百合に挟まる魔物に待つは…
前回までのあらすじ、略して前あら。
何の脈絡もなく真昼間のミールを襲撃した手負いの魔物、ファイクロプス。
町への被害を食い止めるため、人命救助優先で行動した結果、情けないことに右腕を食い千切られ負傷。
駆けつけたイス(ブチギレ中)に支えられ、辛うじて膝をつかずに済んでいる状態だ。
「アトラ、この回復薬をお飲みになって。傷の治りが早くなりますわ」
イスは、触覚以外の感覚を全て失ったはずのファイクロプスをも縮み上がらせる凶悪な殺気を絶やさず放ち、マント裏から茶色の小瓶を取り出した。
片腕の欠損を考慮して、わざわざキャップまで開けてくれたところ悪いんだけれども…
「ごめん…いま飲み食いするのは、ちょっとキツい…」
視界が明滅するほどの痛みに加えて、体内から血液を失いすぎた。吐き気が酷すぎて、胃ごとひっくり返しそうなのを気力で必死に抑えているのだ。
すると見かねたイスが小瓶をくわえて中身の薬液を口に含み、瓶だけを石畳に吐き捨てた。
そして私の顎をくいっと上げさせて、躊躇いもなく唇を重ねた。
「んむっ…」
イスの舌が私の唇を割いて口腔内に侵入し、同時に吐き気すら吹っ飛ばすくらい苦い薬液が喉に流し込まれた。
「ん゛っ…!?」
どくん。
体内から隅々まで、疾風のごとく不思議な活力が駆け巡る。
失ったはずの血液が物凄い短スパンで増産されていき、腕の傷口から不滅の再生効果を表す光が溢れ出した。
「(あ、腕が生えた)」
薬を飲んだだけなのに、再生に数日かかる規模の怪我がかつてない速度で完治してしまう。激痛、吐き気、視界の明滅などの諸症状もすっかり治まり、ファイクロプスを沈黙させられる健全な肉体を取り戻した。
…のだが。
「んっ、ん、んん~…」
イスはこの土壇場で、我を忘れた獣のように私の唇を貪ってくる。
クソ苦くて不味い薬液の味が残る舌を絡めて、下品な音を立てながら後頭部と腰を押さえ付けられる。
鎧を押し返そうとしても力の差がありすぎてビクともせず、執拗に舌を吸われ続け…30秒ほど後になって、ようやく解放された。
「っは…はぁ…はぁ…」
こちとらキスなんて経験が無いんだ。してる最中、呼吸はどうしたらいいのか全くわからず息を止めていたら、軽い酸欠状態に陥ってしまいその場にへたり込む。
だと言うのにこの女、涼しい顔して口元をハンカチで優雅に拭っていやがる。
「薬の口移しだけに留めるつもりが、キモチ良すぎてつい暴走してしまいましたわ♥」
「♥じゃねぇよ。状況を考えろ状況を」
口から溢れた薬かよだれかわからん液体を、生えたばかりの右腕で拭って立ち上がる。
今の行為のせいで緊張感が途切れてしまった。即座に思考を臨戦態勢に移行して構えるが、何故かファイクロプスは仁王立ちしたまま動かない。…いや、僅かに指先が痙攣している?
「あれ…襲ってこない」
「初撃に仕込んだ麻痺毒が効いているみたいですわね」
あ、イスの殺気とか威圧感といった気迫にたじろいでるんじゃなかったのか。ゴリゴリの物理効果だった。
「運任せの奇襲や状態異常効果にはあまり頼りたくありませんが…昨日、念のためギルドで調剤をお願いしていてよかったですわ」
「調剤?ギルドにそんな部門あったっけ…」
「基本どのギルドにも武具店やアイテム小売店、調剤所が併設されておりますのよ。依頼の受け付けと雇用窓口しか無いのは、ドレステミルくらいですわ」
「ああ、やけにカウンターが多いような気がしたのはそのせいか」
深夜は依頼受け付けカウンターしか開いていなかったから気付かなかった。
ドレステミルにも武具店や冒険者向けアイテム取扱店はあったけど、町中央の商店街にそれぞれのれんを掲げていたからなぁ…小さな町だし、ギルドと統合しなくてもいいやって思ってたのかな。
「グ…ウゥッ…!」
毒を仕込まれてからおよそ2分、ファイクロプスが徐々に硬直から回復しつつあった。どうやら麻痺効果が切れ始めたらしい。
「お…悠長に話してる場合じゃ無さそうだね。イス、ちょっと頼みごとをしてもいいかな」
「はい、何なりと」
イスは足を大きく開き、重心を低く、腰を落として戦闘体勢をとった。
どう見ても剣士の構えではない。そもそもイスは剣なんて持ってないし、鋼のようなファイクロプスの腕を切断するには硬質の刃物はもちろん、相当な膂力が必要なはずだ。
私よりも逞しいとはいえ、イスの細腕でどうやって…などと、勝手に思考を巡らせてしまう悪い癖が出てしまった。
一旦それらを忘れて、私は風の門を開き、簡潔に伝えるべき事だけを伝えた。
「方法は問わない。今から40秒後に、ファイクロプスを大通りの中央付近まで誘導して貰えるかな」
「仰せのままに」
「グゴアアアアアアアッ!!」
ファイクロプスが体の自由を取り戻すのと同時に行動開始。私はジェットで即時後退。
大通りに出て体を左半捻りしつつ方向転換、前進して南側へ位置取ると、北からやって来る手筈のファイクロプスを確実に滅却可能かつ、町への被害を出さない攻撃魔法を組み立て始める。
まず風の門を開いて半径5m以内の塵芥を弾き飛ばし、水の門を開いて周囲に濃霧を発生させ、瞬時に凍結。
すかさず氷のドームを形成して、大気中のゴミを極限まで減らした空間を造り、直径2mの全反射構造と半透過構造の共振器ミラーを1枚ずつ、純度の高い氷で生成。
次に地の門を開き、光を増幅させる原子を折り込みながら直径1.8m、長さ3mの円筒を形成。
造り出したパーツが水平に収まるよう、氷の台座を設置して、後方に全反射構造のミラー、中央に円筒、前方に半透過構造のミラーをはめ込んだ。
「基礎はこんなものかな…しかし、これほどの規模で造ったことはないから上手くいくかどうか」
こちらの準備はほぼ整った。後はイスがうまいことファイクロプスを誘導してくれたら、最終段階に入ることが出来る。
約束の40秒まで、あと10秒。
数多の建物と冒険者を薙ぎ払ったファイクロプスを、イス一人に任せて平気だろうか、なんて考えは移動する直前、イスが石畳を踏み砕いて姿を消し、突然ファイクロプスの背後に現れる様を目にした時に消滅した。
魔物としてのレベルでいえば、骨鎧狼の群れよりもファイクロプス1体のが格上のはずなんだけど、何故か彼女がファイクロプスに屠殺される姿が想像できなかった。
だから彼女を顧みることなく、私は私の作業に集中して臨めたのだ。
残り5秒。氷のドームを解凍したとたん、通りの向こうで砂塵が舞い上がり、ファイクロプスの巨体が真綿のように宙へ打ち上げられた。
そして砂塵を晴らす勢いでイスが飛び出してきて、人並み外れた跳躍でファイクロプスの頭上に躍り出ると
「アトラー!いっきますわ、よ!!」
私と氷の製造物を視認してから、あろうことかファイクロプスの腹に手をついて逆立ち回転すると、妖精が水上を跳ねるかのような、優美な空中演舞を披露して…慣性エネルギーの乗った重い蹴りを、ズガン!!とファイクロプスの背に叩き込んだ。
「グガッ!!」
それはあまりに速く、重い一撃だった。
ファイクロプスは受け身どころかガードも出来ず、一直線に私が指示した場所へ向かって落下してくる。
イスは膝を抱えて縦回転し、住居の屋根に無事着地。屋根瓦は何枚か無事じゃなかったが、彼女は親指を立てて「成し遂げましたわ」と言わんばかりの満面の笑み向けた。
残り2秒。大通りに逃げ遅れた生物が居ないか、対面するギルドから人が出ていないか最終確認…クリア。
大通りの北側に濃霧を発生させて、風で絶えず流動。
そして1秒。光の門を開いて、強力な赤光を発するオーブを円筒の周囲に螺旋を描くように配置すると…
「ゼロ」
オーブが赤光を発し、円筒に織り混ぜられた原子を励起させ光を増幅、放出。共振器ミラーによって反射させ…寸分の狂いもなく射線上にやって来たファイクロプスを葬る、レーザー光線を撃ち放った。
「ガ」
光に包まれたファイクロプスの肉体は跡形もなく蒸発。
極大の破壊力を秘めた光線は流動する濃霧に吸収され光が拡散、威力を失い、オーブの発光停止と共に消滅した。
「…ふぅ」
咄嗟に思いついた大通りをレーザー装置にする作戦、なんとか上手くいったかな。
流動させていた濃霧を払って、周囲への被害が出ていないか確認する。
特に心配だった突き当たりのギルドは…うん、どうやら大丈夫そうだ。
光の波長を一点に束ねて放出する、高威力のレーザー光線…小規模のものは何度か造って使用した経験があったものの、今回は規模が規模だから、威力を減衰させずに安定して放てるか、対象を破壊しきれるか、霧でレーザーを無力化出来るか…不確定要素が多過ぎた。
しかし結果としては上手くいった…かな。
反撃する間も与えずに倒せたから、腕の回復以降は特段負傷も無いし。
…強いて挙げるなら、氷製のレーザー装置が気温によって損耗するのを防ぐために、極低温の冷気で私ごと周囲の空気を冷やしていたから、ちょっと体の芯まで冷えて感覚が鈍っているくらい。
「アトラー!やりましたわねー!」
イスが屋根の上で両手を振りながら、ピョンピョンと跳ねて無事をアピールしてくる。背後、南側からも人々の喧騒が近づいてきた。避難した住民が大通りに戻ってきているようだ。
「なんなんだ、さっきの赤い光は」
「魔物が一瞬で消えた…?一体、どうやったんだ?」
ひとまず装置が暴発しないように、氷を水へ還元した。わざわざ素材に氷を選んだのは後処理のしやすさを優先してのことだ。
目立ち過ぎて騒動が起きるのは、陰キャとして望ましくないからね。
「ア・ト・ラ~!」
「むっぐ」
水が石畳に吸収されていく様を見守っていたところ、屋根から飛び降りて駆け寄ってきたイスに捕まり、がっしりとホールドされた。そして体温の低さに驚かれる。
「つぅんめたっ。お体が氷のように冷えてますわよ…?」
「だ、だいじょぶだいじょぶ…すぐ、暖めるから…」
人々がすぐそばにまで戻って来ている。
このままグダグダしていたら、またイスに人だかりが出来て囲まれてしまいそうだ。
私が火の門を開いて、体温を操作しようとした時。
イスの肩越し、揺らぐ後ろ髪の隙間から、こちらに向かってあらぬ速度で迫る灰褐色の腕を、私は見逃さなかった。
あれはイスが切り落としたファイクロプスの右腕だ。
過剰な生命力を持つ魔物の肉体は、本体から切り離された後も無意識に反射運動を行う場合があると昔聞いた。
あの腕は触覚が異常発達でもしているのだろうか…壁や窪みに指先を引っかけて弾き、迷わず人の多いこちら側にやって来る。
イスはまだ腕の接近に気付いていないようだ。
もしも脳のリミッターが外れた筋繊維の塊が雑踏へ落ちたら、大惨事になりかねない。
レーザー装置はもう破壊してしまった。再び造り直す時間もない。
こうなったら…!
「っイス、離れて!」
「きゃっ」
寒さで体がかじかんでいるせいか、力加減が上手く出来ない。イスの腕を振りほどくだけのつもりが、強めに押し退けて後方に突き飛ばし、転ばせてしまった。
しかしそれが好都合だったのだ。
迫り来る屍の腕と背後にたむろする民衆、そして間に立つ私。図らずも私が最前線に立つかたちとなったのがまず一点。
そして濃霧の中を移動していたのか、腕がびっしょりと濡れていること。
更に溶かした氷によって水溜まりができていること。
ものの1秒後には腕が群衆に突っ込み、掴んだ人を握り潰してしまう。
そう本能で悟った私は、腕が水溜まりの上に差し掛かったところで、水と「天」…火、水、風、木、地、光、闇の魔法を極めた者にしか開けない魔法の極致、神の御業とも称される門を静かに開いた。
「…とことん人類に危害を加えるつもりなら、原子レベルでわからせないと、ね。」
処理の下準備として水溜まりから純氷の鎖を精製。屈強な腕を絡め取り、手のひらを上に向けて地面に繋ぎ留める。
本来よりもパワーが増していようとも、所詮は思考力を持たない動物の腕。手首から下の自由を奪ってしまえば驚異は皆無だ。
磔にしたまま反射運動が消えるまで待つ方法もあるが…それだと私の気が済まないんだよね。
イスを背後から襲おうとした卑怯者…たとえ腕だけになろうとも慈悲は与えない。
「今すぐとどめを刺してやりたいねぇ…でもその前に」
後方の群衆に被害が及ばないよう、背後に透明な氷壁を創造して大通りを遮った。一応防護魔法も施しておく。
これで準備は整った。
「…閃光纏いて天より来るは、大地を引き裂く神の矛。とか、わざわざ大仰な一説が追加された「ソダムの魔法大全」てのを本屋で読んだんだけどさ。あれ、私が後生に残した魔法がほとんど載ってない創作魔法の本だったんだよね」
「あー…子供向けに執筆された、魔法への興味を刺激する類いの書籍でしたわね」
独り言を言ったつもりなんだけど、イスが反応を示しちゃった。彼女もあの本を読了しているらしい。
「黒紅の十字架や神焔金剛撃など、著者の「あったらいいな」という魔法への憧れが顕現した創作魔法ばかりで、学会からは鼻で笑われ、論じる間もなく話題が終了する程度の書籍ですが…わたくしは、型に囚われない自由な
発想が素晴らしいと感じましたわ」
「…同感。」
本来魔法に定型などはないんだ。漠然としたイメージを確固たる現象と成し得ることが困難なため、私の「あったらいいな」という願望で生まれたものから無駄を削ぎ落とし、危険度を下げて武骨な定型として広まってしまったのが、いわゆる「伝導師ソダムの魔法」。
故に「魔法とは○○でなければならない」といった頭の固い連中が流布する意見が主流となり、人々の魔法に対する自由な発想力は失われていった。これは私の責任だ。
「…今一度、魔法とは何たるかを広め直さなくちゃいけないかねぇ」
私はホルスターの背中に挟んでいた「ソダムの魔法大全」を取り出して、天の門の項目を開いた。
特に目が滑るような技名がつけられた天の門カテゴリは、読んでいると背筋と左目が疼きそうになる。だがこのゾワゾワ感は、皆一度くらい味わった経験があるはずだ。
文字がツルッツル滑りまくるなか、ふと目に止まったものを読み上げる。
「んー…よし、これにしよう。えーと『憤慨せし雷帝の鉄拳、蒼雷天覇』…やり方は、ふむふむ…」
「あ、今読み込むんですの?」
・まず天の門を開いて、身体に蒼い電撃を帯びます。
・そしたらたぶん静電気とかで髪の毛とかがふわっとします。
・後は拳を振り下ろすイメージで、身体に帯びた電気を放出し、螺旋状の雷撃を打ち出しましょう。
・これで敵は一撃粉砕です。
「改めて読むとふわっとしすぎだろこれ。…まあいいや」
とりあえずやってみることにした。
まず蒼い電撃を帯び…蒼い必要あんのかな、とか思っちゃ駄目だよね、これ。あ、ほんとに髪がふわっとした。
えーとそんで後は、拳を振り下ろすイメージ…なんで螺旋状に?…駄目だ、老害思考でちょいちょい冷静になってしまう。
まずは習うより慣れろ、だ。
雑念と冷静さを頭から捨てて、本の通りにイメージを再構築した。
「え、えーい、あーくぶれっとぉー…」
「(これはひどい。ひどくかわいいですわ)」
照れだけは捨てきれずに、ひょろっひょろの拳を振り下ろしてみた。すると。
ズガアアァァァアン!!!!
「ひょっ」
拳から放出された螺旋状の蒼雷は、ファイクロプスの腕のみならず、直下の石畳と氷の鎖すらも跡形なく吹き飛ばした。
轟音と衝撃波によって近隣家屋のガラス窓が割れ、屋根瓦が捲れ上がり落下…結果としてファイクロプスの完全討伐は成し遂げたものの、町に大きな被害を出してしまった。
「…やっべ。」
思わず素の声が漏れてしまった。
背後では人々が想像以上にどよめいている。振り向くのが怖い。
それでも氷壁は解除しなきゃいけないから、冷や汗垂らしながらも防護魔法を解き、壁を消した。
…どうする。風の門を開いてトンズラこくか?
それとも魔法で修繕した方がいいかな?
と次に取るべき行動について考えあぐねていたら、いきなり右手首をがしっと捕まれ、無理矢理後ろを向かされた。イスの手じゃない。ゴツゴツした男性の手だ。
怒られる…と判断した私は、咄嗟に上着のフードを目深に被って俯いた。
しかし。
「…あなたはもしや、ソダム様では…?」
佇む男性の口から飛び出したのは怒号ではなく、非常に簡素な問いひとつ。
「この世で雷、すなわち天の魔法を手繰るは、全属性の門を開いたソダム様のみと伝えられております。そしてあなたは今、我々の目の前で雷を降らた」
「…あ、はい。確かに私はソダムですが…あの、ごめんなさい、家とか壊してしまって…」
男性のみならず、その場に居合わせた住民全員と冒険者たちがいきなり膝をついて私に平伏した。イスは仁王立ちのまま不満そうに私の手首を掴んだ男性を睨んでいたが、スルーしておいた。
「町と我々を魔物の驚異からお救いくださり、ありがとうございます!」
ありがとうございます、と民衆が声を揃える。
…目の前で町をぶっ壊したのに怒られないとなると逆に怖いなぁ。何か裏があるんじゃなかろうか。
数年分の「ありがとう」を一身に浴びたのち、先陣を切って声をかけてきた男性がおずおずと顔を上げ、再び深々と頭を下げて言った。
「それで、ですね。不躾ではございますが、あなた様をかのご高名なソダム様とお見受けした上で、ご相談が…」
ほいきた。
一難去ってまた一難…なんて展開にならなければいいなぁ、ってところで、次回に続きます。




