嵐牽鰐(アウードュラ)3
ドラゴン。現代の規定では「体長10m以上の爬虫類」を指す言葉。
理由は分からないが、この「ドラゴン」という単語は私の時代には既に存在していて、現在に至るまで意味合いは変化したものの、単語自体はどの周期・時代にも引き継がれ、用いられてきた。
大体は「脅威」や「畏怖」の象徴を形容する場合が多かったが、今の時代の「ドラゴン」もその意味を冠しているのだと、暴風雨吹き荒ぶ地に倒れながら思い知らされた。
「(よォ…てめぇがデスワームの野郎を倒したっつーから、持ち場離れてまで戦いに来たってのによ。昔と変わらず弱ぇまんまじゃねえか、なぁアトラ?)」
こいつは昔ドレステミル近辺に棲み着いてた個体…寿命で命を落とすまでの約六百年間、事ある毎に町の平穏を掻き乱してきた最低最悪のアウードュラ。
ワイグと違って呼称するような名はつけていない。
それどころか、姿さえも二度と目にしたくはなかったのに。
流石にこいつを歴戦古代種に選定した奴は、恨まざるを得ないわ。
分かりきってはいたけれど、いくら私の体調や魔力が万全の状態でも、生物としての基礎スペック差がありすぎた。
奴は私を認識した瞬間、嵐を全身に纏い、反応すら敵わない速度で体当たりを繰り出した。風の防壁も防護魔法ももろとも引き剥がされ、ぶつかった勢いで森の中を数百メートル吹っ飛ばされた。
咄嗟に防護魔法を張り直したから即死は免れたものの、強烈な衝撃によって全身が痺れ、今は指先ひとつ動かせない。
皮肉にも奴が降らせる冷たい雨のおかげで、辛うじて意識を保っている状態だ。
(ああクソ、こいつが苦手だからって怯んだりするんじゃなかった…)
こいつの姿を認識したとたん、幾度も生活を蹂躙されていた頃を思い出して一瞬体が強張ってしまった。
ただの魔法や物理攻撃ではまともなダメージを与えられはしないだろうけど、正道を外れたやり方…禁術ならいくらでもこいつを屠る術があったのに。
今までクソ真面目に生活してきた弊害だね…良心の呵責が非道へのルートを阻害した結果、土壇場での判断を間違えた。
「(もう終わりかよ、えぇ?まだ準備運動もしてねぇぞコラ)」
頭上から聞こえるアウードュラの声。奴はまだ暴れ足りないと言わんばかりに吸排気を繰り返す。引き連れた嵐は更に勢力を強めて、周囲の樹木を根こそぎ薙ぎ倒していく。
やる気が有り余ってるこいつを放っておいたら、間違いなくレステに突撃してしまうだろう。それだけは何としてでも阻止しなければ。
「…せっかち、だなぁ。まだ降参するとは…言ってないでしょ」
私は魔力の流れを意図的に早め、不滅の回復効果を一時的に高めた。最近は意識して魔力操作を行っていたから回復までにそう時間はかからず…ものの十秒程度で全身の麻痺が取れた。
ずっとこの死ねない呪いが嫌で嫌で仕方なかったのに、自ら頼りにしてしまう日が来るなんてね。
まだ完治には及ばないけど、手足は動く。立ち上がれる。
今はこれで十分だ。
「…あんたは昔から自分勝手に暴れ散らかして、ドレステミルの人々を馬鹿にしてきたよねぇ。わざわざ反撃しなさそうな相手をターゲットに選んで、偉そうにイキりまくってさぁ」
「(あぁ?)」
満足に身動き出来ない状態でもこいつを倒せる禁術がある。しかし発動までに多少時間を要するため、単純なこいつでも簡単に食いつく挑発を仕掛けた。
「そういえばあんたが自分より大きな生き物に喧嘩売ってるとこ見たこと無かったわ(本当はあるけど)。図体はデカいくせに、肝っ玉はちっさいのかなぁ?」
「(…っのやろォ。何度吹っ飛ばされても諦めたツラ浮かべるだけで反抗の意思すら見せなかったクセに、言うようになったじゃねぇか。)」
一定以上の知性があれば絶対に乗らないであろう見え透いた挑発に乗り、奴の吸排気が更に激しくなる。単純なままで助かったわ。
ある程度の時間稼ぎ、そして良好な魔力の巡りも手伝ってくれたおかげで、禁術発動の手筈は整った。
今度は躊躇なんかしない。約600年分の恨みを思い知らせてやる。
「…生憎あの頃の私は、あんたに挑む術を持ち合わせちゃいなかったからさぁ。こんなふうにさ」
「(なに言ってやが…)」
嵐の中でもかき消されない、ミキミキと肉体が軋み、肥大する音。そしてオプションで発生させた閃光。
色んな意味で、ここが人里離れた山間で良かったよ。
イスから貰ったワンピースがはち切れ、どんどん視界が拓けて地面から遠ざかる感覚を味わいながら、私は再び大地を力強く踏みしめた。
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その頃、レステシティでは。
「はっ…なしなさい、アトラの所へ行かなくてはっ…!!
「ちょーちょちょちょォ、落ち着いてってイスちゃん」
「無策での支援は流石に無謀過ぎるかと…今一度お考え直しを」
「アトラさんが心配なのはわかりますが、このままだとイスさんまで危険な目に遭うかもしれませんよっ」
スコットと連絡を交わし、アトラが一人で対処しようとしている危機について説明を受けたとたん、イスは直ちにゲームショップから飛び出そうとした。
天の門を開いた伝説の魔法使い、伝導師と名高いアトラですら苦戦を強いられる程の相手…多少腕に自身のあるレベルの冒険者が加勢に加わったところで、事態は好転どころか逆に悪化しかねないと、ミアたちに力づくで制止させられていた。
正直ミア一人がしがみついていただけなら、こちらも力ずくで対処しようと考えていたイスだが、メポタともう一人の大切な仲間、テティスが足にひしっと絡んで来ていたため、手荒な対応が出来ずにいた。
「嵐を呼ぶ古代の巨大ドラゴン。聞く限り相当ヤバそうな相手ではあるけどさァ、アーちゃんならきっと上手いことやれるよ」
「無責任な…何を根拠にそんな偉そうな事をほざいてるんですの」
気が立っている時にミアの能天気発言を受けて、やや語気が荒れてしまう。しかし彼女もイスの悪態には慣れたもので、これをさらりといなす。
「なんてーかさァ、アーちゃんはまだまだ底知れない何かをたくさん隠してる感じがすんだよね。魔法もそうだけど、例えばアーちゃんしか知らない古代の知識…みたいなものとかさ」
「…」
アトラだけが知る古代の知識と聞いてふとイスの脳裏によぎった、瀕死のテティスを救うためにアトラが使用した「禁術」と呼ばれる不思議な力。
世に広まれば平穏を著しく乱すとして、アトラから「他言無用」と強く念押しされていた情報だが、もし他にもああいった強力な術が使えるのであれば、わざわざ自分が出しゃばらなくても大丈夫かもしれない…と思い始めた矢先。
「…え?」
アトラが去っていった方角、暗雲立ち込める北東の山間に突如閃光が走り、街中からでもその姿を拝めるほど巨大化したアトラが、生まれたままの姿で出現したのだった。
続く。




