「殲滅」
元帝国王政を支配していた王族の血縁者はみな、スコット君が根絶したと聞いた。
しかし現在私の目の前におわすこちらの少女は、元帝国王政王族の血統だと指摘されても否定しなかった。
そんなわけで真偽を確かめるべく、スコット君と通信を繋いだのだが。
『ああ、彼女は間違いなく帝国の王族だよ』
「いやマジなんかい。」
単刀直入に肯定された。
一体どういうことなのか…と問う前に、ずっと疑問に思っていたこともこの際聞いておこう。
「てかさ、帝国って一般的に皇帝が統治してる国家とかを指す言葉だよね?なんで王族が支配してたの?」
『帝国というのは、ドレステミルやレステと同じただの国名で、分類上は王国にあたるんだよ。遥か太古の時代には皇帝が治めていたとされているけれど、数千年前に帝国王政を築き上げたかの王族が台頭してきたらしいんだ』
「つまり帝国王政って、ドレステミル王政とかレステ王政みたいなものなんだ?」
『そうだよ。現在は騎士団の指揮下にあるから、さしずめ』
「…下らない世間話に付き合っている暇は無いわ、スコット。あなたは必要事項の検討だけしていなさい」
和やかな雰囲気のなか、ピリピリした空気感を崩さない少女が打ち水のごとくピシャリと言い放つ。
この高圧さ…帝国王政王族と聞いてむしろ納得したかも。
スコット君はデバイスの向こうで小さく苦笑すると、一呼吸置いてからいつもの調子で話し始めた。
『本題に入る前に、まずは一言だけ。…ご無事で何よりです、マルリィヤ姫様』
帝国のマルリィヤ姫…文献によれば第一位王位継承権を有していた王の嫡女。スコット君が謀反を起こした約七年前の夜、就寝中に討たれたとされる人物だ。
確か享年は八歳…この少女がマルリィヤ本人ならば、現在十五歳前後か。
せめてもの慈悲として姫の遺体は衆目につかないようスコット君一人で処理行った、との記述があったし…優しいスコット君の事だから子供を手に掛けることが出来ず、密かに逃していたのかな。
彼の反応を見る限り、連絡を取り合うのは久々のようだが。
マルリィヤと呼ばれた少女は通話口から顔を逸らし、また溜め息をついた。
「…その名と肩書はあの夜、帝国に捨てたわ。敬語もやめなさい」
『わかった。では何と呼べばいいかな?』
「…名前と略称以外ならなんでもいいわ。不滅のアトラ、あなたが命名なさい」
「え、私が?」
デバイスホルダーに徹しようとしていたのに、矛先がいきなりこちらに…まぁいいか。
マルリィヤに引っかからない適当な呼び名は…あ。
「じゃあコテコテの姫だから「テコ姫」で」
「…それでいいわ」
「いいんだ。」
あまりに雑な命名だったから多少の反論は覚悟していたが、あっさり受け入れられてしまった。本当に「なんでもい」とは…。
こうして少女改めテコ姫、もといテコになったマルリィヤには、以降そのていで接する事となった。
テコは新たな呼び名に納得してるのかしてないのか分かり辛い面持ちで、こちらをじっと見つめて微かに眉を顰めた。
「…早く本題に移りなさい。そのためにわざわざ連絡したんでしょう」
「あ、うん」
元は騎士団が把握した元帝国王政関係者の情報をテコに流していいかどうか、元締めのスコット君に相談するため連絡したのだ。
彼にテコからの打診を簡潔に伝えたところ…
『やはりまだ、関係者を追っていたんだね』
「…あれらは帝国が産み落とした翳りそのもの。一人足らず「殲滅」して後世に遺すべきではないわ…このあたし自身も。」
強く拳を握ったテコの口ぶりから、いかに王政関係者と自身に流れる血を疎んでいるのかが垣間見えた。…彼女が将来取るであろう選択も。
『あなたの心は王族の悪意に染まってはいない。全てを終えた後、自ら命を絶つ必要はないんだよ』
「…あたしが自害しなくても、いずれ事実を知った民衆の手で殺される。それ程までに罪深いのよ…帝国王族の血というのは」
『では僕が擁立しよう。帝国に戻るつもりが無いとしても、生活の援助くらいは』
「駄目よ。騎士団のトップが帝国王族の血統と繋がっていると知れたら、ようやく築き上げた平和と信頼が失墜しかねない。…あたしとあなたは、もう直接交わるべきではないのよ」
テコはこれまでよりもきつい口調でスコット君に言い放った。
まるでイスが私たちに時折向ける慈愛と似た波長を感じる。テコなりにスコット君を…人民の平和な暮らしを思いやっているのだろう。
「…第三者を介した関係者の情報共有と、あたしの邪魔だてをしないこと。要求はそれだけよ」
『わかった。では以降の情報はアトラ様経由でお伝え頂く…ということでいいかな?アトラ様』
「スコット君がいいなら、私は構わないよ」
テコの暗殺技術は既に見せてもらったし、特定状況下限定の共闘のみとはいえ、対人戦に強い人員が増えるのはありがたい。
まだまだ謎が多い人物には変わりないけれど、少なくとも素性は割れたのだ。今のところそれで良しとしよう。
私はスコット君との通信を切り、早速テコと連絡先を交換した。
「じゃあスコット君から情報が来たら、都度報せを送るよ。平時は連絡を取らないようにした方が良いよね?」
「…ええ。共闘関係とは言っても、あくまであなたの情報を利用するだけ…馴れ合うつもりは無いから」
「(あ、これ後々屈して仲良くなっちゃうやつだ。)」
ありとあらゆる物語のツンキャラから考察するに、きっとテコは今後デレる。絶対。
けどタイミングは今じゃない。
目的の達成、並びに必要な情報を得たテコとは特に言葉を交わさず、私は足早に去る背中を見送った。
騎士団に連絡をすれば団員がここへやって来て、子供たちの保護とテルジアの遺体回収が行われるだろう。
…詳細はまだ聞いてないけど、テコは自分が騎士団と直接繋がることを頑なに避けようとしていた。
彼女の俊足なら既に付近から撤退しているはず。しかし早々に団員を呼んで万一彼女と鉢合わせてしまったらアレなので、子供たちの体力が移送しても問題ないレベルに回復するまで待つことにした。
そして約十分後、私はひとまずミアちゃんに連絡を入れて、作戦の完遂を報告。彼女経由で派遣された事情を知る小隊の手で、子供たちは騎士団の附属病院へ。テルジアの遺体は袋に詰めて搬出、その日のうちに火葬と散骨が行われたそうだ。
一方の私は屋敷に仕掛けられていた爆薬を回収し、防護魔法でコーティングした氷の球体内にて乾燥と燃焼を行い処理しておいた。
その後風ジェットで繁華街へと戻った私は、何食わぬ顔で書店に立ち寄り、アリバイ作りを施行。
帝国王族…特にマルリィヤについて記載された書籍を探そうとしたものの、何となく気が引けたのでめぼしい新書を三冊だけ購入して、二人が待つ拠点に戻ったのであった。
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…その日の夜更け。
イスたちと晩御飯を食べて、お風呂に入って、ゲームで遊んで…スコット君が創り上げた平和な時間を謳歌した後。
寝間着に着替えた私は、イスの寝室にある暖炉前でロッキングチェアに身体を預けて、隣のスツールに腰掛けたイスに一連の話を共有していた。
「…ということがあってさ」
「人知れず生き延びていた帝国の姫君…確かにコッテコテですわね」
そういうことって本当にあるんだ、くらいのノリでイスは話をあっさり受け入れた。
元王政関係者ですら指名手配犯扱いされている現状、直系の王族が生きていると知れば、王政に育ての親を奪われたイスは多少なりとも複雑な感情を抱きそうなものだけど。
「帝国王族が生きてて嫌じゃないの?」
「話を聞く限りお姫様は元王政関係者しか標的にしておらず、帝国王族の復興や治世には興味が無いご様子ですもの。市民への害意がないのであれば、どこぞの考古学者より安全ですわ」
ミアちゃんのことか。
話で聞いただけの人物より信頼度低いなんて、二人の和解には程遠そうだ。
イスは不意にスツールから離れて、私をひょいと抱きかかえた後ベッドに降ろした。
今夜は少し冷えるから、一緒に寝るつもりなのだろう。
「それにお姫様は育て親のおじい様とおばあ様の仇を討ってくださったのですから。感謝を伝えられなかったのが残念なくらいですわ」
右隣にイスが腰を下ろし、真新しいベッドが軽く沈む。
貧しいながらも幸せに満ちた貧民区での暮らしを、ある日突然王政に奪われたこと…それはラルハール君に救われた後も、心のどこかで引っかかり続けていたのだろう。
身を呈してイスを長らえさせた老夫婦が還ることはない。しかし餓狼作戦の発端を担ったテルジア・セルが討たれて、悔恨という重荷が少し下りたようだ。
イスが浮かべた晴れやかな微笑みは、なんとなくいつもと違って見えた。
「これでおじい様とおばあ様の墓前に、仇敵を討ち果たしたと報告できますわ」
イスは実年齢より僅かに幼い口調で帝国の方角にポツリと呟いた。その様子はどこか、胸が締め付けられるような感じがして…。
気付けばイスの肩を引いて、ベッドにぽふんと押し倒していた。
「わっ」
仰向けになったイスの隣に私も倒れ込み、腕枕した状態で彼女の方を向いた。
「…その時は私も一緒に報告していいかな」
「…もちろんですわ。きっとお二人も喜びます」
イスは身体をこちらに捻って、私と向かい合う。
微かに熱を帯びた視線が私の双眸を捉えて離さない…あ、こいつまたスイッチ入ってやがる。
彼女は私の額、瞼、頬の順に唇を落としていき、ボルテージを高め始めた。
私は明日ちゃんと起きられるかな、と思いつつ、激動の一日を終えた夜は更けていった…。
続く。




