限って魔法関係の仕事とか舞い込みそうで嫌だなぁ…あ、フラグかこういうの。)」
まぁあくまで正規の魔法の門が使えなくなっただけであって、魔力生成と魔力回路に問題はない訳だから、門を介さないスキルや禁術は問題なく使用が…うん、出来るね。
いざとなれば光を斬り伏せる刃をメインウェポンとして備えられるし、大袈裟に焦る必要はなさそうだ。
少し大人しくしていたら痛みも大分引いてきたので、私はゆっくりとベッドから立ち上がった。
すると正面の木製扉が音を立てずに開いて、見知った金髪の女性が顔を覗かせてきた。
「…あっ」
こちらを伺う視線と私の視線がぶつかり、彼女…イスは一瞬ギクッとしたリアクションを見せた。
「えーと…アトラ、ですわよね?」
「なんで疑問形?私はアトラだけども」
今更どういう意図の質問なんだろう。
イスの反応に首を傾げていると、彼女は安堵しながら部屋に入ってきた。
「よかった…元に戻りましたのね」
「んん?どういうこと?」
「もしかして、何も覚えておりませんの?」
「え?」
…イスのリアクションと声色から、私をからかっているつもりでは無いと察せる。となるとやっぱり、おかしいのは不自然に記憶を失っている私の方…ってことになるか。
聞くのは少し怖いけど、知らなきゃ始まらないし…私は思い切って話を切り出した。
「…何があったのか、聞かせて貰えるかな」
「それは…ですわね」
イスの口から切々と語られ始めたのは、つい二時間ほど前に起きた出来事の話だった。
彼女たちがクレイオルデンを踏破した後、私が心配になって道を引き返したものの、街の中心地辺りで凄まじい衝撃波が発生し、クレイオルデンの市街地がまるまる吹き飛んだこと。
その衝撃波を放ったのは恐らく私で、錯乱でもしていたのか、まるで別人のような態度をとって突然イス達に危害を加えたこと。
そして私が気を失った最たる原因が、クレイオルデンに常駐していたとされる遺跡の維持管理機構にして、遺物の効果を停止・抑制する、ディゾネイターとかいう奴のせいかもしれないってこと。
「遺跡の維持管理をする人型の機械、ディゾネイター…かぁ。私も初めて認識する存在だよ」
「アトラもご存知ありませんでしたの?」
「少なくともドレステミル近辺の遺跡には居なかったね。そんな便利なのが居たら、ドレステミル地下都市の遺跡も少しずつ壊れたりしてなかっただろうし」
「…となると、遺跡のなかでも比較的新しい機構なのでしょうか」
「確か遺跡の年代って、ドレステミルから帝国方面に向かうにつれて新しくなってるんだよね?」
「ええ」
「なら帝国方面…アステリア大陸で比較的新しい時代に造られた機構が、セス=レモアに渡ってきたって線も考えられなくはないよね」
「可能性は高いと思いますわ。奴…破滅が精力的に遺跡の調査活動を行っていたのは帝国周辺でしたし、その辺りでディゾネイターに関する情報を入手していたのかもしれません」
イスの話によるとディゾネイターは何故かミアちゃんの管理下に置かれており、二人(?)はレステ方面に向かって去ったという。
ディゾネイターの遺物効果無効化能力がミアちゃんの情報通りならば、アレを適切に管理できるのは現状彼女だけだろう。
「…遺物も大概ではありますが、私の遺物やアトラの不滅さえも容易に抑制してしまえるディゾネイターは、危険度の格が違い過ぎますわ」
「そうだねぇ」
接近するだけで遺物の効果を無効化する存在、ディゾネイター。
これまで「不滅の力が無くなったら」なんて幾度も考えて来たけど、意識を保ったまま全感覚がブラックアウトして、知らないうちに体が暴れ回っていたとか、予想すらしてなかったよ。
…まさか自分が身につけた魔法で、大切な二人を傷付けてしまうとは。
大事に至らなかったのは良かったけれども、仲間に手を上げた事実が良心を痛め、その呵責に耐えられそうになかったため、私はベッドから降りてイスに頭を下げた。
「…ごめんなさい。水魔法でイスとテティスを傷付けて、命を危険に晒してしまって…」
「そんな、アトラが謝る事ではありませんわ」
「でも、私が混乱して二人に対して魔法を使ったことに変わりはないし…」
「あの時のアトラは、こう表現するのも妙ですが、完全に別人でしたわ。まるで誰かがアトラに乗り移って、好き勝手暴れていたような…知らないお方と対峙した気分でしたわ」
「…別人…?」
私は昔からこの性格で、この人格ひとつだったはず。
私が認知していない隙に動いていたとか、今回のような行動を起こしたという話は一度も聞いたことがない。
でもそういえば、私が認識してる年齢は十六歳なのに肉体年齢が十八歳だったりと、不可解な点は以前から存在した。
…ふとひとつ、私の心の中にとある仮説がプカリと浮かび上がってきた。
「…ねえイス、その別人みたいな状態の私って、具体的にどんな態度を取ってたか覚えてる?」
「ええ、覚えてますわ。とにかく感情の起伏が激しく、言動ひとつで癇癪を起こして、気に入らないものをすぐに消そうとしておりました」
…やっぱりだ。
その特徴は私もよく知っている…昔、嫌と言うほど見てきた人々の反応だ。
「…オリジンドワーフの特性」
「オリジンドワーフ…遥か太古の住人で、アトラの種族名でしたわよね」
そう、オリジンドワーフは私の種族名。
元々ドレステミルの人々は皆オリジンドワーフだったが、今では永い時を交雑を重ねてその血は限りなく薄まっている。
だからこそ、いつしかこの忌まわしい現象から解放されたものだと錯覚していた。
「そのオリジンドワーフの特性とは、一体…?」
「…純血のオリジンドワーフはとある年齢を境に感情の制御が不安定になり、些細なきっかけで善悪の判断力を失い、異常なまでの攻撃性が発露する「檄禍」状態に陥る。で、その年齢っていうのが…十八歳。」
「…!」
イスも事情を理解したらしい。
つまるところ私の肉体は正真正銘十八歳を迎えており、檄禍の真っ只中にいるということ。
そして残るもう一つの謎…こちらは気付かなければよかったと思った。
「たぶん、イスたちと対峙した攻撃的な私は…本来の私」
「おやめ下さいアトラ、もうそれ以上は…」
彼女ももう察しがついているのだろう。
檄禍した私を「完全に別人」と感じて口をついたのは、実際にそうだったから。
「そして今喋っているこの私は、本来のこの肉体の持ち主ではなくて…不滅に宿った人格なんだと思う」
言葉にすると改めて感じる。
私とは…一体何なのだろう。
続く。




