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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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正門の開門方法

 新たな方針を定めてからイスと休憩をとり、なんやかんや約2時間後。

 模擬戦闘でかいた汗をシャワーで流してからコンテナの外へ出ると、整備したばかりの湖岸遊歩道から湖に向かって釣糸を垂らし、悠々自適にのべ釣りをしているミアちゃん&テティスと出くわした。


「猫ちゃん、もっと竿を動かして獲物を誘わないと」


「むむ…川釣りは得意なのですが、湖だと勝手が違って難しいですね」


 二人の様子は戦闘データ採集用の風魔法で随時読み取っていたから、知ってはいたんだけどね。

 ミアちゃんもこちらの存在に気付いて振り返り、ニタリと邪悪な笑みを浮かべた。


「やほ~。休憩にしては随分と激し…長かったねェ」


「二人とも待たせてごめんね。そこのドラゴンエルフがしつこくてさぁ」


 私は背後でショボくれているイスを指さした。

 少し前までは元気溌剌だった彼女だが、気の昂りが収まってからはずっとこんな調子である。


「後でこうなるとわかっていたから、あの力は封印していたんですの…」


「そういやさっき魔核放(ルジェクト)使ってたねェ。昔みたいに発動と同時に暴走しなくなったのは進歩だけど、使いこなすにはまだまだ時間がかかりそうさね」


「ルジェクト?」


 また知らない言葉が出てきた。最近の私、質問ばかりしてる気がするなぁ。

 ミアちゃんは竿を小刻みに動かして魚を誘いながら、私の疑問に答える。


魔濁人(ジェミニ)自身が魔物の能力を発動、あるいは魔物の特徴を肉体に顕現させる行為の学名だよォ」


「へぇー…既に学名がつくほど研究されてるんだ」


「ジェミニは絶対数が少ないし、研究データが潤沢とは到底言えないけどねェ。80年くらい前までは迫害の対象として見られてたし、帝国王政の「人間至上主義」とかいうクソみたいな締め付けもあったから」


 度々出てくる至上最悪国家とまで謳われた旧帝国、通称「帝国王政」。

 デバイスで少し調べただけで、ドレステミルに入ってくる噂とは比べ物にならないほどの悪評がヒットする、今周期最大の負の遺産だ。

 やることなすこと全てが国民の反感を買い、武力と権力で悪行をのさばらせ続けた結果、飼い犬としか見ていなかった騎士団の謀反によって王族の血脈は途絶え、帝国王政は壊滅。

 新たな王として君臨した英雄・スコット君と、歩く財源ことイスの尽力によって、帝国のみならず周辺諸国も圧政から解放され、北世界に平和が訪れたという。

 あくまで世間話の域を出ないソース元不明の噂だが、元王政の関係者数人と王族の血を引いた人物が落ち延びていて、水面下で帝国簒奪の機会を伺っているとかどうとか。

 まぁどのみち私たちの旅とは関わらない気がするから、覚えなくていいけどね。


「帝国王政といえば…裏から回ってきた情報なんだけど、近年、元王政と懇意にしていた為政者たちが次々と暗殺されてるらしいんだよねェ。新帝国の方針を無視して、遠方で違法に近い圧政を強いる虫ケラばっかだからどうでもいいんだけどさ」


 と、ミアちゃんが思い出したように呟いた。


「今のところ王政関係者と悪人以外に害は及んでないそうだけど、騎士団長が関与してない第三者案件らしいから、念のため気に留めといてね。イスちゃんとアーちゃんが非行に走って、そいつらのターゲットにならないとも限らないしィ」


「ならこの中で真っ先に狙われるのは間違いなくあなたでしょう。関わった者に不幸と混沌を振り撒く「破滅」なのですから」


 長らく賢者モードだったイスだが、ようやくミアちゃん限定の毒舌をかます余裕が出てきたようだ。

 ミアちゃんもいつものやり取りを交わせてどことなく嬉しそう。


「ま、不死身のボクらが狙われたところで死にゃしないし、議論するだけ無駄ってもんさァ」


 ミアちゃんは釣竿を水中から引き上げて釣糸を回収すると、強引にイスに渡した。


「世間話はこれくらいにして、猫ちゃんのミッションに付き合った報酬を貰わないとね。てなわけで、アーちゃん借りるよォ」


「は?何故あなたにアトラを渡さなければならないんですの」


「アーちゃんにしか頼めない案件だからだよォ。まぁ悪いようにはしないし、日没までには帰すから、イスちゃんは猫ちゃんと釣りでもして待ってて」


 ミアちゃんから悪巧みの気配などは感じられなかったので、私は彼女の行動に逐一身を委ねていた。

 するといきなり周囲の景色が一瞬で変化し、私は晴れやかな湖岸公園から見知らぬ深林へと移動していたのだ。


「…おや?」


 天を覆う濃緑の枝葉と、立ち込める緑の香り。ドレステミルの樹海と雰囲気が似ている。

 ここは多少拓けていて、迷彩柄のテントが建っていたり、石を囲んで焚き火をした形跡があるものの、全体的にあまりヒトの手が入っていない地帯のようだが、一体なぜミアちゃんは私をこんなところに…というかどうやって移動したのだろう。


「新天瞬地のポイント移動ってねェ、実は装着者が触れながらだと他人も連れていけるんだよ」


「ああ、なるほどね。…それはそうと、ここは一体どこなの?」


「レステから西にいったところにある樹海だよォ。んでここは、ボクたちが遺跡攻略のために一時キャンプしてるところさ」


 ボク()()というと、イスとミアちゃんの喧嘩を仲裁するためにダイジェストで一度だけ会った、ミアちゃんと同じ闇妖精族の女性を含めた物言いのはずなのだが…見渡す限り、ここに彼女の姿は無い。


「そのお仲間の姿が見えませんが?」


「昨日から徹夜で遺跡に潜ってたんで、まだテントで寝てるんだよ。重い荷物も運んでくれてたし、まだ疲れが溜まって…」


 ミアちゃんはテントのジッパーを下ろして、顔だけ中に突っ込んだ。


「…あー、安らかに寝てはいるけど、ちょっと様子をお見せできない状態だわ」


「ど、どういうことなの?」


 ミアちゃんはテントから出て、静かにジッパーを上げた。


「…この子は生まれつきの「両性具有」ってやつでねェ。体の基礎は女性なのだけれども、一部分だけ男性の特徴が発現していて…なんというか、今まさにテントの中でテントが」


「大体わかったから言わなくて大丈夫。寝てるならそっとしといてあげよう」


 寝ている彼女のデリケートな問題に踏み込めるほどの面識も無いため、私は話を早々に切り上げて、本題に移らせた。


「それで、私をここへ連れてきた理由は?」


「おっといけない。是非ともアーちゃんにお願いがあって…と言いたいところなんだけど、メポタを起こしたらかわいそうだから、この先の遺跡の中で話そうか」


 メポタというのはテントで寝ているミアちゃんのお仲間の名前で、ミアちゃんが命名したそうだ。

 ついてきて、と木々の合間を縫って進むミアちゃんに追従すること30秒。

 薄暗い森の中に突如として現れたのは、長い蔦に覆われた、やや斜めにそびえ立つ石の壁面。

 使われている石材はかなり古い時代のもの…しかし私にとっては懐かしい、身近な様式の建造物。

 名前だけは何度も出ていたものの、ドレステミルを出てから来訪するのはこれが初めてになる。

 遥か太古から存在しているものの、明確な存在理由が判明していない建造物…遺跡だ。

 入り口の大きさは縦3m、横2mほど。

 本来なら軽くて丈夫な謎金属シャッターで閉ざされているはずだが、経年劣化によって開閉機構が破損しているのか、開きっぱなしになっている。


「中は暗い上に階段になってるから、気ィ付けてね」


「わかった」


 中を覗くと、彼女の言った通り暗い下り階段が待ち構えていた。私は暗視スキルを発動して視界を確保すると、慣れた様子でリズミカルに下っていくミアちゃんの後を追った。

 本来なら謎の光源によって室内全体が照らされているはずだが、緊急用の簡易照明機能も停止しているらしい。


「にしてもアーちゃん、随分とすんなりついてくるねェ。罠とか警戒しないの?」


「ここなら周りに誰も居ないし、いざとなればミアちゃんの心読んで対応するから大丈夫だよ」


「何そのチートスキル。あ、でも心読めたら商談で役立ちそうだなァ…破滅の力さえ無ければ、アーちゃんとパーティ組みたかったわ」


「心を読まれるの、嫌じゃないの?」


「んー…アーちゃんなら別にいいかな。情報の取扱いは誰よりもしっかりしてそうだしィ」


 まぁ禁術を後世に伝えないよう、厳重に取り扱っているからね。

 9兆年で世界がリセットされる現象が起こらなくなってからは、よりいっそう気を付けてるよ。禁術によっては、人類史から魔法という概念が消滅しかねない危険なものもあるし。

 暗い階段を下る途中、ミアちゃんはくるりとこちらを向いて前傾姿勢を取り、唇に立てた人差し指を当てた。


「そんなわけで、覗きたかったらいつでもどうぞ。ただし、見聞きした情報は他言無用で…ね?」


 その「…」にありとあらゆる悪意が込められて帰ってきそうなので、私は小さく笑って首を横に振った。


「…今はまだ覗かないでおくよ。ミアちゃんから得た情報を、世間話のていで行われる誘導尋問によってミアちゃん相手にうっかり漏らしたら、いくら請求されるかわからないしね」


「さっすが、ボクのことよく理解してくれてるねェ」


 情報を取り扱う者にとって、旬な情報は宝石よりも価値を持つ。特に、裏社会の事情に精通したミアちゃんならなおさらだ。

 イスから「奴には警戒しろ」と口うるさく伝えられていなければ、今ごろ選択を誤っていたかも知れない。

 ありがとうイス、破産は免れたよ。

 心の中でイスに感謝を捧げていたら、ミアちゃんが急に立ち止まった。うっかり彼女を追い越してしまう。


「おー、ホントに心読んでないんだねェ。いま「ここの小部屋の前で止まるよォ」って考えてたのに」


「や、そんな小細工しなくても覗かないから…って、小部屋?」


 ミアちゃんはうん、と頷いたが、彼女が示している場所はただの壁。扉らしき亀裂や取手も見当たらない。

 私が本当に心を読めるかどうか、試しているのだろうか。とりあえず、やり過ごして様子を見よう。


「ただの壁に見えるけど…ここに部屋があるの?」


「アーちゃんの目すらも誤魔化せるなら、ここを()()に選んで正解だったかなァ」


 ミアちゃんは満足げに何もない壁に手のひらを当てた。するといきなり壁から空気がプシュッと漏れ出し、左右に割れてヒト一人が通れそうな長方形の穴が出現した。


「…これは驚いた。よくこんな部屋見つけられたね?」


「スゴいでしょ。中枢に潜って、遺跡全体の管理権限を取得したんだァ」


 この子、遺跡のシステムまで使いこなせるのか。

 中枢のコントロールが効くということは、この遺跡の機構はまだ生きている…つまり、ミアちゃんが意図的に入り口の扉を開いたまま、照明を落としていたってことか。

 なぜそんな不用心かつ不便な真似をするのかは、彼女の性格を考えたら簡単に答えに辿り着けた。

 

「…ここを盗掘済みの死んだ遺跡に見せかけるために、システムを落としてカモフラージュしてたってわけか」


「そのとーり!」


 ミアちゃんは両方の親指を立てて、またもや満足そうに頷いた。

 そして率先して穴の先に足を踏み入れて、手招きする。

 私は誘われるまま、穴の中へ侵入した。

 すると再び壁が飛び出してきて、繋ぎ目がわからないように閉じてしまった。

 そして天井が緩やかに光り始めて、私が暗視スキルを切るのと同時に部屋全体を明るく照らした。

 くすみの無い白亜の壁と天井に囲まれた、高さ4m、横幅5m、奥行き8m程度の空間に、ミアちゃんがいつも持ち歩いているケースが壁に立て掛けて置いてあるだけの、なんとも殺風景な場所だ。


「おぉー…シンプルイズベストって感じだね」


「何もなくて寂しいと思うでしょ。でも管理者のボクが念じれば…」


 ミアちゃんが瞼を閉じると、向かって左側の壁からクッション座面付きの横長ソファが飛び出した。


「わぉ。これは座り心地がよさそうな…」


「このように、収納されてる家具を出現させられるんだよォ。他にもベッドとか間仕切りとかテーブルも出せるけど、今はソファがあれば十分だからさ」


 ミアちゃんはソファに腰かけて、私も隣に座るよう促した。もちろんすぐ彼女の指示に従う。

 うーん、フカフカで包み込まれるような座り心地ながらも、適度に反発して体重を分散させるこの感覚…古代の代物とは思えない新鮮さだ。


「…さてと。さすがにここまで来れば誰かに盗み聞きされたりはしないだろうから、ボクが求める報酬について話すね」


 突如、ミアちゃんの口調が少し引き締まった。

 話をするだけなのにわざわざこんな場所まで来たのだ。よほど重要な案件なのだろう。

 私も姿勢を正して、ミアちゃんと向き合った。


「うん。私でも対処できる案件かわかんないけど、まずは聞かせて」


 他人のプライバシーでも何でもずけずけと踏み砕いていくミアちゃんにしては珍しく、僅かに躊躇が見られる。

 この表情、視線の動かし方、まばたきの回数…何か後ろめたさの残る類いのお願いかな。

 数十秒の沈黙ののち、ミアちゃんはついに口を開いた。


「…あのさ、闇魔法の門の開き方…教えてもらえないかな」


「ああうん、いいよ」


 なんだ、何かと思えば魔法の門の開き方についてか。

 確かにそれなら私の得意分野だし、正しい方法を伝授できるなら本望だ。

 …くらいの軽い気持ちで答えたんだけど、ミアちゃんは何やら呆気にとられた表情を浮かべていた。


「…えっ。お願いしといて何だけど、そんな軽く返事していいの?」


「いや、別にいいよ。闇魔法は比較的開門の手間と時間がかからないし、開門方法を伝えるくらいならすぐ出来るから」


「そうではなくて…正直なところ「私の専売特許だから」とかいって、ゴネられるかと思ってたよォ」


「私そんな器ちっさい奴じゃないから」


 こうして私はイスの師であるミアちゃんを、伝導師ソダムの歴代一番弟子として面倒見ることとなったのであった。


続く。

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