それぞれの役割
約三百年前、薬品事故によって壊滅に追い込まれるまでは栄華を誇っていたセス=レモアの主要産業都市、クレイオルデン。
我々がひた走る西端から東端までの直線距離は約66km、これでも最短ルートなのだ。ちなみに南端から北端までの直線距離は約286km。
クレイオルデンさえ走破してしまえば、険しい山道や曲がりくねった道を選んで進む必要が無くなり、我々が目指すセス=レモアの関門へ続くなだらかな大公道に乗れるのだ。
しかも大公道沿いにはレステよりも発展した街がいくつもあって、わざわざ建築スキルを駆使してレストハウスを建てずとも寝食に困らないという。
ほとんどデータの無い異形の魔物が潜んでいる危険性は無視出来ないが、走破して得られるメリットは大きいのだ。
「(…にしても、凄いスピードだ)」
アタック開始から約四分、現在の走行速度は時速357km。
計算すると我々は一秒間におよそ100m近い速度で進んでいた。昨日バイクの整備をした際、より速く走れるようチューンアップしたと言っていたけど…いつもの四倍近い速度が出てる。
前傾姿勢で空気抵抗を減らし、邪魔する者が居ない道をひたすら爆進。私は警戒を怠らないようにしながら、イスの背中に辛うじてしがみついている状態だ。
テティスは…うん、クラッシュしたらヤバい速度なのに全く動じていない。むしろアタックを楽しんでさえいるみたいだ。
猫獣人は動体視力に優れた種族だから、このぐらいの速度なら生身でも対応可能なのかな。
今のところは魔物の襲撃も無く、順調にクレイオルデンを縦断出来ている。
あと一分半も走れば、踏破まで残り半分。
何事も無いようにと願っていた、まさにその時。
走行音と風切り音をも切り裂くアウードュラの大咆哮が、突如私の耳に飛び込んできた。
「(アトラ!!不測の事態が起きやがった!!)」
切羽詰まった怒号に近い叫び声。発信場所はここから北側、かなり近い。
私をワンパンで吹っ飛ばしたアウードュラらしからぬ焦りように、ただならぬ気配を感じて、私はイスのお腹を三回タップした。
彼女はアウードュラの言葉を理解できていないはずだが、声色から緊急事態を察したのだろう。すぐさま頷いて、更にアクセルをふかした。
ちらりとテティスを伺うと、彼女は決意を固めた表情で真っ直ぐ私を見据え、イスと同じように頷いた。
私はすぐさま風の門を開いてイスの腰から手を離し、後方気味に浮上。前下方へ風を噴射しながら慣性を殺し、やがてホバリング状態でその場に留まり、走り去っていく彼女たちの背を見送った。
すかさずアウードュラの咆哮が上がった北側に飛び立ち、彼の気配が停滞している場所を目指した。
そして突然…本当に突然、何の予兆もなく視界がブラックアウトした。
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アトラの合図を受け、別行動開始から十分。
わたくしとテティスは魔境・クレイオルデンを走破し、バイクから降りて自然に還りつつある緑化旧公道を駆け抜け、なんとか安全地帯である峡谷道に出られましたわ。
「はぁ、はぁ、はぁ…ふう。テティス、無事ですの?」
「お二人のお陰でわたしは何ともありません。運転お疲れ様でした、イスさん」
アトラに施して頂いた防護魔法のおかけで、今のところ二人とも肉体に影響は出ていないみたいですわね。
テティスが無事で何よりですが、今は手離しで喜べる気分ではありません。
「アトラの役割…出来れば果たす機会が訪れないで欲しかったですわね」
「はい…心配ですね」
昨日の作戦会議中と今朝、再三に渡りアトラから提示されていた彼女の役割。
魔物の襲撃や対応しなければならない事態が差し迫った場合、自分を囮にして何が何でもテティスの安全を確保するように…と。
最近のアトラは出会った当初と比べて、魔力の貯蔵と循環が比肩にならないほど効率的に行われており、まさに「伝説の魔法使い」という肩書に恥じないスペックを取り戻しつつありました。
永い永いブランクのせいで全盛期の感覚とやらは未だ掴めてはいないみたいですが、それでも彼女はわたくし達に絶対的な安心感を与えて下さっていた。
昨日も万全を期すために、油断を消し去る気で厳しい戦いに身を置いておりましたが、有り余る魔力の効果で肉体に疲労は残存していなかった。
はっきり言って今日のアトラに死角は無い。それは断言出来ますの。
しかし…何故でしょう。
嫌な胸騒ぎが止まりませんわ。
「アトラ…」
彼女は死にたくても死ねない、殺しても殺せない不滅の存在。
なのにフッと彼女の存在が消えてしまった…確証は持てませんが、この身に宿る熱がそう囁いておりました。
…けれどいくら不安に苛まれようとも、わたくしはわたくしに与えられた役割を果たさなければなりません。
テティスを護り、合流地点に無事移送する。
ただそれだけを胸に掲げて…。
再びバイクを設置し、事前に決めていたアトラとの合流地点、大公道のジャンクション手前に目的地を定めます。
「行きましょうテティス、アトラの覚悟を無駄にしないために」
「…はい」
アトラたっての希望とはいえども、この行為を端的に言えば彼女を都合のいいビーコン代わりにして、危険地帯に置き去りにすることで安全を得ている。テティスの表情が晴れなくても、無理はありませんわ。
どことなく重い足取りでサイドカーに乗り込み、わたくしもシートを跨いでエンジンをかけました。
もしもの時は絶対にテティスに危害を加えさせない選択を取るように…アトラとの約束を再度胸に刻み、わたくし達は合流地点へ向けて走り出しました。
この時アトラがどのような状態に陥っていたのか、微塵も知らないまま…。
続く。




