第8話 周囲を困惑させる奴隷の習慣
「ちなみにソフィア様… バドルス侯爵殿から受けた恩とは…?」
マッカーシー大司教がソフィアに聞く。
ソフィアが光り輝いていた間、マッカーシー大司教はバドルス侯爵からソフィアについて説明を受けていた。
奴隷商に売られて買い手が付かないまま3年が経過しようとしていた事。
文字を読めず書けず、奴隷商の中でも厄介者扱いされていた事。
気が小さく弱い事。
臆病過ぎて、ちょっとした注意で謝りまくる事。
なのに人を憎まず恨まず、父親を殺した敵国の兵士や母親を殺した盗賊すら憎んでいない事。
座る様に言われると、ソファーが在るのに床に座った事。
風呂を知らなかった事。
液体石鹸に感動し、失神した事。
パジャマとして渡した真新しいワンピースに感動して泣いた事。
寝るように言われると床で寝ようとした事。
お茶を知らず、色や味の付いた水だと思っていた事。
古くなった、堅くてパサパサのパンしか食べた事が無かった事。
シチューを知らず、味の付いたスープだと思っていた事。
普段の食事が、野菜の切り屑や肉の切れ端を煮込んだだけのスープだった事。
等々…
話を聞いた大司教はソフィアの悲惨な生活を思い、思わず涙したのだった。
そして、ソフィアが話したバドルス侯爵から受けた恩とは、それら今までの悲惨な生活から解放し、普通の生活を与えてくれた事に対しての事だった。
「それでは… ソフィア様は、どの様にすれば恩を返したと思われるのですかな? それに、バドルス侯爵が如何様に思われるかも考えなくてはなりますまい」
そう言われてソフィアは思わずフランクの方を見る。
そんなソフィアにフランクは微笑み…
「私の事は気にしないで下さい。ソフィア様を初めて見た時、何故か不思議な感じのする娘だと思ったのです。まさか聖女の力に目覚めるとは思いませんでしたが… たったの小金貨3枚で聖女様を奴隷商から救い出せたのですから、何も問題はありませんよ」
と、爽やかに答えた。
対するソフィアは小金貨3枚と聞き…
「ご… ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 私なんかに小金貨を3枚も使わせてしまって! このご恩は一生を掛けてでもお返ししますから!」
思いっ切り土下座し、周囲の者達を苦笑させたのだった。
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王都へと向かう馬車の中、ソフィアはガチガチに緊張しまくっていた。
その馬車は、ソフィアが光の中で眠っている間に大聖堂から運ばれた物だった。
そしてそれは、侯爵であるフランクでも驚く程の豪華さだった。
中は広く、同行するフランク一家とマッカーシー大司教、ソフィアと世話役のアンナとシンディが乗っても狭いとは感じなかった。
揺れも普通の馬車に比べて遥かに少なく、座席も分厚いクッションが敷いてあるので快適である。
そんな馬車に乗って、ソフィアが緊張しない筈がなかった。
実際、奴隷商からバドルス侯爵邸までフランクの馬車に乗った時も、かなり緊張していた。
ソフィアが聖女の世話役になると聞かされ失神したのも、緊張していたのが少なからず影響していたからである。
「わ… 私なんかが… こんな立派な馬車に乗って良いんでしょうか…?」
恐る恐る、上目遣いでマッカーシー大司教に聞くソフィア。
「何も気にする事はありませんよ? この馬車は、聖女様に乗って頂く為の馬車でございます。私達の方が同乗させて頂いてるのですよ?」
「そそそそそ、そんな畏れ多いですぅうううっ! 私には、王都まで歩いて行くのが似合ってますぅうううっ!」
飽くまでも卑屈なソフィアに、アンナとシンディは思わず吹き出しそうになる。
そんな2人の足を、ルイーズとメアリーが踏ん付ける。
「「痛っ!」」
更にルイーズはアンナの足をグリグリと痛め付ける。
それを見たメアリーもシンディの足をグリグリし始める。
主人の妻と娘からの攻撃を、2人は黙って耐えるしかなかった。
しかし、常に周囲を気にする癖が付いているソフィアは気付き…
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! アンナさんとシンディさんが吹き出しそうになったのは判りました! それ、私》の所為ですよね!? 私の所為で吹き出しそうになったのなら、それは私の責任です! お2人は何も悪くありません! 悪いのはわたしです! ですので、私の足を踏んで下さいっ!」
と、馬車の中で全員がドン引きする程の土下座を披露したのだった。
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半日が経過し、一行は途中に在る宿場町に到着した。
町の中心部の宿の前で馬車が止まり、待ち兼ねたかの様にソフィアが降りる。
「今夜の宿は、ここにします。この宿場町で馬や馬車を預けられる宿屋では、ここが一番大きい宿屋です。聖女様が泊まるには小さいと思いますが…」
ソフィアに続き、馬車から降りながらマッカーシー大司教が話し掛ける。
が、そのソフィアの姿が見当たらない。
「ソ… ソフィア様!? 何処に居られるのですか!?」
オロオロし、周囲を見渡すマッカーシー大司教。
「大司教様、如何なされましたか?」
続いて降りてきたフランクが尋ねる。
「そ… それが、ソフィア様が見当たらないのです! 馬車の扉が開き、真っ先に降りられたのですが…!」
「なんですって!?」
フランクは驚き、同じ様に周囲を見渡す。
だが、やはりソフィアの姿は見当たらない。
「まさか… 聖女として崇められるのが嫌で逃げ出したという事は…?」
青褪めながらルイーズが言う。
その言葉に、一同も思わず青褪める。
「考えられなくもない… かな…? ソフィア様にとって、自身は先日まで奴隷の身分だったんだし… それが突然、聖女だなんて言われたら… 僕だったら耐えられないかも…」
エリックが言うと、メアリーも頷く。
「お兄様の仰る通りですわね… 最底辺の奴隷から、いきなり最上位の聖女に身分が上がったら… 逃げ出したくなるのも理解できますね…」
メアリーが言うと、フィリップもコクリと頷く。
「僕は最底辺の立場も最上位の立場も知らないですけど、何となく怖いのは解ります…」
子供達がそれぞれの意見を述べるが、それをフランクとマッカーシー大司教には聞いている余裕が無かった。
「とにかくソフィア様を探して下さい! 聖女様が居なくなるなど、前代未聞の大事件ですぞ!」
それから一行は数時間に渡って町中を探したが、ソフィアの姿は何処にも見当たらなかった。
途方に暮れた一行が宿屋に戻り、これからどうしようか話し合おうと食堂に入ると…
「大司教様、聖女様を発見いたしました…」
馬車の御者を務めていた若い司祭が疲れた表情で待っていた。
「ソ… ソフィア様が見つかった!? ど… 何処に居られたのですか!?」
慌てて司祭に駆け寄るマッカーシー大司教。
「それが… 馬小屋です… 馬車を車庫に入れ、馬達を休ませようと馬小屋に連れて行ったら… 隅で寝ておられました… 今も馬小屋で寝ておられます…」
「な… 何故、馬小屋などで…?」
驚く大司教とは違い、ソフィアの習癖を知っているフランクと家族、世話役のアンナとシンディは、然もありなんと脱力したのだった。
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「で… では、ソフィア様は奴隷商の店主の言い付けを守っていたと…?」
「は… はい… 店主様から、旅先での奴隷は馬小屋で食事や寝起きすると教わりましたので… いけなかったでしょうか?」
普通では考えられないソフィアの行動に、大司教は愕然とした。
「もしや… ソフィア様は、その様な扱いを受けておられたのですか…?」
大司教が聞くと、ソフィアはキョトンとする。
「えぇと… 奴隷って、それが普通じゃないんですか? そう店主様が仰ってましたので、それが普通だと思ってましたけど…」
「そんなワケありません! 奴隷とは言え、1人の人間なんですよ!? 馬小屋で食事や寝起きなんて、人間として扱われていないではありませんか!」
怒りの表情を見せる大司教に、ソフィアはオロオロする。
「えっ!? えっ!? でも、店主様は奴隷は人間ではない。だから、奴隷の自分を人間とは思うな、人間として扱われると思うなと…」
「そんな言葉を真に受けないで下さい! 奴隷であろうと国王であろうと、全ての人間は等しく人間なんです!」
大司教は怒っていた。
勿論、人から人としての尊厳さえ奪ってしまう様な事を教える奴隷商人に対してである。
そして、そんな教えを従順に守るソフィアに涙した。
しかし、ソフィアには大司教が涙を流す理由が解らなかった。
だが、それは仕方の無い事である。
ソフィアが奴隷に堕ちたのは、僅か5歳の時である。
まだ何も知らない幼少期に刷り込まれた奴隷としての習慣は、簡単に払拭できるモノではなかった。
そして、この事は度々ソフィアの悪癖として現れ、周囲の者達を困惑させる事になるのだった。




