第57話 ある意味、間一髪だったナンシー
ガディッツとセリナが食堂に行くと、そこには数十人分の食事が用意されていた。
「お父様、この数は…?」
「ここは王宮の隣でもあるし… もしかすると聖クレア国王や、その家族の分かも知れんな。我々と食事を共にし、親睦を深めようとしておられるのやも知れんが… それにしては数が多いな。もしや、聖クレア王国の貴族達も同席するとか…?」
ガディッツの言葉にセリナは満足気に頷き…
「当然ですわね。なにしろ私は歴代最高の…」
そこまで言って、先程のマッカーシー大司教の言葉を思い出す。
「最高… の筈ですわよね、お父様? 私は7日間も光り輝いてたんですもの」
「うむ… しかし、聖クレア王国の大司教が言っておったな…? ソフィアとか言う人物は、15日間も光り輝いていたとか… それが本当ならば、歴代最高の聖女はセリナではなくソフィアと言う人物…?」
ガディッツは腕を組んで考える。
しばらく考えた彼は、自分なりの回答を導き出す。
15日間も光り輝いて聖女に目覚めた者が居たのなら、小国とは言えグレッディ王国に報せが来ないとは思えない。
ならば、先程の大司教の言葉は、歴代最高の聖女として傲慢、高慢にならない様にとの戒めではないか?
グレッディ王国では、我が娘の誰もが我が儘に育っているとの悪評が広まっている事を知っている。
もしかしたら、その悪評が聖クレア王国にまで広まっているのではないか?
聖女として、人々から愛される人物に成れと、言外に忠告…
いや、警告したのではないか?
身に覚え(?)があり過ぎるガディッツは青褪め、セリナに言う。
「マッカーシー大司教だったか? 彼の言葉を真に受ける必要は無いと思うが… お前が歴代最高の聖女だとしても、それに傲るなとの注意ではないか? 傲って反感を買うと、歴代最高の聖女と言えど孤立してしまう。孤立してしまっては、歴代最高の聖女だとしても充分に能力を発揮するのは困難であろう?」
ガディッツに言われたセリナは納得した様に頷く。
しかし…
「それにしてもマッカーシー大司教でした? 彼の者の言い方は、聖女である私に対して無礼ですわ! まるで私の能力が、ソフィアとか言う者の足元にも及ばないみたいではありませんか!」
実を言うとガディッツは、そこが気になっていた。
単なる注意にしては、具体的に過ぎたのだ。
ソフィアと言う個人名もだし、15日間と言う日数もである。
戒めとしての喩え話なら、そこまで具体的な個人名や日数は不要だった筈だ。
にも関わらず、具体的な個人名や日数を出してきた。
「さすがに足元にも及ばないとまでは言っておらなんだが…」
「比べるまでもないとは言っておりましたわよ? それって、足元にも及ばないと言ったも同然だと思いますわ!」
すると、厨房からゾロゾロと10歳前後の若いメイド達が食堂に入ってくる。
その中から1人、20代半ばと思しきメイドが歩み寄る。
「失礼致します。新たに聖女と成られましたセリナ・フォン・ランドール様と、お父君のガディッツ・フォン・ランドール様でしょうか?」
ガディッツは頷き、逆に聞く。
「そうだが、其方は…?」
「この度、王宮の聖女邸のメイド長に就任しましたジルと申します。王宮よりの指示で、セリナ様にはここ… 王宮の聖女邸に住んで頂く事になりました。以後、宜しくお願い申し上げます」
言って深々とお辞儀するジル。
「あ… あぁ、こちらこそ… ところで、この食事の数は…?」
ズラリと並んだ数十人分の食事を見て、ガディッツがジルに聞く。
「こちらはセリナ様とガディッツ様、そしてメイド達の食事になります。ソフィア様が聖女として王都に来られてから、メイド達と一緒に食事を摂られる事が─」
「どう言う事ですの!? メイドって平民なんでしょ!? 伯爵家の娘であり聖女でもある私に、平民と同じテーブルで食事を摂れと!? 王侯貴族とならともかく、平民と一緒なんて冗談じゃありませんわ!」
激昂するセリナを冷めた眼で見るジル。
そしてメイド達の方に向き直って指示を出す。
「聞いての通りです! 本日食堂で食事を摂る予定だった者は、各々自分の食事を持ってメイド部屋に行きなさい! 他の者は残り、聖女様とガディッツ様の給仕を務めなさい!」
言うだけ言うとジルも自分の食事を持ち、メイド達と共に食堂を出ていこうとする。
そしてドアの前で振り返って一礼すると、給仕のメイドが開けたドアから出ていった。
「なぁ、セリナ… あの者、ジルと言ったか…? 彼奴、最初からこうなる事を予想しておったのではないか…?」
「お父様、どう言う事ですの?」
ガディッツは、残された自分達の食事を指差す。
「見てみなさい。私達の食事は直接テーブルに置かれておる。が、メイド達が持っていった食事… 何故かトレイに乗っておった… 持ち運ぶ事を前提としておらねば、その様な事はしないだろう?」
「それは… そうですけど… それにしても、大司教やメイド長の言うソフィアとか言う者… 一体何者なんですの!? 聖女と言えば、国王より身分が上とされてますのよ!? あの者の言い分からすれば、その聖女が平民であるメイド達とテーブルを共にしてるって事ですわよね!? その様な事、聖女としての身分を地に貶める愚行ではありません事!?」
セリナは更に激昂し、そんな彼女を宥めながら食事を摂るガディッツ。
(はぁ… 聖女としての能力に目覚める前も我が儘だったが、目覚めてからは更に我が儘に拍車が掛かったみたいだな… こんな事で、本当に聖女としての務めが果たせるんだろうか…?)
そんな事を考えながら、ガディッツは食事の味を楽しむ事も無く、ひたすら続くセリナの愚痴を聞きながら胃に詰め込むだけだった。
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「…と、自らの能力に傲っている様で、ソフィア様とは真逆の聖女様って感じらしい。ま、私達には関係無いけどな。とりあえず、少しでも傲慢なのを抑制する為かどうかは知らないけど、王宮の聖女邸は新たな聖女に住まわせるみたいだな。で、大聖堂の聖女邸はソフィア様がって事らしい。王宮の聖女邸のメイド達には気の毒だが…」
言って肩を竦めるオリビア。
「それは… 確かに気の毒ですね… ですが、他人事とは思えません。ソフィア様が聖女の能力に目覚めるのが4ヶ月も遅ければ、私達がセリナ様のメイドとして仕える事になっていたんですから…」
「いや、遅かれ早かれソフィア様は聖女の能力に目覚めた筈だろ? なら、少なくともアンナ殿とシンディはソフィア様に仕えたんじゃないか?」
「あぁ、確かに… バドルス侯爵様はソフィア様が聖女と成られた際、後見人と成られたワケですからね… 必然的に、バドルス侯爵家から派遣された私達は、ソフィア様に仕える事になったでしょうね…」
言ってアンナはチラリとナンシーを見る。
アンナの視線の意味に気付いたオリビアも、ナンシーをジッと見る。
「な… 何ですか? アンナさんにオリビア様も… 私をジト目で見て…?」
2人の視線に気付いたナンシーは、その理由が解らずドギマギする。
ちなみにシンディも、何故2人がナンシーに注目しているのか理解していなかった。
勿論、周囲で雑用をしているメイド達も、その意味を理解している者は居なかった。
が、ソフィアだけはその意味に気付き、あっけらかんと話す。
「う~ん… 私が聖女の能力に目覚めるのが4ヶ月も遅かったら、まだ奴隷だったんですよねぇ… そうしたら、マッカーシー大司教様に誘われて王都の散策に行くのも、4ヶ月はズレていたでしょうし… それを考えると、ナンシーさんは聖女邸に居なかったかも知れないんじゃないでしょうか? まぁ、ラナさんみたいに何処かの商店に雇われてたかもですけど、少なくとも今と同じ状況では無かったかも知れませんねぇ…?」
ソフィアの話を聞き、雑用をしていたメイド達は成る程とばかりに頷く。
勿論、大聖堂に勤めるメイド達は、ソフィアが自らをアレと濁した言葉が奴隷である事を知っている。
それを踏まえ、ナンシーは勿論だが、自分達も運が良かっただけなのだと理解した。
状況次第では、自分達がセリナのメイドとして支える事になっていたのかも知れないのだから…
ソフィアの居た奴隷商は、ソフィアが聖女と成った1ヶ月以上後に王都に出店している。
もっとも、それは奴隷商の出店を決める王都の抽選を操作していたからなのだが…
なので、ソフィアが聖女に目覚めるのが遅ければ、それだけソフィアの居た奴隷商が王都で出店するのも遅れていた事になる。
したがって、ナンシー自身は傲慢な聖女に仕える可能性は極めて低かったのだが、ソフィアに仕える可能性も微妙だったのである。
奴隷商の出店が4ヶ月も遅れていれば、ナンシーは王都に来る前に誰かに買われていたのかも知れないのだから…
「ソフィアぁああああ… あんたが聖女で良かったぁああああ… セリナって奴より早く聖女に目覚めてくれて良かったぁああああ…」
ナンシーはソフィアに抱き付き、号泣する。
そんなナンシーを、ソフィアも優しく抱き締めるのだった。
【追記】
ソフィアに優しく抱き締められたナンシーに嫉妬し、機嫌を悪くして周囲に当たり散らしたオリビアだったが…
当然、その行為がオリビアのレズ疑惑を加速させたのは言うまでもない…




