第50話 治療、炊き出し、そして新たな戦い
アンナとナンシーに加え、シンディもペンの持ち方を徹底指導した事で、ようやく読める字を書ける様になったソフィア。
その事が余程嬉しかったのか、1日でノート1冊を真っ黒にしてしまう程だった。
「嬉しくて練習するのは良いんだけどさ… ソフィアには聖女としての仕事もあるんだからね? そっちを疎かにしちゃ、本末転倒よ?」
ナンシーに言われ、ハッとするソフィア。
「そ… そうでした! アンナさん、シンディさん、私の今日の予定は何ですか!?」
言われてアンナはメモを取り出し、パラパラとページを捲る。
「本日は午後から大聖堂にて民の治療ですね。最近、朝晩は冷え込み、日中は暖かい日が多いからか、体調を崩す者が増えているそうです」
「解りました。ところで、どうして大聖堂なんでしょう? 今までは王都の街に出掛けてましたけど…?」
ソフィアの疑問に、ナンシーとシンディが呆れた様に答える。
「ソフィアが中央広場の草むしりだの、商店街のゴミ捨てだの、何でもホイホイ引き受けるからじゃないの? 頼む方も頼む方だけどね…」
「ナンシーの言う通りですよ… ソフィア様が何でもかんでも引き受けるから…」
2人に言われ、縮こまるソフィア。
「身に覚えがあり過ぎます…」
「そこがソフィアの良いトコでもあるんだけど、少しは立場も考えなさいよね? 自覚の有る無し関係なしに、ソフィアは聖女なんだから」
「忘れてました…」
「「「忘れないでよ…」下さい…」」
ナンシー、アンナ、シンディの言葉が──微妙にズレつつ──ハモるのだった。
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「ハイ、これでもう大丈夫ですよ♪ 次の方、どうぞ~♪」
大聖堂では、午後から司祭や司教も加わって民達への治療が行われていた。
また、ソフィア付きのメイド達も、雑務に追われていた。
メイド達を指揮するアンナもてんてこ舞いである。
「ナンシー、シンディ、ローラ、ターニャ、水を汲んできてちょうだい! ニーナ、カリーナ、ヘレン、サリー、そこのシーツを裏へ運んで洗濯! リル、ソニア、レニー、ジル、私と一緒に来て! 今、名前を呼ばなかったメイド達は、患者の整理を!」
アンナは指示をすると、返事も待たずに走り出す。
自身は指名した4人と共に、中庭で炊き出しを始めるのだった。
その様子を見たオリビアは、治療の終わった患者達を中庭へ案内。
民の中には食うに食えない者も居り、感謝の言葉を述べながら食べていた。
「さすがはソフィア様だな… 民の体調を回復させるだけでなく、この様な心遣いまでなさるとは…」
「えぇ… 民に食事を振る舞うように指示なされた時は、本当に必要なのかと疑問に思いましたが…」
ソフィアは大聖堂での治療行為を始める前、アンナに炊き出しを頼んでいた。
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「炊き出し… ですか…?」
「はい、治療が終わった人達にていきょーして欲しいんです。お願いしても良いですか?」
アンナは訝しげな表情で尋ねる。
「それ、必要な事でしょうか? それに、大聖堂で炊き出しを行うと言う事は、大聖堂の蓄えを放出すると言う事ですよ?」
アンナに言われたソフィアは大きく頷く。
「今まで何度も中央広場で治療を行いましたけど、ずっと気になっていたんです。民の皆さんに、痩せてる人が多いんです… 奴隷商に居た頃の私みたいに、充分な食事を摂れていない人が多いのかも知れません。それに普段、私達みたいな奴隷は店の奥に閉じ込められていましたから… 今みたいな季節や冬でも、あまり寒さを気にしなかったんですよね。だから、風邪を引いた記憶も無いんです。今から思えば、商品である私達が風邪を引いて店頭に並べない事を避けたかったんだと思いますけど…」
いつになく饒舌に語るソフィアの言葉を聞き、アンナは納得する。
そして…
「承知致しました。それではソフィア様の仰る通り、炊き出しの準備を調えておきましょう。ソフィア様は後顧の憂いなく、民の治療に邁進なさって下さい」
と、恭しく礼をしたのだった。
だが、当のソフィアは…
(こうこのうれい? まいしん? 意味は解りませんけど、治療を頑張ってくれって事なんでしょうね…)
と、アンナの言葉は理解できなかったが、一応は正解の意味に辿り着いていた。
そして、現在に至る…
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「…ソフィア様は、こうなる事を予測されていたのではないか? 食に困った事が無い私達にとっては、ソフィア様の考え… いや、食に困ってる者の気持ちを理解するのは難しいのかも知れないな…」
「そうですね… 確かに私は食べたくても食べられない苦しみを味わった事はありません… それを考えると、ソフィア様は… 貧困に喘ぐ者の気持ちが解る、真の聖女様なのかも知れませんね…」
オリビアの言葉に、アンナは満面の笑みで答える。
2人と一緒に炊き出しを行っているメイド達も、その気持ちが充分過ぎる程に解るのだった。
「私はソフィア様こそ、聖女の中の聖女だと思ってるんです♡ 実は私、小さい頃から聖女様に憧れて文献を読み漁ってたんです。でも、多くの聖女様は高い能力を持っているからか、高慢な人が多いんですよねぇ…」
「そうそう! だから、ソフィア様も似た様な感じなのかな~って思ってたんだけどさ… 高慢どころか、凄く腰が低いんだもん。逆に驚いたのよね~」
「私はソフィア様より一つ歳下の7歳なんですけど、そんな私にもさん付けで呼んで下さるんです♪ 身分の高い人は、相手が歳上でも呼び捨てにするのが当然なのに…」
「そんなので感動しないでよ! 私なんて、ソフィア様にお茶を淹れたら『一緒に飲みませんか?』って言われて、ご一緒したのよ!? あの感動は、一生忘れられない思い出ね♡」
等々…
若いメイド達が楽しそうにソフィアの事を話しているのを見て、思わずアンナも口元を綻ばせる。
「…アンナ殿もソフィア様の事が好きなんだな♪ いつもの能面面が崩れてるぞ?」
「能面面は余計です! それに、ソフィア様の事が嫌いな人が居たら、お目に掛かりたいモンですね!」
真っ赤になった顔をオリビアから背けるアンナだったが…
背けた方向に4人の若いメイド達が居り、真っ赤になった顔をしっかり見られたのだった。
落ち込むアンナだったが、すぐに立ち直らざるを得なくなる。
ソフィアが一通り治療を終えた頃、1人の兵士が大聖堂に駆け込んできた。
「王都の西の森に魔物の集団を確認したとの報告が入りました! 種類はオーク、ゴブリン、コボルトが大部分を占め、オーガ、ハイオーク、ホブゴブリンも多く確認したとの事! また、数頭のガーゴイルも確認しております!」
「なんだと!? 正確な数と進行方向は判らないのか!?」
オリビアが顔色を変えて聞くが、兵士は俯いて首を振る。
「そこはまだ調査中です… 現在、森から動く様子はなく、一ヶ所に留まっている様です」
報告を聞いたオリビアは、近衛兵を収集させるべく王宮に早馬を走らせる。
同時にアンナも義勇兵を募る為、ハンター・ギルドと冒険者ギルドに早馬を走らせる。
そしてまた、新たな戦いが始まる。




