第87話 ジルの持論
「セリナさん、さすがに無理し過ぎだと思います… あんまり無理すると、肝心な時に実力を発揮出来なくなりますよ…?」
ソフィアはセリナの体調を気にし、本気で心配して声を掛ける。
しかし、セリナはフルフルと首を振り…
「もう少し… もう少しなんですのよ… もう少しでソフィアさんの言う『完全な形での聖光矢雨』を、2回発動させる事が出来そうですの…」
セリナの言葉にソフィアは目を丸くする。
確かにソフィアは十数日前、使う魔力を20%も落とせば聖光矢雨を2回行使可能だと言った。
しかし、セリナは〝魔力を落とす=威力を落とす〟と考えた。
そしてそれは、ソフィアが魔王を倒す際の協力として、不充分だと考えていた。
仮に充分だとしても、威力を落とした聖光矢雨を2回発動させ、更に空間封鎖で魔王を拘束しても、魔力枯渇で動けなくなってはソフィアの足を引っ張るかも知れない。
そんな事になれば自身の存在がソフィアの足枷になり、ソフィアなら倒せる筈の魔王を倒せないかも知れない。
自身のプライドに掛けても、そんな事態に陥る事は避けなければならない。
その想いが、周囲が無茶が過ぎると思わせる程の努力をセリナに強いていた。
「お気持ちは理解します… ですけど、こんな無茶を続けてたら、いつか身体を壊しちゃいます! お願いですから休んで下さい!」
ソフィアは必死に懇願するあまり、セリナを部屋の隅まで後退らせてしまう。
「ちょっちょっちょっ! ちょっと! そんなに迫らないで下さいまし! さすがに近過ぎますわ!」
慌てるセリナの両肩をガシッと掴み、更に詰め寄るソフィア。
「いいえ! セリナさんが休むと言ってくれない限り、私は迫り続けます!」
言ってソフィアは自身の顔を更にセリナに近付ける。
「だ~か~ら~! この状態だとオリビアさんの視線が怖いんです! ホラ、見て下さいまし!」
言ってセリナが指差す先には、無言で2人を見詰めるオリビアの姿があった。
オリビアはソフィアの護衛剣士である為、ソフィアの出掛ける先には何処へでも──何がなんでも──付いて行く。
今回も、セリナの過剰な魔法訓練を諫めようと王宮の聖女邸に出掛けると言ったソフィアに付いて来ていた。
そのオリビアが、ソフィアに迫られているセリナに鋭い視線を飛ばしているのだ。
「あの~、オーリャさん…? なんでそんなに私達を睨んでるんですか…?」
「そそそそそ、そうですわ! ななななな、何故そんなに殺気立った眼で私を睨み付けるんですの!?」
ソフィアがオリビアに聞くと、ここぞとばかりにセリナもオリビアに──脅えながら──聞く。
するとオリビアは…
「それは… ソフィア様に迫られているセリナ様が羨ま… げふん、げふん! いえ、何でもありません…」
と、自らレズ疑惑を助長する事を言いかけたのだった。
そして…
「私の事はともかく、ソフィア様の仰る通りです。セリナ様は根を詰め過ぎです。しばらく休養し、心身共に回復させた方が良いでしょう」
半ば誤魔化すかの様に、セリナに休養を勧めるのだった。
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「ソフィアさんとオリビアさんの勧めに従って休養する事にしましたけど、この間にも魔王は復活する為の準備… と言って良いのか判りませんけど、とにかく復活に向けて何かしらしているんですわよね…?」
「それは… 私には分かりかねますが… 数年~十数年の間に現れるのは、過去の文献からも明らかですね…」
セリナは休養する事には渋々同意したのだが、何もしないでダラダラするのは性に合わないとして、メイド長のジルに話し相手になる様に要請。
ジルも最近のセリナを見て、以前の様なセリナに対する刺々しさは完全に失くなっていた。
「それにしてもセリナ様。ソフィア様が仰られていました様に、休養する事も大切ですよ? 確かに魔力や体力は回復ポーションを飲めば回復します。ですが、精神的な事… 心に効く回復ポーションは在りませんからね。仮に在るとすれば麻薬の類いですが、それは依存性や中毒性が有るので勧められませんね…」
「そうですわね… ところでジル? 先程貴女は魔王の事を現れると言いましたわよね?」
セリナの話題変換にジルは…
「は… はい、確かに現れると申しましたが…」
と、セリナが何を言っているのか解らず、首を傾げながら答える。
「まぁ、仕方無いと言えば仕方無いですわね… 私もマッカーシー大司教から聞いて、知ったばかりですし… 貴女が知らなくても当然ですわね」
自嘲気味に話すセリナの姿を見て、ジルは察した様に頷く。
「なるほど、理解しました… 文献に書かれている〝魔王が現れる〟と言うのは間違い… 実際は〝現れる〟ではなく〝復活する〟なんですね…? なんだか変だと思ってたんです。だって〝魔王を倒す〟と言う事は、すなわち〝魔王を殺す〟か、あるいは〝魔王を滅ぼす〟と言っても過言ではありませんよね? にも拘らず、一定期間が経つと魔王が現れる… これって、魔王を殺していない、あるいは滅ぼしていないからこそですよね…? およそ200年と言う、そこそこ長い間が在るとしても、滅ぼした筈の存在が一定期間を経て現れるのは不自然だと思っていたんです」
ジルは自身が疑問に思っていた事をセリナに話す。
セリナはジルの持論を聞き、成る程と思ったのだった。
「確かにジルの言う通りですわね…? では、今まで誰もその事に気付かなかったのは何故なんでしょう…? まぁ、私も気付かなかった1人ですけど…」
セリナ言うと、ジルが疑問に答える。
「私も気になって、魔王が倒された部分が載ってる文献を読んでみたんです… そしたら結構… と言うか、かなり曖昧な表現で書かれてる事に気付きまして…」
「曖昧な表現… ですの…?」
ジルの言葉にセリナは眉を顰めて聞き返す。
「はい… セリナ様も様々な文献を読まれたと聞き及んでおりますが、文献に書かれた表現に違和感を覚える事はありませんでしたか?」
セリナはジルの指摘に、読んだ文献に書かれていた文言を記憶から呼び起こす。
すると…
「確かに… 魔王を滅ぼしたとか、それに準ずる様な表現は全く見受けられませんでしたわね… 〝魔王を撃退する事に成功した〟とか、魔王は姿を消したとか… ジルの言う通り、曖昧な表現でしたわね…」
と、今まで気にした事は無かったが、改めて思い起こせばハッキリと魔王を滅ぼしたとは思えない表現ばかりだった事に気付いたのだった。
「だとすると、今まで歴代の聖女が相手にしていた魔王は、全て同じ魔王だったと言う事ですわね…? だとしたら、何故復活する度に能力… と言うか、影響力が違ったのかしら…? 人類の存亡を脅かす魔王も居れば、土地を荒らすだけの魔王も居たんですわよね? 不思議と言うか、不自然と言うか…」
セリナの疑問に、ジルも考える。
そして、ジルは一つの仮説に辿り着いた。
「これは飽くまでも私の考えた仮説に過ぎませんが… 当時の聖女が魔王から削り取った魔力量の差ではないかと…」
ジルの持論に、セリナは首を傾げる。
「つまりですね?」
首を傾げるセリナに、ジルは説明を続ける。
「仮に魔王の最大魔力量を100とします。そして、魔王が逃げてしまう魔力量を50とします。歴代の聖女が魔王の魔力を削り、魔王が逃げるギリギリの50を僅かに下回る程度に魔力を削った場合と、大幅に削って魔力量を10程度にした場合とでは、同じ期間で復活した魔王の能力に違いが出るのも不思議ではありませんよね? まぁ、魔力が半分程度しか削られなかった場合と、魔力が殆ど削られた場合も、同じ程度の期間で復活する理由までは判りませんが…」
思い掛けないジルの話に、セリナは目を丸くする。
そして、ジルの持論をソフィアとマッカーシー大司教にも聞いて貰おうと、大聖堂の聖女邸へと出掛けたのだった。




