現代風三人デート
ここはレステシティ南部に位置する高級一等地。
昨日、不動産屋で即日着手可能な土地を買い、イスが周囲の景観を損ねない現代風の二階建て一軒家を建築した、我々の新たな活動拠点である。
んで現在、私とテティスとイスは円卓を囲んで、トーストに焼いた厚切りベーコンを乗せたやつと、芋をドロドロに溶かした汁物、それから季節の野菜類を刻んで器に移したものを頂きながら、大窓から差し込む朝日を浴びていた。
「いやー、昨日のイス達の取っ組み合いはほんとに醜かったわぁ。最後二人とも湖に落ちて、仲良く巨大魚に食われそうになるんだもん」
「た、大変でしたね…」
「あいつがアトラとテティスに大怪我を負わせた元凶だと判明して、つい頭に血が昇ってしまいまして…」
結局は私が湖ごと巨大魚を凍結させて二人を救い出したものの、師弟を和解させるまでには至らなかった。
再び陸に上がった後も小競り合いは続き…あの日足元で転がってた男(死体)に負傷させられ、物陰で休んでいたというミアちゃんのお仲間と協力して、なんとか二人を引き離すことに成功したのである。
そして一夜開けた今朝、私のデバイスにミアちゃんから「昨日はゴメンね?」と謝罪メッセージが届いていた。
突然足蹴にされ、襲い掛かられた側の師匠は一晩で怒りを冷ましたようだが、肝心の弟子はあれから機嫌を損ねたまま、ずっとピリピリしておりましてねぇ。
「お金さえ払えば誰とでも取引する…だからあいつは嫌いなんですの。あいつさえ居なければミールの町が襲われる事も、テティスが爆発で負傷することも無かったというのに…」
「逆に言えば、ミアちゃんが居なかったら私たちとテティスが出会うことも無かったんだよね」
「うぐっ」
ま、ただの結果論に過ぎないのだが、爽やかな朝食タイムを阻害するイスの愚痴を塞き止める程度の効果はあった。
「わたし、お二人と出会えて幸せですよ。ずっと憧れだったバイク旅も経験出来ましたし」
この子はこの子で幸せのハードルが低すぎる。
幼くして獣人の王族という身分を捨て、修羅の人間社会に飛び込んだ気骨ある若者…しかし、年上のリーダー格がこうもピリついてちゃ、内心居心地が良いはずもないよなぁ。
それなのにテティスは嫌な顔ひとつせずに、純度100%の笑顔を振り撒いた。
あまりに天使すぎるテティスにすっかり毒気を浄化されたイスは、下唇を噛み締めて、残っていた邪気をため息と共に吐ききった。
「はぁーーー…テティスにそう言われてしまうと、強くあいつを否定できなくなりますわね。お父様が居なくなってから、基本一人か二人での生活しか送ってこなかったので、こうしてテティスを迎えられて、三人で食卓を囲むのが何よりの楽しみになりましたから」
「えへへ…」
ああもう、可愛いなぁ。
「あざとい」の対義語を「テティス」にしたいくらい、嫌味の無い可愛さだ。
こうして私たちの朝は再び平穏を取り戻し、以降和やかな雰囲気のまま食事を終えるのであった。
―――――――
数十分後。
イスの提案で冒険者衣装に着替えた私たちは、再びリビングに集結した。
「わ、それがテティスの衣装なんだ。なんだか民族色強くて素敵だなぁ…」
「とてもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます。旅立ちの際に姉たちが持たせてくれた、わたしの神子装束なんですよ」
グレー地に…確かこの柄の総称は和柄だったかな。照りのある草花模様の生地に、薄緑色をしたマット感強めの襟を右前に合わせている。
肩には朱色地に薄緑色の縁取りをした、ペナントのような先細り形状のケープ。左右の先端には緑色の三つ輪結び飾り付き。
下はシンプルな朱色の袴…いやスカートかな。で、右の裾付近にだけ、金色の鈴を中央に据えた四つ輪の紐飾りが取り付けられている。
あ、よく見たら尻尾の先端付近にも鈴付きの組紐飾りが。これも神子正装の一部なのかな。
飾りと同じカラーの組紐で髪をポニーテールに結わいているのも、とてもかわいい。
この様相は不滅の無限メモリーに最重要事項として記録しておこう。あとデバイスでも写真を撮っておこう。
私とイスは無言でデバイスを構えて、戸惑うテティスを激写しまくった。
―――――――
ひとしきり堪能したところで、私たちは席について本題に移った。
「さて。わたくし達は帝国を目指すために、まずセス=レモアとアステリア大陸の関所へ向かって旅をしているワケですが…概算では大幅に時間短縮できるはずの最短ルートを進むか、危険性の低い迂回ルートを行くか、入念に話し合って採択を取りたいと思いますわ」
「はいよイスさんや、ひとつ質問いいかね?」
「もちろんですわ」
「迂回ルートって、何から迂回するルートなの?」
生憎この辺りの地理はおろか、己の生まれ育った大陸についてもよく知らなかったものでね。
質問ののち、イスは大きく頷いて円卓に手のひらを押し付けた。すると盤面に青白く光る地図が浮かび上がった。
「このレステシティから南東へ約150km進んだ場所に今なお存在する、旧時代の巨大廃墟群。これまで送り込まれたグローデン騎士団精鋭部隊をいくつも飲み込んできた魔物の巣窟…セス=レモアの地獄魔境、廃都クレイオルデン。」
「この大陸、物騒な場所しかないのかね?」
「クレイオルデンは世界的にも有名な危険地帯…足を踏み入れたが最期、たとえ生きて戻れても四肢の半分以上を失わなかった者は居ないと聞きます」
クレイオルデン…聞いたことないけど、テティスでも逸話を語れる程の場所のようだ。私は机を平手打ちした。
「ヤバさお墨付きじゃん。なんでそんな物騒なルートを選択肢に加えたんよ。」
「クレイオルデン横断ルートは、戦闘を視野に入れても迂回ルートより移動にかかる日数を20日程度短縮出来ますのよ」
「死ねない私や事実上死なないイスだけで向かうならまだしも、テティスを危険に晒すのは賛同しかねるね」
「そこは同意見ですの。しかし、わたくしのバイクにアトラの知恵と魔法を重ねれば、魔物と接触する前に通過出来るはずですわ」
何をどう試算して導き出した答えなのだろう。
というかそもそも、ずっと感じてはいたものの誰も全く触れずにほったらかしにしていた、旅をする上で最重要といっても過言ではない情報が、私たちには欠けているんじゃなかろうか。
「…私たちってさ、お互いの実力をあまり把握していないっていうか…どのルートを通るにしろ、各々どれほど戦えるか今のうちに知っておく必要があるのでは?」
今更すぎる提言ながらも、イスとテティスは「あ!」と口を揃えて発した。
「言われてみれば、三人パーティになってから一度も戦闘しておりませんでしたわね」
「イスさんは言わずと知れた一流冒険者ですし、アトラさんに至っては伝導師ソダム様その人…強くない訳がないですが、はっきりとどのくらい強いのかとは、考えてませんでした」
多分こういった話し合いは、テティスが仲間になった日の晩に済ませるべきだったのだろう。
あれから遅れに遅れてしまったものの、今のうちに気づけてよかったかも。
個人的には行き当たりばったり旅も刺激的で楽しいけれど、仲間の安全のため、事前に準備を徹底しておくに越したことはない。
「けどこんな整備された街中で、都合よく戦闘力を把握できるような場所は…」
「それでしたら、うってつけの施設がございますわよ」
「あるんかい。」
善は急げですわ、と私たちは勇み足のイスに半ば強引に連れ去られ、バイクで走ること20分。
昨日の繁華街と町並みは似ているものの、商店の雰囲気にどこか馴染み深さを感じる、冒険者向けの商店街に到着した。
変装していないイスの周りに、ミールで起きたような人だかりが出来るのでは…とはじめは危惧したが、今の彼女は余程邪魔されたくないのか、全身から「邪魔すんなオーラ」を全開に発していたため、誰も近付いてこようとはしなかった。
そしていくつもの商店を通り過ぎ、彼女が足を止めたのは…
「ここですわ」
『魔想実戦訓練道場館:レステ支部』という看板を掲げた、他店よりも一際大きな商業施設。
「すご…こんなに詰め込んだ上で何を表したいのかわかんない機能不全看板は初めて見た。」
「改めて見ると、ひっどい名称ですわねぇ…施設の人気や評判は高いのに、完全に名前で損してますわ」
「連れてきといて萎えるんじゃないよ」
「バトリエだぁ…実は数年前から気になってて、一度来てみたかったんです」
テティスはほんといい子だなぁ…何にでもケチつける我々とは正反対の優しい心根、どうか大事にしてもらいたい。
わくわくと浮き足立つテティスに癒された私たちは、素のテンションだと入店を躊躇う看板を潜って、謎施設にお邪魔した。
店内の風貌は…あれ、なんかまたもや見覚えがある雰囲気。
本物の石畳…を模した別素材製の床に、石っぽい材質の壁とカウンター、そして古い時代のギルド制服に身を包んだ、若い受付嬢たち。
「…なんかここ、そこはかと無く親近感を覚えるんだけど」
「仮想の魔物や独自の対人バトルシステムで、気軽に楽しく経験値を積むことが出来る、ギルド管轄の大型商業施設。それがこの「バトリエ」ですわ」
「レステ支部の内装は神話発祥の地ドレステミルご出身の方が監修しており、随所に古代モチーフが取り入れられていて、わざわざ別大陸から足を運ぶ方も多いそうですよ」
急に早口になったところを見ると、テティスも神話とか好きなのかな。
アレ、だいたい私が書いたが作り話(9割がたBL小説)が起源になってるんだけど…とは流石に言いづらいので、胸に秘めておこう。
私は平静を装って、正面カウンターの両脇から2階へ続く階段や、左右に伸びている通路を眺めるフリをした。
「へぇー、ドレステミル出身の人がねぇ。だったら私と面識があるかもしれないね」
「アトラの出身はドレステミルなんですのよ」
私の呟きをイスが補完すると、テティスのパッチリお目々がキラッと光った。
「えっ、そうだったんですか?あの伝説の鉱石、ミュレース鉱の鉱脈があると噂されている…!?」
興味があるのは神話じゃなくて、ドレステミルで採れる鉱石の方か。採掘事業に携わったことで、鉱石に惹かれたのかな?
「あー、外から来た人全員が採取したがるあの石かぁ。昔からボロボロ採れるもんだから、伝説感とか感じたこと無かったよ」
確か最初イスに預けた手荷物の中に、いくつか入っていたはずだ。プレゼントしたら喜んでくれるかなぁ。
などと考えながら入り付近で立ち話をしていると、イスが両手をパンパン鳴らして私たちの背中を軽ぅく押した。
「さあさ、他のお客様のご迷惑になりますから、早く受付を済ませて存分に遊…実力測定と参りましょう」
「や、無理に真面目っぽさ出さなくてもいいよ。どんなことする場所なのかいまいち理解出来てはいないけど、要は娯楽施設みたいなものなんだよね」
私はさっきよりもそわそわしているテティスの背中を、そっと指差した。
「ほら、彼女も完全に遊ぶ気満々なワケですし。たまにはイスも童心に返って、羽目を外してみてはいかがかな?」
「…ふふ、そうですわね。では今日は家族サービスということにして、三人でのデートを楽しみましょう」
周囲の環境のせいで、早い内から大人でいることを強要されてきたイスが、ひっそりと抱いてきたわだかまり。
知名度と役割も相まって個人の自由がほとんど制限され、年相応の娯楽とは縁遠い生活を送ってきた彼女が、今日という日を心から楽しめるのなら、私も全力で付き合おう。
私はイスの手を握って、イスはテティスのお手々を持って、三人仲良くカウンター前に向かった。
「おはようございます。三人パーティなのですが、利用できますか?」
「もちろんです。ようこそバトリエへ…って、あ、あなたもしかしてイス様っ」
「しーっ。今日は仲間との時間を大切にしたいので、あまり大声は出さないでくださいまし」
案の定イスを見て驚いた受付嬢…に扮した店員が大声を上げそうになるも、強気のイスがそれを制した。
隣のカウンターの店員達もイスに気付いて視線を集中させていたが、彼女の要望を胸に留めて口をつぐんだ。
私たちの担当となる店員は咳払いしてから、通常業務モードに戻った。
「し、失礼致しました。それではこちらに、皆様のデバイスかギルドカードをタップして下さい」
おっと、いきなりドレステミルモチーフにしてはあり得ない機械が登場した。
町中にデバイスを持ち込めない仕様だったから、データ上で金銭をやり取りする旧世代の機械しかなかったもんなぁ…と思い出しながら、イス、テティスに続いて私もデバイスを機械にかざした。
これでギルドカードの登録情報が読み取られ、個人を識別するそうだ。
「ありがとうございます、ラピスマイン様、ティス様、アルトレイシア様。本日は何時間程ご利用なさいますか?」
「心行くまで楽しみたいので、8時間コースでお願い致しますわ」
「かしこまりました。三名様8時間コースで、料金は3580ギアになります」
「はいですわ」
流れるように支払いを済ませるイス。
これで私たちのデバイスに施設の利用許可証が発行され、退店時間まで自由に遊ぶことが出来るそうだ。
さて、いきなり始まった現代風の三人デート…どんなことが起こるのか、ちょっと楽しみだ。
続く。




