第80話 素性は知られましたが…
「ソフィア様は凄いだろぉ!? 見た目の可愛らしさは勿論だけど、元の身分が平民だったにも関わらず、歴代最高と言われる最大魔力容量を誇ってるんだぞ!? しかも、5歳から8歳までの一時期とは言え、奴隷商に売られて過ごしていたにも関わらずだ! そんなソフィア様だからこそ─」
そこまで言って、オリビアの口は塞がれてしまう。
しかし、時既に遅し。
ソフィアが奴隷出身である事は、セリナにしっかり聞かれていたのだった。
アンナ、シンディ、ナンシーは、オリビアの口を塞ぎながらセリナを凝視する。
オリビアの不用意な一言に対するセリナの反応に固唾を呑んで…
だが、セリナの反応は呆気ないモノだった。
「ソフィアさん… 奴隷商に居たんですの? それも5歳から8歳って、凄く多感な時期ですのに… それは大変な思いをしたんですのね…?」
ソフィアの出自を知る者は、彼女が奴隷であった事をバドルス侯爵以外の貴族達に知られる事は勿論、特にセリナに知られる事を危惧していた。
性格がキツい──高飛車・高圧的・傲慢・高慢・傲岸不遜──セリナの事である。
ソフィアが奴隷であった事を知ったセリナが、彼女に対する態度を一変させるのでは? と懸念したからであった。
しかし、現実は…
セリナはソフィアに対する態度を変える事はなく、むしろ彼女の過去に同情したのだった。
「なんか… 思ってた反応と違わない…?」
「そうよねぇ… ソフィア様が元・奴隷だと知ったら、手の平を返してソフィア様をぞんざいに扱うんじゃないかと思ってたわよ…」
「私もそう思ってたわね… その辺り、どうなんですか、セリナ様?」
ナンシーの感想にシンディが返し、アンナが当事者(?)であるセリナに聞く。
聞かれたセリナは宙を仰ぎ、少し考えると口を開く。
「う~ん… ソフィアさんの凄さを知る前の私でしたら、確かにシンディの言う様に態度を変えていたでしょうねぇ… ですけどソフィアさんの凄さを知った今となっては、微塵もそんな気になれませんわよ…」
言われて3人は成る程とばかりに頷く。
「それより… いつまでそうしてらっしゃるのかしら? オリビアさん、窒息して真っ青ですわよ?」
ハッとしてオリビアの口──3人掛かりだった為、鼻も──を塞いでいた手を離すと、彼女はその場に崩れ落ちる。
オリビアは完全に窒息して失神していた。
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「何をしておられるのですか…?」
失神したオリビアをリビングに運び、ソファーに寝かせた時…
戻ってきたマッカーシー大司教が首を傾げながら聞く。
事の顛末をアンナが話して聞かせると、マッカーシーは目を丸くしてセリナに語り掛ける。
「セリナ様… 聖クレア王国《この国》に来られた時から思えば、随分と成長なさいましたな♪ 日々の修練もですが、特に精神面で大きく成長なさったと思いますぞ?」
思わぬマッカーシーからの褒め言葉に赤面するセリナ。
「そ… そうですかしら? まぁ、ソフィアさんの実力を知った今となっては、私が自分の実力を過信していたのが解ったと言いますか… とにかく、謙虚になる事が肝要なのだと思ったのですわ!」
照れ隠しなのか、語尾が強くなるセリナ。
が、そんなセリナをマッカーシーは優しい笑顔で見詰め、何度も頷く。
「その『謙虚になろう』と思った事が、セリナ様が大きく成長なさった証拠ですな♪ こう言っては失礼でしょうが、故郷に居られた時は、その様な考えはお持ちでなかったのでは?」
言われてセリナは更に顔を赤くする。
「…今から思えば、私は我が儘が過ぎましたわね… いえ、私だけじゃなく、私の妹達もですわね。伯爵家の娘と言うだけで、いい気になっていたのは否めませんわ。望めば何でも手に入る、自分は選ばれた人間なのだと…」
「私も小さい頃は、そんな感じだったと父上から言われた事がありますよ。私は公爵家の3女ですが、それなりに剣技に優れていた事もあって、姉達より自分の方が上だと勘違いしてたんでしょうね。結構、生意気だったそうで… 自分では、そんなつもりじゃなかったんですけどね…」
セリナの言葉にオリビアが同意し、自身の経験を語る。
オリビアの意外な告白に、セリナは思わず笑みを零す。
「オリビアさんも私みたいな時期があったんですのね? 恥ずかしながら私、今になって漸く気付きましたけど… オリビアさんは何歳頃に気付きましたの?」
「私が父上から指摘されたのは10歳頃でしたか… 剣の稽古の時、対する連中は手を抜いていたワケですよ。私が公爵令嬢だって事でね… 父上からは『体格的にも修練期間に於いても劣るお前が、本当に実力で勝ったと本気で思っているのか!?』と言われましたよ。私はムキになって『だったら全員、本気で闘う様に言って下さい! それで私が勝てば文句はないでしょう!?』って言ったんですけど…」
そこまで言って、オリビアは宙を仰いだ。
その行為だけでも、その後の結果は誰もが想像出来た。
恐らくコテンパンに叩きのめされ自信を喪失し、そこから鍛練して今の実力を身に付けたのだろうと。
なので敢えて全員が沈黙し、続くオリビアの言葉を待った。
しばらくしてオリビアは意を決したかの様に話し始める。
「結果として、まるで相手になりませんでしたね… 何故かと言えば、周りの連中が手を抜いていたのが解った時点で、私自身も手を抜いていたんですから。なので、手を抜いていた連中が本気で掛かって来たとしても、私も手抜きを止めて本気になったら結果は同じでしょう?」
話を聞いていた一同は、呆れながらも成る程と頷いた。
話を聞いたセリナは、宙を仰ぎながら考えを纏める。
「つまり、オリビアさんが公爵令嬢だって事で、稽古相手がオリビアさんに忖度して勝ちを譲っていたって事ですのね? 私にも似た様な覚えがありますけど… それって忖度されてる側としては、内容にも依りますけど頭に来ますわね。何だかバカにされてる様な気がして…」
セリナの感想を聞いたオリビアは、ガシッとセリナの手を握り締める。
そして…
「そうですよね! ふざけるなって思いますよね!? こっちは真剣にやってるんですからね!? だったら相手する側も真剣にやれって思いますよね!? 変に忖度なんかするなって話ですよね!?」
と、セリナがドン引きする程に同意を求めたのだった。
そんな2人にソフィアはニコリと笑いかけて言う。
「すいません… そんたくって、何ですか?」
その場に居た全員が崩れ落ちた…
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「忖度とは、他人の心を推し測る事。また、推し測って相手に配慮する事ですわ。ちなみに配慮とは、心を配る事、心遣いの事ですわ。ついでに言いますけど、推し測るとは『こうなんじゃないかな~』と想像する事… と言えば解りますかしら?」
何とか立ち直ったセリナがソフィアに説明し、納得したソフィアはセリナに礼を述べる。
「言葉の説明、ありがとうございます♪ 私ってば、知らない言葉が多いですからねぇ… これからもセリナさんやオーリャさんは勿論ですが、皆さんには迷惑を掛けるかと思いますけど、これからも色々と教えて下さいね?」
言ってソフィアは深々と頭を下げる。
セリナは苦笑しつつ、ソフィアの境遇に同情する。
「ソフィアさんは平民出身の上、5歳から8歳まで奴隷だったんでしょう? 知らない言葉が多いのも仕方ありませんわよ」
逆にナンシーは呆れた様に言う。
「ホント、ソフィアって知らない言葉が多いわねぇ… でもまぁ、セリナ様を初め、皆がソフィアの知らない言葉を教えてくれるみたいだから、しっかり覚えなさいよ?」
「はい♪ 私、しっかり勉強しますね♪」
と、両拳を握り締め、満面の笑顔でガッツポーズをする。
その姿を見たオリビアは…
「か… 可愛い♡」
と、真っ赤になり、自らのレズ疑惑に一層の拍車を掛けたのだった。