ここって終盤に訪れる場所では?
前回のあらすじ。
ワイグから貰った遺物に魔力を注いだら、知らん場所に飛ばされた。
上空、果てしなく暗い。
前方、果てしなく暗い。
足元、恐ろしくスケルトン。
ずっと下のほう、青と緑と白がまばらに広がってる。
以上。
「…いや情報量少なすぎて何が何だかだよ」
現在私の手元にあるのは小さな鍵の遺物と、ホルスターに納めた光を斬り伏せる刃。
もう一度鍵に魔力を流したら、元の場所に帰れるのかな。しかし何が起きるかわからないから、下手に試せないや。
あと持っているものといえばデバイスくらい…そうだ、デバイスがあったんだった。
「これでミアちゃんと音声通信を繋げて、ワイグに帰り方を聞けば…あれ、なんだこの表示」
急いでデバイスを取り出したはいいものの、いつも右上に居座っていた五つの柱マーク…周囲の魔力量を表すアイコンが消え、代わりに「No-MP」と表示されていた。
Noは無い、MPは…魔力の略かな。
もしそうだとしたら、この辺には音声通信を繋げるための魔力が存在しない…?
「これじゃ助けを呼べないじゃんか…」
となると、もう一か八か鍵に魔力を流して戻れるか試すしかない。
いつかの周期みたいに、私の存在が三次元からズレて、人々から認識されなくなったりしませんように…。
私は鍵を握り締めて、先程と同じく魔力を流し込んだ。
…しかし無慈悲にも、何も起こらなかった。
「あ、詰んだ。これ完全に詰んだわ。」
わけのわからん状況で一人きり。
周期変化の度に経験してきたことだけど、最近は常に誰かと一緒に行動するのが当たり前になっていたから、心細さに押し潰されそうになる。
「もうやだドレステミルに帰りたい…」
去りたくて仕方なかったはずの故郷に想いを馳せることはたまにあったが、今ほど強く帰りたいと思った時はない。
私は背を丸めてうずくまり、眼下に広がる緑を細目で睨んだ。
「…ん?」
気が動転して気がつかなかったが、私のずっと真下、深い緑の中にポツンと並ぶ四角くて白い物体。
「あの自然的ではない独特な白、そして形状と配置…もしかして、さっきまでいた遺跡?」
よーく目を凝らして再び真下の景色を視界に捉える。
…白いモヤが邪魔をして正確には判別出来ないけれど、ミアちゃんたちと潜った遺跡に酷似している気がした。
人類、一度要領を得ると次の行動はより円滑に行えるものでね。
「北西にうっすら見えるのがレステシティ…の一部かな?遠くに行くにつれてモヤが濃くなってるから、湖までは見えないなぁ」
冷静になって考えると、ものの数秒で自分がどういった場所に居るのか理解できた。
ここは恐らくダムデルの大地から遠く離れた空の上。
白くモヤっているのは、いつも見上げるばかりだった雲。かなりゆっくりではあるものの、全体的に流動している。今も時間は経過しているようだ。
「ここがワイグの言う「神の膝元」なら、神様自身はさら上に居るのかな」
「ん~、半分正解で半分外れってところね」
「そうなんだ…え?」
暗黒空間から響いてきた清涼感のある大人の女性の声。
私の記憶に該当する人物は存在しない…初めて耳にする声だ。
「はじめまして、ミス・アルトレイシア。お会い出来て光栄だわ」
「え…誰、てかどこに…?」
「ここよここ。すぐ真後ろ」
首を捻って後方に視線を遣る。
だがそこには誰も居ない。
「み、見えないけど…」
「あら、おかしいわね。あたしの目の前にはちゃんとあなたが見えているけれど…まだ「祝福」が馴染みきっていないのかしら」
祝福…ワイグが言っていた、エンシェントに打ち勝つと与えて貰える、この鍵の真価を発揮させて神の膝元へ導く力。
「あたしが見えないってコトは、この宮殿も見えていないみたいね。強すぎる「不滅」の力が、祝福を阻害しているのかしら」
宮殿?阻害?いったい何の話をしているのかわからない。
戸惑いに明け暮れる私に、女性が静かに告げる。
「んー…ま、とりあえず今日のところは元居た場所に帰すわね。みんなオフ日で出払ってるし、おもてなしの準備も整えたいから、祝福が馴染んだ頃に改めて招待させて貰うわ」
こちらの意思を無視して勝手に話が進んでいくこの感覚。イスが私をドレステミルから連れ出した日を思い出す。
あなたは誰なの、と声に出そうとした刹那、暗黒空間から景色が一転。再び目の前にワイグと遺跡が現れた。
「おっ…?」
とたんに鼻腔を刺激する真菌の香り。
クネクネと踊るワイグ。
そして彼に向かって武器を構えるミアちゃんとメポタ。
「…何やってんの、二人とも」
見知った場所に戻った私が気の抜けた声を発すると、ミアちゃんは血相を変えてこちらに向いた。
そして一気に顔の緊張を解いて、私に抱きついてきた
「アーちゃん!よかった、無事そうだね!」
「ああうん、大丈夫だけど…ワイグ、これ何があったの?」
『急にアトラが消えたもんだから、俺がお前さんに何か危害を加えたと勘違いしたらしい。本気で心配してくれる友達が出来て良かったなぁ』
殺気を向けられていたのにこの貫禄。さすがは歴戦古代種と呼ばれるだけはある。
「あー…みんな迷惑かけてごめんね。私は何ともないし、そもそもワイグのせいじゃないから、メポタも武器下ろしてあげて」
「マスターの命で無ければ、私は戦闘態勢を解除致しません。」
『おっ、いっちょ遊んでくか?』
「こらこら」
元々バトルが好きで周期の頂点にまで上り詰めたワイグだ。自分の周期には居なかった「人類」という種族と敵対して、闘争本能が疼くようだが…
「いいよメポタ。アーちゃん自身が大丈夫って言ってるから、戦闘態勢解除して」
「わかりました」
ミアちゃんサイドからの待ったがかかった。
メポタは直ちに折り畳み式の剣を畳み、臨戦態勢を解いた。
『なんだ、遊ばねぇのか』
こちらが戦意喪失したらワイグも律儀に大人しくなる。彼がエンシェントに選出されたのは人格者だからってのもあるのかな?
だとしたら、ケイローンがエンシェントに選ばれた事にも納得がいく。
「…どしたのアーちゃん、恋する乙女みたいな顔しちゃってさァ」
「ぅえ…そんな顔してた?」
「うん、誰がどう見ても「恋してんなー」って思う顔だったよォ。…そんなにイスちゃんに会いたくなっちゃったの?」
別にそういうつもりじゃ無いんだけど…強く否定すると説明が面倒なので、曖昧に誤魔化しておいた。
「はいはい、それはそれとしてこの後どうするか決めようよ。遺跡の最深部まで探索するか、地上に引き返すか」
『んでアトラ、お目当ての相手には会えたのか?』
なんで今その話を蒸し返すかな。
話の流れを変えようとしてるんだから、思い出したように言わんでいいのに。
「まだ祝福が馴染んで無かったみたいで、後日来るようにって言われたよ」
「誰に何を言われたってェ?」
ああもう、今度はミアちゃんが反応してしまった。
私にも軽はずみに突っつかれたくない部分くらいあるって、察して欲しかったよ。
ピャーピャーせっついてくるワイグとミアちゃんに若干イラッときた私は天の門を開き、壁に向かって紫雷の束を発射した。
ズガァァアンッ!!
轟雷が遺跡の壁を薄く砕き、衝撃と共に石片を散乱させた。
二人とデスワームは体を強張らせて硬直し、一様に静まり返った。
「誰に何を言われたか、それは私個人の問題だからこれ以上の追求はしないで貰いたい。…わかった?」
「う、うん…もう聞かない」
ミアちゃんが珍しく青ざめた顔で力強く頷き、メポタとワイグもそれに続いた。多少荒っぽくなってしまったけれども、どうにか追求は避けられたかな。
…ダムデルの上空にあんな、物語の終盤に辿り着ける特殊エリアみたいな場所があるなんて、関係者以外には言いふらしちゃまずいだろうし。
祝福が馴染んだ頃…然るべき時期が来たら、イスとテティスくらいには相談しておこう。
「そ、それじゃァとりあえず最深部まで探索してみようか。面白い発見があるといいね…」
僅かなぎこちなさを残して、私たち三人はワイグの背後にある通路を通って遺跡を探索するのであった…が、残念ながらこれ以降特に考古学的にも見せ場的にも面白い発見は何一つ無く、機能が完全に停止してしまっているドチャクソ古い遺跡だった、という考えうる中で最も地味な結末を迎えたのでした。
ミアちゃん達にプラネタリウムを見せてあげられなかったのは、ちょっと残念だったなぁ。
思わぬ昔馴染みとの再開、そして世界の秘密を少しだけ垣間見た私は、この後ミアちゃんの遺跡を案内してもらって、そのまま一夜を過ごした。
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翌日早朝。
一等地の拠点に戻った私は、テティスとの休日を満喫して上機嫌なイスから、次の行動目標について説明を受けていた。
「わたくし達が次に目指すべき場所。それは「ローイアルマ」という小さな宿場町なのですが…少々問題がございますの」
「なに、どうしたの?」
「現在このセス=レモア南西付近に大規模な嵐が接近しておりまして、バイク移動はおろか装甲車での移動も自粛するよう騎士団から勧告が出ておりますの」
ここに来て、今度は自然の脅威が襲い来るか。
どうも私たちをレステに留めようとする謎の力が働いているようにしか思えない。
「これ、わりと先を急ぐ旅なんだよね?」
「そうですけれど、自然相手にはどうしようもありませんわ。今のうちに行けるところまで行ったとしても、魔物の巣食う街道沿いで何日も足留めされるのはリスクが大き過ぎるので、嵐が去るまで大人しく待ちましょう」
言語や表現は多少変わっているものの、急がば回れ、事を急いては仕損じるという言葉が太古の昔より存在する。
今はぐっと堪えて、イスの言う通り嵐が過ぎ去るのを待った方がいいかな。
「自然の驚異に逆らうとろくな事が起きないし、私も待機に賛成…なんだけど、さっきからテティスの姿が見えないね。彼女には意見を求めなくていいの?」
「昨日バトリエで精根尽き果てるまで遊びまくったので、しばらくは起きないでしょう。嵐の情報は昨日の夕方に入ってきていたので、既に共有済みですわ」
テティスも自然を相手に仕事していた、採掘場の元現場監督。
安全な拠点で大人しく嵐をやり過ごすのが最適だと、力強く陳述したそうだ。
「それじゃ満場一致でレステに滞在するってことでいいんだね。嵐が来る前に、家全体に防護魔法を施しておこうかな」
「でしたらわたくしは日用品の買い出しに行って参りますわ。何か必要な物があれば、デバイスにご連絡くださいな」
「必要な物…そういえばドレステミルから持ってきた下着類がかなり古びてて、そろそろ新しいの買わなきゃって思ってたんだよね」
「ああ、あの黒や紺に変色した面積小さめの下着…あれも最初に被っていたフードと同じく、元は明るい色だったのですわね」
「ん?いや、色とデザインは元々あんな感じのだったよ」
ピシャーーーンッ。
まだ嵐は来ていないのに、というか室内なのにイスの頭上に雷が落ちた。
「…え?あの下着はアトラが選んで着用していたものなんですの?」
なぜか指先と唇がプルプル震えている。まるで信じられない事実を告げられたような口ぶりだ。
「情緒が死んでても下着くらいは好きなの身に付けたくて、ドレステミルで一番人気の仕立屋に買いに行ってたんだよ」
「なんという…なんという衝撃…!わたくし、幼児体型には綿生地にワンポイントが入ったお子様下着が最適解だと信じて止まなかったのですが、甘味に塩を加えて甘さを引き立たせるが如く、あえて大人下着を着けることによって体型の未熟を際立たせつつ妖しさもプラスする方法があったなんて…!」
膝をついて天を仰ぐイス。私の恋人はいつも通り頭がどうかしてるわ。
このノリに安心感を覚える私も、どうかしてるけどね。
イスは私の両手を包むように握り締め、性犯罪者一歩手前の眼差しで見つめてきた。
「こうしてはいられませんわ…今すぐお店に下着を見に行きましょう!」
「や、早朝からやってる日用品典ならまだしも、ブティック系はまだ開店してない時間帯でしょ。それに寝てるテティスを一人にしては行けないよ」
「それもそうですわね」
基本聡明だからか、こういうとこ聞き分けがいいんだよねぇ。最初から暴走しないように勤めて貰えると、助かるのですが。
「それではレステに住む下着デザイナーを呼んで、好みに合う下着を仕立てて貰いましょうか」
いかん、更なる暴走を始めよった。
「他人様の迷惑になることはダメだよ。とりあえずイスは日用品を買いに行って」
「その前に朝食の準備を」
「それは私がやっておくから。…下着は、テティスが起きてから考えようね」
「わかりました、超速で済ませて参りますわっ」
ビュンっ。
エロが絡むと元気になるのは、エルフのサガなのかな。イスは目にも止まらぬスピードで玄関から飛び出し、表に停めていたバイクに跨がって高級住宅街を駆け抜けていった。
暴走娘を見送った私は、宣言通り朝食を作るべくキッチンに向かった。イスが事前に卓上に並べていた具材から朝食メニューを推理。彼女愛用のエプロンと調理器具をお借りして、BLTサンドとポテトポタージュを作り始めた。
このあと帰宅したイスが、私のエプロン姿を見て膝から崩れ落ち神に感謝するのだが…それはまた、別のお話。
続く。




