クレイオルデン縦断開始
アウードュラに伝えた「四日後」のレート問題。
現代の時間経過速度でだと理解しているかどうか、脱衣所にて神様のリセルナと音声のみでコンタクトを取り、確認したところ。
『彼はきちんと理解されているようですわ。クレイオルデンに巣食う変異魔物種の討伐状況は芳しく、現時点で88.67%…約束の明日未明にはほぼ掃討され、新たな交通路として開発が始まってもおかしくない程の安全性が確保されるでしょう』
「良かった。じゃあ今日は明日の出発に向けて、色々準備しなくちゃ」
クレイオルデンを縦断すれば今までの遅れを全て取り戻せる。それどころか大幅の時間短縮にもなる。なんだかんだ長居してしまったレステともそろそろお別れ…名残惜しいような、新たな土地へ行ける楽しみが強いような、複雑な心境だ。
私はリセルナとの繋がりを遮断して、泡の洗顔フォームで顔を洗い、水で流し軽くタオルドライ。
保湿化粧水を馴染ませて脱衣所から出たところで、床をモップがけしていたテティスと鉢合わせた。
「おはようテティス。毎日早くからお疲れさま」
「おはようございます。朝の掃除が習慣化しているので、やらないと落ち着かなくて…」
これからは暖季が訪れ、寒季よりも気温がいくらか高くなる時期。常時全身を体毛に覆われた獣人の毛が生え換わる時期らしく、どうしても抜け毛が気になってしまうみたいだ。
テティスは短毛種だからか、そんなに抜け毛が気になったことはないけども。
「種族毎の生理現象にはどうしても差が出ちゃうものだし、うちにいる時くらいは気を使いすぎなくていいんだよ?」
「ありがとうございます。…ではこのあと少し、背中側のブラッシングをお願いしてもいいでしょうか?」
「もちろん。リビングで待ってるね」
昨夜はイスがヒートアップしすぎて寝るのが朝方になったから、まだ起きてこないだろう。
私は掃除を済ませてリビングにやって来たテティスの背中を、毛並みに沿ってブラシで丁寧に梳き、余分な抜け毛を取り去った。
イスが起きてきて、テティスと用意した朝食を取ったのはこの二時間ほど後だったという…。
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昼前。イスの頭が冴えてきたところで、予定通り明日クレイオルデンを縦断する準備が整うことを二人に伝えた。
「廃都クレイオルデンの縦断…無事に成功すれば、有史以来の快挙となりますね」
「一応私達が縦断している間、警護してくれる手筈になってるけれども、油断なく行きたいね」
「ではわたくしはバイクの整備をしておきますわね。渦中でマシントラブルに見舞われてしまったら事ですので」
イスは常日頃からこまめにバイクの整備を行っているため、幸いここに来るまで不調をきたした事は一度も無いが、何事も「絶対」はありえないものだ。
特にこの旅は不死でも不滅でもない定命のテティスが同行するのだから、少しでも安全性を高めておきたいのだろう。
私も想いはイスと同じだ。
「私は街の外に出て、魔物相手に防護魔法の練度と強度を更に高めておこうかな。この前アウードュラに容易く破られたから、どんな攻撃にも応用が利くようにしておきたい」
「わかりましたわ。お互い、万全に万全を期しましょう」
全てはテティスを護るため…イスと厚い握手を交わした私は、部屋で冒険者衣装に着替えて玄関から出ると、風ジェットで高台から飛び降り、市街地へ向かった。
人々の隙間を掻い潜りながら舗装された道路をホバー移動しつつ、交通量の多い大きな交差点手前で一旦徒歩に切り替える。
ここの歩行者側の信号は少し時間がかかるので、デバイスを取り出し、ギルドのアプリを立ち上げた。
単に野良魔物を相手にするのではなく、近辺の魔物討伐依頼をこなした方が実入りがいい…というのもあるけれど、修行のためにはなるべく凶悪な魔物と対峙しなければ意味がないからだ。
幸いここは高難度エリアのセス=レモア。手強い魔物の情報には事欠かない。
私は信号が変わるまでの間に攻略難易度が高い討伐依頼を片っ端から受諾して、デバイスをポケットにしまい、ホバー移動を再開した。
…ひとえに防護魔法と言っても、細分化するといくつかの種類に分かれる。
物理攻撃を防ぐシールド、魔法や自然干渉を防ぐシールド、熱や冷気を遮断するシールド、汚染された大気や毒を遮断するシールドなどなど。
対アウードュラ戦では物理シールド全開で張っていたものの、結果はご存知の通り。シンプルな大質量攻撃に惨敗を喫してしまった。
普段から意識しないように気を付けていたが、心のどこかで「伝導師ソダム」「稀代の魔法使い」といった外聞にあぐらをかいていたのかもしれない。
明日は…いや、これからも失敗は許されない。
何としても魔法全盛期の感覚を完全に取り戻さなければ。
こうして私はレステ周辺の魔物達相手に連戦を繰り広げ、咄嗟の場合でも特性に合った防護魔法を発動することで、無傷のまま帰還を果たしたのであった。
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そして約束の日。
深夜にレステを発ち、サイドカー付きバイクで南東に向かい走ること約152km。
昇った陽の光を背に受けながら全く人気のない公道を下ってきた我々は、ご立派な樹木が生い茂り、ぶっとい根で舗装路を地割れだらけにさせている古の道路前で停車した。
イスはフルフェイスを脱いでバイクのエンジンを止め、颯爽と降車した。私とテティスもヘルメットを脱いでからバイクを降りる。
レステ方面の天候は広く快晴…しかしこの先には分厚く渦を巻いている暗雲が厳しく広がり、暴風雨に包まれている。
まだアウードュラが魔物を相手にしているのか、私達以外の冒険者を近付けないための防衛措置なのか。
いずれにしろ樹林を抜ければわかることだ。
「…ここから先がクレイオルデンなんだよね」
「ええ。約50mも行けば辿り着けますわ」
自然に還りかけているものの、古い地図によるとこの道はかつてクレイオルデンの旧街道に繋がっていた主要道路だそうだ。
以前はこの辺りにも変異種が徘徊していたと聞くが、周囲に魔物らしき気配は無い。
本来の生態系から著しく逸脱した魔境の都…アウードュラが安全性を確保していると信じよう。イスはバイクを遺物に収納して、目配せをしてから樹林に侵入。続いてテティス。私が殿を務め、用心しながらデコボコした道を進んで行くと…
「見えてきましたわ。古が生んだ人外魔境、廃都クレイオルデンですわ」
根を超えながら道沿いに歩くこと数分。進むにつれて樹木の密度が極端に減り、アウードュラが発生させているであろう暴風雨の影響をより身近に感じられるようになってきた。
そして密林を抜けた先に広がっていた景色…そこは、なんというか、これまで味わったことが無いほど異質な雰囲気を漂わせていた。
倒壊しかけの黒ずんだビル、完全に廃墟と化した家屋、散乱する瓦礫…様相はレステの廃倉庫街と大して変わらないのに、クレイオルデンの周囲と比べると、街中はやけに緑が少なかった。
「…アウードュラの嵐抜きにしても、周囲の気温と湿度は高いのに、全然植物が見当たらないね」
「ええ…本来ならよく陽も射し込むはずですのに、不気味ですわね」
過去に街を汚染したという薬品の影響だろうか。魔物の細胞を変異させる程の薬品なのだから、対毒物シールドに重点を置いておこう。
私は地の門を開いて、三人の身体を防護魔法で覆った。
…しかし、こうして冷静に遠巻きから彼の嵐を分析してみると、操作技術には目を見張るものがあるね。私達の少し後方、二m程度しか離れていない樹林にはさほど風が届いていないのに、前方僅か数十センチ…クレイオルデンの敷地ギリギリにまで、他を寄せ付けない暴風が逆巻いている。
恐らくアウードュラは遠く離れた街の中心地辺り、ここ西端から約33kmほど離れた場所に陣取り、嵐を発生させているはず。
彼らにとって嵐は単なる呼吸の副産物ではなく、私達人類にとっての手足みたいなものなのだろう。
多分、この嵐に触れると彼は私の存在に気づくはず。
それがクレイオルデン縦断開始の合図となるだろう。
「イス、バイクの準備を。」
「わりましたわ」
イスがバイクを用意している間、私は光を斬り伏せる刃に魔力を通わせておいた。
彼女が私達三人を乗せて出せる最高速度は直線でだいたい280km。咄嗟に魔物を迎撃しなければならない場合、相手を視認してから魔法を発動し、対象の座標固定を行っていたのではあまりにも遅すぎる。
なのでより直感的かつ高速の斬撃を繰り出せる、光を斬り伏せる刃に頼る他無いのだ。
尤も、頼りになる場面が来なければ万々歳だけどね。
イスは出発前の最終チェックとして、嵐の手前に設置したバイクの乗車前点検を始めた。
「サイドカーとの連結、タイヤ…問題なし、燃料確認よし、各計器類…よし、動作確認よし。いつでも出せますわよ」
「了解」
どの項目も二回に分けて指差し確認してからシートに就き、再びエンジンをかけた。
ヘルメットをつけたテティスがサイドカーに乗り込み、最後に私がイスの背後に乗車して、準備完了。
「それじゃあ、アウードュラに合図を送るよ」
「はい」
本当にこれが合図として成立するかわからんけど、とりあえず猛烈な風に手を伸ばして…弾かれるように触れた。
すると僅か数秒後。クレイオルデン全域を包んでいた嵐の壁が薄れ、空を覆う雲が嘘のように消えてゆき、レステ方面と同じ清々しい快晴を取り戻した。
もはや嵐牽というより天候操作の類だわこれ。
どうやら無事に合図と相成ったみたいだ。遠くの空からアウードュラの咆哮が響いてきた…意味は「いつでもいいぞ」とのこと。
暴風雨が過ぎ去っても街は依然として不気味だが、少し暖かなサプライズが用意されている事にふと気付いた。
「これは…道、ですの?」
イスがポツリと溢したように、私達の遥か前方…霞んで見えないくらい遠くまで瓦礫や廃墟が見事に取っ払われ、真っ直ぐ伸びる走りやすそうな道が用意されていた。
道幅はアウードュラの横幅と同じくらい…あいつ、粋なことしてくれるじゃないか。
「ガタツキも勾配もほとんど無いフラットな舗装路…集中しなくてはならないのに、走り屋としての血が疼きますわ」
フィンフィィイイイン!!
イスのバイクが珍しく雄叫びを上げている…まぁ魔力式エンジンの音だけど。
「…どのみち最高速度で駆け抜ける予定だったんだ。他に邪魔するものは無い…思いっきり行っちゃって」
本来なら嗜めるのが私の役割だけど、今回ばかりはウズウズしているイスの気持ちを焚き付けておいた。
安全性に気を配りすぎて残存魔物に捕捉されるより、リスクはあれども魔物が追い付けない速度で駆け抜けた方が幾分かいい。
それに…もしもの場合について、出発前に再三念押ししておいたし。
やれることは全てやり尽くし、驕りも抜かりも無くした。
後はアタックするのみ。
「それじゃあクレイオルデン縦断…開始!」
廃都最速伝説の幕が、今上がった。
続く。




