建築ですわ!
「いやー、魔力結石って体の不調にも繋がるものなんだねぇ」
結石が解消され、全身に魔力が循環し始めてから歩調が格段に軽くなった私は、街道に戻って旅路を歩んでいた。…がっくりと肩を落とし、トボトボ歩くイスを従えて。
「そ…それは何より、ですわぁ…」
声のトーンが激重い。
町中で見せていたハツラツさは見る影も無く、今にも足をもつれさせそうでハラハラさせられる。
なにゆえ彼女が気落ちしているかと言うと…詳細を述べるのは流石に憚られるので、雰囲気から察してもらえると助かるな。
「さっきのこと、まだ気にしてるの?」
「うっ…」
「言ったじゃない、私は嫌じゃなかったって。むしろ…結構良かったよ、うん」
「ああああああああああ!!!!」
イスは絶叫して街道にひれ伏す。
高価そうな装備や美髪が土埃にまみれることも厭わない、見事な土下座だ。
「永年秘めてきたアトラの純潔を弄んだ罪…不肖イス、ここで腹かっさばいて自害致しますわ」
「そこまでの行為はしてないでしょ。ていうか秘めたくて秘めてた訳じゃないし」
このままだと今回も樹海から抜けられそうに無いので、無理矢理イスを立たせてケツを叩いた。もちろん比喩的な意味で。
「ほらほら、最初は私が行きたいところに連れていってくれるんでしょ?だったら私「海」が見てみたいなぁ」
イスは高貴な顔を砂と涙でぐちゃぐちゃにしてべそをかきながらも、私の要求に応えようと共に歩みだした。
「うう…それでアトラの気が晴れるなら…」
「元々曇ってないから。ていうか、ああいう事がしたくて私を身請けしたんじゃなかったの?」
「蒸し返さないで!!」
イスは顔を両手で隠すものの、鼻の先まで真っ赤に染まっているところは見逃さなかったよ。すっかり主導権がこちらに移ってしまったみたいで、ちょっと楽しい。
まぁ他人をからかう趣味は無いけどね。
私たちは駄弁りながら牛歩で街道を進み、樹海から抜け出せたのはすっかり日が暮れた後のことだった。
二人とも暗視スキル持ちだったので、松明が無くとも暗闇で行動できるのは幸いだね。
「さて、空にはすっかり暗幕が張られておりますが、イスさんや」
「なんでしょう?」
「海云々以前に、この辺りに宿泊施設等はありますでしょうか」
「半径50km圏内には、宿泊施設はおろか人里すらございませんわ。強いて言えば、ドレステミルくらいしか…」
「あんな盛大に送り出してもらっといて、即日出戻りはダサ過ぎるでしょうよ」
「そうですわよね…。バイクで一走りすれば、日付が変わる前に最寄り町に着けるでしょうけれど…海からは遠ざかってしまいますわね」
ぶっちゃけ海が見たいって言ったのは、イスを立ち直らせるために最初に思い浮かんだ方便だったんだよね。樹海と荒野しか見たこと無い民なので、ちょっとくらいは興味あるけどさ。
またイスが思い出し落ち込みしても面倒だし、とりあえず海ルートで話を合わせることにした。
「アトラの門出には相応しくありませんが…今夜はここいらで野営して、夜明けを待ちましょう」
野営。なんて心踊る言葉なのだろう。
ドレステミルでは常に屋根の下で眠れていたから、野宿ってやつに密かに憧れてたんだよね。
眠っていた童心が沸き上がる一方、高貴な存在のイスを青空生活させてしまう罪悪感も現れる。
「でも悪いよ…私の都合で、王族のお姫様を野宿させるなんて」
「王族?誰がですの?」
イスはマント裏をまさぐりながら、キョトンとした様子で聞き返してくる。同じく私もキョトンとしてしまう。
「え?いや、だってイスってどこかの王族の姫なんでしょ?」
「いえ、わたくし生まれも育ちも街外れの貧民区ですわよ」
…そういえば、イスは自らを「王族」と名乗りはしなかった。ただ街で聞いた噂話を鵜呑みにして、容姿と立ち居振舞いから勘違いしていただけ。
思い返せば、ちょくちょく言葉遣いが荒かったり、思考が汚かったりしたなぁ。
「なーんだ、そうだったんだ…」
「…もしかしてガッカリしましたの?」
「いーや?むしろ逆で、肩の荷が下りた気分だよ」
これまで「イスは王族だから」と粗相の無いように振る舞ってきたので、肩肘張って仕方なかった。
変わらず恩人ではあるから粗暴な扱いはしないけどね。たぶん。
懸念材料がひとつ消えたことで、一気に体の力が抜けてきた。私は草むらに尻餅をついて、そのまま仰向けに倒れる。
「はー…なんか急に力抜けてきた…。今日はこのまま、ここで寝ようかな」
「いけませんわアトラ、仮にも幼じy…淑女がこんな所で身を投げ出して眠るなんて」
「誰が幼女だ。恐らくこの世界で一番の年上だぞ私は」
「ではシニア扱い致しますわね」
「幼女でいいわ。」
なんかもう老ける老けないって次元の歳の取り方してないから、おばあちゃん扱いは地味に傷つく。かといって、私の時代なら成人と謂われていた肉体年齢16歳に幼女扱いも相応しくないが。
ややこしそうなので、その辺りはイスに対応を一任しておこう。
私は上体だけを起こして、イスに尋ねた。
「ところでさ、このまま寝るなって言うなら、今晩どうやって眠るつもりなの?」
イスはにんまりと笑うと、マント裏から菱形の紅い宝石がはめ込まれた、小さなペンダントトップのようなものを取り出してこちらに見せてきた。
「それはもちろん、建築ですわ!」
「…けんちく?」
「あら、建築スキルはご存知ありませんの?」
建築スキル。私が伝承したスキルの中に、そんなものは無かったはず。
だとすればドレステミルの外で生まれた、比較的新しいスキルかな。
「うん、初耳だね」
「でしたら説明を交えつつ、実演していきますわね」
ここで妙なマウントを取って高飛車ぶらない辺り、下手な王族よりも王族っぽいのだけれど。
私はイスの隣に並び立って、彼女の行動を間近で窺う。
「建築スキルというのは、3年前からギルドで修得出来るようになった新スキルでして。等級は下から「仮建築士」「三等建築士」「二等建築士」「一等建築士」の4種がございますわ」
「かなり最近なんだ。それで、等級による違いとかってあるの?」
「等級が低いほど、使用できる資材種・建築場所や建築物のサイズ・建築物の所有数に制限が為されますわね」
スキル取得したての者が、スキルを乱用するのを防ぐための措置だね。ライセンスは規約に従って正しく使うのが、古代からの約定だもの。
「ちなみに、イスの等級は?」
「わたくしの建築スキルは、一等建築士の上を行く「特級建築士」ですわ」
「早速4種じゃなくなった。」
「金にモノ言わせて創らせた、わたくしだけの等級ですの」
「そういう正直なとこ好きだよ」
イスの話を真に受けるなら、彼女は貧民区出身。
しかしどういうわけかお金だけは本当にたくさん持ってるんだなぁ。
「特級建築士は資材種、建築場所、建築サイズ、保有建築数無制限なので、資材さえ有していればいつでも好きな場所に好きなだけ拠点を置けるんですのよ」
帝国の国家予算並みと謡われた私の身請け金すらも「はした金」と呼べる程の資金を有しているにも関わらず、警戒心もなく自慢気に語っているのはただの慢心か、それとも対処するだけの力を持つが故の余裕か。
今後も共に旅をするなら、一度くらい実力を計っておいた方がいいかもね。
…それはまた折を見て行動に移すとして。
「建築スキルって、私でも取得できるかな?」
「ギルドカードと受講料25000ギアさえあれば、各地のギルドで仮建築士講習が受けられますわよ。以降の等級アップには更新手数料2000ギアがかかりますが、三等~一等までの筆記・実技試験は難しくないので、アトラなら問題なくパス出来るでしょう」
「あ、一応ちゃんと等級アップ試験とか受けてたんだ」
「もちろん。こう見えて勉強好きなので」
魔力が戻ってから、これまで習得した知覚系スキルがいくつかパッシブ状態なので、嫌でもわかってしまう。
彼女の私に対する言葉には、全くこれっぽっちも裏表がないのだ。
王族ではないことも、大金を有していることも、勉強が好きなことも。全て本心を語っている。
これまで大砂漠の砂粒に匹敵する数の人々と接してきたが、イスほど誠実で気持ちの良い人物は、両手で数える程しか居なかった気がするわ。
「それでは実演に移りましょうか」
イスが手にした宝石を前方にかざすと、紅い魔力の光が周囲に弾けて霧散する。
「今回は一夜を越せるだけの簡素な作りにするつもりなので、建築範囲は20×20程度に設定。素材はカーボニット木材で…」
私の目には映らないが、イスの瞳には恐らく建築範囲や資材のデータなどが投影されているのだろう。
あの宝石は建築スキルに必要な情報や魔術が組み込まれた、さしずめ情報端末のようなものかな。
「まずは基礎となる土台を置いて…」
イスが視線を移した先に、突如正四角形に組まれた木材の塊が出現した。一辺の長さは3m、高さは地面から40cmくらいかな。
土台の基礎部分は、四隅と中央から真下に伸びる5本の柱と、外側4面をバツ印の支柱で固定した通気性良好な造り。
床となる天板部分には、約8cmに切り出された細長く艶やかな木材が規則正しく配置されている。いわゆるフローリングという床材だ。
実体の半分以上が土に埋もれているようだが、無理に地面を押し広げた様子は無い。出現させたというより、建築地点の土と木材を置換したのかな?興味深い。
イスは設置した土台を起点に、更に土台を縦に4つ、横に3つ、床板の向きを合わせて埋めて行き、5×4マスの床を完成させた。
「これでリビングと寝室の土台は完成ですわ。あとはお手洗いと洗面所用に、3×2マス追加して…」
「え、水源はどうするの?」
「まあまあ焦らずに、後で説明致しますから」
あっという間に追加の土台が設置され、イスは私の手を引いて土台の上に誘った。
見た限りだと薄くて頼り無さそうだった床は、乗った感じ結構しっかりしてる。踏み締めても軋んだりせず、ちゃんと衝撃を吸収して柱から逃がしている。
「お~…木造建築、地味に初めて」
「ドレステミルは石の建造物ばかりでしたものね」
次にイスは街道側に面した一辺に、ちょうど人一人が通り抜けられる程の長方形の穴が空いた木材の壁を設置した。幅は床と同じ3m、高さは2m。
「ドアは頑丈でセキュリティ性の高い、チタン合金機械扉にしましょう」
「なんか凄そうなの出た。」
木材の扉枠に似つかわしくない、黒光りする仰々しい扉が長方形の穴にピッタリはめ込まれた。
同時に、私から向かって左側に図鑑くらいの大きさのパネルが現れた。
「後でわたくしとアトラの顔と魔力を、認証キー登録しておきましょう」
「外の技術凄いねぇ…」
ドレステミルの技術はいったい何世紀遅れているのやら。
外とのギャップに驚いている間に、イスは木材の壁や透明な板の壁、傾斜のついた屋根、間仕切りの壁を次々に設置していって、あっという間に見事な家を完成させてしまった。
玄関2マス、リビング6マス、洗面所4マス、トイレ2マス、通路3マス、寝室9マスの系26マス。
寝室に至っては壁を縦に3つ積み、4mの高さに5マス分の床を張り、子供心をくすぐるロフトが作られてしまった。
「後はマテリアルジェネレータを床下に組み込み、マテリアルを注入し起動すれば…」
床下からヴン、と振動音が響いてくる。
魔力と似た、しかしどこか無機質な波動が建物全体に広がっていくのが感じ取れた。
「なんか不思議な感覚…」
「人工魔力、魔力で作動する機械を動かすためのエネルギーですわ。魔力に精通した「賢者」職などは違和感を覚えると聞きますが、アトラにもその素質があるようですわね」
「職…そういえば、ドレステミルを出た今は「町の案内人」じゃやってけないよねぇ。ギルドに着いたら、早いとこ転職しなくちゃ」
当然、職が無くちゃ収入も無くなる。嬉しいことにドレステミルではそこそこ指名されていたから、軽く数千年は遊んで暮らせるだけの貯蓄はあるものの、人間たるもの働いて稼がないと。
「私、イスの負担にならないよう頑張って働くね」
「…アトラは私を変わり者扱いしますけれど、あなたも大概ですわね」
「まあ自分でもわりと変人だと思ってるよ」
イスは壁や天井に発光するテープみたいなものを貼り付け、室内に灯りを灯していく。
暗視スキルを解除し、本来の色覚に戻してから改めて見てみると、光源は松明よりも遥かに明るいのに、手を近付けても全く熱を発していない事に驚いた。
「すごー…めっちゃ明るい」
「間近で見ると目を痛めますわよ~」
軽く諌めつつも、イスは流暢に家具を配置し始めた。
リビング中央に黒地のラグマットと背の高いテーブル、それから対面するようにハイチェアを2つずつ。
「チェア、4つもいる?ふたつあれば十分な気が…」
「建築スキルで建造した拠点は、レストハウスとして他者に解放することで収入を得られますの。この辺りには宿泊施設が無いので、きっと重宝しますわよ」
「あぁなるほど。それはいい考えだね」
実際に訪れたからこそ発見できた諸問題を放置せず、自ら解決出来るなら惜しみ無く術を振るう…出来損ないの貴族よりも貴族っぽい。
「宿泊費は1人1泊2980ギア、休憩は1400ギア、補充用マテリアルは、最近の相場だと1つ700ギアで…」
内装の配置も価格設定もかなり手慣れている。まるで職人が仕事をするような…。
と、そこまで考えてハッと気づく。
「もしかしてイスの収入源って、レストハウス経営からくるものでは」
「違いますわよ?」
違った。
「そ、そっかぁ。かなり手際がいいから、てっきり経営者か何かだと…」
「そもそも建築スキルを収入源にするには、かなりリスキーですわよ」
「そうなの?」
私はイスに連れられてリビングの奥へと伸びる通路を進み、寝室へ移動した。
「建築資材は購入することも可能ですが、この規模の建築をしようとすると、数百万~数千万ギアは下らないでしょう」
「たっけぇ。」
「採取スキルと加工スキルがあれば、タダ同然で資材を得られはします…が、労力と時間消費がバカになりません」
イスみたいに窓際にシングルベッド4つ、通路側の角に「くの字型」コーナーソファと円卓をポンポン配置しているのは、例外中の例外中ということか。
経営職でないとしたら、彼女の冒険者職は一体…。
…いや、まどろっこしいから聞いた方が早い。
「イスの冒険者職が何かって、聞いてなかったね。教えてもらってもいい?」
「構いませんわよ。わたくしの職は…」
この辺りで次回へ続く。
…なんてありがちな引きはせず。
「クインナート・Tf・ラピスマインと名前に入っている通りThief、盗賊ですわ」
「盗賊…」
盗賊…とうぞく…とぉぞく、ぉーぞく…王族。
今度こそハッと合点がいった。
「そっか、町の人は盗賊と王族を聞き間違えてたのか。てかイスに「盗賊ですわ」とか言われたら誰でも「王族?」って自動変換するわ」
「王族だという思い込みは、そういうことでしたのね」
私はイスと声を合わせて笑った。そらもう床が振動を吸収できないくらいの大声で。
そして笑い声がピタリと止んだところで、私は壁を殴りながら一人叫んだ。
「…ってか盗賊なのかよ!」
恩人が犯罪者だと判明したところで、今度こそ次回に続く。