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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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合言葉はメロイック

 水の門。

 それは私が最初に開いた魔法の門であり、どの魔法よりも練度が高く、瞬発的な使用に向いている。

 水魔法は基本、魔力を水に変換して高出力で射出し敵を怯ませたり、大量の水で対象を押し流したりする、主に補助の役割として用いられがち魔法なのだが、私はとりわけ「水温の操作」に長けており、高温の水蒸気や凍結によって対象を殲滅してきた。

 よってイスの相手も水の門だけで十分務まる程の実力を備えているのだ。

 …が。


「…なかなか殺意高いですわね、アトラ」


「ご、ごめん」


 イスの足元に突き刺さった、長さ2m、太さ直径1mの氷柱。彼女が咄嗟に避けたから良かったものの、想像以上の出力で放ってしまった。


「(まだ魔力循環の良さに慣れないな…咄嗟に出そうとすると、出力を誤る)」


 永いこと魔力を使わず生活してきた弊害。自業自得とはいえ、ここまで苦しめられるとは。

 最初の反撃時みたく手指でガイドを作って出力範囲を定めると制御しやすい。しかし反応速度を重視してガイド無しで魔法を発動すると、今の一撃のように暴発してしまう。

 実戦形式ゆえに多少の怪我は仕方ないとしても、さすがに今のは洒落にならない。

 …発動までに多少ラグが発生するが、やはり当面は指でガイドを作りながら出力制御するほか無いようだね。

 私は再び人差し指と小指以外の指を畳んで、指先をイスに向けた。


「先程から思っていたのですが、アトラはロックがお好きなんですの?」


「へ?ろっく…って?」


「そのハンドサイン、帝国では「メロイックサイン」と呼ばれておりまして、ロックバンドの方がライブ中にやっているのを見たことがありますの」


「これはただ指の幅で魔法の威力を意識しやすくしてるだけだよ」


 デモンストレーションとして、再び人差し指と小指の間に収まるサイズの氷柱を形成。射出はせず、指の間に浮かべたままイスに示した。


「と、こういった具合にね」


「なるほど。照準というより、金型に近いものでしょうか」


「金型…かぁ。漠然としたガイドよりも、そっちのイメージの方がより正確に出力を意識しやすいかも」


 ガイドはあくまで形式上の限界をわかりやすく視覚化しただけのもの。

 しかし金型には物理的な限界があり、必要以上の原料…つまり魔力を注いでも型から溢れ出すだけで、意味がないのだ。


「この手は金型…金型…」


 魔法を定型で精製するイメージを心の中で何度も反芻して、無駄なく金型を満たせるだけの魔力上限を定める。

 悲しい哉、ずっと独りで暮らしてきたからこういった思考シミュレーションは得意なのだ。


「よし…イメージは完璧に固まった」


 出力上限3%…周囲や仲間に被害を出さず、かつ実戦でも有効打となり得るギリギリのレベル。

 常にこのリミッターを意識して生活していれば、咄嗟の判断で行動しても出力を誤らずに済むだろう。

 後は実戦で経験を積み、体に覚えさせるだけだ。


「待たせたね。それじゃ続きと行こうか」


「ええ。ではこちらから行かせていただきます、わっ!」


 直線的で時間を無駄にしない速攻。イメージしたての出力制御をさせずに終わらせるつもりか、ただパンツ下ろしたいだけなのか。

 遠慮していたら攻撃が通らないと知ったイスは、初撃で見せた躇いを完全に払拭し、私の目の前で地を蹴り更に加速。紐に狙いを定めて、慣性を利用した華麗な回し蹴りを繰り出す。

 体重の乗せ方、足運び、動体視力、体捌き。自分の体の使い方を深く理解していなければ真似すら出来ない、一級品の蹴撃。

 …惜しむらくは、対峙した相手が私だったということくらいかな。


「いい蹴りだけど、少し直線的過ぎるよ」


「むっ!」


 私が僅かに体を右に捻るだけで、イスの左足は空虚を蹴った。

 彼女が狙う的は小さく、しかもそのほとんどがスカートに隠れた状態だ。なおかつ私の体にダメージを与えないよう正確に紐だけを狙っているから、計算するまでもなくかわせてしまう。

 イスは着地後すぐに体勢を立て直して、腰を低く屈めた。次の攻撃に備えて脚に魔力を溜めているのだろう。

 …少しチャージ時間を与えてあげようかな。


「もっと遠慮を捨てて、私ごと蹴り飛ばすつもりでかかっておいでよ。紙一重なんて狙ってたら、いつまで経ってもイタチごっこだよ」


「…そうですわね。せっかくアトラ…伝導師ソダム様がお相手して下さっているのですから、こちらも本気を出さなければ、失礼に当たりますわ」


 ズン。

 突如としてイスの纏う雰囲気が変化した。

 いつものふわふわオーラでもなく、ミアちゃん相手に話している時のぶっきらぼうな感じでもない。


「愛しのアトラにだけは見せたくありませんでしたが…致し方無いですわね」


 私に隠し事はしない、と心をフルオープンにして深層心理まで覗かせてくれたイスが、心理の裏になおも隠していた力。

 翡翠色の瞳に佇む瞳孔が紅く変色し、細い縦長に変形。常時ですらヒトよりも発達していた上顎犬歯が更に伸びて、唇から飛び出す。

 そして頭…両側の側頭部から斜め上に向かって、湾曲した紅い角が伸びてきた。

 肌には所々爬虫類の鱗のような模様が浮かび上がり、まるでヒトとかけ離れた存在に成り変わった。


「イス、その姿は…」


「…ドラゴン由来の力だ。他人に気味悪がられるのが嫌で、いままでずっとひた隠しにしてきた」


「なんかちょっと口調変わってません?」


「ドラゴンの力解放すると、自然にこうなっちまうんだよ。気にしないでくれ」


 この口調、なんだか少しラルハール君に似てる。

 もしかしてこの性格の方が、本来のイスに近いのかな?

 ぽやぽやしたお嬢様口調のイスは優美で魅力的だけど、爬虫類っぽいワイルドなイスもなかなか…いや、私の好み的にドストライクだわ。


「…参ったね。まさかこれ程まで永く生きてきた私が、過去一ドキドキさせられるなんて」


 今さら生娘を気取るつもりはないが、物語の中でよく見た「初めて恋を知った少女」のような心境だわ。

 我ながらキモいとは思う…けれど、頬が熱い。

 ドラゴン味が増したイスを直視できず、身を捩ってしまう。


「やばー…今のイス、格好良すぎるわ…」


「こんな見た目なのに、引かないのか?」


「全然。むしろいつもの姿より好みかも」


 思えば私って、いわゆる「ケモナー」なのかな。

 見聞を広めるためデバイスで色々と調べている最中に見かけた、美形と称される人間たちよりも、獣人の方々のほうが妙に興奮を覚えたし。

 もしかして私も「変態(アブノーマル)」カテゴリの一員だったり…?


「やっぱりアトラって変わってるな」


「えぇー…紐パン落とすのが好きなイスに言われたく無いんだけど」


 と、完全に油断しながら応答したその時。

 いつの間にか目の前からイスの姿が消えていて、私の体の左側に、猛烈に吹き上げる突風が発生した。

 一拍遅れて体を揺らす、とてつもない衝撃。しかしその場に立っていられない程ではなく、痛みを感じたりもしなかった。

 そこにあったのは、力無く地に伏した薄水色の紐パンだけだった。

 そして私の背後に立ち、長い腕を絡ませてくる変態。


「…やりましたわ、アトラ♥」


 初見でなければ私の意表を突く事は出来なかっただろう。しかし今回はイスの策略勝ち…まんまと油断しきってしまった。


「やられたね…まさかそんな戦法を隠し持っていたなんて」


「ごめんなさい。アトラに拒絶されるのが怖くて、どうしても言い出せなかったのですが…この力を使わなければ、試練を達成出来ないと実感したので」


 顔は見えないけど、腕も口調もすっかりいつものお嬢様イスだ。いや、普段より少ししおらしいかな。


「別に隠すこと無いのに。イスドラゴン、格好良かったよ?」


「ドラゴンの力を引き出すと身体能力が強化されるだけでなく、見た目もですが、口調や行動まで粗暴になってしまいますのよ。1分以上発動していると、ドラゴンの思考に飲まれて欲望の赴くまま動いてしまいますし…」


「それはいつものイスと同じじゃないかな」


「あれよりもっと酷くなりますの」


 今も私のお腹に手を回し、だんだん下に向かって伸ばしているのも中々酷いと思うんだが…これ以上とな?


「出来るだけ気を付けましたが、怪我などはしておりませんか?」

 

「野外でノーパンにされた以外はどうってことないよ。ったく、私が想定した限界攻撃力を軽く越えよってからに」


 ドラゴンの力を解放して放った一撃…瞬間的ではあったものの、いつものイスが放てる限界攻撃力の数十倍の威力だった。

 あれで私に配慮していたというのなら、私が施せる最高の防護魔法でも、装置の鉱石を守りきれないかもしれない。

 つまり…クレイオルデン縦断中に、イスがドラゴンの力を引き出して戦闘を行わなければ切り抜けられない状況に陥ってしまうと、無傷での踏破は絶望的。

 いま下手にリスクを犯すよりかは、別のルートを進んで安全に短縮出来る箇所を選んで進む方が賢明なのではないかな。

 わざわざこんな広場とコンテナハウスを建築してもらっておいて、気が引けるけど…


「ごめんイス、やっぱりクレイオルデン縦断は諦めよう」


「あら、いいんですの?」


 私は先程感じた懸念を説明した。


「…言われてみれば、ひとまず迂回ルートを進んで都度ショートカットした方が得策ですわね」


「ね、もっと早くに気付けたら良かったよね」


「となると、テティスたちの戦闘も止めた方がよろしいでしょうか。装置を使う必要がないのでしたら、データ採集も無駄になるのでは?」


「んー…あの装置はいずれ何かに使えるかもしれないし、楽しんでるみたいだから気が済むまでやらせてあげよう」


 私は白熱するテティスたちの攻防戦を一瞥した。


「ほらほらァ、そんなんじゃ汗かけないよ~?」


「はぁ、はぁっ」


 体を動かすのは悪いことじゃないし、テティスもまだミアちゃんとの組手を続けたそうだったから、私は足元のパンツを拾って、イスと共にコンテナへと戻った。


「さーて、急に暇になっちゃったねぇ」


「そうですわねぇ。…時間を有効活用して、アトラクションの建築を進めてしまいましょうか」


「あ、やっぱまだ造り足りなかったんだ」


「このような広大な土地を好きに弄れる機会なんてそう無いですからね。移動の旅を再開したら、次にいつここへ戻って来られるかわかりませんし」


 忘れがちだけど、私たちの旅は基本一方通行なんだ。

 帝国はまだまだ遠いけれど、ドレステミルからもそこそこ離れてしまった。再びあの地を踏むのは、いつになるやら。


「…じゃあ悔いが残らないよう、造りたいものを完成させなきゃね」


「ええ。…ですがその前に、アトラ」


 イスがずいっと距離を詰めてきて、私を作業机に座らせた。

 さぁ、嫌な予感がして参りました。


「ミッションを達成したら、キスでも何でもしていいんですわよね?」


「ものすごく都合よく解釈されてるねぇ。まぁいいけどさ」


 私の心が拒否しないってことは、イスを受け入れている証だ。

 永年の含蓄と勘で培ってきた自分の計算には少しばかり自信があった。しかし今日、緻密に計算して練り上げた防護魔法を、たった一瞬で彼女に粉砕されたことが、何故だかとても清々しかった。

 そんな彼女の指が私の膝の上を這い、首筋に吐息がかかる距離にまで顔を接近させてくる。

 …正直どうリアクションしていいかわかんない。

 テティスたちの熱い組手を音で感じながら、私は彼女の好きにされるがまま、身を委ねるほかなかった。


続く。

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