嵐牽鰐(アウードュラ)-完
禁術。
それは各周期・各時代に確立され、一時代を終焉へと導いてきた強大な魔法、あるいは術を指す言葉だ。
現状、不滅によって無際限の記憶ストレージを有する私の脳内にしか記録されておらず、また使用方法も不明。
…私以外は。
「やっぱりこの禁術も、魔力の流れが改善された事でパワーアップしてるか…」
禁術指定No.8145、巨神化。
今から93周期前、生物を巨大化させ争い合う「巨神大戦」を引き起こした魔法で、昼夜問わずドッカンドッカンうるさくてイラッときたから禁術に指定した。
けど私が見た巨神は大体10m〜20m程度ばかりで、今みたいに嵐を吹き飛ばして山々を見下ろすくらいの巨神は見たことがなかった。
ざっと600mはあるかな…当然着衣は跡形もなく張り裂けすっぽんぽんに。足元にいたアウードュラは巨神化に際して足の親指と人差し指の間似挟まれて、雑に潰れたみたいだ。
「わー、肉眼でレステシティが見える…あ、てことは向こうからも私が見えてるのかな」
流石に野外全裸はまずい。
図らずもアウードュラは無力化出来たし、もう巨神化は解除してもいいか。
最後にチラッとレステシティに目を向けてみる。
なんとなくだけど、イスがこちらを見ている気がした。
何も伝えず勝手に出てきちゃったから、お詫びと無事を伝えるため軽く手のひらを振ってから、パッと巨神化を解いた。
再び視界に広がるのは嵐の森…ではなく、辺り一面の木々が踏み潰され、すっかり平らに均されてしまった広大な広場。巨神化の影響とアウードュラが活動停止した事で嵐はすっかり収束し、数秒前の現場とはまるで別物だ。
「無許可で他所様の土地開墾しちゃった。後で直しとかなくちゃなぁ」
「(オイコラ、踏み潰しておいてなに平然としてやがんだテメェ)」
「うわ、肉塊が喋っ…て、もう復活したんだ」
グロ耐性が無い人向けに極力描写しないようにするため、居ないもの扱いしようとしていたミンチ状のアウードュラが、不滅もびっくりする速度で元の姿に回復していた。
かくいう私も、巨神化に伴う必然的な身体機能強化によってアウードュラに負わされたダメージが癒えているし、お互い戦う前の万全な状態に巻き戻されたみたい。
…しかし全裸なのは依然変わりなく。ひとまず闇の門を開いて黒モヤを召喚、ワンピースの形状に固定して身にまとった。
「なんなの、まだ戦い足りないわけ?じゃあもっかい潰してあげるよ」
改めて巨神化を発動しようとすると、アウードュラはため息代わりに排気をして、その場に腹をつけて寝そべった。
「(いや、もうテメェと戦っても勝てねぇってわかったからいい。つーかンな力持ってんのに、なんで今までやり返さなかったんだ)」
アウードュラは意外にも素直に敗北を認めて、不貞腐れたように語りかけてきた。クソバカ乱暴者でしかないと思ってたけど、こいつ意外と話が通じるのかな。
いったん巨神化を中断して、私も地面にあぐらをかいて座った。
「力自体は昔から持ってたんだけど、発動するための魔力がうまく使えなくてどうしようもなかったんだよ。身体自体は非力で武器もまともに扱えないし、剣なんかであんたを倒せるわけなかったからさ」
落石、投石、煮えた油…ヒト基準の兵器では鱗にすら傷をつけられないから、無駄に消費せず町を立て直す建材として地下に保存するよう方針を決めたり、水面下での抵抗はしてたけど。
「それを言うならあんたも随分としつこかったよね。何度も何度も町を壊しに来てさぁ」
「(ああ?元はといえばテメェらが風を堰き止めるようなモン建て始めたのが原因だろうが)」
ふしゅぅぅぅ、とアウードュラは強めの排気で威張り散らす。
何やらこいつにも言い分があるらしい。
「風を堰き止める建物…もしかして「空の塔」のこと?」
空の塔。アウードュラが支配していた時代に、ドレステミル中央に建造された天体観測用の塔で、窪地に吹き下ろす風を防ぐ役割をも果たしていた建造物だ。
アウードュラたちのせいで常に嵐が発生していたから、あの時代の地上構造物は防風目的で建造される事が多かったっけ。
こいつはそれが気に食わなかったのか。
「(空の塔だかなんだか知らねぇけどよ、テメェらヒトはオレたちが生かしてやってたって事を忘れたわけじゃねぇだろうな?)」
「え、そうだったの?その割にはたくさんの人を食い殺してた気がするのだけれども」
「(大勢生かしといたらまた空の塔とかいうやつ建てるだろ。アレのせいで風下のスレプテ…風花草がいくら枯れたと思ってんだ)」
スレプテ、現代語に訳すと風花草。確か、淡い黄色がかった八枚の花弁を有する一種の常緑低木で、風を受けると光を放つ性質を有する…とかなんとか、当時の文献には記されていたっけ。
かつてドレステミルの近くにも群生地があったらしいけど、風花草はヒトの手が加わるとたちまち枯れてしまうから、町での栽培はされていなかったんだよね。
「あんたたちにとって、風花草ってそんなに重要だったの?」
「(たりめぇだろ。風花草は自然の風を受けることでレプテア…酸素と魔力を生む、オレたちが生きていく上で不可欠なの生命維持機関だぞ)」
「…マジで?」
知らなかった。まさかその辺に咲いてる花に生かされていただなんて。
てかこいつ、話してみると全然知能低くないじゃん。むしろめっちゃ考えて行動してるタイプだわ。
「えーとつまり、あんた達アウードュラは単に嵐を巻き起こして暴れまくってただけじゃなく、自分たちの生み出した嵐を動力に風花草を機能させ続けていた。そして風花草に効率よく風が当たるよう、防風目的の建造物を取り除いていた…ってこと?」
「(んだよ、今の今まで知らなかったのか?テメェのがよほどクソバカじゃねぇかよ)」
言われてみれば、防風建造物が建つにつれて体を壊すヒトが増加し、アウードュラが町を壊したら快復に向かっていたような…。
あれは風花草が機能せず、当時の酸素的なものと魔力が不足したから引き起こされていたんだ。またひとつ長年の謎が、アウードュラに対する誤解と共に解けた。
「…ごめん、私あんたのことずっと、ただの乱暴者と誤解してたみたい」
「(謝罪なんかいらねぇよ。どのみちオレらの生きた時代はもう終わってっし、ただ暴れたかった気持ちも無かったとは言い切れねぇからな)」
人類から見れば手のつけられない乱暴者、しかし同族や世界から見れば、生命を存続させ続けるために欠かせない存在だった。
私がドレステミルで案内人をしていたように、こいつはこいつの仕事をしていただけ…邪魔をしていたのは私達の方なんだ。
「でもまず暴れるんじゃなくて、言葉で説明してくれたら良かったのに」
「(散々言ってたんだよ。今みてぇに伝わりはしなかったけどな)」
そういや私がアウードュラのコミュニケーション方法を知ったのは、こいつが死んだ随分後だった。
当時の私は随分とやる気が無かったからなぁ…ちょっと悪いことしたわ。
「つくづくごめん。でもまぁいっか…あの時代はもう終わってるんだもんね」
「(ハッ、違ぇねぇ)」
話してみると、本当に話しやすい奴だこいつ。
積年の誤解が解け、少しだけ打ち解けてもいいかなと感じていたその時。
「持ち場を離れるとは愚か極まりないですね、アウードュラ。」
いきなり私の目の前で光が瞬き、長い黒髪を一本に束ねた純白のドレス姿の女性が出現したのであった。
続く。




