嵐牽鰐(アウードュラ)
無事に新しい下着を買い足して、ギャラリーから解放されたイス&テティスと合流した私は、その後も別のお店で服を見たり、流行りのスイーツを食べたりと、なかなかにハートフルな時間を過ごした。
「アンケートに協力しただけで割引してもらえるなんて、よかったねテティス」
「はい。獣人から直接意見を窺える機会は少ないらしくて…おまけもたくさん頂いてしまいました」
パンパンに膨れた紙袋を両腕で抱えてぴょこぴょこ歩くテティスのこの愛らしさと来たら。国宝級と評しても何ら差し支えないレベルだよ。ずっと見てられるわ。
「さてと…目当てのものは買えたし、軽くご飯も済ませたし、この後はどうしようか」
「テティスは他にどこか行きたい場所などありますの?」
「いえ、わたしは特にありませんよ。お二人はどうですか?」
「私も今のところ特に無いなぁ」
お腹は空いていないし、欲しい物も買えた。ちょっと早いけど拠点に帰ってまったりするのもいいし、目的もなくぶらつくのでもいい。どっち付かずな思考に溺れてしまうのは、心地よい腹七分目のせいかも。
この後の予定が決まらないままフラフラ歩いていると、ビルの壁面に大きなモニターが設置されている店の前でイスが歩みを止めた。
「あ、でしたら少しここに寄ってもよろしいでしょうか?」
ガラス張り自動ドアの上に掲げられた看板には、派手な書体で「スティルゲーム」と書かれている。
「ん?いいけど、ここってなんのお店なの?」
「主にゲームを取り扱っているお店ですの。新作タイトルも色々出ているみたいですし、足止め中の暇つぶしにもなるかと思いまして」
ゲーム…多分私が想像しているテーブルゲームとかとは全く違うものなんだろうなぁ。
デバイスのアプリゲームの延長線上にあるもの…って感じかな。
「うんまあよくわかんないけど、他にやることもないし私はいいよ」
「ゲーム…組合の寮で兄さんたちがやっていたのを、傍からぼうっと眺めるのが好きでした」
「あら、プレイは致しませんでしたの?」
「わたしの手ではヒト向けのコントローラーを扱えなくて…」
五指に分かれた私達ヒトとは違い、テティスの手は丸っこくて可愛い猫そのもの。使い慣れた自らの手でも、この人間社会では不便を強いられる場面が多いのだろう。
彼女とはあまり隔たりを作りたくなくて、種族差が浮き彫りになる会話はなるべく避けるようにはしてきたが…ままならないなぁ。
店を前にして、気分が落ち込みかけていると。
「ふっふっふ、そんなテティスに耳よりなお知らせがございますの」
胡散臭ぇ含み笑いをくつくつと漏らし、にじり寄ってくるイス。
「実はですね…わたくしが立案と企画を進めた末、先日発売されたばかりのRFコントローラーという、各コンシューマ機との互換性に優れたアイテムがございまして」
「えっ?」
また金にものを言わせて造ったんだろうなぁこいつの場合は。行動力のある金持ちってのは恐ろしいものだよ全く。
「その製品というのがこちらになりますわ」
「どこから出した。」
いつの間にやらイスが携えていた横長の薄い箱。パッケージにはデバイスのような薄い板の絵と、RFコントローラーの文字がプリントされている。
「この板状のコントローラー本体にはゲーム事に必要な操作を自由に割り振ることが出来まして、タップやスワイプで操作することが可能なのですわ。付属のカスタムボタンや操作レバーを盤上に配置して、従来のコントローラーのようにも楽しめますのよ」
「凄いですね…けれどこちら、高価なものなのでは?」
「希望小売価格2460ギア程度ですの。そちらはもともとテティスに差し上げるために用意したものなので、よろしければお納め下さいませ」
粋なアイテムをプレゼントされて、途端にテティスの瞳がキラキラと輝き出す。
…イスはいつもそうだ。人々が平和に仲良く暮らせる世界をつくるために、理想を語るだけじゃなくて、きちんと行動で示してくる。
不老不死の肉体と無限に等しい資金はいつも他人のため、和平のためにばかり消費されている。時代が時代なら独裁者にだってなれただろうに、正道を外れずまっすぐ突き進むのは養父の影響かな。
彼女が結んだ小さな幸せは世界にとって微細であっても、確実な変化に他ならない。つくづく私にはもったいなさ過ぎる御仁だ。
「どうしましたのアトラ、わたくしの顔をじっと見つめて?」
「なーんでもないよ。それより、良かったねテティス」
「はいっ。これでわたしも皆さんと一緒にゲームを楽しむことが出来ます」
テティスは受け取った箱を抱きしめて、うふうふと笑っていた。最強に可愛い。
「でしたらわたくしたち全員でプレイできるタイトルや、テティスやアトラが興味を惹かれるものを見て回りましょうか」
「(そもそも私はそのゲームとやらがどんなもんか詳しく知らんのだが)そうだね」
適当に話を合わせたふりをして、手荷物を一旦イスの収納遺物に預け、テティスのふわふわした雰囲気に包まれた私達はスティルゲームに入店した。
「あ。」
「あ?」
入店直後、入り口の棚の陰から出てきた褐色肌の少女とばったり遭遇した。そう、ミアちゃんだ。
途端にイスの表情が曇り、先程までのふわふわ時間はどこへやら。彼女が放った強めの舌打ちが、場の空気を険悪なものに変えた。
「チッ…どうしてあなたがここに居るんですの」
「論文がまとまったから、息抜きにソフト買いに来ただけだよォ」
ミアちゃんの手には店の買い物かごが握られていて、その中にはハガキくらいの大きさの薄いケースが三本入っていた。
「ミアちゃんも好きなの?そのゲームとかいうやつ」
「うん、リフレッシュに丁度いいんだよォ」
なんだか意外だなぁ。彼女はお金と遺物と遺跡にしか興味がないと思ってたから。
「ボクもイスちゃんもラルハール様の影響でゲームが好きになったんだよ。ねェイスちゃん?」
「あなたは全く関係ありませんわ。わたくしは好きだからゲームをプレイしているだけです」
「あでも、昔ボクがプレイしてたゲームの着地地点に即死MOD仕込んだことはまだ許してないからね?」
「別に許されたくありませんわ。心底軽蔑していただいて構いませんから、どうぞお好きになさって」
せっかくテティスが楽しそうにしてたのに、こいつらは全く。少しは年下に気を使わせないよう配慮できないものかね。
はぁ、とため息をつくと、スカートのポケットに入れていたデバイスが小刻みに振動し始めた。
このデバイスのパターンを知っているのは、イスとテティスとミアちゃん、それからドレステミルのエマ、あとは…スコット君だけだ。
私は口論する二人を一瞥してからデバイスを取り出し、表示されている名前を確認する。
「(…スコット君?どうしたんだろう、こんな昼間に)」
二人が言い争い、テティスが仲裁に入っているうちにコッソリと店から出て、応答ボタンをタップ。耳に通話口を寄せた。
「もしもし、私ですが」
『いきなりで申し訳ない、アトラ様。まだレステシティ付近に留まっているかな?』
声色は素のスコット君だ。しかし、どこか落ち着かない様子が声から窺える。
「うん、まだレステに居るけど…どうかした?」
『実は少々厄介な事が起こってね。まるで「生物のように動く嵐」という現象について、何かわかることはあるかな』
「生物みたいに動く嵐…大昔にそういった現象を引き起こす生き物ならいたけど、それか何か」
ここまで口にして、私の脳内で一本の紐が繋がった。
接近中の巨大嵐、スコット君からの入電、生物のような嵐、大昔の生き物。
私の勘が正しければ、これは相当厄介なことになりそうだ。
「もしかしてイスが言ってた嵐って、こいつの事だったのかな…ああクソ、よりによってなんでこの時代に…!」
前髪をむしるようにかき上げて、あまりのタイミングの悪さに憤りを顕にする。
しかしこれも仕方のないことなのだろう…奴らの時代に最強だった者が、ワイグと同じく歴戦古代種として選ばれただけなのだから。
『アトラ様、やっぱり何か心当たりが?』
「あるよ…最悪過ぎて外れててほしいと願わずにいられないくらいドギツイのがね」
こうなってしまった原因は、恐らく私が神の膝元に到達してしまったから。こちらから気付かなかっただけで、それを奴に観測されていたのだとしたら…狙いは私のはず。
私は観念したように、行き着いてしまった心当たりについて語った。
「その嵐の正体は魔物だよ…天候を変えるほどの吸気と排気で大気をかき乱し、大地すらも均してしまう古代の暴君…」
エンシェントには品格が必要なのかもって話、あれは撤回しなきゃ。奴にそんなものは欠片もなかった。
「奴の種族名は、現代語で発音すると「アウードュラ」。別名、嵐牽鰐…攻撃的なバカでかいワニだよ」
いきなり現れてドレステミルを破壊し、町を再建し終えた頃に再び現れ、また破壊する…ただ、ちっぽけな存在を蹂躙して遊ぶためだけに。
そんな生ける災厄がレステに、私の元に迫っている。
一刻も早くこの場を去らないと…そして奴を止めなきゃ。
私は誰にも告げずに風の門を開き、足に気流をまとった。
そして誰の視界にも止まらないほどの速度で、遥か遠くの空に淀んでいる暗雲の元へと向かった。
続く。




