嵐牽鰐(アウードュラ)2
アウードュラ、現代語に訳すと嵐牽鰐。
ワニ特有の強靭な咬合力は然ることながら、鱗板骨が尾から頭へ向かって逆立つ鋭いトゲのように発達した、体長約32mの巨大爬虫類。
巨体を覆う皮膚は柔軟でありながらも堅牢で、体色はだいたい黒灰色。背部左右から尾側へ斜めに突き出した煙突状の吸気孔21門、排気孔21門の計42門からなる吸排気孔で絶え間なく吸気と排気を繰り返し、興奮時には大気をかき乱す程の呼吸で周囲に嵐を引き起こす。
奴らが生きていた時代には人類や他の生物も居たけど、現周期みたいに大規模国家を形成するほど存在はしておらず、ましてや生態系の上位に君臨していたわけじゃない。
ヒトが小動物をいたぶって遊ぶように、奴らは絶対的強者として北世界各地の人類に災厄をもたらした…と、町の外から入ってきた文献に記載されていたよ。
知能はあるがデスワームほど知性的ではなく、極めて好戦的な性格。一度興奮状態に陥ると周囲の状況などお構いなしに暴れ回り、各地の地形を秒刻みで変化させていたそうだ。
「…と、だいたいそんな魔物だよ」
『存在するだけで大厄災となり得る魔物か。殊更放置出来ないね』
スコット君との通信を繋いだまま、北東に向かって風圧全開。山地沿いの森林をホバー移動で駆け抜け、早くも暗雲の下に潜り込んだ。
次第に雨風が強まり、木々がしなりながら揺れ動きだす。
「わっ、とっと」
まだ奴の姿は見えないが、既に乱気流の影響が出始めていた。地形との組み合わせによって生まれる、予測不能なまでの突風が私の出す風に干渉して、体勢を維持出来なくなる。
「ったく、嫌な風だねぇ」
咄嗟に自身の周囲に防護魔法を展開して、奴の影響を受けないように保護する。アウードュラたちが闊歩していた時代にはもう魔法を使えない状態だったし、何より立ち向かう気力なんて微塵も無かったから好き勝手やらせていたけれど…今の私は、黙って町が破壊されるのを傍観するだけじゃない。
…とか格好つけて言ってみたいところではあるが、正直私の魔法がアウードュラに通用するとは思えないんだよね。
奴らの皮膚や鱗は打撃や斬撃を軒並み跳ね除け、火にも氷にも、雷にも強い。
創作などに出てくる、このアウードュラのように大口を開けるタイプの巨大魔物は、口から体内に飛び込み内側からダメージを与える…みたいな攻略法が流布されているが、こいつらの喉は口から入ったあらゆる物を圧し潰す、ヤスリ状の筋肉の塊だ。
どれだけ頑丈な鎧を着込んでも全くの無意味…まぁちょっと喉越しが悪いかな、くらいの抵抗にしかならんわけで。
私なら一度すり潰された後、体内にて復活することも可能だろうけど、復活する間にレステが襲われないとも限らないし、得策とは呼べない。
唯一弱点になり得るのは、奴らの生命活動に直結している背中の吸排気孔だけど…天候を変えてしまう程凄まじい風が吹く42個の煙突を全て塞ぐなんて、不可能に近い。
「っぷぁ…」
加えてこの暴風雨。防護魔法すらも貫通して雨が吹き込んでくる。これ以上の風移動は難しい。
『ア…ラ……、…か………した…』
周囲の魔力が風によって撹拌され、一時的に離散したのか、今にも通信が途絶えそうだ。そもそも戦いの最中に悠長に通信するわけにもいかないから、今はデバイスはしまっておこう。
スコット君との通信を切り、ポケットにデバイスを入れる。
「くっ…まともに立ってらんないね…」
身近な樹木の陰に身を潜めて強風に耐えていると、触れた幹から地響きが伝わってくるのがわかる。やつはもうすぐそこまで来ている…特に対策を立てられてもいないってのに。
「(この風の中じゃレーザー用のレンズも造れない。炎も熱波も闇魔法の黒モヤも拡散させられるし、雨で光もまっすぐ進まない…困ったね)」
こんなことなら、有り余る時間を有効に使って魔法の練度を研いておくんだった。
なんて後悔しても遅いとはわかってる。そんな私の心境を窺い知らぬまま、災厄の地響きがすぐそこまで迫っていた。
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その頃、レステシティ。
「アトラにはこちらのソフトがオススメ…あら、アトラ?」
ミアとの口論をなんとか収束させ、テティスとゲームソフトを選んでいたイスは、ようやくアトラが近くに居ないことに気付いた。
「あれ、先程まで近くにいらしたはずですが…」
諍いを止めるために気を割いていたテティスもアトラの動向を把握しておらず、ひとまず周囲に視線を配ってみた。
別の棚や店の外、店内に併設された本屋にも足を運んでみたが、彼女の姿は発見出来なかった。
「居ませんわねぇ…お手洗いにでも行ったのでしょうか」
「おや…イス様にテティス様、どうかなさいましたか?」
不意に二人の元へ現れたのは、数点のゲームソフトが入った店のかごを持つミアのパーティメンバー、メポタだった。
どうやらミアの買い物に付き合っていたらしいが、二人の様子が気になって声をかけたという。
「あら、あなたはアイツのお仲間の…。あなた、アトラを見かけませんでした?」
「ソダム様でしたら、少し前にお声掛けする間もなく物凄いスピードでどこかへ行ってしまわれましたよ」
「え…?」
聞けばメポタは別店舗で目当てのゲームソフトを購入し、ミアと合流するためにこちらの店へ訪れたところ、険しい形相でどこかへ移動するアトラを目撃したという。
「わたくし達に何も告げず、いきなりどこかへ行ってしまったと…でも、一体どちらへ?」
「そういえばソダム様が向いていた方角に、不自然な暗雲が立ち込めていました」
「暗雲…もう嵐が接近してきたのでしょうか。予報よりも随分と早いですが…」
イスはメポタの話に違和感を覚えて、すかさずデバイスを起動した。確信があった訳では無いが、彼ならなにか事情を把握しているはずだと直感が告げたため、直属の上司であるスコットに通信をかけた。
『もしもし、イスかい?』
僅か数秒で通信が繋がり、どことなく心配そうな声音が耳に届いた刹那、直感が確信に変わった。
「その声…アトラに何かありましたのね」
『やっぱり君は現在、アトラ様と一緒には居なかったんだね。いいかいイス、じっくり説明している時間は無さそうだから手短に話すよ』
「わかりましたわ、続けて下さい」
イスはスコットの口から穏やかかつ厳格に語られる、街へと迫る災厄について静かに耳を傾けた。
「体長30m超えの爬虫類…なんてこと。それはつまりドラゴンではありませんの」
レステシティに迫る危機、そしてイスの心を揺るがす災厄の正体。
穏やかな休日は、音を立てて崩れてゆく…。
続く。




