信頼と証明
私とイスが谷底に落ちて4時間弱。
ここまで難なく、わりかし真っ直ぐに走った亀裂を進んで来た私たちを待ち受けていたのは、天井が落盤して出来た行き止まりだった。
「うーわ、最悪だよ…完全に道塞がってんじゃん」
「ここに来るまで脇道は見当たりませんでしたし…積み上がった岩を退けて進むか、来た道を引き返す他ありませんわね」
「うぇ~…何もない洞窟をただ歩くのはもう勘弁だよ」
ひとまず進む方向に意思を固め、堆積した岩片に触れて地質を確認してみる。
軽く触っただけではさすがに崩れたりしないが、ぎゅっと握り込むと非力な私でも砕けるくらいには脆い。岩と言うより、砂と泥を混ぜて強い力で固めただけの物質だね。
それに加えて瓦礫全体が水分を多く含んでいる。どこかに水脈でも通っているのかな。
ただでさえ脆い岩盤に多量の水分が染み渡り、自重で落盤してもおかしくない状況だったところに地震が起きて、あえなく崩落…ってところかな。
道具があれば私たちだけでも撤去出来なくもない。が、慣れない山歩きと洞窟探検で私の体力は底を尽きかけている。
こうなったらもう、アレしかない。
「…出来るだけ魔法には頼りたくなかったけど、この際だから仕方ないか」
スコット君との通信を終えてから数分後、デバイスに送付された賊の情報の中に、少々厄介なスキルを身に付けた人物が居たんだよね。
魔法の発動を察知する知覚系スキル「魔法感知」。
感知可能範囲はスキルの錬度によって増減するから、敵の包囲網に引っ掛かるかどうかは何とも言えない。
けれど進んできた方角と移動速度から計算すると、この辺りは既に賊が根城にしている鉱山内部の可能性が高い。
相手の手のひらの上で存在感をアピールするのはあまりにハイリスク過ぎるが、このまま手をこまねいていても事態が好転しないのも事実。
私はリスク覚悟で地の門と水の門を開くと、積み重なった瓦礫に魔力を浸透させて、自動で元の位置へ戻るように指示を出す。
瓦礫はみるみるうちに天井へと吸い込まれ減少していく。すると完全修復の直前、前方に空いた穴の向こう側にあからさまな人工物…トロッコのレールが見えた。
しかし修復が終わると同時に壁が出現して、その穴も間もなく塞がってしまった。だけど見た感じ、そこまで分厚い壁では無さそうだった。
取り急ぎ再び落盤しないように、前方の壁を避けて天井と壁だけを純度の高い氷でコーティングして、応急処置完了、と。
天井からひたひたと冷気が降り注いでくるものの、流石は登山用ウェア。抜群の保温性で冷気からも護ってくれている。
「アトラの魔法、何度見ても惚れ惚れ致しますわ」
「そりゃどうも」
イスの茶々を適当にあしらって、私は世に伝えていない古代のスキル「鉱脈探査」を発動した。
こちらも錬度によって範囲は異なるが、付近に走る鉱脈を探り当てるスキルなのだ。しかし人々が乱用すると、ありとあらゆる鉱脈が枯渇してしまいかねないので、私の胸中に留めてある。
「(魔光石と似た魔力を含む鉱脈…これがモーヴ鉱石の鉱脈か)」
イスには私がボーッと突っ立ってるだけに見えるだろうけれども、周囲の鉱脈に人の手が入った形跡がないか探り、立体的な地図を作製して地形を把握しているんだよ。
探査はざっと半径1キロにまで及んだ。そしてここが件の鉱山であるとの確信を得ると同時に、不可思議な疑念が沸き上がった。
「この壁のすぐ先に、人の手で掘られた坑道がある。それは間違いない」
「ということは、壁を崩せば外に通じる道に出られると?」
「可能性は高いね。けど…」
「どうしましたの?」
鉱脈を見て気付いた事がある、と素直に伝えるべきか少し悩んだが…まぁイスなら大丈夫か。
「この鉱山、金の鉱脈も少し走ってるようなんだけど、そっちはかなり粗雑に扱われてて…なんというか、モーヴ鉱脈だけが不自然なまでに綺麗に採掘してある。まるで鉱脈を見て掘り進んだかのような…」
私の発言を受け、イスはお馴染み腕組みをして考える素振りをみせた。
「モーヴ鉱脈だけを…。そういえば、ある種の獣人はモーヴ鉱石が発するという、特殊な輝きを視認することが出来ると聞いたことがありますわ」
「獣人…賊のリストに記載はなかったね。ということは、スコット君の言ってた採掘企業が入ってるだけなのかな」
「いえ…そうとも限りませんわ。帝国のトップがスコットに代替わりして、王政時代よりも獣人族への風当たりが多少緩和されたとはいえ、未だ彼らを「魔物の子」と揶揄する声は少なくありませんから」
「つまり…どういうこと?」
イスは一瞬何かを言いかけて口をつぐむと、適切な言葉を探すように視線を泳がせた。
「…ごく一部ではありますが、人々は少数民族である獣人族を下に見て、彼らが集落の外…いわゆる社会で働く権利を認める代わりに、その…隷属させて、不当な扱いを強いているとの噂もございますの」
つまるところ、壁を越えた先に奴隷として扱われている獣人が居る可能性が無きにしもあらず、ってことか。
「けどスコット君の口振りからだと、業務委託した企業については少なからず把握してる様子だったよ。…大国の不浄を取り除くために剣を握った彼が、はたして人種差別するような人たちに仕事を任せるだろうか?」
「…アトラは随分とスコットを買っておられますわね」
ぷくっと頬を膨らませて、分かりやすく嫉妬アピールしてくる。私にとっては旧知の仲ってだけなのだが、それすらも気に食わないのかな。年頃の女の子って難しいなぁ。
「ともかく人種差別については心配いらないと思うよ。それよりも今は、この壁を安全に崩す方法を考え」
「ふんっ!」
ドガァンッ!
いきなりイスが怒りをぶつけるかの如く、前方の岩壁に回し蹴りをぶちかました。
すると壁に直径1.5mくらいの歪な穴が空いて、その先に数分前に見たレールが姿を現した。
「ふぅ…開きましたわ♥」
「開いたんじゃなくて空けたんでしょうがよ。まぁ魔法使わなくて済んだのはラッキーだったけd」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
頭上から嫌ーな地響きが届く。イスの蹴りの衝撃が伝わってしまったらしい。コーティングしたばかりの氷に、ピシッとヒビが走った。
「やっべ、崩れますわよ!」
と、イスが穴の向こうから叫んでいた。
「おいこら、なにちゃっかり通り抜けてんだ、よっ!」
小柄な体躯を活かして頭から穴に飛び込んだ瞬間、直したばかりの天井が一気に崩れ落ちて穴を塞…ぐだけに留まらず、こちら側の天井にまでひび割れが波及してきた。うまく着地出来ずにレールの転がり、首と足を引っ込めて落盤に備える。
…だけど壁と天井を支えるように組まれた鉄骨のお陰で、小石程度の欠片がパラパラと落ちてきたものの、大規模な落盤にならずに済んだようだ。
「…収まっ、た?」
足元に散らばった岩や氷の破片に注意しながら立ち上がり、ヘッドスライディングで着地した際に付着してしまった汚れを払い落とす。
「もう少しで生き埋めになるところだった…」
「間一髪でしたわね。ナイスヘッスラ、アトラ」
親指を立てて賛辞を贈ってくる落盤の元凶。まるで反省の色は見られないから少しイラッときた。
「このやろう。」
「まあまあ怒らないで下さいな。結果的に壁を崩せましたし、それに…」
イスの表情から茶目っ気が消え失せ、洗練されたクールさが顔を出す。
「来ると分かっている崩落すら避けられないのであれば、賊の持つ遺物にも再び遅れを取りますわ」
先の落盤は単に怒りをぶつけて偶然引き起こしてしまったのだと思い込んでいた。でも、違った。
イスなりに私を試したんだ。魔法に頼らず、咄嗟に危機を乗り越える身体能力が有るのか否かを。
数日前のミールでの戦い…ファイクロプスの巨体をも蹴鞠のように扱ってしまう、イスの卓越した身体能力と比べたら、私は瞬発力も体力も基礎値が低すぎる。
どうせ身体能力を高めても、小さな町の中でしか誇示出来ないなんて虚しいだけ…と考えて、筋トレとかまるっきりサボってたからなぁ。
…あの魔法を使えば、ある程度は魔法無しでも戦えはするが…使った後、丸一日気を失ってしまうので、現状足手まといにしかならない。使用は避けるべきだろう。
「…確かにね。ありがとう、イス」
若干思うところはあるものの、改めて自身を見詰め直し、取り急ぎ改善しなければならない課題に気付かされた。
「焦らず魔法の門を開けるようにすること、思考を読むスキルの範囲と人数をコントロール出来るようになること、咄嗟の接近戦にも対処可能な身体能力を身に付けること…やることが山積みだなぁ」
「一つずつ出来るようになっていけばいいですわよ。お相手が必要なら、いくらでも付き合いますので」
「そりゃ頼もしい限りだ…っと」
リュックの中にしまっていた端末が「ポポンッ」と鳴いた。この音は新規メッセージが届いたことを意味する。
私は素早くリュックから端末を取り出して、メッセージアイコンをタップした。
送り主はもちろん、数時間前に連絡を取り合ったスコット君。会話を遮られたせいか、前方に立つイスの眉間に少しシワが寄っている。
「またスコット…わたくしの端末に連絡を入れられないからといって、アトラを中継役にするつもりですの?」
「違う違う。さっき出した返事が騎士団で正式に承認されて、権限を発行したって内容だから」
―――――――――
遡ること2時間前、会話の種が尽きかけようとしていた時。私は電話でスコット君から打診されていた話を、相談がてらイスに打ち明けた。
「わたくし…たちが所属するスコットの私設部隊に、アトラも誘われたですって?」
「うん。本当は私が帝国を訪れた時に打診するつもりだったらしいんだけど、デバイスを通じて個人的にやり取り出来るならこの際…って感じで」
「それでアトラは何と答えたんですの?」
「とりあえず一旦イスと話し合って決めるよ、ってことで一時保留にしといた。私の返答いかんで部隊の発足が左右されるらしいから、勝手に決めちゃ悪いと思ってさ」
この部隊にはイスとあともう一人、知らない人が関わっているそうだから、二つ返事で切り返すには荷が重かったって念もある。
「ああ、それとさ」
私はデバイスを取り出し、添付ファイルの一部を開いてイスに見せた。
「賊の情報に紛れて、私設部隊で私が請け負う役職と業務内容についての記述がなされたファイルも添付されてたんだ。これを見ると尚更、軽はずみな返事は出来なくてね」
「…執行者。騎士団教義に則り死罪相当であると判断された罪人を、略式で断罪する権限を付与する…」
「これを受け入れてしまったら、晴れて歩く処刑人の出来上がりってね」
過去、ドレステミルでも住人による殺人事件は何件も起きた。部外者に蹂躙されることも多々あった。
なので罪には罰を、みたいな因果応報的判決には賛同するが、他人の生を個人の判断で奪ってしまえる権利など、いち個人に与えるべきじゃないというのが私の意見だ。
「ふむ…確かに本件を受諾すれば、この先残酷な運命を背負うことになります。けれどアトラなら決して罪を見誤らないと確信しているからこそ、スコットはあなたに白羽の矢を立てたのかもしれませんわね」
「スコット君は私を買い被りすぎだよ。権利を悪用されるんじゃ…とか、普通は考えるでしょ」
「そのあたりも折り込み済みなのでしょう。アトラが、本件を断らないだろうということも含めて。」
…スコット君もイスも察しが良すぎる。てか私が単純すぎるのかな。彼女の言うとおり、実は書面を見た時から既に決断を下していたんだ。
死罪相当の犯罪者、即ち殺人や性犯罪などの凶悪犯罪を起こした者に即時対処するなら、死ぬことの無い不滅の私にうってつけだから。
ただ一つ、気がかりだったのだ。
私が他人の命を奪うことではなく、そんな私と付き合う、イスのことが。
「イスはさ、いいの?自分の恋人が、人の命を奪う存在になっても」
「人も魔物も、同じ命を持っておりますのよアトラ。そんなことをおっしゃったら、これまで大勢の魔物を惨たらしく蹴り殺してきたわたくしはどうなりますの?」
…また私は恥ずべき発言をしてしまった。
イスの言うとおり、魔物も人と変わらない命を持つ存在だ。
互いに生存権を巡って命を奪い合っているうちに、魔物を殺すことに何の躊躇も無くなってしまっていただけ。
「…だとしたら私のこの手は、既にイスの比じゃないくらい命を奪ってしまっているね」
「だからと言って、わたくしはアトラを軽蔑したりしませんわ。あなたが命を奪うことで救われた命が、ここにも一つありますもの」
イスは自身の顔を指差して微笑んだ。
不老不死のエルフのくせに何言ってんだか。
と、なんか雰囲気が和やかになったところで、私は「謹んで引き受けさせて頂きます」と返事をしたのであった。
―――――――――
「…ってなわけで、現時点をもって私は執行者…アルトレイシア・Er・ソダムとなり、同時に私設部隊の発足が今しがた帝国で正式発表されたんだってさ」
「初期メンであるわたくしが、新参者からの又聞きで所属組織の始動を知るとはこれいかに。」
「だってイスの遺物デバイスって一方的にしか通信出来ないんでしょ?ミールで買った新しいデバイスを連絡用として使えばいいじゃん」
「あれはアトラとのやりとり専用機ですの!」
「とか言いつつ登録しただけで結局使ってないじゃんか。でなきゃイスが受ける連絡もまとめて私が受けることになるから、必然的にスコット君とのやりとりが増えるけどいいの?」
「ぐう…わかりましたわ…」
イスは心底悔しそうに、私のデバイスに表示されたスコット君のデバイスパターンを打ち込んだ。
「さてと。これでようやく冒険者(無職)から脱却したことだし、早速「初仕事」と参りますかね」
「はーいですの…」
整備された坑道を勇み足で線路沿いに進んでいくと、遠くに光が射しているのが見えた。
あそこが出口で間違いないだろう。
私とイスは戦闘に備えていつもの冒険者衣装に着替えると、罠を警戒しながら光射す方へ向かった。
そして開けた視界の奥で、目の当たりにしてしまった。
無惨にも身体中を切り裂かれ、赤く染まった大地に力無く伏せた、30余名の人々の姿を。
次回、鉱山編完結。
続く。




