第73話 ソフィアの告白 ~前編~
聖光矢雨を習得する事は諦めたセリナだったが、代わりに魔法の精度と威力を上げる事に集中し始めた。
更に使える回数を増やす為、今までより少ない魔力で同様の破壊力を得る訓練を自らに課した。
「火球! ……………ヒビしか入らない……… まだまだですわね……… 半分の魔力で砕くには、もっと爆発力を高めなくては…!」
その様子を見ていたオリビアは、感心した様にマッカーシー大司教に話し掛ける。
「聖クレア王国に来た時とは別人の様ですね。ソフィア様に触発されたって感じでしょうか?」
マッカーシー大司教は、額に汗を滲ませながら訓練するセリナを微笑ましく思い、オリビアの意見に頷きながら答える。
「使う魔法の威力はそのままに、使う魔力を減らす考えは間違っておりませんし、むしろ素晴らしい考えと言えましょう。ソフィア様に触発されたかどうかは判然としませんが、そうであろうと無かろうと、驕りを捨てて自らを研鑽する事は素晴らしいと言えましょう」
マッカーシー大司教の言葉に、それまでセリナに良い感情を抱いていなかったメイド達も納得して頷いていた。
「ところで… ソフィア様の姿が見えませんが、どうなされたのですかな?」
キョロキョロと修練場内を見渡しながら大司教が聞くと、オリビアが疲れた表情で答える。
「ソフィア様は、アンナ殿から説教を…」
「説教ですと? それはまた何故…?」
目を丸くするマッカーシー大司教に、オリビアは呆れた様に話し出す。
「ソフィア様が、しょっちゅう食堂のテーブルを拭いたり食器を片付けたりしてアンナ殿から説教されているのはご存知でしょう?」
マッカーシー大司教は頷く。
「今回、アンナ殿の目を誤魔化そうとしたのかは判りませんが、ソフィア様はトイレ掃除をしていたらしく…」
マッカーシー大司教の目が、文字通り点になる。
「たまたま用を足しに行ったアンナ殿に見付かり…」
そこまで言ったオリビアは、マッカーシー大司教と目を合わせると…
2人同時に大きく溜め息を吐いたのだった。
「まぁ、ソフィアらしいっちゃ~ソフィアらしいんだけどね…」
そんな2人を横目で見ながら、呆れた様に呟くナンシーだった。
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「また怒られてしまいました…」
自室のベッドに突っ伏し、しょんぼりと話すソフィア。
「だから、止めておいた方が良いって言ったじゃないですか…」
ベッドの側の椅子に凭れたシンディが、疲れ切った様子でソフィアに語り掛ける。
彼女もまた、ソフィアのトイレ掃除を止め切れなかった事を咎められ、一緒に説教を食らっていた。
「アンナさんの説教って、長いんですよねぇ…」
「ですよねぇ…」
すると、ナンシーとオリビアが部屋に入って来るなり呆れた様に言う。
「ソフィアが何度もアンナさんから怒られてるのに、同じ様な事を繰り返すからよ… 食器を片付ける、テーブルを拭く、廊下を掃除する… まだ奴隷だった頃の習慣、治らないの…?」
「奴隷根性とでも言うんでしょうか? 染み付いてしまっているのは理解りますが… ソフィア様が奴隷の身分から解放されて、もう半年になります。こんな事を私が言うのは憚られますが、そろそろ奴隷時代の事は忘れられてはと思うのですが…」
2人に言われ、ソフィアは考える。
(奴隷だった頃の習慣… 奴隷根性… 染み付いてる… う~ん、否定出来ませんねぇ… でも…)
「正直、何とも言えません… 身体が勝手に動くと言うか… テーブルを見ると拭きたくなりますし、食後の食器を見ると片付けたくなりますし、廊下が少しでも汚れていると掃除したくなるんですよねぇ… 今日のトイレ掃除も、以前からやりたくて仕方無かったんです… 床とか結構、汚れてましたから…」
ソフィアの言葉を聞き、オリビア、シンディ、ナンシーは顔を見合せ…
「これって… 奴隷根性云々以前の問題じゃないか…?」
「ソフィア様、もしかしたら潔癖症なのかも知れませんね…?」
「テーブルを拭く、廊下やトイレを掃除するのはともかくとして、潔癖症と食器の片付けは違うんじゃない? やっぱり奴隷時代の習慣が抜けてないのが一番の問題だと思うわよ?」
ナンシーの意見に、オリビアとシンディは…
「「確かに…」」
と、納得したのだった。
と同時に、このままだとソフィアが奴隷の身分だった事が周囲にバレるかも知れないとの危機感を抱いた。
王宮のメイド達は、元が平民なので悪感情は抱かないだろうが、貴族達や大臣達は、その限りではない。
歴代の聖女を圧倒する能力を持ったソフィアに対してでも、元が奴隷だったと知れば、平気で彼女をぞんざいに扱わないとも限らないのである。
また、ソフィアは自身の事に対して無頓着である。
放っておけば、平気で自身が奴隷であった事を喋ってしまいそうになる。
天然と言っても良い程であった。
そんな懸念をシンディが述べると、ナンシーが呆れた様に言い放つ。
「そんな事でソフィアを見下す連中なんて、所詮その程度って事でしょ? それこそ、自分自身を『人を表面上でしか見る事の出来ない愚か者です』って宣言してる様なモンじゃない。真に人を見る目があるなら、身分なんて表面上の肩書きなんか目もくれないわよ。少なくとも私はソフィアの中身… ソフィアの『他人の為に尽くそう』って思いや、聖女としての才能に注目してるんだけどね」
ナンシーの意見に、オリビアは大きく頷く。
「確かに、ナンシーの言う通りだな。しかし、シンディの懸念も尤もだ。ソフィア様が奴隷の身分であった事は、今後も秘密にしておくべきだろう」
その場に居た全員がソフィアに注目し、頷いた。
ソフィア自身はキョトンとしていたが…
(奴隷だった事は絶対に言うなって事ですね… そう言えば、バドルス侯爵様にも言われましたっけ… すっかり忘れていました…)
と、バドルス侯爵から『何を言っても構わないが、奴隷だった事だけは言わない様に』と言われていた事を思い出したのだった。
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「なんでそんな肝心な事を忘れてんのよ…」
ソフィアがバドルス侯爵に言われていた事をナンシーに話した反応であった。
「毎日の勉強で忙しくて、うっかり忘れてました…」
と、ソフィアは自身の勉強の為にと机に並べられた本を見ながら溜め息交じりに言う。
「まぁ、これだけの勉強量だから、他の事を忘れるのも無理は無いかもだけど…………… って、これって全部一般常識の本!? 魔王に関する本とか魔法に関する本とか、何も無いじゃない!?」
机に並べられた本のタイトルを見て、驚くナンシー。
ソフィアは気恥ずかしそうに頬を掻きつつ話し出す。
「あはは… 私、例の戦争が始まった時、まだ3歳だったんですよねぇ…」
「私は7歳だったわね… で? この一般常識の本と戦争に何の関係があるワケ?」
ソフィアは続ける。
「私が住んでいた村は、ランドール王国との国境から近かったらしいんです…」
「らしいって… まぁ、3歳だったらその程度の認識よね…」
ソフィアはコクリと頷き、更に続ける。
「そんな場所だったからでしょうね… お父さんもお母さんも、私に構うヒマなんて無かったんだと思います… それに、戦争が始まって少ししたら、家に兵隊さんが来て…」
「もしかして、お父さんを連れてったとか…?」
ソフィアは頷き、話を続ける。
「すぐに生活は苦しくなったみたいです… 毎朝食べていたべえこんえっぐは週に一度になりましたし、食事の量も減りました…」
「お父さんが兵隊に取られて、収入が減ったって事ね…?」
「はい… お母さんに聞いた話だと、お父さんは村の小さな工場で働いてたそうなんですが… お父さん以外にも多くの男の人が兵隊になったそうで、村には女の人と老人子供しか残らなかったそうです… 当然、工場は閉鎖… お父さんの兵隊としての給金は届けられたそうですが、工場で働いていた時の給金に比べると半分も無かったって、お母さんが言ってましたね…」
ナンシーの表情が曇る。
「普通に働いて得る給金より、命の危険がある兵隊の給金の方が安いなんて… 終わってるわね…」
ソフィアは小さく首を振った。




