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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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不滅に健康を求められても

 世の中には「異世界」という言葉がある。

 主にここではないどこか、これまで何ら疑問を抱く事もなく貪ってきた世の常からかけ離れた、理ごと異なる別世界を示す言葉だ。


「うわ最悪。事故でバス運休だってさ」


「化学のテストとかマジダルいわ」


「ねーねー、昨日のレイドロップの建築配信みた?凄かったよねw」


 ここはセス=レモアにあるレステという町。

 通称レステシティ。

 間違いなく私が生まれ育った大陸の一部のはず。

 だが。


 天を突くガラス張りの塔!


 そこらじゅうを走り回る箱!


 多種多様な衣服に身を包んだ人々!


 あちこちから流れてくるけたたましい音と声!


「こんな世界、私は知らない…きっと異世界に迷い込んでしまったんだ…」


「紛れもなく現実のダムデルですわよ」


 イスの手に牽かれて無理矢理歩かされる石畳の品質も、ドレステミルやミールのものとはまるで別物。

 隙間無くぴっちり敷き詰められていて全然埃っぽくなく、箱とバイクが走る地面は黒く舗装されており、でこぼこもしていない。

 歩きやすいといえば歩きやすいのだが…なんだかドレステミルの歪な露地が恋しくなってきた。


「…」


 そして何よりも私の目を引いたのが、町行く人々の服装だ。

 冒険者もちらほら散見されるが、ほとんどの人が普段着みたいなラフな格好だったり、10代くらいの子達に至っては統一されたデザインの服を着ていたりして、急激に自分の服装が浮いているように思えた。


「ね、ねぇ…私の服装、なんか場違いじゃないかな…」


「まぁここは非冒険者向けの一般商業区ですから、あまり冒険者は立ち寄りませんが…特におかしくはありませんわよ?」


「とか言いつつ、自分はバッチリ変装してんじゃんか」


「いつもの格好だと人目を引きますので…いま囲まれたら()()を済ませる時間が無くなってしまいますし」


 今のイスの状態。

 髪色:黒髪(遺物の効果で変化させている)

 服装:シンプルな白シャツ&黒スラックス&黒手袋&黒ハイヒール

 胸:ほぼ平坦(遺物の効果で変化させている)

 身長や顔、声はそのままだが、あらかじめ知っていなければ誰もこれがイスだとは気付かないだろう。


「くそう、黒髪スレンダーも似合うな…」


「ありがとうございますわ」


 かたや私は数世紀前の衣服を着たずんぐりむっくりのちんちくりん。

 変装はまず無理にしても、せめて普段着くらいは買っておこうかな。


「…ところで、目的地とやらにはまだ着かないの?」


「もうすぐですわよ~」


 私を先導するイスの足取りは軽く、実に堂々としていて頼もしい。

 転職の事後処理とかで、単身この町のギルドに向かったテティスもだが、私は年下相手に何歩遅れを取っているのやら…情けなくて涙が出てくるよ。


「すみません、今お時間とか…」


「仕事中ですので」


 それとこの、変装では隠しきれない美人オーラに集まってくるナンパ男のあしらいかた手慣れてる感。

 30mくらいの間に黒イスに声をかけてきたの、今ので4人目だ。

 自分がナンパされたい/したいとは思わんが、見知らぬ人との対人会話経験ぐらいは滞在中に積んでおきたいところだ。

 とか考えながら歩いていたら、とある建物の前でイスが足を止めた。


「着きましたわよ」


「…うん」


 実を言うと今回私の気分がダダ下がっているのは、単に見知らぬ町で見知らぬ文化に触れたからではない。

 新職業・執行者としての活動に際し、長らく放置していた間に諸々記入欄が追加されたギルドカードの登録情報更新、並びに今後旅を続ける上で必要不可欠な「生体情報登録」とやらを行うため、騎士団直轄の総合医院を訪れなければならなかったからである。

 病院といえばトラウマの宝庫…ドレステミルで実験動物扱いされなくなってからも、なお接近を避けていた機関だ。


「…や、やっぱ帰ろっかな…」


 踵を返して歩道を引き返そうとしたが、イスに腕を捕まえられた。


「心配しなくても大丈夫ですわ。現代の医療技術は、ドレステミルの化石のような医療と違って先進的なので」


 時代が移り変わり、ヒトの人権が尊重される現代であっても、我欲を優先する悪辣な輩はそこかしこにのさばっている。

 不滅の肉体を有する、と聞いて医師が興味をそそられないはずがない。


「既に予約はとってありますし、担当医にはスコットから説明が行っているそうなので、ね?」


「ああああああ…」


 イスは無慈悲にも私の背を押して、自動で開いた透明なドアを潜らせた。

 院内に入ってまず感じたのは、プンと漂う薬品の苦い香り。

 前方に広がる待合室は全体的に白を基調とした清潔感のある壁紙と、薄い緑色の4つのソファが背中合わせに並べられたシンプルな造り。現時点で患者の姿は見当たらない。

 左手側には埃ひとつ被っていない、作り物の観葉植物が設置された無人カウンター。

 私の知る病院とは雰囲気も構造もまるで違う…が、ついに…ついに何周期かぶりに病院の敷居を跨いでしまった。


「アトラアトラ、まずはこの機械にデバイスをかざしてくださいな」


 入り口で立ち竦んでしまっていたところに、イスのフォローが入る。

 彼女は左の壁際に佇む、斜めに斬られた四角い筒みたいな機械を指で示していた。

 言われた通りデバイスを取り出す。


「え、こ、ここに当てればいいの?」


「ギルドカードでも良いのですが、最近はどこもデバイス認証が主流なので、せっかくだから慣れていただこうかと」


「わ、わかった…」


 私はデバイスを機械の表面にかざした。

 すると「ピピッ」という軽妙な音が機械から鳴った後、デバイスに「アルトレイシア・ソダム様 第三検査室へお越しください」と表示された。


「お、おお…」


「これで来院手続き完了ですわ。あとはデバイスにて指示された場所へ行って、検査を受けるだけですの」


 と、一連の流れを説明してイスは病院から出ていこうとする。私は咄嗟に彼女の手を握ってしまった。


「…つ、ついてきてくれないの?」


「♥♥♥」


 …と、年甲斐もなく何をやってるんだ私は。公共の場で年下に甘えるなどと…。


「ごっ、ごめん。今のは忘れ…」


 とはいえ、はじめての現代の病院。天敵の懐に単身で乗り込むのに、不安が拭いきれるわけもなく。


「なくていいから、同行お願いしてもいいかな…」


「アトラが構わないのであれば、どこへでもお伴致しますわ♥」


 いかん。久々に情緒がバグってる。

 最近は見知らぬ人との付き合いにも慣れてきて、しっかりしたつもりでいたせいか、一度崩れるとなかなか体裁が保てない。

 私はイスの腕にしがみついたまま、デバイスに表示された順路を辿り、おっかなびっくり第三検査室の扉を開いた。


「お待ちしておりまし…あら、これはまた随分と可愛らしいことで」


「すみません、アルトレイシア・ソダムと…付き添いの者ですわ」


 様々な機械が並ぶ検査室に一人佇んでいたのは、ウェーブがかった茶髪を一本にまとめた、白衣姿の長身女性。イスにしがみつく私を見て少し微笑んでいた。


「私は当院の院長で、本日ソダム様の検査を担当するレクセラル・フライルです。グローデン騎士団長、スコット様から事情を伺って休業状態にしておりますので、どうぞ気を楽になさってください」


 目付きが鋭いせいか一見厳しそうな印象だが、物腰は柔らい。


「そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。すぐに済みますし、痛みを伴ったりもしませんから」


「あ…お…」


「彼女、()()のせいで酷い目に遇ってきたらしく、病院が苦手なんですの」


「確か「不滅」…でしたね。遺物の作用、あるいは呪いによるものだと伺いました」


 不滅についても知られている。院長は不意に鋭い視線で私を射抜いた。


「個人的に、ソダム様の肉体…更に言えば細胞や遺伝子にどのような変化が起きているのか気になりますが、本日はギルドカード更新に必要な検査しか行いませんので」


 本音をぶちまけながらもにっこりと笑う先生。

 本心を隠して「世のためヒトのため」と謳い、私を切り刻み全細胞を白日の下に晒してきた医師もどきとは違う…のかな。


「もちろんそちらから申し出があれば、より詳細な検査と研究を行わせていただきますので」


「ひっ」


「院長、今の発言はアトラ的イエローカードですわ」


「勝手には行いませんよ。検査目的で採取したヒトの体組織を被検体の断りなく研究に用いたら、ライセンス剥奪どころか即・死罪ですから」


 かつて人間がエルフの不老不死を得ようとして非人道的な医療行為が横行したため、検体の目的外使用は厳しく制限されていると院長が説明してくれた。

 外の世界にも私と同じ目に遇った子達が居たんだなぁ…と思うと、少し緊張が解けてきた。

 私はイスの腕から離れて、自らの足で院長の前に立った。


「…えっと、今日はその…よろしく、おないしゃっす…」


 でもやっぱり怖いものは怖い。つい尻すぼみしてしまった。


「では検査を始めていきますね。そちらのベッドにお座りください」


 大きめのデバイスを手にした院長に優しく促されてベッドに座り、すかさず問診が始まった。


「それでは軽い質問から。まず、あなたの種族は?」


「えっと、人げ…じゃなくって、()()()()()を答えればいいのかな」


「本当の種族、というのは?」


 私が何という種族なのか。それは今まで秘匿してきた秘密のひとつである。

 見た目は人間と変わらないが人間よりも平均身長が低く、軒並み技巧に優れており、酒と人付き合いを何よりも愛したという超古代人種。

 私以外の者は世代を経る毎に容姿の似た人間と交わり、次第に血脈を絶やしていった…その名も。


「ドワーフ、です」


「ドワーフ…って、あの遺跡や遺物を創造したとされる、伝承でのみ語られる古代種族の?」


「アトラがドワーフ…初耳ですわ」


「い、言ったら大騒ぎになるかと思って隠してた。それと、遺跡とかは私が不滅になった時には既に古代からあったと言われてたよ。たぶん自分はドワーフのなかでも、比較的新しい世代だったんだと思う…」


 私の暴露を受け、院長はペンのようなもので大判デバイスに何かを書き込み、消す素振りを見せた。


「…闇医者風情にバレたら大変だから、この事実はカルテに残さない方がいいわね。一応私…と、イス様の胸にだけ留めて、表記上は「人間」ということで進めます」


「それって偽造になるんじゃ…」


「アトラ。もしあなたが本当にドワーフだとして、世間に事実が広まってしまったら、それこそ研究機関に捕まって非人道的実験を繰り返すことになりますわよ」


「あ、人間です。人間でいいです。実際臓器の配置とか基礎スペックとか人間と同じなので」


 院長とイスはお互い渋い顔で頷いた。

 なんだか三人で不発弾を埋めたかのような疲労感が漂っていたものの、院長は気を取り直して問診を再開した。


「ええと、ではお次は年齢をお伺いします」


「肉体年齢は16(ドワーフの成人年齢)、実年齢は無量大数が霞むくらいです」


「なるほど、16歳(成人)と。どこか体に不調を感じたり、気になるところはありますか?」


 院長スルースキル高ぇ。長命であることを事前にスコット君から聞いてたからかな。それとも爆弾埋めた後だから?


「不調とかはあんまり…あ、少し前まで魔力結石があったみたいで、それはイスに治して貰いました」


 後方でイスが上品さの欠片もなくブッ、と噴いた。

 魔力結石解消の後に性欲が暴走したこと、まだ気にしてるらしい。


「魔力結石の除去はどのようにして行われました?」


「民間療法っていう、おへその下にキスするやつです」


「なるほど。その後、魔力回路に異常が残っていたりは?」


「しません。すこぶる快調です」


「わかりました。それでは検査と、念のため魔力結石の予後を見させていただきますね」


 あの時の情事を思い出して悶えるイスを放置して、問診はトントン拍子で進み、私は靴を脱いでからベッドに横たわった。


「検査は医療スキルで行いますから、すぐ終わりますよ。ラク~にしていてくださいね」


「はぁい」


「お疲れ様でした、これで検査は終了です」


「はっや。」


 周りに置いてある機械は何だったのか、というツッコミが浮かぶ前に検査は終了した。

 院長は私に一度も触れなかったが、本当にちゃんと診たのだろうか。


「身体機能各数値、魔力回路共に異常ありません。やや筋肉量が少なく運動不足気味ですが、骨密度は極めて高い。人間の範疇で言えば、病変の欠片もない至極健康体ですよ」


 運動が苦手なのと骨が丈夫なの、ばっちり見抜かれてる。

 現代のお医者様、そして医療スキルって凄いなぁ。


「てっきり肉付きが良すぎて、もう少し痩せろとか言われるかと」


「健康を脅かす数値でない限りダイエット勧告はしませんよ。痩せている=健康体ではありませんから、健康な肉体と魔力生成を維持するために、バランスのいい食事と適切な運動、十分な睡眠を欠かさないようにしてくださいね」


「(不滅に健康を求められてもなぁ…)」


 と思うだけで、口にはしないでおいた。

 軽はずみな発言で藪に潜んだヘビを起こしたくないからね。

 院長が「もう起き上がって結構ですよ」とおっしゃるので、起き上がって靴を履いていると、目を細めて小さく「ただ…」と呟いた。


「…ん?いま、何か?」


「ああ、すみません。当然ながらドワーフの方を診るのは初めてでしたので、こちらのミスかもわかりませんが…」


 靴紐を結び直しながら相槌を打って、院長の話に耳を傾ける。


「遺伝子情報を読み取り、ソダム様の肉体はある時を境に劣化が完全に凍結された状態、いわゆる不老であると確信を持ってお告げ出来ます。しかし、先程ご自身で申告なされた年齢と、数値化した肉体の年齢に齟齬が生じているのです」


 靴紐を結ぶ指がピタリと止まる。

 自分の体は自分が一番よく知っている、とはよく言うが、実際は違うのかもしれない。

 事実、私にとって初耳だったからだ。


「齟齬…と、言いますと?」


「私にはソダム様が虚偽の申告をしたようには見えませんでした。ですが医療スキルで調べる限り、ソダム様の肉体は1()8()()との結果が出ているのです」


 ドクン。

 急に心臓が大きく跳ね上がり、視界が揺らぐ。

 結果がショックだったからというよりも、自分が18歳だと聞かされて、ぼんやりした記憶が脳裏をよぎった気がしたからである。


「ね、念のためもう一度、診て貰ってもいいですか?」


「ええ、」


 その後、何度も何度も医療スキルで肉体を調べてもらった。イスが立ち直り、会話に参加出来るようになるほど時間を費やして。

 しかし結果はやはり同じ。

 私の肉体はどうやら「18歳」で間違いないらしい。

 当時の歳の数え方を現代に換算しても、やはり記憶の上では16歳。

 記憶と事実のつじつまがあわなくて、軽い混乱状態に陥ってしまう。


「18歳…でも私は確かに16歳の誕生日に、遺跡で不滅の遺物に…」


「その不滅の呪いをかけた遺物に、何か秘密があるのかもしれません」


「わたくしの遺物鑑定スキルで行えるのは、効果と呪いのチェックのみ。しかも実体のある遺物で無ければ、探りようがありませんわ」


 不滅の遺物は私が触れると砕けて消滅した。

 後に遺されたのは、不滅という忌々しい効果のみ。

 現状ではこの謎を解き明かす術が、我々には無かった。


「このまま、えも言えぬ不信感を抱きながら生きなきゃいけないのか…」


 私は小さなことを引きずるタイプなんだ。

 こんな特大不信感を持たされたまま放り出されても、今後の旅に集中出来そうもない。

 久々に思考がまとまらなくてモヤモヤし始めていたら、ふと院長がこぼした。


「…完全に手詰まり、というわけでは無いかもしれません」


「どういうことですの、院長?」


「遺物や遺跡を専門とする考古学界で有名なお方が、最近レステ北東の湖岸地帯に滞在していると耳にしまして…」


 院長はデスクから自身のデバイスを取り出して、数回画面を操作し、こちらにニュース記事を見せてきた。

 私とイスは同時にデバイスを覗き込む。するとすかさずイスが「え゛」と汚い声を出して、画面から顔を背けた。


「よりによって()()が…よりによってレステに来ているなんて…っ」

 

 あの博愛主義者のイスが「よりによって」を重複してまで、画面越しでも見たくない相手なのか。

 私は呻くイスをそのままに、画面に表示された記事に目を通した。


「過激ながらも治安維持に一役買う、()()()()()()()()()()()()「破滅」のソミア…?」


 文字を読み上げただけだが、私は何やら一波乱起きそうな予感に身震いさせた。


続く。

 …と見せかけて。



「あ、ギルドカード更新用のデータはちゃちゃっとギルドに送信しておきましたよ。ソダム様も肉体的に飲酒可能な状態と判明しましたが、更新後、飲みすぎには注意してくださいね」


「…え?私お酒飲んでいいの?」


 抱かされた己への不信感は、法的に飲酒許可を貰えた高揚感と共にどっかいった。

 18歳…悪くないかもしれない。


―――――――


 レステシティ北東、湖岸倉庫街。

 縦幅最大160km、横幅最大80kmの淡水湖、レステレイク南部に栄えた漁港で、早朝水揚げされたばかりの鮮魚が数多く並ぶ魚市場として知られている。

 だが、それはあくまで湖岸倉庫街西部の話だ。

 元々倉庫街は東部に造られた施設であったが、設備の老朽化及び漁師の減少に歯止めが効かず、市民に惜しまれつつも閉鎖され、現在は廃墟と化している。

 しかしながら最低限雨風を凌げて、なおかつ人が寄り付かないときたものだから、後ろ暗い事情を抱えた者にとっては絶好の潜伏場所として多々利用されていた。

 …彼女がここにやって来るまでは。


「っはぁ、はぁっ!」


 崩れ落ちた廃墟群を駆け抜ける、みすぼらしい身なりの男性。見るからに栄養状態が悪い顔色をしており、頬は痩せこけ、呼吸困難を引き起こしかけながらも何かから逃げ惑っていた。


「はぁっ、はっ…ゲホッ、ゲホッ!」


 やがて男性は足を止め、壁に手をついて休息するも喀血に苛まれる。彼が病魔に体を蝕まれているのは火を見るよりも明らかだ。

 ()()はそんな彼に、頭上から嘲笑を浴びせた。


「っは。鬼ごっこはもう終わりィ?おじさん

ッ!」


「うごっ!!?」


 一人の少女が廃墟の屋根から飛び降り、男性の背中に蹴りを入れながら踏み敷いた。

 小柄とはいえ、高い場所から虚弱体質の男性めがけて数十kgのものが落ちれば、骨折は必死だ。


「ぐっ、ゲホォッ!?」


 男性は吐血し、苦しみに悶えながらも逃げようと手を伸ばす。


「あっれ、まだボクから逃げる気でいんの?往生際が悪い、なァ!」


 少女は褐色の足を彩る蒼いピンヒールで、彼の手の甲を穿った。


「っあああああああああ!!!」


 男性は潰れかけた肺の底から空気を吐き、濁った絶叫を響かせる。

 それでも少女は男性を踏みつけたまま、ケラケラと嗤った。


「っははは、ムダムダ。叫んだってだーれもアンタなんか助けにこないよ」


「ぐううぅっ…や、やめてくれ…許して、くれぇ…っ」


「はぁ?ヒトの物パクっといて、やめてくれだァ…?」


 蒼いメッシュが入った黒髪の奥で、少女の蒼い瞳が瞳孔を細めた。


「随分と虫がいいなァ、オイ。薬物中毒者(ジャンキー)風情が調子乗ってっと…」


 少女は男性の頭を横向きに固定して踏みつけると、右目に右足のピンヒールを近付けた。


「や、やめっ」


「文字通り「痛い目」みんよ?」


 グジュッ。

 男性の右目が光を失うのと同時に、声にならない絶叫が彼女以外の誰にも届かない場所まで轟いた。

 その痛みは想像を絶するもので、男性は嘔吐と吐血、失禁まで引き起こし、途端に事切れてしまった。


「…あれ。おーい、おじさん?」


 少女が呼び掛けながらヒールをより深く突き刺し、左右に揺らすが、男性はピクリとも動かない。

 ヒールを眼孔から引き抜いて、足の甲で呼吸を確認するが…


「…死んでやがる。チッ、もっと苦痛を与えてから殺すつもりだったのに、勝手に逝くんじゃねぇよザーコ。」


 少女が男性の頭を蹴飛ばして壁に寄りかかると、大胆に背中を露出した際どい前掛けのような服と繋がる、短い黒スカートのポケットの中で、画面の割れたデバイスが初期設定の着信音を奏でた。

 少女はダルそうにデバイスを取り出すと、画面に表示された「商売敵(イスちゃん)」の文字を見て、ピアスのついた先割れ舌で唇を舐めた。


「めっずらし。自分は着信拒否してるくせに、あっちから連絡して来るとか…絶対面白いこと起きんじゃん」


 少女は意気揚々と「応答」の文字をタップして、デバイスを耳にあてがった。


「はァい、こちら「破滅」のソミア…久しぶりだねェ?イ・ス・ちゃん。」


 次回、不滅と破滅 相対す。

続く。

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