第70話 呆然
セリナにとって、ほろ苦い聖女デビュー戦が終わり、とりあえず大聖堂の聖女邸へと向かう事にした。
セリナは自国から直接王宮の聖女邸に入った為、大聖堂も大聖堂の聖女邸も見ていなかった。
また、ソフィアは自分の所に来てくれたが、自分がソフィアの所に行ってない事を気にしてたのも理由であった。
性格上、気にしてるとは言わなかったが…
討伐隊はギルド前に戻ったところで解散。
ソフィア達3人は、大聖堂までの道程をノンビリ歩きながら話し始める。
「セリナさんが大聖堂の聖女邸に来てくれるなんて嬉しいです♪ 泊まってくれるんですか? って言うか、泊まってってくれませんか?」
「そう… ですわね… どうしてもと言うなら、泊まって差し上げても宜しくてよ…?」
嬉しそうに話すソフィアとは対照的に、セリナは上から物を言う姿勢を崩そうとはしなかったが…
若干ではあるものの目は泳ぎ、僅かばかり頬を染めていた。
そんなセリナを見て、オリビアは彼女にソッと耳打ちする。
「セリナ様… ソフィア様は人の僅かな表情の変化を敏感に見極め、何を考えてるのか読まれます… 私ですら貴女様の表情の変化から、貴女様が何を思ってらっしゃるのか何となくは… ですのでソフィア様なら、より詳しく貴女様が何を思ってらっしゃるのかは…」
オリビアの言葉を聞き、セリナは顔色を変える。
「オ… オリビアさん…? それって本当ですの…? だとしたら…」
言って、チラリとソフィアを見る。
するとソフィアはニッコリと微笑みながら…
「セリナさん、大聖堂と大聖堂の聖女邸を見るのが楽しみなんですね? あ、その表情だと、泊まるのも楽しみみたいですねぇ♪ ちなみにですが、邸は王宮の聖女邸より少し小さいんですけど、お風呂は広いんですよ? また一緒に入りましょうか? お互いを洗いっこするのも、セリナさんが考えてるみたいに楽しそうですよねぇ♡」
「なっ… なんでそこまで考えが読めるんですのっ!?」
考えを読まれたセリナは顔を赤らめ、更に声を上擦らせる。
「なんでって…」
「ソフィア様は観察眼が鋭いんです。私は無表情と言って良い程に表情の変化に乏しかったのですが… しょっちゅうソフィア様に僅かな表情の変化を読まれ、何を考えてるのか言い当てられました。以来、徐々にですが無表情で居る事が減りましたね…」
またソフィアが余計な事──自身が元・奴隷であった事──を言いそうになる前に、オリビアが話に割って入る。
「僅かな変化って… どの程度ですの…?」
訝しげに聞くセリナに、オリビアは嘆息しながら答える。
「はぁ… 信じられないかも知れませんが、眉が1㎜寄ったとか上下したとか、口角が1㎜上下したとかで読まれるんですよ… それも、至近距離ならまだしも、数m以上離れてる状態で、です…」
「鋭いなんてモンじゃありませんわよ…」
驚きを通り越し、呆れるセリナだった。
────────────────
大聖堂の聖女邸に着くと、大勢の執事やメイドが一行を出迎える。
「ソフィア様、オリビア様、お帰りなさいませ。セリナ様、ようこそ大聖堂へお越し下さいました。あと1時間程で夕食の支度が調います。それまで応接室でお茶でも飲みながら歓談でも如何ですかな?」
先に大聖堂へと戻っていたマッカーシー大司教が、にこやかに話しながら聖女邸から出てくる。
大司教に促されるままソフィア、セリナ、オリビアは応接室へと入ると…
そこで待っていた国王と王妃が立ち上がり、恭しく礼をする。
「この度はお疲れ様でしたな、ソフィア様、セリナ様。それにオリビアも。特にセリナ様は初めての魔獣相手の戦闘と言う事で、さぞかし疲れた事でしょう。ささ、甘い菓子でも摘まんで疲れを癒して下され」
「疲れを取って頂こうと、お茶も甘めにしてありますわ♪ ソフィア様、セリナ様♪ どうぞ、お座りになって下さいまし♪」
にこやかに話し掛けるエドワードとタチアナに、オリビアは若干引き気味で苦笑する。
「陛下に王妃様… お2人が魔獣を退治した事で喜ばしいのは理解しますが… 少しはしゃぎ過ぎなのではありませんか…?」
オリビアが言うと、国王は相好を崩しながら答える。
「それはそうじゃろう。お主は懸命に戦っておっただろうから知らんじゃろうが、今回倒した魔獣は500体を超えておったそうじゃぞ? はしゃいでも不思議はあるまい♪」
「そうですよ? それだけの魔獣を1人の犠牲者も出さずに退治出来たんですから、嬉しくて嬉しくて♪」
オリビアは犠牲者が1人も出なかった事は知っていたが、さすがに魔獣が500体を超えていた事は知らなかったので驚いた。
セリナも驚き、オリビアに言う。
「そ… そんなに居たんですのね…? あ、でもオリビアさん…? ダルマス辺境伯領には、その内の3割程が流れたんですのよね? ソフィアさん、ほーりー・らいと・あろーずって魔法で10匹程度まで減らしたって言ってましたわよ…? オマケに私達が対峙していた魔獣も、半分はソフィアさんが倒してましたわよ? と言う事は…」
セリナの言葉を聞き、オリビアは慌てて計算する。
そして…
「全体の半分以上の魔獣をソフィア様1人で倒した事になります… 知性の無い魔獣が相手とは言え、500以上の魔獣の半分以上とは…」
と、驚愕の表情を浮かべる。
それはセリナも同じだった。
だが…
「オリビア様、計算が大雑把過ぎます。ソフィア様が倒された魔獣の数… 全体を500として、ダルマス辺境伯領に流れた全て… と言って良いでしょうが、それは全体の3割なので150ぐらいでしょう。そして残り7割の半数を倒したと言う事は、単純計算で6割5分… およそ350もの魔獣を倒した計算になります」
アンナが冷静に計算して訂正する。
実際にはもう少し少なくなるのだが…
と言うのも、セリナや討伐隊の活躍で、ある程度は魔獣の数は減っていたのだから。
それでも全体の半数はソフィアが倒したと言っても過言ではなかったので、そこはスルーしたのだった。
「はぁ… ソフィアさんの魔法… 威力と言うか何と言うか… 何度も言いましたけど、規格外なんですのよ… 私の知らない魔法も多いみたいですし、知ってる魔法でも…」
威力が違い過ぎる…
そう言いたかったのだが、言う事が悔しいと思って言わなかった。
勿論、国王や王妃は何となく察していたし、オリビアですらセリナの表情から彼女が何を思っているのかを理解していた。
だが…
「セリナさん、そんなに気にしないで下さい。私、自覚が無いんで自分の魔法の実力、どの程度なのか解らないんですよねぇ… だから、セリナさんが私の事を規格外って思うのも、まるで解らないんです。なので、何も気にする事は無いと思います… って、何を言ってるんでしょうね、私…」
ソフィアは話しながらも、自分が何を言ってるのか理解していなかった。
単に頭の中に浮かんだ事を喋っているのだから無理もない。
が、セリナには何かが伝わった様で、それまでとは目の色が変わっていたのだった。
置いてきぼりになった形のオリビア、アンナ…
そして国王と王妃は、互いに顔を見合せて呆然としていたのだった。




