意思を持つ遺物
ミール・スパリゾート。
デトックスで寿命を倍に、をコンセプトに造られた健康促進温泉施設であり、健康にいいとされる食材を使ったバランスのよい食事が摂れる、健康と美容のための総合施設だ。
そもそも無限の寿命を持つ不滅の私なんかが利用しても健康面に変化はなく、施設のコンセプトにそぐわない…のだが。
「あ゛~…」
単なる温泉施設として、心底満喫させていただいております。
私は一緒に来たセルフィちゃんと一緒に、腰辺りに泡の水流が噴出するお湯に浸かって蕩けていた。
「アトラ様、水流泡風呂気に入りました?」
「最高だよ…外にはこんないいものがあったんだねぇ…」
水色や灰色のタイルで装飾された広大な空間に、多種多様な効能を持つお湯が用意されているなんて。
冷水が熱湯かの選択肢しかなかったドレステミルの人々もビックリな贅沢空間だよ。町を出てよかった。
しかし極楽気分を味わう私とは打って変わって、セルフィちゃんは浮かない顔で首を左右に捻り、唸っていた。
「でもイス様には悪いことしちゃったかなぁ…まさか、お湯が苦手だったなんて」
そういやイスは体温より高い温度のお湯に長く浸かることが苦手なので、現在は赤いセパレートビキニを着用して、壁一枚隔てたところにある温水プールで子供たちに泳ぎを教えている。
「クロールの息継ぎはリズムを崩さずに…そう、お上手ですわ」
子供達の楽しげなざわめきと共に、朗らかながらも凛とした佇まいで指導する清廉な声が、水流に負けない声量で響いてくる。それがまた楽しそうなこと。
私たちについてきて後悔しているとは、とても思えない声の弾み方だ。
「気にしなくてもいいと思うよ。イスはイスなりに楽しんでるみたいだしさ」
「ならいいんですけど…」
私より10cmほど身長が高いものの、体型はさほど私と変わらないセルフィちゃんが立ち上がり、浴槽の縁に腰かけた。
「ところでアトラ様、よくそんなにずっと浸かってられますね…ここのお湯、けっこう熱いのに」
「そうなの?お風呂に浸かるのは2度目だから、まだ基準がわかんないなぁ…」
セルフィちゃんはすっかりのぼせた真っ赤な顔を手扇でパタパタとあおぎ、気化熱を利用して冷ましていく。
私は不滅になる前から熱に強いほうだったからかな。まだまだ浸かっていられそうだ。
「あたし、一旦上がって温水プールで体冷ましてきます…イス様に会ったら、アトラ様が待ち惚けてますよって伝えておきますね」
「え、別に待ち惚けてはいないけど」
「んふふ…照れなくてもいいんですよ?」
セルフィちゃんに道すがら私たちの関係を説明したのが裏目に出たかな。彼女、心を開いた相手にはわりと絡んでくるタイプだ。小悪魔っぽく口を「ω」にしながら早歩きでバスエリアから出ていった。
「ほんとに待ってはいないんだけどなぁ…」
空虚への呟きは誰の耳にも届かず、水流泡の噴射音に説けて消えていった。
…しかしこのスパとやら、面白そうなお湯がまだまだ残っているなぁ。
じっくり楽しみながら今日中にすべて周りきるのは現実的じゃないので、せめて気になるものだけでも堪能しておきたい。
「さて、お次は鉱物泉とやらに」
浴槽から立ち上がったところで、背後の壁の向こう側から地鳴りのようなものが轟いてきた。そして1秒もせず、体にバスタオルを巻いたイスが高速でやってきた。
「アトラー♥」
「こら、走るんじゃありません。」
「はっ、わたくしとしたことが…」
セルフィちゃんに何を吹き込まれたのだか。我を忘れる勢いで現れたイスは、己の愚行を恥じながらも私の手を取り、軽い足取りで謎の個室へと連れ込んだ。
橙に発光するタイプの魔光石が納められた灯篭が、どことなく如何わしいムードを演出する灰紺色のシックな空間。
白くツルツルした肌触りの石材が、直径2m、内側に50cmほどのステップを残して更に深く円形にくり貫かれており、イスが造ったレストハウスのお風呂のごとく、木樋からお湯がかけ流されていた。
「完全個室、完全防音。恋人同士のために造られた、周りの目を気にせずお湯を堪能できる個室風呂ですわ」
「ここ女湯じゃ…あ、町の外だと同性カップルって当たり前なんだっけ」
価値観のアップデートにはまだまだ時間を要してしまいそうだ…などと考えていたら、イスはうふふと笑いながら浴槽の縁に座り、足だけをステップに浸けた。いわゆる足湯状態。
一方私はステップに腰かけて、胸の下くらいまでお湯に浸かった。温度は先程の水流泡風呂と比較すればぬるめで、さらっとした湯触り。カップルが秘密の会話を交わしながら浸かるにはちょうどいい温度だ。
「…で。わざわざ防音性の高い個室に連れ込んだってことは、何か話したいんじゃないの?イスさんや」
「そうですわね…のぼせる前にお伝え致しますわ。宿で伝えられなかった、わたくしの「資金源」について」
このくらいの温度、しかもふくらはぎ辺りまでしか浸けていなくても長湯は難しいか。イスが熱でダウンしてしまわないように、極力質問は控えて話を聞くことだけに集中しよう。
私が頷くとイスは胸元に手を当てて静かに語り始める。
「アトラなら既に感づいていると思いますが、わたくしの資金は遺物によってもたらされておりますの。お父様が失踪してから1年、12歳を迎えた日にわたくしが勝ち取った…意思を持つ遺物によって。」
「意思…?無機物の遺物に、意思が宿っているの?」
「ええ。人工の自律思考プログラムにしてはあまりに複雑で、喜怒哀楽の表現や自我がはっきりしていることから、わたくしはそう呼んでおりますの」
私に不滅をもたらした遺物に意思なんてものは感じなかった。入浴時間が増えてしまうが、重要な情報はかいつまんだだけでは真に理解できたと言えないので、つい質問してしまう。
「そういった意思を持つ遺物というのは、メジャーでありふれたものなの?」
イスは首を横に振る。
「いいえ、わたくしが知る限りこれ一つだけですわ」
突然、胸元にあったイスの手のひらから桃色の光が溢れ、一瞬強い閃光を放った。
まばゆい光には慣れていたので、特に目が眩むこともなく、私はスッと差し出された彼女の手のひらを見つめた。
汗ばんだ手のひらに乗っていたのは、いわゆる12面ダイスと呼ばれる構造の小さな物質。
が、このダイス少し変わっていて、1~6を表しているとおぼしき白い点と黒い点が、ランダムに配置されているのだ。
「…これが、わたくしが初めて自らの意思で手に入れた遺物、天地成獄の秤ですわ」
『おう、よろしくなアトラ』
『…あなたとは、気が合いそうね…』
ダイスから、というか脳内に直接声が響いてくる。
先に聴こえた声は快活で、後は私のように陰気な雰囲気。声質はそれぞれ異なるものの、どちらもヒトの女性の声帯から発せられているような声音だ。
「これが、意思を持つ遺物…」
『あたしはダイスの黒点、負数。イス嬢からはネティって呼ばれてっから、お前もそうしな』
「はぁ…」
『…わたしはダイスの白点、正数。お姫様にポティって呼ばれてるわ…どうでもいいわよね、ふふ…』
なんか思ったよりキャラが濃くてはっきりしてる。
こりゃ意思を持つ遺物と称されるのも納得だわ。
「よろしくネティ、ポティ。はじめましてなのに、全裸で失礼」
『気にすんな、あたしらも元々剥き身みてぇなもんだしよ』
『…そ、そう言われると…。そんな、恥ずかしいところ見ないで…』
ダイスの恥部ってどこだよ、と突っ込みそうになって踏み留まった。さすがにセクハラが過ぎる。
「あなた方の恥部ってどこですのよ。」
ダメだ、イスが突っ込んだ。
想定していたよりも遺物の意思が強いので、このままじゃ話が進みそうにない。強引にでも話を本筋に戻さないと。イスの頭がふらつき始めてるから。
「それで、その天地成獄の秤…ネティとポティが持つ効果とは?」
『あたしらは財と富…早い話、金を司る存在でな。手にした者に二度振らせて、そいつの資産に影響を及ぼすことが出来んのよ』
『…自らの意思で動けはしないけど…出目は自在に操れるから、これまでわたしたちを手にしたヒトに幾度も絶望を与えてきたわ…うふ…』
『資産負の6、間隔正1が出るようにして、1秒毎に資産×マイナス6倍…みたいになw』
『…元手のお金は計算に含まれず消滅するし、わたしたちへの負債として寿命1秒を1ギアとして支払うことになるから…資産を多く持つヒトほど速く命を落とすのよ…』
接しやすい性格のわりに思考が腹ぐっろい。
二人の言う通りに計算するなら、たとえ資産が10億ギアあったとして、1秒経つと元手消滅でそのままマイナス6倍、60億ギアの負債…2秒後には60億マイナス6倍で360億、3秒後は…考えたくないね。
ドレステミルの人々のように、80年そこら…秒数にして約25億秒しか生きられない種族なら、一日どころか1秒で人生終了だ。
『あたしらも最初はイス嬢に、これまでの奴らと同じ末路を辿らせようとしたんだけどな。こいつ、おもしれー裏技使いやがったんだよ』
「裏技?」
「…お父様がわたくしのために置いていった、使いきりの遺物…万象の確率を使用者の意のままに操る「天運と命運」…を、用いて…1秒毎に、プラス資産6倍の目を…」
イスのふらつきがMAX状態。目がトロンとして呂律が回らなくなってきていた。
『アトラ、そろそろイス嬢が限界だ。風呂に落とされちゃ敵わねぇから、引き揚げてくれ』
『…そもそもこれ、お風呂で話す必要があったのかな…』
それは誰もが思ってたことだよ。
私はひとまずイスにダイスをしまうよう指示して、肩を貸しながら個室を後にした。
そして出たところで、お風呂エリアに戻ってきていたセルフィちゃんとばったり遭遇して…
「おやおや…お楽しみ頂けました?」
あらぬ誤解を与えてしまった。が、とりあえず弁解は後回しにしておいて、イスを運ぶのを手伝って貰うのであった。
――――――――――
セルフィちゃんに協力してもらって宿に戻った私たちは、部屋でイスの火照りを冷まし、落ち着いてから食事を頂いて…と忙しない時間を送っていたら、あっという間に消灯時刻を迎えた。
セルフィちゃんは自室に戻り、寝巻きに着替えてそれぞれのベッドに入った私たちに、二人だけの時間が訪れる。
「あ。そういやセルフィちゃんに、個室では何も無かった旨を伝え忘れてた…まぁもう会うことも無いだろうから、別にいいか」
「再三ご迷惑をおかけして、申し訳ございません…ここのところヘマばかりで、お恥ずかしい限りですわ」
魔力注入時の暴走、初お風呂での強引さ、骨鎧狼にビビり散らかす、人に囲まれて抜け出せなくなる、ぬるま湯でのぼせる…確かに、思い返せばヘマ三昧だ。
出会った当初に感じていたイスの完璧イメージは破砕され尽くしてしまったが、私にとってはこのダメダメなイス方が一緒に居て心地いいと思える。
「私もよくヘマをする方だから、似た者同士って感じで落ち着くよ」
「そんな、アトラはしっかりしておりますわ。文句の一つも言わず、わたくしの尻拭いばかりして下さって…」
「一応は年長者ですから。出来る範囲でなら、サポートは惜しまないよ」
「アトラ…」
イスの声色が少し幼く、年相応にアジャストした気がした。
「…ねえアトラ、そちらのベッドに移ってもよろしいかしら…?」
間接照明を点けて上体を起こしたイスが、切なそうな表情を浮かべてこちらを見つめていた。
特に断る理由もないため、私は掛け布団を広げて申し出を受け入れる。
するとイスは枕を抱えて私の隣に映り、寝そべったところで布団をかけ直した。
「うふふ…暖かいですわ」
「一緒に寝て大丈夫?ぬるま湯ですらのぼせてたのに」
「ごめんなさい、実はあれのぼせた演技ですの。温水プールから温泉エリアに来る時、また人々に捕まりそうになったので、出る際に囲まれない言い訳が作りたくて…」
…なるほど、道理で少しおかしいと思った。
のぼせているわりにはちゃんと歩けていたし、着替えを手早く済ませて、わざわざ宿に戻ってから部屋で火照りを冷ましていたのは、そういうことだったのね。
「あそこで捕まってしまうと、宿に帰るのが遅くなりそうでしたので…急かしてしまって、ごめんなさい」
「正直もっとじっくり温泉に浸かってたかったけど、そういうことなら仕方ないよ。有名人も大変だねぇ」
私はイスの頭を軽くポンポンと撫でた。髪用化粧品の上品な香りが控え目に広がる。
「どのみちあと30分程でスパの営業時間は終了してたし、ギリギリまで居座る迷惑客みたくならずに済んで良かったよ」
あっはっは、と実のない空笑いをすると、イスは布団の端を掴んで顔まで覆ってしまった。
「…アトラは優しすぎていけませんわ。わたくしは全人類のため、常に己を律していなければなりませんのに…つい甘えたくなってしまいます」
まだたったの18年しか生きていないのに、ませたことを言いおって。やはり大人ぶっていても根はまだまだ子供だ、この娘は。
一度イスの母性に甘え散らかしそうになった手前、堂々とは言いづらいけれども、彼女を心底油断させられる保護者役が必要…というか、私がそうならなくちゃいけないんだ。
私は上半身で頭を包むように、凛とした佇まいが崩れかけている彼女を抱き留めた。
「…全人類のために凛と振る舞い続けるとかさ、そんなの、永年生きてきた私にも出来ないよ」
イスの体がぴくんと反応する。
「有名人の一人旅だと、どこに行っても心休まる時間は僅かだったよねぇ。エルフの血のおかげで体は壊さずに済んでいるだろうけどさ…無限に等しい富を手に入れてからずっと、満足に眠れていないでしょ」
これは今朝、スコット君とイスの夜中のやり取りを覗いた時、偶然知ってしまった情報だ。
彼女は昨晩遅くに寝て、陽が昇るずっと前に起きた。睡眠時間は1時間に満たないほど短い。なのに慣れた様子で、その後も眠気を訴えたりせずに過ごしていたのだ。
今朝は「何故そんなに気を張っているのか」程度の認識だったが、スパで中途半端に終わってしまった話を当てはめると合点がいくようになる。
「イスは確率を操作する遺物で天地成獄の秤の出目を操り、1秒毎に資産×プラス6倍になる効果を得ている…だったよね」
「…はい」
イスが天地成獄の秤を手にした瞬間の元手がいくらあったかは知らないが、1ギアスタートだとしても(元手消滅で)1秒で6ギア、2秒で36ギア…10秒経過で6千万ギアを超え、さらにその10秒後には莫大な額に膨れ上がっている。
そんな生活が365日×約6…各国への資金提供や税収に相当する支援を行っていてなおも底を見せない、この瞬間も増殖を続ける無尽蔵の富。
私の身請け金なんて、本当にはした金に過ぎなかったんだなぁ。
引き続き、赤子をあやすようにイスの頭と背中を擦る。
「…イスのお金が遺物によってもたらされるものだと、世間には知らされているの?」
「いえ…事実を知る者は、スコットと騎士団のごく一部の方だけですわ。対外的には、冒険で得た財宝を世界に分配する義賊、という体で活動しておりますの」
「そらまあそうだよね。何もしなくてもお金が増え続ける、なんて聞けば悪用しようと考える輩がわんさか湧くだろうし」
「一応、わたくしの意に反する方法で資産から出金、あるいは支援金の要請内容に反する使用などが行われた場合、ネティが感知して、不正金は任意のタイミングで消滅…わたくしに還元されるようになっておりますの」
「意外とぬかりない。」
「ちなみに不正購入した商品も不正金と共に消滅して、不正使用者が自腹で弁償しなければなりませんの。これはポティの入れ知恵ですわ」
「二人とも遺物のわりに世俗的だわね」
布団の中でイスの調子が普段通りに戻りつつあった。声から弱々しさが徐々に消え、同時に弱味を見せかけてしまった事への羞恥心も芽生え始めたようだ。
しかし私は変わらずイスをあやし続けた。
「あの、アトラ。もう大丈夫なので…」
「いいからいいから。今日はこのままぐっすり眠ってしまいなさいな」
「で、ですがその…不正対策がしてあるとはいえ、いつ誰に狙われているかわからないので、熟睡することに抵抗があって…」
…この子が名も知らぬ他人のために犠牲にしてきた平穏は、残念ながら取り返しがつかない。
また、私が肩代わりしてあげられるものでもない。
だが…安眠補助と緊張の軽減くらいならどうだろう?
私は布団から露出したイスの前髪をかき上げて、額に手早くキスをした。
「ちゅ」
「んっ…?」
額に唇が触れている間に、混乱を避けるため世に伝承しなかった魔法…いわゆる「禁術」を発動して、唇を離した。
「アトラ、今なにを…」
急にイスのまぶたが下がり、言葉が途切れる。次に口をついて出たのは二の句ではなく、安らかな寝息だった。
「…速効性の睡眠魔法と睡眠回復魔法、悪夢を防ぐ防護魔法の重ねがけ。伝導師ソダムのお墨付きだよ」
イスいわく伝導師ソダムはひねくれ者だからね。
本人の意に反してちょーっと寝過ぎちゃうかも知れないけど、活力の回復には定評があったんだ。
とりあえず今はじっくり寝て、一時的にでもストレスを忘れるといい。
「(…それでもまだ不安に駆られるなら、私も頼りになると思って貰えるように頑張らなくちゃなぁ)」
イスが完全に眠っていることを確認して間接照明を消すと、私はベッドから離れ、静かに部屋を後にする。
念のため出入り口にも防護魔法を施し、私は廊下の闇夜に一人溶けていった。
続く。




