第61話 実は息ピッタリのオリビアとナンシー?
「おはよぉ…」
「おはようございます… って、ナンシーさん、どうしたんですか?」
目の下に隈を作ったナンシーが食堂に入ってくるが、その足元は覚束ずフラフラしている。
驚いたソフィアは、思わず手を止める。
「どうしたって… 昨夜の事、覚えてないの…?」
ナンシーが力無く答えると、ソフィアは宙を仰いで考える。
そして思い出す。
「あぁ… アンナさんとシンディさんに、連れて行かれたんでしたね? 確か、私の身代わりになるとか…」
「そうよ… ついさっきまでソフィアの話し方とか歩き方、貴族を前にした時の仕草に土下座まで… 散々練習させられたわよ…」
話を聞いたソフィアは、苦笑しながら質問する。
「えぇと… 私、そんなに特殊な動きや言葉遣い、してましたっけ…?」
自覚の無いソフィアに思わず溜め息を吐き、ナンシーは話し始める。
「はぁ… まぁ、誰でも自分の事は客観的に見れないもんね… まず歩き方だけど、スタスタ歩かずチョコチョコ歩けって言われたわ… 話し方は、とにかく敬語を徹底する。貴族を前にしたらオドオド、ソワソワ。だけど見た目は可愛らしく見える様に、かつ、ワザとらしく見えない様に。粗相をしたり注意されたら、即行で土下座して謝りまくる… それをアンナさんとシンディから徹底的に叩き込まれたわよ… って、何してんの…?」
ナンシーは、いつの間にか自分に向かって土下座するソフィアを見下ろしながら聞く。
と同時に、これが2人の言っていた〝即行の土下座〟だと認識した。
「ごめんなさい! ごめんなさい! それって、徹夜して覚えたって事ですよね!? ナンシーさんが、私なんかの身代わりに抜擢されちゃったからですよね!? ごめんなさぁあああああいっ!」
話には聞いていたものの、実際にソフィアの全力土下座を見た事の無かったナンシー。
困惑し、思わず慰めてしまう。
と同時にオリビアがソフィアに対し、異常とも思える執着心…
と言うか保護欲(?)を掻き立てられる理由を理解した様に思えた。
「ソフィア… 私に土下座なんかしないでよ。今はともかく、私達は同じ奴隷仲間だったじゃない。もっと普通に接してよ」
「ナンシーさぁ~ん…」
優しく語り掛けるナンシーを見上げるソフィア。
その目からは、ダバダバ涙が流れていた。
それを見たナンシーは、思わずソフィアの肩を掴む。
「ソフィア、教えて! どうしたらそんなに涙が流れるの!? あんたの身代わりを務めるなら、すぐ涙をダバダバ流して泣ける様にしなきゃ!」
言われてソフィアは困惑する。
「へっ…? 涙ですか…? そう言われましても、出そうと思って出してるワケじゃないんで…」
「それって、勝手に出てくるって事? だったら私には無理よ… あんたの身代わりって、難し過ぎじゃない…」
すると、アンナとシンディが食堂に入ってくる。
アンナはシャキッと、シンディは眠そうに目を擦りながら…
「あっ、アンナさん、シンディさん、おはようござい… ま… す…」
ソフィアが挨拶するが、2人は挨拶を返さずジト目でソフィアを見詰める。
そして…
「ソフィア様… 後ろ手に隠した物は何ですか? もしやと思いますが、またテーブルを拭いていらっしゃったのではありませんか?」
「まぁ、ソフィア様ですからねぇ…」
と、呆れた様に話す。
するとナンシーは、ソフィアが背後に隠した物をサッと取り上げる。
「これって布巾よね? て~事は、私が来るまでテーブルを拭いてたって事? 相変わらずねぇ…」
「あはは… もうクセになってますからねぇ…」
呆れながら話すナンシーに、苦笑しながら返すソフィアだったが…
「ソフィア様… 少ぉ~し、お話… 宜しいですか…?」
「は… はぃい~…」
以前、アンナはソフィアに言い負かされ、それ以来ソフィアがテーブルを拭くのを黙認していた。
が、やはりテーブルを拭くのは聖女のする事ではないと思い直し、止めさせる決心をしていた。
そしてソフィアは朝食を食べる事も出来ず、昼食時までアンナに説教されたのだった。
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「ふぁあ~… よく寝た~… ほんの数時間でも、寝るとスッキリするわね♪」
朝食を摂った後、ナンシーは修練場で〝ソフィアの身代わり〟を務めるべく、昼食までの時間を眠って過ごした。
多少の眠気は残っているが、僅かでも睡眠が取れて回復した様だった。
しかし、ソフィアを説教していたアンナは…
「…さぁ、そろそろ昼食に致しましょう。午後からは修練場にて聖女セリナとの魔法対決との事ですが、ソフィア様にはメイド服で向かって頂きます。私は給仕の当番ですので、お先に食堂へ行かせて頂きます。では」
と、徹夜明けにも拘わらず、それを全く感じさせない動きで去っていった。
「アンナさん、元気ですねぇ… 徹夜明けだったんじゃありませんでしたか…?」
アンナの説教で疲れ果てたソフィアが傍らに居るシンディに話し掛ける。
「まぁ、アンナさんは大人ですから… それに、旦那様… バドルス侯爵様の邸宅でも月に何回かは徹夜で仕事してましたから、慣れてるんでしょうねぇ…」
と、今にも眠気で倒れそうになりながらも、ソフィアの質問に答えるのだった。
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昼食を終えたソフィア達は、馬車に分乗して修練場へと向かう。
ナンシーはオリビアと共に聖女専用馬車に乗り込むが、あまりに豪奢な造りに思わず尻込みしてしまう。
が、それはソフィアも同じだったので、御者が訝しがる事はなかった。
馬車が走り始めると、オリビアはナンシーに小声で話し掛ける。
「ナンシー、なかなかソフィア様に似てるじゃないか。アンナ殿に施して貰った化粧とウィッグのお陰でもあるんだろうが… それならソフィア様と面識のある貴族達も、パッと見で別人とは判らないだろうな♪」
「そ… そうですか…? まぁ、それは良いんですけど… よくよく考えてみたら、私がソフィアの身代わりになる必要ってあるんですか? なんか、無意味な気がするんですけど…?」
ナンシーの疑問も当然と言えた。
そもそもの目的は、ソフィアに護衛が付いている事に対する聖女セリナの反応を見る事だった筈なのだ。
それが、いつの間にか自分がソフィアの身代わりとなり、ソフィアに変装…
だけでなく、ソフィアの立ち居振舞いまで一夜漬けで練習する羽目になっていた。
いや、正確にはマッカーシー大司教に触発されたオリビアが、身代わりにはナンシーが適任と提案した事なのだが…
「ナンシー、お前の言い分は解る。実を言うと、私も無意味だと思っているんだ…」
「だったら…!」
抗議しようと身を乗り出したナンシーを制し、オリビアは話を続ける。
「ソフィア様の身代わり… と言うか、ソフィア様に成り代わる人物としてナンシーを推薦したのは確かに私だ。それは認める。だが、そもそもの発端となる他の誰かにソフィア様のフリをさせてみるって提案をしたのはマッカーシー大司教だ。彼には何か考え… と言うか、聖女セリナに対して含む所があるみたいだしな… まぁ、傲慢な女の鼻っ柱をへし折ってやりたい… 一泡吹かせてやりたいって思うのは、ナンシーも同じだろ?」
オリビアの話を聞き、ナンシーはほくそ笑む。
(ソフィアのあっけらかんとした反応で聖女セリナがイラつくのを見るのも面白いけど、私が強気で言い返してやって反応を見るのも面白いかもね…? その上で全てをバラし、更にソフィアの魔法の実力を知った聖女セリナの反応を見たら… 笑いが止まらないかも…♪)
ナンシーはオリビアと共に、修練場に着くまでクスクスと笑い合ったのだった。




