山と賊と獣人と
こんにちは、アトラだよ。
突然ですが私たちは今、谷底にいます。
「いっ…たたた…イス、平気…?」
「か、辛うじて無事ですわ…」
ミールを発ってはや三日。
私たちは町の住人から二つの依頼を請け負い、街道を北東へずっと進んだ場所にある標高2480mの山、ドレース山までやって来ていた。
二つの依頼のうちひとつは、町付近の街道に魔物避けの防護魔法を施してほしい、というもの。これはすぐに済んだのでひとまず置いといて。
もうひとつの依頼が、想像以上に厄介だったのだ。
近頃、山向こうのレステシティという町とミールを結ぶ交易山道付近に賊が拠点を築いて、通りかかった輸送車を襲い、積み荷を強奪する事件が相次いで起きているそうで。
両町がグローデン騎士団や冒険者に賊の逮捕を依頼するも、賊たちは地の利を活かしてことごとくこれらを撃退しているのだという。
現在、ミールに常駐していた騎士団員はみな重傷を負って入院中、冒険者のなかには行方不明者まで出ている始末。
このまま賊をのさばらせておくとミールの町は物資不足に陥ってしまうし、何より悪辣な輩がうまい汁をすすり続けるのは業腹とのことで、私にどうにかして事態を終息させてほしいんだってさ。
そんなわけでバイクと徒歩で移動を続けて、イスの提案に従い山の麓の登山用品店で登山用ウェアと器具一式を購入&着替えを済ませ、数時間前に入山したのだけれども…お恥ずかしいことに、山頂付近で賊が仕掛けた落石トラップに巻き込まれ滑落。
首を庇いつつ数十メートルほど斜面を転がり、そのまま深い亀裂に吸い込まれ…暗闇のなか、地面に叩き付けられる直前に風の門を開いて気流のクッションを作り、落下エネルギーを相殺して今に至る。
「イスのアドバイス通り、ヘルメットとウェアを装備してて助かったよ…お陰で掠り傷程度で済んだわ」
「こちらこそ、アトラの魔法がなければ今ごろ画がゴアってましたわ」
ヘルメットに備え付けてあった、魔力を注ぐと発光する魔光石ライトに魔力を注いで辺りをぼんやりと照らし、よろよろ立ち上がる。怪我の確認もかねて登山ウェアを脱ぎ、砂ぼこりをはたき落とした。
防寒性と防刃性に優れた厚手の上着…イスは水色、私は薄めの灰色をチョイスしたが、ズボンと登山靴は同じ黒色のサイズ違いを買った。
鋭利な石の上を激しく転がったというのに、少し生地がヨレたくらいで穴はどこにも空いていなかった。さすがは防刃生地。
「それにしてもずいぶんと落ちたね…ここから地上まで、高さは30メートルってとこかな」
魔光石の明かりだけだと心許ないので、暗視スキルも併用して周囲の地形把握に勤しむ。
地上までの高さは先程述べた通り。谷底の横幅は、壁に背をつけて前方5メートル前後、左右は…とてつもなく広そうだ。およそ真っ直ぐ道が走っているけど、暗すぎて暗視スキルでも奥まで見通せない。
上へ行くにつれてだんだん幅は狭まっているが、風魔法の風圧を利用すれば脱出は難しくない。
しかし賊には、我々が滑落して命を落としたという印象を与えておいた方が、後々都合がいい気がする。
「…ねえイス、さっきの落石トラップだけどさ。何もない空中からいきなり岩が出現したように見えたのは、私の勘違いかな」
「いいえ…恐らく勘違いではありませんわ。道を遠目から確認しながら進んでおりましたが、わたくしたちが落石に遭った場所に、あのような岩石群は見当たりませんでしたもの」
再びウェアを着直して、私は頬の擦り傷を撫でた。
「だよね。魔法が発動する気配は無かったし、物理的にも起こり得ない場所で落石が発生したとなると、まず考えられるのは…」
私たちがよく知る、凡百な人間にも超常的な効果をもたらすレアアイテム…遺物しかない。
イスもウェアを羽織り、襟元から美しい金髪を引き出して不敵な笑みを浮かべた。
「どうやら、ご機嫌なハイキングになりそうですわね」
「なんなんその言い回し」
とにもかくにも、私たちは賊の裏をかいて逮捕に踏み切るための脱出ルートを探し、暗闇へと足を踏み出した。
――――――――――
…時は二日前の昼前に遡る。
ドレース山中腹の登山ルートから寂れた脇道へと逸れ、蛇行した狭い山道をしばらく進んだ場所に古くから存在する鉱石採掘場。
帝国による魔力研究の末に開発されたクリーンエネルギー、人工魔力ことマテリアルの登場によって、旧世代のクリーンエネルギー資源と化した「モーヴ鉱石」の鉱脈が、今なお幾つかの坑道に手付かずのまま残されている。
世界中の大気に一定数存在する魔力を濃縮して結晶化させたマテリアルは、純粋なエネルギー源としての使い道しかないが、モーヴ鉱石は加工次第でエネルギー源のみならず、様々な魔法アイテムの基盤になるため、未だ需要が減らないのである。
そしてこのモーヴ鉱石を効率よく採掘するには、とある種族の助力が必要不可欠とされている。
「ここから鉱脈は左向きに走ってます。比較的若い泥岩質なうえ、浸水で岩盤が脆くなっているので、十分に気を付けてください」
「了解!」
モーヴ鉱石の採掘に必要なもの。
ツルハシ、屈強な肉体、そして猫獣人の助力だ。
鍛え抜かれた大柄の男3人を指揮するのは、むさ苦しい坑道には似つかわしくない、青灰色の体毛に全身を包んだ小柄な猫獣人の少女。
体躯、特に足の構造はおよそヒトに近い。が、手指は猫そのもので、薄い青色の長い髪を蓄えた頭頂部付近、黄色のヘルメットの下には猫の耳、泥の染みがついた白いワンピースの裾からは細めの尻尾がゆらゆらと揺れている。これはヒトには無い特徴だ。
「っと、想像以上に脆いな。掘りやすくはあるんだが」
「ここからは支保工の間隔を狭めて設置していく方がいいと思うんですけど、皆さん異存はございませんか?」
「おうよ。テティスちゃんの指示なら間違いねぇからな」
リズミカルに岩盤を砕く、白タンクトップと青いツナギ姿で汗と泥にまみれた男たちから絶対の信頼を寄せられている猫種の獣人、その名はティス・テ・ティス。通称「テティス」。
齢14にして帝国傘下の鉱山採掘を主とする企業に雇われ、人里離れた採掘場で現場監督を一任されている。
彼女が若くして重役に抜擢された要因は、モーヴ鉱石が放つ特殊な電磁波を視認できる唯一の種族、猫獣人であるが故なのだ。
しかしそれだけだと侮るなかれ。モーヴ鉱石の判別能力を抜きにしても、彼女はプロ顔負けの卓越した採掘技術と鉱石加工技術を備えており、今やこの採掘場に欠かせない人員となっている。
そして現場で重宝されている人物がもう一人。
本来、モーヴ鉱石をエネルギー化加工した「モーヴエネルギー」で作動させる、合計積載重量2t超えのトロッコを素手で容易く引きながら現れたのは…
「皆さんお疲れ様。レールと支保工の追加を持ってきたよ」
高さ2mはある坑道でも腰を曲げなければ頭をぶつけてしまいそうなほど長身で、青い作業着を押し上げる逞しい筋肉と黒い体毛を纏った、狼種の男性獣人。
手はヒトに近い形状をしているが、同じ獣人でもテティスより獣の度合いが強く、足は狼そのもの。
頭部から背中にかけてタテガミのような長毛が生えているものの、テティスのような頭髪は認められず…彼の場合、狼を二足歩行にさせたと言った方が早く伝わるだろうか。
ヒトでいうところの白目部分が黒く、藤色の妖艶な双眸を備えた彼の名は、レス・レ・レス。通称「レス」。
トロッコでの資材運搬や採掘した鉱石を加工場に移動させる時に欠かせない、現場随一のパワーを誇る青年である。
そんな頼もしいレスの登場に、テティスの顔が一瞬弛みかける。が、直ちに己を律して咳払いをする。
「んっ。お疲れさまです、兄さん」
「作業は順調に進んでいるね。レールは今持ってきた分で足りそうかな」
「ええ、ありがとうございます。けれどここから先は岩盤が脆いため、支保工の間隔を狭めて設置する運びとなりましたので、よろしくお願いします」
「了解。レールを敷いたら資材を追加で持ってくるよ」
支保工。坑道の天井や壁が崩落してしまわないように、木や鋼材を組んで岩盤の支えを造る工事だ。
自然に出来た洞や人為的に掘削した坑道に限らず、落盤事故は作業員の命を容易く奪ってしまう。
もちろん鉱山で働く全作業員が危険を承知で連日作業しているのだが、減らせるリスクは減らしてこそ、と現場監督のテティスはモーヴ鉱石含有の石片を集めながら考える。
彼女が後ろでは、レスが1本160kgはあるコンクリート製の枕木を3本担いで、坑道の隅にせっせと積み降ろしていた。
その様子を見た作業員の一人がツルハシを置いて、豪快に笑った。
「っはっはっは。いやいや、レスの剛力っぷりは何度見ても惚れ惚れするねぇ」
「素直に馬鹿力って言っていいんですよ、おやっさん」
故あって、獣人族には多種族とのコミュニケーションを図りたがらない者が多く居るが、レスは相手が誰であろうと気さくに会話を楽しむタイプなのだ。
しかし作業中にこうした会話をしていると…
「二人とも。作業中の私語は危険なので慎んでください」
こうしてテティスに嗜められてしまう。
「わ、悪ぃテティスちゃ…じゃなくて監督」
「ごめんごめん」
作業中の気の弛みは事故に繋がりやすいので、作業員の身の安全のために厳しく接し、監督責任を果たすテティスであった。
―――――――――
日没後。
本日も作業は怪我人を出すこと無く順調に進み、総勢34人の作業員達は食堂に集まって、缶に入った魚の水煮とビスケット5枚という質素な夕食を取っていた。
「まーた保存食か…こんとこ飯が渋すぎやしないか?」
「食えるだけありがたいと思おうぜ。補給路に妙な術だかを使う賊が居座っちまって、俺らへの食料が奪われてんだから、仕方ねぇって」
「逮捕に向かった騎士団や冒険者も漏れなく返り討ちに遇っちまったらしいからな…俺らみてぇなただの坑夫にゃどうしようもねえよ」
ここのところ作業員たちの会話は、ひと月程前に山に住み着いた賊の話題で持ちきりだ。
何とか生還した輸送隊の一人が言うには、賊はレステシティとミールを繋ぐ山道に妙な罠を仕掛けているそうだ。
何も無いところから岩を出現させて輸送車を走行不能に陥らせ、気付いた時には積み荷が全て奪われている…という手口らしい。
賊は地の魔法使いでは、などの憶測が飛び交うなか、テティスは食堂の端でビスケットをかじりながら、己の不甲斐なさに落胆していた。
「…わたしにもっと力があれば、賊を倒して皆さんのお役に立てたかもしれないのに…」
現場を離れたテティスはまるで別人のようにしおらしく、尾と耳を伏せて弱々しく呟いていた。
そんなテティスの頭を、大きく温かい手が優しく撫でた。
「テティス。僕たち獣人の力を暴力に用いてはいけないよ」
優しく、しかし情感たっぷりに説くのは、テティスの兄貴分であるレスだ。
「僕たち獣人族がこうしてヒトの社会に出られて、彼らと共存していく道が拓けたのは、生まれ変わった帝国…人間たちの支援があったからなんだ」
「それは…わかっています。けれど…」
「たとえ相手が賊であろうとも、僕たちが人間を傷付けてしまうと、同じく社会進出した同胞に悪印象を与えることになる。…獣人族は野蛮で危険、という旧帝国が流布したイメージを払拭するためにも、今は我慢する時だよ」
テティスよりも長く生き、時に食料調達のために獣人族の集落から人里へ下りて衆目に姿を晒してきたレスは、獣人族であるというだけで迫害される心の痛みを文字通り痛く理解している。
それでも彼がヒトを恨まないのは、ひとえに彼が強く、そして心優しかったから。
テティスはレスの腕に頭を預けて、尻尾で彼のふさふさの尾をつついた。
「…獣人族が旧来のイメージを払拭する日なんて、本当に来るんでしょうか」
レスは彼女の問いに答える前に、尻尾で背中をポフポフと叩いた。
「僕たちはその日をただ待つだけではいけない。自ら行動を起こして証明しなければ、真の信頼は獲られないからね」
獣人が大手を振って街中を歩けるよう、基盤を築くこと。それがレスの目指す未来のかたちだ。
彼はビスケットを一枚頬張って、なんとも言えない表情を浮かべる。
「…少しだけ欲を言えば、獣人用の食べ物がもっと世に普及してほしいね」
より獣に近いレスは嗅覚と味覚がヒトよりも敏感なので、主に人間が口にするビスケットは塩味が強すぎて苦手なのである。
けれど今となってはビスケット一枚でも貴重な食料なので、与えられた分量を水と一緒に黙々と食べ進めていた。
味覚がヒトに近いテティスは、ビスケット一枚に苦戦する彼の様子を眺めているうちに、自然と口元に余裕が生まれ始めていた。
「…ふふっ。兄さんってば無理しちゃって」
「よおレス、相変わらず不味そうに食ってんなぁ」
「あ、おやっさん」
飄々とした調子でやって来たのは、坑道でレスと共にテティスに諌められた「いかにも坑夫」といった風体の、40代後半くらいの男性。
皆から「おやっさん」の愛称で親しまれており、現場最年長ながらも年功序列など歯牙にもかけない砕けた性格で、誰からも信頼を寄せられている人物だ。
「要らねぇなら、俺が貰っちまうぞ」
「あ」
おやっさんは卓上に残っていたレスのビスケットをつまみ上げると、一気に頬張り、むしゃむしゃと食べてしまった。
レスは何となくホッとした雰囲気を醸し出していたが、テティスは尻尾の毛を逆立てて机をパムッと叩いた
「おやっさん!それは兄さんの分け前で、今は貴重な食りょ」
「悪い悪い。ほれ、代わりにこれ食いな」
そう言っておやっさんが背後から取り出したのは、真空パックに詰めて湯煎し、きっちり火を通した合計5kgは下らない鹿の端肉パック。
食糧難の今、突然現れたごちそうに獣人兄妹は目を丸くさせた。
「…えっ、おやっさん。このお肉は一体…?」
「へっへっへ…実は今朝、向こうの林に仕掛けておいた罠に男鹿が2頭かかっててな。大半は料理長に頼んで保存食用の干し肉に加工中なんだが、脂肪とか筋が多い部位は干し肉にし辛いらしいんで、お前さん達用になんも味付けせず、そのままパック詰めしてもらったんだ」
肉。それは主に肉を好む雑食系獣人にとって最大のごちそうである。
ましてや食べ慣れないビスケットと魚の缶詰めばかりだったレスには、垂涎ものでしかなく。
「ほ、本当に貰っていいの?おやっさん」
「おう、貰っとけ貰っとけ。不味いって感じるモンばっか食ってっと、体に悪いだろ?」
「おやっさん…あ、ありが」
「あ、肉だ!」
テティスがおやっさんにお礼を伝えようとした矢先、二人の卓上に並んだ肉パックを発見した作業員が声を上げた。
すると他の作業員も一気に二人のもとへ詰めかける。
「おやっさん、何すかこれ!?俺らの分は!?」
「まさかずっと隠し持ってたんすか?ずりぃっすよ!」
「あーうるせぇうるせぇ!こうなると思ったからこっそり持ってきたってのに、このハイエナ共が!」
おやっさんは作業員たちに捕まってもみくちゃにされ、しまいには胴上げされながら連行された。
喧騒が遠ざかるなか、取り残された二人は互いに顔を見合わせて、パックをひとつ開封して久々の肉の味を堪能した。
腹が膨れたのはもちろん、獣人にとって必要だった栄養素も補給できて、久々に賑やかで満たされる夜であった。
―――――――――――
食堂での肉騒動から数時間後。
敷地内に沸いている温泉で体の汚れを落とし、宿舎に戻ったテティスとレスは、同室ながらもそれぞれの時間を過ごしていた。
作業用と違いがわからない、寝巻き用の白ワンピース姿のテティスはベッドにうつ伏せになりながらリラックス中。
シックな黒いパジャマを着たレスは、手のサイズに合っていない小さなデバイスを静かに操作しながら眺めていた。
外界から隔絶された鉱山では、新たな情報を収集するのにデバイスが欠かせないのだ。
「うーん、まだ賊の逮捕情報は出ていないようだね」
「そうですか…」
「…あ、でも面白そうなニュースがあるよ。伝説の魔法使い伝導師ソダム、魔物の危機からミールを救う。だって」
「また伝導師ソダムですか…今回も誰かが自称しているだけなのでは?」
伝導師ソダム。
帝国の英雄スコット、大富豪イスと並んで現代にその名を轟かせる偉人の一人だ。
そう、名前だけは誰もが一度は耳にした事がある人物。
しかしその素性はほとんど判明しておらず、帝国の腐敗政治を終決させたスコットの口から語られた「黒いローブを羽織り、長い白髪をなびかせる長命のご老人」という曖昧な情報だけが一人歩きしているせいで、彼(?)を騙る者が後を絶たないのだ。
よってテティスはソダムの話題について非常に懐疑的になっており、今回もどうせ偽者だろうと決め付けてまともに取り合わなかった。
そのニュースになっていた人物と近々出会い、彼女の人生を大きく変えるとも知らず、テティスはそのまま眠りについた。
続く。




