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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
15/76

山と賊と獣人と2

 二日後、早朝。

 作業前に作業員総出で行う採掘器具と設備の点検中、おやっさんが第三宿舎横のトロッコ格納庫前で、不可解な物体を発見した。


「それがこれなんだが…どう思うよ?」


 現場監督・テティスの呼び掛けに応えて食堂に集結した作業員たちは、おやっさんの手に握られている、冒険者が好んで扱う抜き身の片手剣に視線を注いでいた。


「帝国の量産品の剣か。拵えは真新しいが、ずいぶんボロボロだな」


「ああ。昨日までこんなもんは現場にゃ無かった…なのに、だ。どうしてかわからんが、採掘場のド真ん中に近い場所に落ちてたんだぜ」


 山間に位置すると言えど、採掘場の面積は約480㎡。

 採掘場周辺の切り立った山岳地に人が通れるような道は無く、万一山肌で剣を落としても、発見場所であるほぼ中央まで転がっていくとは到底考えにくい。

 ともすれば、答えはかなり絞られる。


「じゃあ何か?部外者が現場に忍び込んだってのか?」


「いや、昨日は俺とガストンが現場の通用口で見張りをしてたけどよ、ネズミあ一匹通らなかったぜ?」


「ああ、間違いないよ。昨晩は風が凪いでいたから、物音がすればすぐに気付く状況だった」


 現場監督として本件の裁定を任されたテティスは、見張り番をしていたセオとガストンが嘘をついているとは思えなかった。

 故に再び、真相が謎に覆い隠されてしまう。


「周囲は高い山に囲まれ、唯一の出入り口には見張りが居て、異変に気付きやすい状況だったにもかかわらず…か」


 おやっさんは食堂の窓の外に剣を横にした状態で出すと、そのまま手を離した。

 剣は重力に従って地面へと落ち、ガシャン!と派手な音を立てた。


「たった1.5mくらいの高さから落としてこんだけ煩ぇんだ。もしどっかから投げ込まれたなら、格納庫の隣の宿舎に居た誰かが気付いてもおかしくはねぇ」


 テティスとレスに割り当てられているのは第1宿舎の角部屋。剣の発見現場からは最も遠いが、プレハブ式のユニットハウスである宿舎の壁は薄く、外の音がよく聞こえてしまう。

 まして聴覚が優れた獣人族には、こんな壁などあっても無いようなものである。


「深夜に大きな物音を立てれば、寝ていても僕かテティスが嫌でも気付くよ」


 一応剣の臭いを控えさせて貰うね、とレスは窓から腕を伸ばして剣を拾い上げ、新しく柄に染み付いたおやっさんの臭いとは違う、複数人の臭いを嗅ぎ分けて記憶した。

 その彼の隣でテティスが怪訝な表情を浮かべながら、ポツリと溢す。


「…そもそも前提として不可解過ぎます。トロッコ格納庫前に剣を置く行為に、なんの意味があるのでしょうか」


「なんだろう…人間の文化で、何かを表していたりするのかな」


 というレスの疑問は作業員一同がほぼ同時に否定した。


「そんな文化は聞いたことが無いな」


「となると…また手がかりゼロの状態に戻ることになるね」


 爽やかな朝に起きた珍事。

 気持ちよく作業を始める前に、一同は憂鬱な気持ちになりかけていた。

 そんななか、おやっさんは食堂のイスにドカッと腰を下ろして頭の後ろで両腕を組み、天井をぼんやり眺めながら呟いた。


「まるで剣が()()()()()()()()()()みてぇで、気味悪ぃな…」


 不意にテティスの耳がピクンと跳ねた。

 作業員たちの証言とおやっさんのぼやき。二つのピースが突然綺麗にハマり、テティスの中でひとつの仮説が組み上がった。


「…誰か今日、トロッコ格納庫の中は点検しましたか?」


「いや、俺がしようとしたところで剣を見つけて今に至るんだが…何で急にそんなこと聞くんだ、テティスちゃん?」


 テティスは言うよりも速く食堂を飛び出し、宿舎を越えてあっという間にトロッコ格納庫前に辿り着いた。

 災害時の退避所として設計された格納庫は、プレハブ小屋と違い鉄筋を埋め込んだコンクリートで出来ており、入り口の重厚な金属製シャッターは登録されたギルドカードでしか開閉できない仕組みとなっている。

 テティスは慌ただしく取り出したギルドカードを格納庫左の認証システムにかざしてシャッターを開いた。

 重いシャッターが轟音を立ててノロノロと上がっていく所へ、一足遅れて作業員たちが駆け付ける。


「おおーい、一体なんだってんだテティスちゃん」


 おやっさんの呼び掛けが耳に届いても頭には響かず、テティスはシャッターの下部に出来た隙間に身をねじ込んで単身通り抜けた。

 直後、肩に紐のような物体が引っ掛かる感触がした。

 肩に触れたばかりの紐は弓の弦のようにピンと張っており、体を前進させると共により張力を高めて、一定以上の負荷がかかったところで、ちぎれた訳でもないのに急に弛緩した。

 まるで壁と紐を繋いでいた何かが外れたような…との思考が頭をよぎった刹那、テティスの鼻腔が微かな黒色火薬…いわゆる爆薬が焦げつく香りを感じ取った。


「これは…っ皆さん格納庫前から離れて!!爆発します!!」


「なっ…テティス!!」


 テティスよりも嗅覚が鋭いレスが、シャッターの隙間から漏れ出した火薬の臭いを嗅ぎ取り、強く吠えた。爆発物の数は恐らく一つ二つなどではない。


「待ってて、今シャッターを」


「いけません!!開いた瞬間に爆発したら、皆さんもただでは済みません!!逃げてください!!」


 レスがシャッターをこじ開けようとして手をかけるが、テティスに強く制止されてしまう。

 しかしレスはもちろん、おやっさんと他の作業員もシャッターを掴んで、こじ開けにかかった。


「バカ言え!んな空間で爆発なんかしたら、無事じゃ済まねぇぞ!」


「っこれは…現場監督命令です!!」


 爆発物の処理も退避も間に合わないと本能で感じ取ったテティスは左腕を伸ばし、獣人族の中でも限られた血族にのみ宿る「とある能力」を土壇場で発動させ、シャッターの上昇を止めた。

 自動上昇+32人の屈強な男たち+狼種獣人の力をもってしてもシャッターはびくともしないどころか、少しずつ下降を始めた。


「テティスっ…やめろ、テティス!!」


「…ごめんなさい兄さん、後のことは頼みます」


 シャッターは多勢の意思よりもテティスに従い、幕を完全に下ろした。

 それから僅か1秒後。作業員たちの声を飲み込むかのように、格納庫内部で大地を揺るがすほどの甚大な爆発が巻き起こり、逃げ場を失った爆風がガラスの天窓を突き破って、高く高く吹き上がった。


――――――


 一方その頃のアトラ達。

 賊の逮捕に向かうべく、森林限界を超えた岩と砂利ばかりの薄暗い山道を、ヘルメットに組み込まれた魔光石の灯りに頼りながら歩いていた時。


 ドゴオォォォォォォォ…ズズン…


「わっ、なに、地震?」


 山のどこかから轟音が響いてきた直後、足元がグラグラと揺らいだ。

 私とイスはすぐに身を屈めて頭を庇う体勢をとった。

 揺れはすぐに収まったからいいものの…地震は心臓に悪いからやっぱ苦手だわ。


「…収まった、かな?」


「みたいですわね。ここからは落石にも注意しながら進みましょう」


「了解」


 人生初めての登山。目的が目的だからお遊び感覚じゃダメだってわかっていても、今は雲海に包まれて見えづらいが、わんぱくに繁った広大な森林を見下ろしながらの山越えというのはなかなか楽しいものだ。


「しばらく砂利道が続きますので、トレッキングポールを使いましょうか。また地震が起きた際にバランスを崩して転倒したら危険ですから」


「わかった」


 イスの判断に従い、登山用品店で購入したトレッキングポール×2を両手に携えて、しっかり地面の感触を確かめながら進む。

 耐荷重1t、巨石を落としても曲がらないどころか傷すらつかない軽量合金製なので、いざって時には武器としても扱えるってお店の人が力説してたのをふと思い出した。

 けどそんな情報は頭からフッと消えて、先程の地震の感覚が蘇ってくる。


「それにしても、ちょっと変わった地震だったね。揺れの前に爆発音みたいなのが聴こえたような…」


「確かこの辺りには、マテリアルの登場で需要が低下し、豊富な資源を残したまま閉山したモーヴ鉱石の鉱山がありましたわね。もしかしたら賊がそこを拠点にして、モーヴ鉱石を違法に採掘しているのかもしれませんわ」


「モーヴ鉱石…このヘルメットの額についてる、魔光石の原材料だっけ?」


「そうですわ」


 ヘルメットに埋め込まれている、ひし形に加工された淡い紫色の透き通った石。

 魔力が長い年月をかけて結晶化したとか、いわゆる宝石類の鉱脈に魔力が染み込んだとか諸説あるが「魔力を内包した鉱石」だけで十分説明出来ていると言えよう。


「どうする?その鉱山に賊が居るかもしれないなら、向かってみるのも手なのでは?」


「しかしあそこの鉱山は、今も帝国が厳しく管理しているはずですわ。部外者の侵入を阻む結界石(タリスマン)という巨大なモーヴ鉱石が、トロッコの格納庫の地下に設置されていると、以前何かの記事で読みましたの」


「定刻の管轄かぁ。なら、スコット君に直接聞くのが手っ取り早いか」


 私は一旦足を止め、背負っていたリュックの中からデバイスを取り出して、点字が横並びに三つつずつ、三段に並んだ画面、遠距離通信機能を立ち上げた。

 点と点をなぞって繋げてを5回行い、数多の通信機毎に設定されているパターンを成立させると、特定のデバイスと音声通信が出来る仕組みだそうだ。

 早速画面に触れようとしたら、イスが「あら?」と呟いてこちらを見つめてきた。


「スコットに聞くといっても、彼の事務室にある通信機のパターンを知らないんじゃありませんの?」


 尤もな疑問。でも問題はない。


「大丈夫。さっきイスの記憶を覗いて覚えたから」


「なるほど。流石ですわ」


 私たちは謎のサムズアップを交わして、今度こそスコット君の部屋の通信機パターンを入力した。

 「発信」の部分をタップすると画面が切り替わり、デバイスを頬にあてがう。耳元で軽妙なジングルが数秒ほど流れ、音が途切れたところで、聞き覚えのある男性の声が響いた。


『…見知らぬパターンのデバイスだな。誰だ?』


 いかにも厳格で融通の聞かなさそうな声色。を、意図的に作っている声だ。

 数日前にイスの記憶からも得てはいたけれども、やっぱり多少歳を取ったくらいじゃ人はあまり変わらないなぁ。

 訝しむ彼の顔を想像して、噴き出しそうになるのを堪えながら、私は第一声を発した。


「やあやあ。こうして言葉を交わすのは30年ぶりになるかな、スコット君」


『その声…まさか、アトラ様ですか?』


 声の主が誰なのかを認識したスコット君から、瞬時に厳格さが消失した。これぞ私がよく知る彼だ。


「そうだよ。久しいねスコット君…まあ積もる話もあるけど、今回は君に聞きたいことがあって連絡させてもらったんだ」


『アトラ様のお申し付けでしたら何なりと窺いましょう。それで、僕に聞きたい事とは?』


 私は要点をかい摘まんで、賊の情報と鉱山の管理状態について簡潔に問い合わせた。


『…なるほど、アトラ様たちが逮捕に向かわれるのですね。まず賊についてですが、こちらで掴んだ犯人グループの詳細をそちらのデバイスに送ります』


「賊の素性はもう割れてるんだね」


『ええ。33名の配下を従えた主犯格の男が、いずれもアステリア大陸から非合法にセス=レモアへ渡航したようです』


「思ってたより大人数だなぁ…」


 想像していたよりも骨が折れる仕事になりそうだ。


『それから鉱山についてですが、近頃帝国でモーヴ鉱石の加工品がムーブメントを起こしておりまして、三ヶ月ほど前に需要拡充のため…帝国傘下企業に、業務依託した記録が残っておりました』


 少し言葉が詰まった辺り、微かに嘘の気配がした。しかし悪意は感じられなかったので、スルーすることにした。


「じゃああの爆発音は、正規の業者が起こしたものだったんだね」


『爆発音…?それはおかしいですね。モーヴ鉱石は繊細な鉱物のため、発破工事はご法度だったはず…しかもそちらはまだ朝の5時過ぎですよね』


 今度は見過ごせなさそうな疑念が沸いてきた。


「うん、今は朝の5時3分。で、爆発が10分ほど前だから…まだ4時台の出来事だよ」


『…作業開始時刻にしては早すぎます。賊がらみかは定かではありませんが、何かイレギュラーな事態が起きていると考えるべきでしょうね』


「遠く離れた山を揺らす程の衝撃だったからね…どうする?私たちが鉱山に向かってみようか?」


 と提案してみたところで、スピーカー越しにスコット君の部屋の扉がノックされて、誰かが慌ただしく飛び込んで来る音が聴こえた。


『しし失礼ぅします団長!だだいさん師団長より、大至急、お耳みに入れて頂ききたいことがござるとの報告が!』


 かなり上擦った若い女性の声。焦燥に駆られて甘噛みするほどの緊急事態があちらでも起きているらしい。


「ごめん、忙しそうだからもう切るね。鉱山へは私たちが向かってみるよ」


『すまないが、そちらの件はあなたに任せる。必要な情報は追って送らせて貰う。それと…』


 かなりの小声で、室内に居る人物に聞こえないように、私は厳格な演技をするスコット君から、とある打診をされた。

 返事は後日でもいいと言って通信を切られ、デバイスをしまいながら前方に佇むイスに声をかけた。


「お待たせ。ひとまず、爆発が起きたとおぼしき鉱山に向かうことになったよ」


「わかりましたわ。わたくしたちの現在地からだと…道を引き返すより、一旦山頂へと向かって輸送路から合流した方が早いですわね」


 入山前、イスが念入りに地図を記憶していてよかった。彼女の判断なら間違いないだろう。


「了解。それじゃあ気を付けながら行こうか」


 …この数時間後、賊の罠にまんまとはまって谷底に落ちるとは露ほども知らずに、私たちは登山を再開した。


―――――――――――


 同時刻、採掘場。

 山の崩落にすら耐えられるよう設計されたトロッコ格納庫は、シャッター越しでさえもレスたちを吹き飛ばす程の爆発を巻き起こしながらも、未だ健在であった。


「くそっ、開かねぇ…!」


 だが衝撃波によってシャッターの開閉装置ならびに非常用扉が破損してしまい、1秒でも早くテティスの安否を確認しようと、作業員総出で採掘道具を手に、格納庫の壁を破壊するため躍起になっていた。

 ただひとり、呆然自失状態で崩れ落ちたままのレスを除いて。


「…テ、ティス…」


「おいレス、お前さんも手伝えよ!まだテティスちゃんが死んだって決まったわけじゃねぇだろ!」


「…」


 おやっさんはレスに詰め寄って喝を入れる。だがレスはピクリとも動かず俯いたままだった。


「…おいレス!しっかりしろ!」


 血は繋がっていないとはいえ、妹が爆発に巻き込まれたというのに、煮え切らない態度を取り続けるレスに痺れを切らしたおやっさんが、レスの肩に掴みかかった。

 するとレスは体を強く震わせ、バッと顔を上げた。そしてようやく、目の前におやっさんが立っていることに気がついたようだ。


「お、やっ…さん…?」


 いつもと声の抑揚が違う。一言聞いただけで、おやっさんは彼の異変に気付いた。


「レス、お前耳が…」


 おやっさんはまず自分の耳を指差してから、レスの耳を示し、指を交差させてバツ印を作った。


「…」


 レスは、おやっさんが自分の耳の不調に気付いたと知り、頷き返した。

 彼は爆発の瞬間に作業員たちを庇って、爆音と衝撃波を一身に引き受けてしまい、一時的に聴力を失ってしまったのだ。

 獣人は人間よりも生命力が高く、怪我の回復は比較的早いと言われている。しかし今回は優れた聴覚が仇となり、強烈な脳震盪を引き起こしてしまい、つい今しがた平行感覚を取り戻したばかりなのであった。


「怒鳴って悪かった、つっても聴こえてねぇんだよな。大丈夫か?」


 おやっさんは怪我をしていると知らずに怒鳴ってしまった自分を恥じ、レスに手を差し伸べて、立ち上がり補助を行った。


「おーいトラスト、レスの耳診てやってくれるか。爆音でやられちまったらしい」


「それは大変だ。レス君、こっちへ…」


 レスはおやっさんの補助でふらつきながら立ち上がり、駆け足でやって来た青年、トラストの手を借りて第三宿舎に向かう。

 大分感覚が戻ってきてはいるが、レスは未だ酷い乗り物酔いのような眩暈に苛まれ、他人の肩を借りてようやく歩ける状態だったため、テティスの救出は信頼を寄せている仲間たちに託し、軽微ながら治癒スキルを扱えるトラストに治療して貰い、一刻も早く救出に加わることにしたのだった。

 おやっさんは足早に格納庫の側面へ回り込み、再びツルハシを手に壁を掘削し始めた。そこへガストンが歩み寄り、こそっと耳打ちする。


「おやっさん。何度呼び掛けても、中から返事はありません…」


「馬鹿野郎、返事が無くても手ぇ休めるんじゃねえ。…サボってっと、現場監督に叱られちまうぞ」


 原型を留めているとはいえ、爆発で脆くなっている場所が必ずどこかにあるはずだと信じて、一同は手当たり次第に壁を叩きまくる。

 早急にテティスを救出しようと現場が混沌とした状況に陥る最中、またもや採掘場に災難が降りかかろうとしていた…。


続く。

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