第68話 セリナの聖女デビュー戦 ~前編~
食堂のドアが勢いよく開かれ、1人の兵士が入ってくる。
「ご歓談中、失礼します! 北のベルハルト王国との国境に在る森にて、多数の魔獣が確認されたとの事です! 近くには聖クレア王国のラファネル辺境伯領、ベルハルト王国のダルマス辺境伯領が在るのですが、どちらの街にも魔獣が接近しており、臨戦態勢を整えているそうです! 聖女様の救援をお願い申し上げます!」
真っ先に反応したのはオリビアだった。
椅子を倒して立ち上がり、アンナに指示を出す。
「アンナ殿! すぐにハンターギルドと冒険者ギルドに連絡! ワイバーンとグリフォンの飼育員にもだ! …って、ソフィア様!?」
振り返ったオリビアが見たのは、アンナに鼻と口を押さえられて窒息・失神し、時折ビクンビクンと痙攣しているソフィアだった。
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ラファネル辺境伯領、ダルマス辺境伯領共に、防衛戦は苛烈を極めていた。
どちらも街の門は固く閉ざされ、魔獣の侵入を防ぐべく兵士達が必死の形相で魔獣達と戦っている。
そして、ここダルマス辺境伯領では…
「聖女様はまだか… このままじゃ、押し切られるぞ…」
望楼──物見櫓──で指揮官を務めるダルマス辺境伯が呟く。
「2時間程前に聖クレア王国の王都、クラニールへ使いがワイバーンで向かいました。早ければ、今頃こちらに向けて出発してる頃でしょうが… こちらへ向かう準備も必要でしたでしょうから… どれだけ急いだとしても、後1時間は掛かるかと…」
ダルマス辺境伯の隣で戦況を見ていた隊長格の男が答える。
「確か… 森の向こうに在る、聖クレア王国のラファネル辺境伯領にも魔獣が押し寄せているのだったな? ならば、こちらに聖女様が来られるのは、そちらが片付いてからと考えるべきか… 魔獣が街へ侵入するのを防ぐのは、厳しいかも知れんな…」
半ば諦めた様に天を仰ぐダルマス辺境伯。
すると、その目に眩い光が映ったかと思いきや、数多の光の矢が魔獣達に降り注いだ。
光の雨に蹂躙される魔獣達
そうとしか表現の仕様がない様子に、ダルマス辺境伯も隊長格の男も唖然とするばかりだった。
目を丸くし、魚の様に口をパクパクさせる彼等の前に、1人の少女が舞い降りる。
「ふぅ… 間に合いましたか? 怪我してる人は居ませんか?」
その少女は額の汗を拭いながら望楼に降り立つと、先程まで魔獣との死闘が繰り広げられていた戦場を見渡しながら尋ねる。
「あ… あぁ… どうやら間に合った様だな… ここから見る限りでは、もう魔獣は10匹ぐらいしか居ない様だ… それなりに怪我人は居るだろうが… ところで君は…?」
同じく戦場を見渡しながら、ダルマス辺境伯が少女に聞く。
「あ、私は聖クレア王国から来ました、ソフィアと言います。この街が魔獣に襲われてるって聞きまして…」
「聖クレア王国のソフィア…? そ… それでは… 貴女は… せ、聖女様!?」
ダルマス辺境伯は、聖女の名がソフィアである事は知っていた。
が、こんな年端のいかない少女であるとは知らなかったので、驚きを通り越して呆けていた。
だが、いつまでも呆けてはいられない。
気を取り直して質問する。
「我が領地を救ってくれた事には感謝します。ですが、ラファネル辺境伯領はどうなっているのですか? あちらにも魔獣が押し寄せていると聞き及んでおりますが…?」
「あぁ、そっちにはオーリャさんとセリナさんが… あ、オーリャさんってのはオリビア・フォン・マクレールって公爵令嬢の事で、私の護衛剣士なんです。オーリャって呼び捨ててくれって言われたんですけど… 私、人様を呼び捨てるのって苦手なんですよねぇ… って、そんな話は関係ありませんよね。で、セリナさんってのはグレッディ王国出身の聖女です。私以外にも聖女が居たなんて驚きですよねぇ♪」
説明になっているのかいないのか、微妙なソフィアの話に困惑しながらも頷くしかないダルマス辺境伯と隊長格の男だった。
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時を遡る事、1時間前…
オリビアは慌ててアンナの手をソフィアから引き剥がす。
「ア… アンナ殿! ソフィア様が白眼を剥いてるじゃないか! ソフィア様、しっかり! 生きてますか!?」
オリビアがソフィアの身体を揺さぶると、ソフィアは何事も無かったかの様に目を覚ます。
「あれっ…? オーリャさん…? もう朝ですか…?」
「何を言ってるんですか、ソフィア様… 貴女はアンナ殿に鼻と口を押さえられて窒息、失神してたんですよ…」
言われてソフィアは考え…
「あぁ、そう言えば急に息が出来なくなって… 少しもがいたのは覚えてるんですけど… 気付いたらオーリャさんの顔が目の前にあったんですよねぇ」
あっけらかんと答え、周囲を呆れさせた。
そんな空気を変えたのは、伝令として駆け込んできた兵士の一言だった。
「あの~… 救援の話なんですが…」
「そ、そうだった! アンナ殿! …って、あれっ?」
オリビアが我に返り、慌ててアンナに指示の続きを言おうとするが、彼女の姿は何処にも無かった。
キョロキョロするオリビアに、メイド達全員がドアを指差し…
「「ダッシュで(食堂の)外に行きました」わよ」
ナンシーとセリナがハモって答えた。
「アンナ殿、逃げたな…? まぁ良い… ソフィア様、セリナ様、私達もギルドへ向かいましょう。ラファネル辺境伯領とダルマス辺境伯領を救わねばなりません!」
「分かりましたわ! 私の聖女としてのデビュー戦ですわね? 魔獣なんて、軽く蹴散らしてご覧にいれますわ!」
オリビアの檄に応えるセリナ。
ソフィアは首を傾げ…
「へんきょうはくって、何ですか…?」
周囲を脱力させたのだった。
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ギルドへと向かう馬車の中で事態の説明を受け、ついでに『辺境伯』の意味も教えて貰ったソフィア。
少し考えてから、自身の意見を述べる。
「私がダルマス辺境伯領へ飛んで行きます。オーリャさんとセリナさんは、ラファネル辺境伯領へ向かって下さい。それが一番早く両方の街を助ける方法だと思いますから」
ソフィアの案に、オリビアが自身の意見を述べる。
「私はソフィア様の護衛剣士です。なのでソフィア様に同行します。ラファネル辺境伯領はセリナ様、近衛兵、義勇兵に任せても大丈夫かと」
オリビアが言うと、ソフィアは…
「まぁ、良いですけど… 付いて来れなかったら、オーリャさんはセリナさん達とラファネル辺境伯領を助けてあげて下さいね?」
ソフィアの言葉の意味が解らないまま、オリビアは頷く。
が、すぐにオリビアは理解する事になる。
ソフィア達がギルドに到着すると、既に出発する準備は調えられていた。
ソフィアはアンナに自身がダルマス辺境伯領へ向かう事を伝えると、地図で場所を確認。
ワイバーンやグリフォンに分乗したオリビア達と共に、ソフィア自身も空中浮遊に高速飛行の魔法を併用し、北へと飛び出した。
ここで、オリビアは先程のソフィアの言葉の意味を理解する事になった。
一瞬にして、ソフィアの姿が見えなくなったのだ。
自身の乗るワイバーンが全速力で飛ぶ様に操るものの、全くソフィアに追い付けないでいた。
「は… 早過ぎる! こんな高速飛行、いつの間に習得したんだ…?」
「はぁ… ホント、ソフィアさんって何から何まで規格外ですわね… 『オリビアさん、私達はソフィアさんの言う通り、ラファネル辺境伯領へ向かいますわよ!』」
意外に平気でワイバーンを乗りこなしながら、オリビアに拡声魔法で話し掛けるセリナ。
『了解しました… ワイバーン隊、グリフォン隊、ダルマス辺境伯領はソフィア様に任せ、我々はラファネル辺境伯領へ向かうぞ! 急げ!』
「「「「「はっ!」」」」」
同じく拡声魔法で後続に指示を出すオリビア。
その後、前述の通りソフィアはダルマス辺境伯領を救ったのだが…
その同時刻、ラファネル辺境伯領ではセリナやオリビア達が激闘を繰り広げていた。




