第7話 ソフィアはソフィア
ソフィアが聖女としての能力に目覚めるべく、輝き始めてから早くも5日が過ぎた。
だが、その輝きは一向に衰えておらず、むしろ強くなっている様にすら思えた。
「大司教様… どうなっているのですか? 確か、最長記録は3日と仰っていましたが…」
「は… はい… 確かに、そう申し上げました… 私に言えるのは… この少女の持つ聖女としての能力が、今までの記録を遥かに凌駕している可能性が高いとしか…」
フランクが聞くと、大司教は考えながら答える。
明らかに動揺している大司教を見て、フランクも動揺する。
が、それと同時に安心してもいた。
(輝きを放ってる期間が長い程、聖女としての能力が高いと言う事なのか…? ならば、記録より長く輝いているソフィアは、前例に無いぐらい高位の聖女と言う事になるが…)
考えるフランクの表情を見て、彼が何を思っているか理解した大司教がコクリと頷く。
「私もバドルス侯爵殿と同じ事を考えておりました。恐らくですが、この少女… ソフィアと言いましたかな? 歴代の聖女達を遥かに超える力を持つ、大聖女なのかも知れません…」
大聖女と聞いて、フランクは思わず身震いする。
だが、その震えが大聖女に対する緊張から来るモノなのか、喜びから来るモノなのかまでは判らなかった。
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更に10日が過ぎる頃、ようやくソフィアの身体が放つ光が弱まってきた。
「そろそろ目覚める頃かも知れませんな… 皆さん、心の準備は宜しいですか?」
大司教が言うと、メイド達の寝室に集まった面々に緊張が走る。
ソフィアの様子を見る為、大司教は毎日の様に侯爵邸を訪れていた。
何日が経過しても全く輝きが衰えないソフィアを見て、大司教は期待に胸を膨らませていたが…
侯爵邸の使用人達は、大聖女が誕生するかも知れない事態に期待すると共に、不安を感じていた。
「メイド長… ソフィアが聖女として目覚めた時、やっぱり私はソフィア様とか聖女様と呼ばなくてはいけないんでしょうね…?」
「それは当然よね… 聖女様は、国王陛下より高位の存在とされてるんだから… ただ、気になるのはソフィアの反応かしら…?」
アンナが言うと、使用人の全員が腕を組んで困惑の表情を浮かべるのだった。
それは仕方のない事である。
とにかくソフィアは気が小さい。
自身が持ち上げられる事に対して、全く免疫が無いのだ。
そんな彼女が自身の名を様付けで呼ばれたり、聖女様と呼ばれて困惑しないとは思えなかった。
そんな事を考えている内にソフィアの身体が放つ光は弱まっていき、やがて完全に無くなった。
「うぅん… んぇっ…?」
目を覚ましたソフィアの目に、ひれ伏す使用人達の姿があった。
「ななななな… なんですか、このじょーきょーは!?」
「まずは落ち着いて、私の話を聞いて下さい」
ひれ伏していた大司教が顔を上げ、ソフィアに話し始める。
「まずは自己紹介させていただきます、ソフィア様。私の名はアラン・マッカーシー、大司教を務めております」
「だだだだだ、大司教様ぁああああっ!? そそそそそ、そんな方が、ななななな、何故っ!? 何故、私を様付けでぇえええええっ!?」
予想通りのソフィアの反応に、使用人達は遮光器土偶の様な表情で…
(((やっぱり、こんな反応か…)))
と思っていた。
「落ち着いて下さい! 落ち着いて私の話を聞いて下さい!」
マッカーシー大司教は取り乱すソフィアの肩を抑える。
更に後ろからシンディがソッと抱き締める。
「ソフィア… いえ、ソフィア様… 私… 精一杯、貴女の世話役を務めますね?」
「ししししし、シンディさんっ!? なんでシンディさんまで私を様付けでっ!?」
(あ~… やっぱり、こんな反応なのね…?)
表情を引き攣らせ、斜め上を見るシンディ。
「ソフィア… いや、ソフィア様。とりあえず落ち着いて話を聞いて下さいませんか?」
フランクが手を胸に当て、恭しく頭を下げる。
「だだだだだ、旦那様っ!? ななななな、なんで私なんかに頭を下げられるんですかっ!?」
「…それは貴女様が聖女様だからです。なので、私が貴女様に頭を下げるのは当然の事でございます」
自分が聖女だと聞かされ、更に動揺するソフィア。
その様子を見た全員が…
(((これ… 落ち着かせるの、無理なんじゃね?)))
と、思うのだった。
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「さ… さすがに… もう… 飲めません… うぇっぷ…」
落ち着く為とは言え、お茶を28杯も飲まされたソフィアは苦しそうにお腹を擦っている。
「落ち着かれましたかな? それでは、私の話を聞いて下さいませ」
落ち着いたと言うより、単に苦しいだけなのでは?
と、フランクや家族、使用人達は思っていたが、口に出すと大司教の立つ瀬が無いと思い、黙っている事にした。
「まず、先程から申し上げています様に、貴女様は聖女としての力に目覚められたのです」
全く自覚の無いソフィアはキョトンとしている。
「聖女の能力に目覚めるべく、貴女様の身体は光を放ち、輝き出しました。覚えておられますかな?」
マッカーシー大司教の言葉に、ソフィアは宙を仰ぎ考える。
ソフィアが覚えているのは、メイド達の寝室にシンディとアンナに連れて来られ、震え始めた時までだった。
自身の身体が光を放った時点で、既に意識は無かった。
ソフィアはプルプルと首を振り、脅えた表情で大司教を見つめた。
「何も怖がる事はありません。聖女の力に目覚めた今、ソフィア様は無敵と言っても良い存在なのですから」
事実、聖女の力は無限大と言っても過言ではなかった。
およそ人間では考えられない身体能力と魔力を有し、物理的な攻撃や魔法を使った攻撃を難なく跳ね返す。
あらゆる魔法が使え、まさに全知全能で無敵の存在だった。
「信じられない様ですな? なら、こちらをご覧下さい。今の貴女様ならば、簡単に理解できる筈です」
言って、マッカーシー大司教が懐から一冊の小さな本を出す。
その本を読み進めるソフィア。
読み書きすら満足にできないソフィアには、本来なら内容を理解するどころか、読む事すら困難な筈の書物だった。
が、その本に書かれている内容は全てソフィアが知っている内容で、それどころか間違った記述さえ指摘したのだった。
聖女の力は、その知識レベルさえも大きく向上させていた。
「ど… どうなってるんでしょうか…? 私、読み書きは勉強し始めたばかりで、殆ど文字は読》めなかった筈なのに… 普通に読めるし、間違ってる所も解ります…」
「それが聖女の力なんですよ。身体が光を放ち、その光に包まれている間に神が武・魔・知力を与えて下さる… 我々の間では、そう考えられています。全知全能、無敵の存在。それが聖女… それが貴女様なのです、ソフィア様」
マッカーシー大司教は静かに微笑む。
だが、ソフィアは自身が聖女である事を信じられなかった。
「か… 神様…? 全知全能…? 無敵…?」
首を傾げるソフィア。
「ふむ… では、王都へ参りましょう。王都には大聖堂が在り、聖女様はそこに住まう事が慣例になっております。また、大聖堂には武力や魔力の練習ができる施設もございます。そこで魔法の一つでも放てば…」
「い… 今すぐですか!? それは困りますっ!」
慌てて大司教の言葉を遮るソフィア。
本来なら無礼な行為だが、そんな事を考えてる余裕はソフィアには無かった。
また、国王より高位の存在である聖女が大司教の言葉を遮っても、誰一人として無礼とは思わなかった。
「困ると仰られますか。理由を伺ってもよろしいですか?」
「…そもそも私は奴隷で、聖女様の雑用係として旦那様に買われた身です。その私が聖女様だとしても、旦那様から受けた恩も返さず、たった2日で旦那様から離れるなんて出来ません!」
2日と聞いて、全員がキョトンとする。
そんな中、ルイーズがポンッと手を叩き…
「あぁ、そう言う事… ソフィア様、貴女様が侯爵邸に来られ、意識を失うまでは確かに2日です。その後、今日まで15日経っていますわ?」
と、静かに微笑んだ。
「じゅっ… 15日ぃいいいいっ!?」
ソフィアは絶叫し…
「ごごごごご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! そんなに寝ていたなんて知らなくてっ! 赦して下さいっ!」
涙をダバダバ流しながら、全員に向かって全力で土下座した。
その様子を見て、全員が…
(((聖女に目覚めてもソフィアはソフィアか…)))
と、妙に納得したのだった。




