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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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脱・町籠り

 前回のあらすじ。

 ロリコンのイスからまともな告白もされないまま、私たちはとりあえず恋人関係になった?らしい。

 清廉そうな裏側に腹黒さを隠してるのかと思きや、まさかの脳内ピンクキャラだったとは、世間は広く、どこまでも深遠。

 町の外へ旅立つための荷造りをしながら…もとい、荷造りを邪魔されながら、そう考えていた。


「イス…そろそろ離れてくれないと、荷造り出来ないんだけど」


 身分証明、出入国審査、預金・支払いなど日常のあらゆる場面で活躍する、冒険者必携アイテム「ギルドカード」を携帯ケースに挿入したいのに、背後からイスがまとわりついて荷造りを阻んでくる。


「ああ…襤褸(ぼろ)越しでもわかる柔らかな肉の質感…指が喜んで埋まっていきますわ」


「腹肉を揉むんじゃあない。」


 …補足しておくけど、私が生業にしている冒険者としての職は案内人(ガイド)

 原初の世界より、多岐にわたる生物たちの進化を見守ってきた私には、初見の生物であってもどのような生態でいかなる反応を示すのか、直感で理解出来るのだ。

 覚えているスキルも知覚系ばかりゆえに戦闘には参加せず、ただ後方でパーティにアドバイスするぐらいしかしてこなかったため極端に筋肉がついていないだけであって決して肥満などではない。

 もう一度言う。肥ってはいない。


「てか、いつまでお腹揉んでるの…?」


 心の中で弁明している間も、イスはため息をついたりして、私の脇腹を揉んだりつまんだりしてくる。 


「最近の子は華奢=美人と思い込む風潮があるので、わたくし好みの体型の子に飢えていたんですの」


「…念のため窺うけど、小さい子に手ぇ出したりして捕まったりしてないよね?」


「身体に手を出したのは、アトラが初めてですわ」


「言い方気を付けよっか。」


 窓がないから、ご近所に会話を聞かれたら何と思われるか。…いやでももう町からは出ていくんだし、別にいいか聞かれても。

 私は腹肉をイスに預けたまま、荷造りを再開する。


「…ところで町の外へ出たあとは、どこに向かうの?」


「わたくしの方で事前に旅程を組んでみてはおりますが、記念すべきアトラの初外出なのですから、まずはアトラが行ってみたい場所へ向かおうかと」


 基本、めちゃくちゃ良い子なんだよなぁ…お腹を揉むのさえ止めてくれれば、なお見直すのに。


「でも悪いよ…ただでさえ身請けしてもらった恩があるんだから」


「身請け金に関しては、恋人になることで帳消しに致しますわ。確か古代の魔術契約には「そういった面」もあるのですわよね?」


 イスの手はうねりながら徐々に背中を伝い、首筋を這い、唇を弄ぶ。


「んむ…っ」


「生者を土地に縛り付ける魔術契約…形式上「解除」と謳っていても、実際には身請けした者に契約が譲渡されるだけ。」


 黄金比の彫刻作品にも退けをとらない洗練された指先が、私の上唇をぷにぷにと押し上げてくる。


「従って身請けされた者は、身請けした者の任意のかたちで「家族」として迎えられ、生涯を終えるまで隷属として働く運命…なのですわよね?」


「ひ、ひゃい…」


 こんな因習、完全に廃れて消え失せてくれたら良かったのに。

 イスの言うとおり、古代の魔術契約は未だ消滅しておらず、なおも健在なのだ。

 縛り付けられる対象が町からイスに移り変わり、彼女を中心に指定された範囲内であれば移動可能になっただけで、私の人生はイスに掌握されてしまったと言っても過言ではない。

 このとんちきな仕様のせいで、身請けされた古代人たちのほとんどが苦境を強いられ生活していたんだった。

 つまりイスが私をどれだけ非人道的に扱おうとも、基本こちらに拒否権は存在しないのである。

 年端もいかない小娘に生涯を捧げる覚悟を決めた…ところで、イスは軽薄そうな足取りで私から離れていった。


「なーんて、馬鹿げた因習に従う義理はありませんの。第一わたくし、束縛するのは嫌いなので」

 

「そ、そうなんだ」


 なんとなく束縛癖がありそうな雰囲気を醸し出していたから、少し意外かも。


「あ。でもアトラに束縛されるのは本望ですの♥」


 何かのスキルを使ったのか、イスが高速で横滑りしてきて、猫がなつくみたいに私の背中に頭を擦りつけてきた。


「まあ、命令ならそうするよ」


 自嘲気味に言うと、イスの動きがピタリと止まる。


「…アトラ、ひとつ宜しいかしら」


「ん、なに?」


 涼やかに発していた声に、僅かな苛立ちの色が混じっている。私、何かやらかした?

 イスは私の肩を掴むと加減無しに180度回転させ、お互い正面に向き合った。穏やかな顔立ちが崩れ、眉間に「小」の字のシワを寄せている。


「アトラ、自分の存在を卑下するのはお止しなさい。契約があるとはいえ、わたくしとあなたはあくまでも対等…一方的に命令で言うことを聞かせるだなんて、したくはありませんわ」


「ぇ…」


 少しきつめの口調で叱られたかと思うと、間髪入れず聖母を想わせる抱擁が私を包み込む。


「あなたは古い価値観に囚われ過ぎですの。因習なんか忘れて、存分に人生を謳歌すべきですわ」


「イス…」


 なんでこの子は、私なんかのためにここまで言ってくれるのだろう。


「…『あなたが行きたいところにどこでもお行きなさい。なりたい存在におなりなさい』…」


 イスが呟くと、脊椎辺りに魔術発動の気配が駆け抜ける。はっきりとした記憶ではないが、不思議と身に覚えがあった。


「い、今のって…」


「下手に発動する前に、古の魔術契約を行使致しましたの。移動範囲は有象無象、森羅万象に存在するどこへでも、あなたの存在はあなた自身でお決めになって下さいまし」


 人を使役し、限定範囲内に留めることで生活を効率的に送ろうという古代人の薄汚い目論見があった、古の魔術契約。

 契約が人の手に渡り、内容を設定されてしまえば命が尽きるまで変更出来ない強力な(まじな)い…なのだが、どこへでも行けて何にでもなれるのなら、もはや有って無いようなものだ。

 まさか自分の人生を自分で歩める日が来るなんて、今朝の私は想像すらしていなかった。

 ほんと、どれだけ感謝すれば気が済むのだろう。

 私は喜びのあまり、イスの首にきつくしがみついた。


「ありがとう、イス」


「♥♥♥」


 イスがなんか声にならない声を発していたが、彼女も私を強く抱き締め返して首筋に額を擦りつけてきたので、たぶん嬉しかったんだと思う。

 …ただまあ欲を言うなら、抱擁した時からお尻を鷲掴みにしていなければ、私は感涙していただろうに。

 ほんといい性格してるわこの子。

 滅茶苦茶お尻を触られつつも、なんとか荷造りを終えたのであった。


―――――――


 時刻は正午を刻む頃。

 イスはあのド派手な紅い鎧を、私は何世紀か前に買ったまま戸棚に眠らせていた、袖にスリットが入ったホワイトのフード付きジャケットと、右側の裾が短いのか左側の裾が長いのかわからないアシンメトリーな黒シャツに、徒歩移動時の脚の可動域を考慮した丈が短めのホットパンツ(ホワイト)。

 あとイスの強い要望で黒いニーソックスを合わせ、ゴツめの白いコンバットブーツでモノトーン調に仕上げさせられた。

 装いを新たに、私たちはドレステミルの東西南北にそれぞれ設けられた関門のうち、外部より訪れる者が最も多く利用することから「主要門」と呼ばれる西門前に佇んでいた。

 正確には「アトラの呪いが解けて、さっそく町を出ていくらしい」との噂(凱旋パレードでイスが高らかに触れ回った)を聞き付けた人々がドレステミル中から殺到し、街道から門にかけて人で埋めつくされてしまい、足止めを食らっていた。


「アトラさん、おめでとう!」


「居なくなっちまうのは寂しいが、存分に楽しんで来いよ!」


「あはは…はぁ」


 なけなしの愛想を振り絞り、押し寄せる人々に別れの挨拶を続けてはや半刻。そろそろ精神力が限界を迎えそう。

 一方のイスは大勢を前にしても全く物怖じせず、外遊に訪れた令嬢の如く上品に振る舞っている。

 身の内から溢れ出す気品にあてられ、田舎町の住人たちは容易に近付くことを憚られているようにも見受けられるが、それでも一歩踏み出し各々祝福の言葉を述べてくれた。

 牛歩ながらも門へ向けて歩みを止めずにいると、イスが肘で私の肩を小突き、耳元に顔を寄せてきた。


「愛されてますわね、アトラ」


「や、町のランドマークだった奴が居なくなるんだから、みんな物珍しさに集まってるだけだと思うよ」


 町中に永くに存在しているとはいえ、日常的に移動する時点でランドマークを自称して良いかどうか。ギルド嬢曰く、町の観光資源として一役買っていたそうだが。


「…町を出た後で、アトラを模したランドマークが建造されたりして」


「あっははは…あり得そうで嫌だなぁ。」


 雑談を交えつつ町人たちに別れを告げ、とうとう門の前に到達した。

 ドレステミルを取り囲む原生林から選りすぐった霊木のみを伐採し、板状に切り分け、鋼で補強した威厳のある観音開きの巨扉。

 まぁ人が頻繁に出入りするから、夜間以外は開けっぱなしで、真っ昼間の今はその荘厳さを拝むことはできないけどね。

 そんな扉さえも飲み込み、体の一部にしてしまっているのが、積み重ねた硬質石材一つ一つに強固な防護魔法を施した、害意を持つ部外者や魔物の侵攻などから幾度も町を護ってきた長城砦。

 良くも悪くも、ドレステミルが古代から姿を変えない一因を担っている。


「さあアトラ、心の準備はよろしくて?」


 長方形に切り取られた景色の先、仄暗い樹海に向かってどこまでも敷かれる石畳の街道。

 砦の建設と同時に着工が始まり、完成まで約45年の月日が流れた。それももう遠い遠い昔の話だ。


「…」


 振り返るとそこには、ずっと忌み嫌いながらも見守ってきた、ドレステミルの町と人々の姿がある。

 大気の急変動、疫病、不作による飢餓などで数えきれないほど滅びの縁に瀕しても、人々はしぶとく生き残り、現在に至るまで続く平穏を手に入れた。

 ギルドの後進育成や歴史書の管理など、私が関わらずとも各所の運営は円滑に行われるようになって久しい。

 私の思い出はここにしかないが、思い残す事もない。


「…うん。行こう、イス」


 淡白に踵を返し、砦へと向かおうとしたその時。


「アトラさーん!アトラさーーーん!!」


 聞き馴染みのある声が群衆の奥から立ち上ぼり、私たちは歩みを止めて再び振り返った。

 人混みをかき分け、姿を現したのは…。


「…エマ?」


 エルトマール・リンデリオ、通称エマ。

 代々ギルドで受付係を担うリンデリオ家の一人娘であり、数時間前に私の身請け申請を受理した子だ。

 エマはシンプルなシャツとパンツ姿で、A4サイズの黒い包みを大事そうに抱え、三つ編みにして左肩より前に垂らした薄い茶髪を揺らしながら駆け寄ってきた。


「はぁ、はぁ…間に合いました」


「ど、どうしたのエマ…?」


 事務仕事ばかりのせいか運動不足気味のようで、ぜえぜえと息を切らしていた。

 それでもエマは震える手で、抱えていた黒い包みを私に差し出してきた。


「これは…?」


「あ、アトラさんに…ゲッホ、ごほっ!」


「ああうん、落ち着いてからでいいから」


 元々呼吸器系が丈夫じゃないから冒険者の道を諦めたのに、無理しちゃって。

 エマが落ち着くまで数分間を空け、顔色が良くなってから話を再開した。


「…ごほん。こちら、当家に代々伝えられてきたアトラさんへの贈り物です」


「贈り物…?」


 イスが僅かに怪訝な表情を浮かべる。どこに引っ掛かったんだろうか…まあとりあえず置いておく。

 エマは黒い包みを解き、内包されていた黒光りする手箱を露にした。


「いつかアトラさんが町を出る事になったら渡すように、と…当家の祖先である、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ワームドレッドからの贈り物です」


 ワームドレッド。ずいぶん懐かしい名前だなぁ。

 私が不滅になる前からの幼馴染みで、豪放磊落な性格ながらも気遣いを忘れない、なんと言うか接していて気持ちの良い男だった。

 そのため早くに身請けされ、冒険者として辣腕を振るいながらも、54歳の時に町の外で遭遇したドラゴンから「親」を庇って、激闘の末に命を落としたという。


「…竜殺し、ワームドレッド。どちらも嫌な名称ですわね」


 隣でイスが顔をしかめながらぼやいていたが、私は気にせず小綺麗な箱に触れた。かなり薄れてはいるものの、防護魔法の痕跡が感じ取れる。

 現代のものではない、私がよく知る古代の魔法だ。


「…ふふ、あいつ筋肉馬鹿なのに、魔法の腕は繊細だったんだよね」


 昔の私はあいにく剣と魔法の才に恵まれておらず、あいつが生きてる内に見返してやることは叶わなかったけれども…今は、古の魔法契約や不滅を解除するために蓄え、研鑽を重ねて身に付けた数多の魔法がある。

 結局はどちらにも干渉すら出来ずにいたが、もしかすると私の魔法はこの時の為にあったのかもね。

 魔力を指先に集約し、防護魔法の残滓をなぞる。

 するとワームドレッドが手箱にかけていた魔法は空に溶けて消え去り、封となっていた上蓋が左右に分かれて落ちた。

 手箱の中に入っていたのは…馬の蹄に取り付ける蹄鉄を半分に折ったような形状の、ほのかに青みを帯びた金属片。

 大きさは私の両手に収まるくらいで、防護魔法の効果だろうか?経年劣化した形跡は無く、触れてみると微かに温もりを感じる。


「…なんだろ、これ」


「口伝によると、ワームドレッドが遠方の遺跡で発見した「光を斬り臥せる刃」という遺物だそうで…魔力を込めると刃が形成され、触れずとも意のままに操ることが可能なのだそうです」


 なんか恥ずかしい名前だなぁ…背中がむずむずする。

 でも非力な私にとっては好都合な武器かも。魔力を込めなければただのアクセサリーみたいだし、持ち運びも楽そう。

 私は遺物をありがたく受け取り、腰に巻いたホルスターに装着しようとした。

 するとイスが指先で肩をちょんちょんと叩き、前傾気味に聞いてきた。


「アトラ、その遺物少し拝見してもよろしいかしら?」


「え?いいけど…」


 特に警戒もせず、イスに遺物を手渡す。


「ありがとう。わたくし、実は遺物には目がなくて…これまでにも、数多の遺物をコレクションしておりますのよ」


「え、もしかして欲しいの?」


「餞別の品を欲しがるほど強欲ではありませんわ。…遺物には時おり強力な呪いがかけられていたりしますから、事前に鑑定するだけですの」


「あー、それは身をもって知ってるわぁ」


 中には不滅みたいに、触れるだけで呪いが発動する物もあるからね。


「ていうかイス、遺物鑑定スキル覚えてるんだ。たしか町の外で生まれたスキルで、習得が物凄く難しいって聞くのに」


「職業柄、鑑定・精度アップ系スキルは一通り習得しておりますので。…うん、特に呪いの類いはかけられておりませんわね」


 そういえばイスの冒険者職業ってなんなんだろ?見た目は姫騎士だけど…まぁ追々窺うとしよう。

 イスから返して貰った遺物を今度こそホルスターに装着し、涙ぐむエマにも感謝と別れを告げて、門をくぐっていく。

 この現実のあっさり感にもそろそろ慣れてきたなぁ。


「お~…砦の真下ってこうなってたんだ」


「なんだか変態じみた発言ですわね」


変態(イス)にそう言われると、なんか嫌だなぁ…」


 焦がれに焦がれた外の世界への歩みは、他愛も無さすぎる雑談と共に。

 私は後ろ髪引かれることも無く、イスと歩幅を合わせて馬鹿みたいな会話を繰り広げながら、樹海を突き進んでいった。


 続く。

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