胎動停止作戦
宝探し大会の帰り道、私はスコット君から届いたメッセージに目を通していた。
『今回アトラ様に依頼したいのは、目標の暗殺。帝国王政時代、ロルフ執政官の補佐役を務めていた「テルジア・セル」という名の人間の女性が、かつての威光を取り戻すため、水面下で騎士団襲撃計画のための協力者を募り、違法な武器売買を行っていると諜報部の調査により判明した』
テルジア・セル。
ちょうど今日、図書館で見識を広めるために読んだ、近年までの帝国王政関連書物に記されていた名だ。
悪名高い帝国王政執政官の一人で、騎士団の指揮系統を統括していたロルフ執政官の右腕として辣腕を振るっていた冷酷な女性。
現職時代は「人間至上主義」思想を常に掲げており、帝国近辺の魔物掃討や獣人の迫害に人生を捧げていた害悪そのものの存在だ。
私はデバイスを握りしめ、一旦画面を切ってからポケットにしまった。
そして前を行くイスたちに聞こえるよう、一人芝居を始めた。
「…あ、そういや気になってた本、帰りに買いに行こうと思ってたんだった」
「あら、お付き合い致しますわよ?」
「んー…いや。新刊とかもじっくり見て回りたいから、二人は先に帰ってご飯食べてて」
「アトラがそうおっしゃるのでしたら。夜道にはお気をつけ下さいませ」
イスは他人に対して過干渉な部分もあるが、私達個々のプライベートには強く踏み込んでは来ない。
ミアちゃんと決別してドレステミルに来るまでは彼女一人で旅をしていたそうだから、個人行動を取りたい気持ちに敏感なのかもね。
「さ、行きましょうテティス。晩御飯とお風呂を済ませて、昨日のゲームの続きをしましょう」
「わかりました。アトラさん、美味しいごはんを用意して待ってますね」
「うん、楽しみにしとくよ」
さっさと片付けてテティスたちとの時間を少しでも長く過ごそう。
街灯に明かりが灯り始めた街道を引き返し、二人の背中が見えなくなった頃、私は闇と光の門を開いて人気の少ない脇道へと入った。
そして召喚した黒モヤで体の周囲を包み、更に光魔法で景色を屈折させて光学迷彩をまとう。
これで外に私の声とデバイスの光が漏れることはない。
すかさずデバイスの通信機能を立ち上げ、スピーカーモードにしてスコット君のデバイスに通信をかけた。
彼は私からの通信が来ることを予見していたらしく、一秒もしないうちにスコット君の音声がスピーカーから聴こえてきた。
『もしもし、メッセージには目を通して頂けたかな?』
「だからこうして連絡を入れたんだよ。依頼主がスコット君を語った第三者じゃないのかとか、確認の意味も兼ねてね」
『…元帝国王政に関わりを持つ人物とはいえ、僕が他人の殺害を依頼するような人物とは思わなかったかい?』
スコット君の声色はいつも通り穏やかだが、どこか殺伐と乾いた気配を感じる。
私を試すような、どことなく嫌な口ぶりだ。
「はっ、まさか。君は大国相手に歴史的謀反を起こし、新たな規律に従わなかった元王政関係者を粛清の名の下に処刑した張本人…でしょ?」
救世の英雄として数多の書物に名を残したスコット君だが、そこに綴られていた「正義」とは、あくまで彼が新たに創り上げた秩序によって冠されたものだ。
どんなに外聞を良くしても、帝国王政時代の秩序で語るなら、彼がやったことはただの「国家転覆」と「虐殺」に他ならない。
…ま、私個人の善悪がどうたらって話は置いといて。
「君は人一倍正義感が強いが、成功体験に溺れるような人じゃない。だから今回の依頼も、なるべく早く確実に彼女を殺害せざるを得ない理由があるんでしょ」
『信用して貰えているのはありがたいけれど、僕のことを過大評価しすぎているよ。…それにこの件に関しては、僕個人の私情が混ざっていないとも言い切れない』
言葉尻に震える感情…恐らく怒り、そして押し殺しきれなかった殺意のようなものが滲んでいた。
温厚な彼がテルジア・セルの死に固執する理由。私にはなんとなくわかった気がした。
私は彼がその私情とやらを口にする前に、淡々ととある言葉を並べた。
「餓狼作戦、だよね」
『…イスから聞いたのかい?』
「いや。以前彼女の記憶を覗いて知った情報と、今日図書館でそのことについて書かれた本を読んで、理解したんだ」
餓狼作戦。別名、貧民掃討作戦。
それは今から約十三年ほど前、貧困を理由に帝国への立ち入りを断られ、帝国外周に身を寄せ合い暮らしていた貧民たちの集落、貧民区で起きた最低最悪の軍事作戦だ。
かねてより貧民区の存在を煩わしく思っていた、ロルフ執政官とテルジア・セルが立案・実行に移した、貧民の一斉大量虐殺…奴らは作戦の事前段階として「魔物からの防御壁」と謳いながら貧困区の周囲を高い塀で囲い、皆が寝静まった夜更けに、飢えた骨鎧狼50匹を塀の内側へと解き放ったのだ。
熟練の冒険者でさえ苦戦を強いられる骨鎧狼相手に、やせ衰えた貧困区の人々が太刀打ち出来るわけもなく、ほとんどの住人が一晩のうちに彼らの腹の中に収まってしまった。
後に餓狼作戦と呼ばれる本作戦は、ロルフ執政官らの策謀通りに運ばれた…かのように思われたが、突如として現れた一人の冒険者の手で、骨鎧狼たちは瞬時に骸と化した。
「その冒険者こそがラルハール君、そしてかつての養父母であった老夫婦が命を賭して守り通し、唯一生き残った貧民が…今は「イス」の名で知られている、エルフの少女」
『…ああ、その通りだよ』
スコット君の言葉からは、悔恨や憎悪といった複雑な感情が読み取れる。
その憎悪の殆どが、本来市民を守護すべき立場でありながら、力無き市民を見殺しにした自身に対しても向けられているようだった。
「んで、今になって貧民やイスの育て親を殺した相手に復讐がしたいと?」
『テルジアに対して、復讐したい気持ちが完全に無いわけではないよ。けれどそれは彼女を始末してほしい理由にはなっていない』
素直な心境を吐露したスコット君から、一件のメディアファイルが送られてきた。
私は通信を保留にしてファイルをタップ、再生した。
画面に流れ始めたのは、このレステシティの繁華街近くの道路に設置された定点カメラの映像。
メガネをかけた優しそうな風貌の四十代後半くらいの女性が、ミニバンに六名の幼い子供を乗せてどこかへ走り去る姿が記録されていた。
一見すると何の変哲もない街角の日常風景のようだが、女性の浮かべる屈託のない笑顔から、妙に嘘臭さを感じる。
恐らくこの女性こそ、テルジア・セルなのだろう。
映像が終了し、再びスコット君との通信に戻る。
「映像見たよ。車を運転してた人が、テルジア・セル?」
『ああ、そうだよ。そして車に乗せられていた子供たちは現在、行方不明届が提出されている』
行方不明、と聞いて胸がざわついた。
『昨年から今年にかけてレステシティでは子供の行方不明届が十七件提出されていて、そのうち八件は数日のうちに路地裏で倒れているところを発見したんだけれど、いずれも違法薬物投与と性的虐待の痕跡があり、心神喪失状態だったという』
…先程の映像を見た限り、ミニバンに乗っていた子供は四歳〜七歳ほどの男児が四名、五歳〜七歳ほどの女児が二名。
テルジアは性的虐待を行うために、いたいけな子供を連れ去っているのか?
『この手口は、かつてテルジアが従順な捨て駒となる団員を生産するために用いていた方法に酷似していてね。大人より自我の薄い子供たちを徹底的に躾けて、騎士団に攻撃を仕掛けさせるつもりなら…手遅れにならないうちに救い出してあげなければならない』
…話を聞けば聞くほど、腹の底で熱い何かがぐつぐつ煮え滾る感じがする。
昔から無理なんだよなぁ、利己的な理由で子供を利用する汚い奴って。
「…で、テルジアは今どこに居るの?」
『レステシティ西部のアラストル通り、二番街にある三階建ての廃屋だよ。取り寄せた不動産情報だと地下一階と二階部分に頑強なシェルターがあるらしく、恐らくそこに連れ去った子供たちを幽閉しているはず』
西部のアラストル通り。先日覚えた地図によると、ここから直線距離で約11km程度の場所にある、少し寂れた住宅街だ。
本気の風ジェットなら、十秒足らずで到達出来る。
「わかった。さっさと行って子供たちを助けよう」
『発見された子供たちの痕跡から、少なくとも男性が一人以上絡んでいる可能性が高い。テルジアを逃さない事と子供たちの保護が今回の最低条件になるけれど、奇襲にも十分注意して欲しい』
感情の昂りは視野を狭める。子供を利用したテルジアへの怒りに飲まれて油断しないようにと、スコット君は最後に付け加えた。
男性の痕跡、つまりテルジアと協力関係にある者か、彼女を使役している立場の者か、彼女に使役されている者かのいずれかだろう。
『相手は十年以上も騎士団から逃げ遂せている狡猾な人物だ。何かしらの遺物を手にしていてもおかしくはないから、くれぐれも油断だけは』
「了解してるよ騎士団長。向こうが千の策を巡らせるなら、こっちは万でも億でも攻略法を組み立てて、都度最善策を選択して実行するから」
『頼りにしているよ、執行者』
切り際になんか上司っぽい檄を飛ばしたスコット君との通信を終えて、私は隔絶空間の中で一旦深い溜め息を吐いた。
「…はぁ〜。町を出てからというものの、どうも感情に振り回されがちになっているなぁ」
前までは他人がどうなろうとどうでも良かったってのに、今はテルジア・セルに対して強い嫌悪感を抱いている。
子供たちを利用したことについてもだけど、過去のイスの心に深い傷を負わせたってのが無限に腹立つ。
「過去の私が今の私を見たら、呆れるだろうなぁ。恋人のためにやる気を出してる…なんてさ」
私は黒モヤの殻を弾けさせ、風と地の門を同時に開いて肉体に防護魔法を施し、上空20m程度まで上昇…少し肉体にズシッと負荷がかかった気がしたが、構うよりも速く風ジェットで西へ向けて推進。
風の魔法は目に見えないため、メロイックサインで出力を測りづらいから立ち上がりは抑えめに。そして少しずつスピードを上げて、ビルの合間をすり抜けていく。
…光魔法の練度を上げたら、光速での移動も可能になるかな。今度特訓してみよう。
そんな事を考えていたら、あっという間にアラストル通りに到着。地図で見た通り、繁華街と比べたら人気が少なく寂れた印象 だ。
建造物の雰囲気もやや前時代的というか、一言でいうと古いぼけている。
デバイスの位置情報で現在地を確認する。どうやらここは一番街で、二番街は北西に200mほど行った場所を指すらしい。
テルジア・セルが私を知っているのか定かではないが、目立つ行動を避けるためフードを被って徒歩で向かおう。
「(設定としては、近々この辺りに居を構えるから街の雰囲気を見て回っている、という体で)」
砂埃臭い古びた街並みを尻目に、デバイスの地図を開いて、時折画面に視線を落としつつ二番街へと足を進める。
汚れが染み付いた暖簾を掲げ、仕事帰りのおじさん達を吸い込む居酒屋。
いかにも昔ながらやってる風合いのラーメン店。
揚げたてのコロッケや唐揚げが並ぶ惣菜屋。
今の状況じゃなかったら、イスたちと立ち寄って買い食いとかしたかったなぁ。
…そんな楽観的な気持ちも、敵の本拠地へと近づく度に失われていく。
まだ子供たちが救える状態ならば、必ず救い出す。
そしてイスが受けた痛みを、別の形で奴に与えてやる。
もってあと数分の時間を大事にするんだな、テルジア・セル。
続く。




