魔法の門
ダムデルには「魔法使い」と呼ばれる冒険者職業がありますの。
そもそも魔法の定義というのは、体内の魔力を媒介として現実空間に超常現象を発現させる技法を指しますわ。
しかし世に溢れる「魔法使い」を名乗るほとんどの方が、魔力をそのまま、あるいは変形させて打ち出し、攻撃に転用しているだけの紛い物ばかり。
というのも、世界に魔法の存在を広めたとされる高名な大魔導師にして大賢者、人呼んで伝導師ソダム様が執筆なされた数々の魔導書が難解すぎて、およそ攻撃には使えそうに無いごく一部の魔法しか世に浸透しておりませんの。
ソダム様いわく、魔法には大まかな属性があって、火、水、木、地、風、光、闇、天の8種類に分類されており、火の魔法なら「火の門」、水の魔法なら「水の門」と呼称する…とのこと。
ですが、自然現象の頂点に君臨する唯一無二の破壊力を持つ、と記された「天の門」を開いたものは有史以来一人もおらず、ソダム様にしか扱えない魔法だと噂されておりました。
…だからこそわたくし、いえ、この時ミールに滞在していた全ての人々が身と心に刻んだのですわ。
アトラが、かの伝導師ソダム様その人であると。
――――――――――
…不滅になる前の記憶は、正直判然としない。
ただ、私が不滅と化した頃には、既に両親と呼べる存在はこの世から消えていた。
古代の因習ひしめくドレステミルに産まれた私が、どうやって16歳まで生き残ってきたのか。
不滅になった後、恐らく親しい間柄だった者達が次第に私に奇異の目を向け、蔑み、果てには理不尽な暴力を振るうようになったのは何故なのか。
なぜ私はいつも、やられたらやり返さなかったのか。
「…ふぅ」
深夜、ミールから街道沿いに北へ数百メートル行ったところにある立ち枯れた森林の中。
肩に浮かべた白光の傍らで、過去に思いを馳せながら返答のない一人問答を繰り返す。
「よし、一通りこんなものかな」
しばらく魔法を使用していなかったから、魔法の門が閉じてしまっていないか確認がてら、自分を見つめ直していたのだ。
現世では伝導師ソダムなどと持て囃されていても、かつては剣や魔法をろくに扱えなかった稀代のポンコツ&一時期、怠惰の化身とまで呼ばれた私だ。
世の理が幾度も書き変わる程の時間を費やし、人並み以上の努力を重ねて、人類に備わっているとされる魔法の門を全解放したはいいものの…身についたからもういいや、とそこからの先の努力は怠ってしまっていた。
いざという時に使い物にならないんじゃあ身に付けた意味が無いし、何より魔法がろくに扱えないのに「大賢者」なんて、名前負けし過ぎててダサいしね。
でもまあこの懸念は杞憂に終わりそうだ。
結論から述べると、私が開いた魔法の門はひとつも劣化していなかった。
むしろ魔法発動時の魔力消費量が格段に減り、全魔法の威力が以前よりも遥かに強力になっていたのである。
これらの要因をまとめて推察すると、恐らく私は不滅になる前から魔力回路に結石、あるいは魔力循環系に問題を抱えていて、魔力を過剰に消費しがらも威力は1/3程度に抑えられていた。
しかしイスの魔力注入によって諸問題がゴッソリ解消され、本来の機能を取り戻した…といったところかな。
これでようやく私も一人前の魔法使いとして活動できるようになったんだ、と喜んだのも束の間。ただちに両頬を強く叩いて身と心をグッと引き締めた。
「ダメダメ…慢心と油断が命取りになった者を、これまで何億人規模で見送ってきたか思い出すんだ、アトラ」
魔物や盗賊から町を救った英雄も、なんてこと無い日に、英雄という肩書きに酔っていた僅かな隙を突かれて命を落とした。
私は落伍者から一般人になれただけ。
そう自分に言い聞かせながら地の門と火の門を開いて、直径50m以内の樹木と土壌を白炎で包み、自らを防護魔法で保護しながら、辺り一面を焦土と化した。
そもそもこの場所にやって来た真の目的は、ふらりと立ち寄ったギルドで「病に犯された森林の浄化」という依頼を受けたからである。
今回の依頼主こと山の所有者の話によると、ここはすこぶる健康な樹林だったそうだが、数ヵ月前に近辺に住み着いた、体内に強い毒性を持つ魔物の排泄場にされて、土壌が重度の汚染状態に。
汚染の進行スピードは緩やかながらも、排泄物の毒性は自然分解されにくく、放置していると山全域に汚染が散布してしまいかねないため、火、地、水、木の魔法を扱える者に対処をお願いしたい、とのこと。
「依頼書の情報通りなら、排泄物の毒性は120度以上で1分程度熱したら無毒化するんだよね…そろそろいいかな」
まず土壌の熱処理に火の魔法が必須。
今はまだ健康だが、万一を想定して、汚染範囲に隣接するエリアも含めた直径50mに熱効果を及ぼせる者でなくてはならない。
「(この条件はクリア。)」
そして地の門に属する防護魔法で術者を熱と毒から保護し、地脈を通じて大地の栄養を焦土に集約。
水の魔法で土壌の冷却と延焼時の火消し。
「(これもおっけー。)」
最後に、浄化した大地に新たな命を芽吹かせるため、木の魔法を扱える者…と。
依頼主は魔法使い最大4人のパーティで対処するよう想定していたみたいだけど、結局私一人で事足りてしまったね。
…ドレステミルで案内人してる時から気になってたけど、どうやら現代の魔法使いや魔導師は、一種類の魔法の門を開くのがやっとのようで、生涯をかけて単一の魔法に心血を注ぐスタイルが主流らしい。
ミールのギルド職員が言うには、私のように複数の魔法を扱う者にはこれまで出会ったことがなく、各門の基礎攻撃魔法すらまともに使えない者ばかりだそうだ。
ユーモアを交えて後世に魔法を伝えたつもりが、逆に魔法使いを稀有な存在たらしめてしまっていたと知り、軽くへこんだよ。
「魔導書、そんなに難しく書いたっけかなぁ…」
魔法の門の開き方や基礎魔法を記した原典はイスが持ってるから、後で見返させてもらおう。
ともあれ、今回の依頼はこれで完了…じゃなかった。
「っとと。忘れるところだった」
上着の内ポケットから取り出したるは、イスが持っていた遺物の光る板…をモチーフに開発された、ホワイトカラーの魔力式小型端末。
オリジナルの所有者・イスにちなんで、魔機端末と呼ばれているそうだ。
約4年前に冒険者向けに帝国で発表され、そのあまりの利便性から爆発的大ヒットを記録し、今では冒険者のみならず一般人にまで普及しているアイテム…らしい。クソ田舎のドレステミルには持ち込み禁止だったそうなので、私が見たことはなかったが。
世に広く普及したとはいえ、私のように端末を持たない者も少なからず居るため、今回みたく依頼を受諾した際にギルドから一時的に貸し出されたりもするんだってさ。
ギルド職員から「今後も冒険者として旅を続けるなら、一台持っていても損は無いですよ」と爽やかに諭され、初期設定費用と端末の代金を支払い、最新型端末を好きなカラーリングに塗装してくれるサービス付きで注文しておいた。
私の端末は明日…あ、もう本日か。の昼頃には用意できるから、この貸し出し端末で今回の依頼に対処した証拠を記録して、返却すれば真に依頼完了となる。
「えーと…撮影モードはこのアイコンを触って、背面のレンズを対処したエリアに向ける…って暗っ。何も映らないじゃない」
ギルドで説明された通りに端末を横に持ち、不慣れな手つきで操作して、イスがやっていたように映像や音を記録する機能を立ち上げるも、発光する画面に写し出されているのは機能アイコンと暗闇だけ。
これでは依頼を遂行した証拠を記録できないので、水の門と光の門を開いて、まず上空に氷の半球状凸レンズを生成。
そして白く光るまばゆい球体を20個、レンズ上に円形に並べて該当エリアへ光を集束させた。
まるで直径50mの範囲だけに昼間が訪れたように明るく浮かび上がる。魔法でなければ説明がつかない、異質な光景だ。
「まずは右端の黒いアイコンで、写真を何枚か撮影…と。今度はその下の赤いアイコンで録画…」
ぴゃあんっ、とファンシーなジングルが流れ、右上に●RECの文字と、秒数がカウントされ始めた。
「これで合ってるかな?…えーと、アトラです。これより汚染エリアの浄化と、新たな苗木の植林を完了した記録をここに残します」
ギルドで教えられた文言を口にしてから、等間隔に芽吹いた高さ30cmほどの苗木を撮影して回る。
周囲の森林に被害が及んでいないか、杜撰な対応をしていないか、なるべく詳細に記録して録画終了アイコンを押した。
本来なら撮影したデータ?をギルドのサーバー?に送信?とかいうのをして、正式に受理されれば、その場で依頼完了、報酬が端末と紐付けされた口座に振り込まれるそうだが、この端末は持ち逃げを防ぐために世に普及している端末よりも著しく機能を制限されているらしくて、なんかその辺の便利機能が使えないようになってるんだとさ。
どのみち貸し出しの際にギルドカードをギルドに預けてるから、返却しなくちゃ今後冒険者としてやってけないんだけどね。
「さーてと、一仕事終えたし帰ろっと」
端末の右側面についているボタンを押してスリープ状態にする。端末を上着にしまうついでに上空の光とレンズを消して、私は街道に足を向け、ミールに帰投した。
…土地を汚染した魔物が、すぐ傍でずっと身を潜めていた事に気付かないまま。
―――――――――
時刻は正午過ぎ。
夜中の依頼を終えた足で宿に戻った私は、魔法で爆睡したままのイスと共に7時間ほど眠ったあと先に起きて朝食を頂き、書店で購入したミステリー小説を読んで過ごしていたところでようやくイスが起床。
すっかり活力が回復し、本来の溌剌さを取り戻したイスに押し倒されそうになるのを阻止しつつ、深夜の依頼について軽く説明を済ませて共にギルドへ向かい、貸し出し端末の返却と、注文していた端末&ギルドカードを受領。
そしてギルドを出て大通りをしばらく進んだところで、現在に至る。
「小さな田舎町と思っておりましたが、帝国で品薄状態が続いている最先端機種を取り扱っているとは…侮れませんわね」
イスは神妙な面持ちで、翡翠色に塗装してもらった私の端末を弄くり回している。
彼女が所有する、全ての端末の大元となった遺物の端末は、オリジナルと称せば特別感が出るが、別の言い方をすると全端末のなかで最も古い機種になるのだ。
「わたくしもアトラとお揃いの機種が欲しいところですけれど、使いもしないのにわざわざ購入するのはポリシーに反しますし…」
「私とのやり取りをするためだけの端末として買っておくのは?なーんて」
「アトラ専用端末!その手がありましたわー!」
ほんの冗談で口走っただけなのに、イスは私の端末を握り締めたまま爆速でギルドへ走って行ってしまった。
コメディのような砂煙が晴れた時には既に後ろ姿すら見えなくなっていて、私は「やれやれ」と溢しながら近くの壁に寄りかかった。
その時だった。
「まっ、魔物だあああああああ!!」
突如、大通りの北側から響いてきた鬼気迫る男性の絶叫と共に、鈍い地響きがミールの町を揺らした。
現場に居合わせた人々が一斉に音の方角へ顔を向けると、可愛らしい木造建築の向こうで、石畳や外壁とおぼしき瓦礫のみならず、武装した冒険者たちが屋根よりも高く吹き飛ばされる様を目の当たりにする。
しかし魔物らしき生物の姿は、ここからでは視認できない。
「きゃあああー!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
突然の状況に町の人々は言葉を忘れて慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように南側へと駆け出していく。
現場はここから60mほど離れた場所…瓦礫の吹き上がり方からルートを算出すると、昨夜通った北の街道から町に侵入してきたようだ。
「街道は魔物避けの防護魔法が施されてるんじゃ、なかったのかなっ!」
私は考えるよりも速く風の門を開いて両足からジェット気流を放出し、魔物とやらが暴れているエリアに瞬時に移動した。
そこで私が目にしたのは、ゆうに体長3mを越す、灰褐色の肌をした異質な顔の巨人。
「グゴアァァァアアアッ!!」
フォルムは筋骨隆々でヒトのオスによく似ているが、耳朶や鼻、生殖器といった器官は見当たらない。
しかし顔の下方から上に向かって歪に裂けた口と、その上に互い違いに並んだ五つの黒い穴が、魔物として強い異彩を放っていた。
私はこの種族に関する知識を得ている。だが個体としては初めて目にした。
魔物をではなく、今回のケースを。
こいつは、単眼の巨人「キュクロープス」から派生した五つ目の巨人、ファイクロプス。
キュクロープスより一回りほど小柄だが、筋肉量は変わらず、むしろより硬く引き締まったことで、大木を手刀でへし折るとも言われている凶悪な魔物だ。
高く放り出された瓦礫や冒険者たちを見れば、それは言わずともわかることだ。
瓦礫や人々がこのまま落下してしまえば、まず命は助からない。
私は唯一の取り柄と自負している知覚系スキルの中から、感覚を研ぎ澄ませて、一時的に思考力を高めるスキルを発動した。
まばたきをすると一瞬視界が揺らいだように映り、思考が速まったぶん、私以外の現象が重く遅くなったように感じる。
…このスキルを発動していられるのは、リアルタイムで10秒程度。
その間に出来るだけ多くの人と瓦礫を捌いて、ファイクロプスの侵攻を食い止めなくては。
「…せっかく町の外に出られたのに、ドレステミル防衛戦と似たような事をやらなくちゃいけないなんてね」
思考力が元に戻る前に再びジェット気流を噴射して瓦礫の上をとった。既に落下し始めている人々を優先的にマークして、風で体を包み、繊細かつ的確に町の南側へと運ぶ。
これでファイクロプスが暴れている通りから人の気配は無くなった。
ここまで時間にして約6秒。私は急いで地面に降り立ち、水の門を開いて降り注ぐ瓦礫に左手を向けた。
「範囲を間違えないようにして…凍れ!!」
瓦礫を下から押し上げるように水を撒き、急速に温度を下げさせて瓦礫ごと凍結。瓦礫を含んだ氷のアーチが完成した。
水は凍らせると体積が大きくなるため、水量を間違えると建物に二次被害を与えてしまうので、細心の注意を払ったが…どうやら上手くいったようだ。
さて、これで後はこちらに向かってくるファイクロプスの対処だけなのだけども…私の記憶が確かなら、ファイクロプスは視覚、聴覚、嗅覚、味覚を司る五つの目が最大の弱点。
しかし目を破壊されたファイクロプスは大型ハリケーンのごとく暴れ散らかすだけでなく、元々高い肉体再生能力が格段に跳ね上がってしまう。
んで、運が悪いことにこのファイクロプスは既に全ての目が破壊されて、落ち窪んでいる状態なのね。
彼はいま音も光も届かない空間で、手に伝わる感覚だけを頼りに暴走しているのだ。
目だけは再生が効かないってのも、難儀な生態してるよね。
「(もはや斬撃も打撃も有効打にはならない。こいつを確実に倒すには、再生不可能な一撃を叩き込むしか…)」
凍らせた瓦礫が塵となって消え始めた時、私がはファイクロプスに引導を渡す魔法を発動しようと右腕を伸ばした刹那。
スキルの効果が切れ、次にまばたきをした時、私の右腕はファイクロプスに食いちぎられていた。
「グゴゥゥウッ!!」
「ぐっ…!!」
肉と骨を同時に断たれる痛みは何度味わっても鮮烈で、押し寄せる吐き気と共に意識を拐われそうになる。
油断はしていなかった。だが、この個体のスペックを見誤ってしまっていた。
スキル切れの瞬間に生じる隙を本能で感じ取ったのか、たまたま口元に当たったものを反射的に噛みちぎったのか…出血と痛みで反応が遅れ、振り下ろされたファイクロプスの豪腕が眼前に迫る様を静かに睨んだ。
「くそ…痛みさえ遮断できるなら、怖いものは無いのになぁ…」
死に値する一撃で死ねない辛さは、味わった人にしか理解できない。だからこそ「死中に活」って言葉にすがって、必死に生きようとするんだろうね。
触覚以外を失ったこのファイクロプスも…そして私も。
「グガッ…!?」
ファイクロプスの腕が私の頭を吹き飛ばす寸前、ヒュンっと風切り音が通り抜けた。
そして筋繊維の塊である硬質の腕が、ボトリと石畳に
落ちた。が、すぐさま傷口から骨と筋繊維が伸び、新たな腕が生えてきてしまったが、不思議とファイクロプスの動きは止まっていた。
打開策を思案しつつ、腕の痛みに耐えるしか出来ない私には、何もする余裕がなかった。
しかし私の背後…ギルドから駆け抜けてきた紅い影が、ふらつく私の肩を抱き、支えてくれた。
それはまるで、ヒロインのピンチに都合よく駆けつけるヒーローのようなタイミングで…いや、ちょっと遅いかな。腕持ってかれたし。
「騒々しいと思ってやって来てみれば…あなた、死ぬ覚悟は出来てますの?」
彼女…イスは私の怪我を見るや否や殺気を剥き出しにして、ファイクロプスをたじろがせた。
ここに来て初めて見るイスのガチギレした姿に、不謹慎ながら心踊ってしまう。
「…すみませんアトラ、わたくしが不甲斐ないばかりに怪我を負わせてしまって」
魔力結石の解消が功を奏したか、既に出血は止まっているものの、切断された腕の再生にはもう少し時間が必要なようだ。
しかも依然痛みは健在で、イスの支えがなければまともに立っていられそうにない。
「イスの…せいじゃ、ないから…。それよりも、こいつに物理攻撃は…効果が、薄くて…」
「存じております。手負いのファイクロプスは近接戦闘員の天敵…まず避けて通れと、子供の頃に教わりましたわ」
ファイクロプスがイスの殺気で萎縮しているうちに魔法を叩き込みたいが、あれを処理するのに必要な威力を試算すると、ここじゃ狭すぎる。
せめて大通りにまで誘導出来れば、あるいは…。
次回、ミールを襲ったファイクロプスの討伐に向けて、私とイスが初めて共闘する。
続く。




