胎動停止作戦2
あまり真っ直ぐに二番街の目的地に到達してしまうと、テルジア・セルの監視網に引っ掛かる可能性が極めて高い。
何せ相手は追われる立場にありながら、騎士団の目を掻い潜り、辺境のセス=レモアに身を潜めて、あまつさえ反撃の準備を進めるような奴だ。
デバイスを頼りに歩く…ふりをして、わざと二番街から離れる道を選んだり、雑貨店に立ち寄ってみたりと、急く気持ちを落ち着かせつつ慎重な行動を心掛けていた。
雑貨店では特に購買意欲を刺激されなかったので何も購入せず、再び目的地への移動を再開すると、計ったようなタイミングで前方の居酒屋から見知った顔の男性が現れた。
「じゃあまた来るよ大将」
深緑色のカーゴパンツに薄い青色のシャツと黒いパーカーを羽織った、飾り気のない黒髪の青年。
彼は今日の宝探し大会で高難度エリアの受け付け役を担当していた人だ。
何故つい先程まで開催されていた大会のスタッフが、10km以上も離れたここに、しかも私の行く先にピンポイントで出現したのか。
答えは特に考える必要もなく、自然と導き出された。
「(彼は騎士団の諜報員だったのか)」
彼はテルジア・セルの動向を探るべく送り込まれた人員なのだろう。
所作や雰囲気からは、体に染み付いているであろう騎士団員らしさがまるで感じ取れない。完全に一般人として行動している…見破り系のスキルを使っても、彼が騎士団員と知らなければ見破れない完璧な擬態だ。
青年は居酒屋の大将と軽く会話を繋げた後、私の方を向いて特定のパターンで視線を動かした。
これは…少し前にスコット君から送られたファイルに記載されていた、騎士団のアイコンタクトだ。
左目を薄く閉じて右目を斜め右下に素早く二回…確かこのパターンは「同調せよ」という意味だった。
彼に話を合わせればいいのかな。私は「了解」を意味するパターン、左目から右目の順に素早く閉じた。
すると青年は今私に気付いたかのように、小さく「おや」と発してからにこやかに会釈した。
「あなたは宝探し大会に参加していた…シアさんでしたよね?」
彼は愛称の「アトラ」ではなく、アルトレイシアの「シア」と呼んできた。イスと行動を共にしているから、アトラという名が知れているかもしれない事に配慮したのだろう。
私はデバイスの画面を切って、青年に頷き返した。
「ああ、宝探し大会のスタッフをやられていた…こんな場所で会うなんて奇遇ですね」
なるべく自然に返したつもりだが、演技プランこれで合ってるのかな。あんまり愛想のいい返答には期待しないでいただきたい。
青年は周囲を見渡して軽く笑うと、私が手にしているデバイスにチラチラと視線を遣った。デバイスを使う流れを作れ、ってことなのかな。
「この近くにアパートを借りているんですよ。向こうと比べたら治安には少し不安がありますが、ここ一帯は家賃が安くて助かっています」
普通は会ったばかりの相手に所在地を教えるような会話はしないだろうけど、青年が軽薄さを演出しているなら…私は、流されやすい世間知らずの少女を演じるのがいいだろうね。
「そうなんですね。実は私、親元を離れて今は友人のお宅にお世話になっていたのですが、来月からこの近くで働かせて頂く事になりまして…毎日繁華街の方からこちらに通うのも大変なので、下見がてら、丁度いい物件がないか調べていたんですよ」
「この辺りで住居探し、ですか。それなら少しお力になれるかも…あ、連絡先を交換しても良いですか?」
青年はポケットから普段使いっぽい味が染み付いたデバイスを取り出して、連絡先パターンとは違う、データファイルをやり取りするためのパターンを表示した。
私は流されるまま、デバイスのカメラでパターンを読み込んだ。
「ありがとうございます。不動産探しって今までしたことがなくて、不安だったんですよ」
「今後、不動産情報を取り扱っている友人にも意見を伺ってみますね。一人暮らしの女性でも安心して暮らせる、セキュリティに優れた物件をピックアップして貰います」
「なるべく家賃が高くないと助かりますね…お恥ずかしい話、貯金が心許ない状況ですので」
「了解しました。その旨をしっかり伝えておきますね」
傍から見れば、ただ連絡先を交換する男女に見えるだろう。しかし雑談でカモフラージュしているだけで、私のデバイスには彼が調べ上げたであろうテルジア・セルの拠点所在地や仲間の人数、得意な戦術などが記載されたデータが送られていた。
子細は道中で確認するとして、連絡先を交換した体で話を進める。
「あっ、近くのおすすめのごはん屋さんとかも聞いていいですか?」
「もちろんですよ。と言っても、繁華街のようなキラキラしたお店は少なくて、居酒屋ばかりですけれど」
「居酒屋…いいですねぇ。一応これでも飲酒許可を得ているので、楽しく暮らせそうです」
「暇なときは僕もご一緒していいですか?」
「もちろんもちろん。…っと、そろそろバスの時間が来ちゃう」
「バス停までお送りしましょうか」
「いえいえ、すぐそこなので大丈夫ですよ。親切にしていただいてありがとうございました」
必要な情報は得られたし、そろそろなけなしの会話パターンが尽きそうだったので、適当な理由を考えて話を切り上げた。
まだ伝えておきたい情報があるのなら青年は食い下がってくるはず。しかし彼はその素振りを見せず、無理に引き止める事もないまま解散する運びとなった。
「良さそうな物件の目星がついたら連絡しますね。それじゃあ帰り道にはお気をつけて」
「はい、それでは」
私は最寄りのバス停…もといテルジア・セルの拠点がある方向へと歩き出し、青年は私が歩いてきた道を進み始めた。よし、上手いこといった気がする。監視の目があっても怪しまれる事はおそらく無いだろう。
再びデバイスを立ち上げて、受け取った調査資料に目を通す。
…うん、テルジア・セル本人と拠点の外観や所在地はスコット君から伺った通りのようだ。
新たに判明した情報といえば、テルジア・セルの拠点に常駐している仲間、あるいは部下についてだ。
名目上「シェアハウスの住人」となっているが、拠点にはテルジア・セルの他に三名の人物が常駐しているらしい。
一人は筋骨隆々の大柄のスキンヘッド男性、三十代前半。
もう一人はいけ好かない雰囲気の軟派そうな金髪の男性。
最後に、剣を携えた冒険者らしき四十代くらいの髭面男性。
こいつらは息がある状態での生け捕りが好ましい、と注釈が付いている。必須とは書かれていないので、努力目標くらいに捉えておいた方がいいかな。
更に資料には「厄介」と強調された要因も記載されている。一つは拠点の周囲が高さ2mの塀に囲まれていること、そして門や塀に熱反応や動きを感知する、人口魔力式センサーと監視カメラが仕込まれている、という情報。
…ま、私にとっちゃ有っても無いものと同じだけどね。
マテリアルで動く機器は、魔力による暴走を防ぐため外部からの魔力干渉にはめっぽう強い。けれども旧時代にエネルギーとして用いられていた電気には弱い節があるそうだ。
加えて拠点に備えられた機器はどれも闇市で仕入れた質の悪い型落ち品だそうで。
先程資料にあった大柄の男が頻繁に修理しているとのこと。
つまりは拠点一帯に電流を放てば、セキュリティは簡単に落とせる。
が、問題は部屋の内部についての詳細が記載されていない事だ。いくら機器が老朽化していようとも、一斉にセキュリティシステムがダウンすれば嫌でも異変に気付く。警戒心が強いと目されるテルジア・セルならなおさら。
今回の一番の目的は彼女の確実な排除だが、人質の存在を忘れてはならない。後手に回ったら詰みだ。
絶対に失敗してはならない。そう自分に言い聞かせながら、暗闇に包まれかけた道路を歩いていると。
「(…あった、あの建物だ)」
早くも前方に目的地が見えてきた。
ここまで来て足を止めたら逆に不自然なので、歩きながらプランを練る。
周囲に人の気配は無い…動くなら今がベストタイミングだ。
まず、門と塀のカメラに姿を捉えられないうちに、体を闇魔法の黒モヤと光魔法の光学迷彩でカモフラージュする。と言いながら実際にした。
完全に姿を消せるわけではなく、あくまで周囲の景色に溶け込んで見つかりにくくしているだけなので、動いていると景色が歪んだように見えてしまうから、次の手は早めに打っておく。
拠点まではあと20m程度…天の門を開き、拠点の門と塀に向けて不可視の電流を放つ。
すると塀やカメラから「バチチチッ」と火花が散り、至るところから黒煙が立ち昇る。ここまでは順調…後は時間との勝負だ。
即座に光学迷彩と黒モヤを解除して、風の力で塀を軽々と飛び越える。
すると建物の扉が勢いよくバァンと開き、青いツナギを着た大柄の男が飛び出してきた。
「あ?」
そして着地した瞬間の私と目が合う。
先に行動を起こしたのは…
「ぐあっ!?」
意外にも私だった。
風の推進力で男の側に移動して、咄嗟にメロイックサインを作り、男の脇腹に押し付けて雷を流した。すると男の巨体が揺らぎ、呆気なくその場に倒れ込んだ。
即席メロイックスタンガン…出力は抑えたつもりだけど、男の体からはほのかに肉が焼けた匂いがする。
念のため首筋に指の腹を当てて脈を確認。
…良かった、死んではいないみたい。でも軽度〜中程度の火傷を負っているようで、しばらくは病院のお世話になるだろう。
ひとまず地の門を開いて、門の金属を一部拝借。
男の手足にピッタリはまる枷を形成して、庭に転がしていた。
「さて、次は軟派な男と冒険者の男の対策を」
「駄目だオード、部屋のモニターも何もかもイカれて…」
「急な落雷でも起き…」
…バチチンッ!!ドサ、ドサッ。
「ふう、こいつらがバカで助かった」
まさか資料にあった仲間らしき三人が外に出てくるなんて。
オードと呼ばれた大柄の男同様、意識が私を認識する前にメロイックスタンガンでノックアウト。手足を金属の枷で封じた。
「(…たぶんさっきの騎士団員が近くに控えているだろうから、こいつらの処遇は任せるとして。)」
私は視覚を研ぎ澄ませて、周囲の時間の流れが遅くなったように見えるスキルを発動…させようとした刹那。
突如として真っ黒い布で全身を覆った人影が塀を飛び越え、開けっ放しのドアから室内に侵入するのが見えた。
それはあまりにも一瞬の出来事で、僅かに戸惑いが生じスキルの発動が遅れてしまった。
そして、次の瞬間。
「キャアアッ…アアアアアッ!!!」
「ッ!?」
拠点内部から、耳をつんざく女性の悲鳴が轟く。
私は慌てて視覚強化スキルを発動してから古びた建物内に飛び込み、扉を閉めて建物全体に防護魔法を張った。
室内に照明を灯していたマテリアライズも故障しているようで、室内はどっぷりと深い闇に包まれていた。
「(さっきの人影と悲鳴は一体…)」
考えながらも暗視スキルを発動させ、ペットボトルや宅配ピザの空き箱などが散乱した汚い廊下を土足で進む。
本来は玄関で靴を脱ぎ、室内用の履き物に替えるタイプの家みたいだけど…そのおかげで、先程の侵入者がどちらへ向かったか、残された足跡から辿れる。
「(廊下を左に曲がって、開いた右のドアの先に消えてる…)」
まるで室内の構造を熟知しているかのような、大股の足取りで一直線に向かっている。
警戒しながらドアの先を覗くと、無骨に剥き出したコンクリートの階段が地下へ向かって伸びていた。
それとこの、下から込み上げてくる悪臭…ヒトの排泄物が放つ臭いだ。
依然警戒を解かずに、風魔法で体を浮かせて階段を降りていく。踊り場で方向を変えて下へ、下へと向かうと、またまた開きっぱなしの扉が。
上階の木製扉とは違う、独房を彷彿とさせる重厚な鉄扉だ。
覗き窓は無く、入り口を完全密閉してしまえる造りになっている。閉じて施錠してしまえば、どれだけ叫んでも声は届かないだろう。
…ここまで来て躊躇う道理はない。
先程の侵入者がどのような目的でやって来たのかはわからないけれど、万が一に備えて「光を斬り伏せる刃」に魔力を込める。
油断を捨て去り、開いた扉の先へと足を踏み入れた。
そこで私が目にしたのは…
「………」
冷たく薄汚れたコンクリートに血を流して伏せている、黒い布が被せられた全裸のテルジア・セル。
そしてその傍らに佇んでいたのは、血塗れの片刃剣を手にした…ピンク色の髪の、小柄な人影だった。
続く。




