第41話 ナンシーの悪戯
ソフィアの捜索には、後から合流したメイドの少女達も加わった。
「ソフィア様~!」
「ソフィア様、何処ですか~!?」
大きな声で呼び掛けるが、ソフィアからの返事は無かった。
「一体どうなっているんだ…? アンナ、ソフィア様は気の弱さと臆病なのを克服なさったのではなかったのか?」
フランク・フォン・バドルス侯爵が近くに居たアンナに聞くと、彼女は頷いてから首を振る。
「…どっちなんだ…?」
「克服なさったのですが、それは特定の相手に対してだけかと…」
フランクは首を傾げる。
「ソフィア様自身の元の身分、つまり平民と奴隷ですね。それらに対しては克服なさってます。そして、オリビア様からの手紙にも書かれていたでしょうが、魔物に対しても克服されているのはご存知でしょう」
コクリと頷くフランク。
アンナは話を続ける。
「勿論、旦那様とご家族に対しても大丈夫です。あとは、国王陛下とご家族に対しても大丈夫のご様子です。王宮の聖女邸で過ごされていた期間に、何度か食事をご一緒されたからでしょうね。ですが…」
「ですが… 何だ?」
フランクは先を促す。
アンナは小さく溜め息を吐き、話し始める。
「例の〝歓迎の宴〟でのみ会っただけの、他の貴族様… 身分の高い方々には、まだ慣れていらっしゃらないのではないか… そして、オリビア様が〝魔法訓練見学ツアー〟の事を伝え忘れており、修練場内に勢揃いしている皆様を見て驚いて… と言うのが私の考えです」
フランクは近くに在るベンチに腰を下ろし、宙を仰ぐ。
「なるほど… それで何処かに隠れている、と言う事か…?」
アンナは疲れた表情で頷く。
すると、そこへナンシーが走ってくる。
「あっ、アンナさん! ソフィアは見付かりましたか?」
「いいえ、まだよ。私は旦那様… バドルス侯爵様にソフィア様がいなくなった理由… 想像だけどね。それを話していたところよ。それより、貴女はソフィア様が何処に行ったか分からない? 奴隷商で一緒に過ごしてたんでしょう?」
アンナに言われるが、ナンシーはフルフルと首を振る。
「一緒に過ごしたと言っても1ヶ月程度ですし、会話もした事はありませんでしたから… 初めて会話したのが、王都で再会した時でしたからね…」
「そう… なら、修練場内を隈無く捜すしかないって事ね…」
言ってアンナは歩き出す。
「では、私も捜索を再開しよう。こうしていても、ソフィア様は見付からないからな」
フランクもベンチから立ち上がり、アンナとは反対の方向へと歩き出す。
「まぁ、貴族様達なんて、奴隷だった私達からしたら雲の上の、そのまた上の存在だからねぇ… 気持ちは理解するけど、本当に気が弱くて臆病ね。ラナさんが言ってた通りだわ…」
「私かどうかした? …って、貴女、もしかしてナンシー?」
ナンシーの独り言に声を掛ける女性。
それは、かつて同じ奴隷商に居たラナだった。
「ラ… ラナさん!? なんで修練場に!?」
驚くナンシー。
そんな彼女にラナは平然と答える。
「なんでって、私が働いている商店に入った注文の食材を届けに来たのよ。それにしても、何だか騒々しいわね… 何かあったの? それに、あんたの格好… 何処かの貴族様のメイドとして買って貰ったの? 良かったじゃない♪ で、さっきの『気が弱くて臆病』ってソフィアの事? あの娘、また何か…」
「ちょっちょっちょっ! ちょっと待って下さい! そんな一気に聞かれても答えられませんよ!」
捲し立てる様に質問するラナを制するナンシー。
言われて我に返り、ラナは笑い出す。
「あはは、ごめんねぇ♪ ナンシーの顔を久し振りに見たモンだから、つい… で、何があったの?」
ナンシーは落ち着いてくれたラナに安堵し、事の経緯を話す。
話を聞いたラナはコクリと頷き…
「そうだったのね…? それなら私も協力するわ。自慢にならないけど、私は奴隷商に2年近く居たからね。ソフィアとも1年半は一緒だったから、あの娘の考える事は解るつもりよ?」
話しながら歩き出すラナ。
通路を歩きながら、点在する部屋を覗いては「違うわね…」と呟く。
が、ナンシーには何が違うのか分からなかった。
その頃、ソフィアは…
(うぅ~… なんでこんなに大勢の貴族様が居るんですかぁ… こんなの聞いてませんよぉ~…)
ある場所に隠れ、外の様子を窺っていた。
すると、誰かが近付いて来る事に気付き、息を殺して気配を消す事に専念する。
「…ここね…」
「ここ… ですか…? 誰かが居る様子はありませんけど…?」
話しながら誰かが部屋に入ってくる。
ソフィアは気配を消しつつ耳を澄ます。
(この声はナンシーさん…? もう1人は… 何だか聞き覚えのある声ですけど…?)
そんな事を考えていると…
バンッ!
勢いよく食堂の隅にある掃除用具入れの扉が開かれる。
「ハイ、やっぱりここに居たわね?」
「にゃぁああっ!!!! …って、ラナさん!?」
ラナはソフィアの襟首をガシッと掴み、ナンシーに突き出す。
「この娘はね、何かに怯えた時は狭い所に隠れるクセがあるのよ。覚えておくと良いわ」
ナンシーは呆れた様にジト目でソフィアを見る。
「そう言えば… 奴隷商に居た時に聞いたんだけど、貴女が侯爵様に買われたのって、聖女様の世話係だか雑用係としてだって? だったらこんなトコに隠れてないで、ちゃんと仕事しなきゃダメでしょ? さっきナンシーから聞いたんだけど、『聖女様の魔法訓練見学ツアー』なんだってね? 貴女が何かするワケでもないのに、気が弱いのも臆病なのも変わってないのね…?」
ラナに襟首を掴まれたまま、目を丸くしてナンシーを見るソフィア。
ナンシーはラナに気付かれない様に人差し指を口に当て、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ソフィアは何の事か解らず、目を点にする。
が、何も喋らない方が良い事だけは理解した。
そして、そのまま修練場の中央に連れて行かれたのだった。
────────────────
「ソフィア様が見付かったらしいぞ!」
「食材を配達に来た商店の従業員が見付けたらしいぞ!」
「お手柄だ! 褒美を遣わさねばなるまい!」
話しながら修練場の中央に集まる国王と貴族達。
その彼等が見たモノは、商店の従業員と思しき少女に襟首を掴まれたソフィアの姿だった。
「き… 貴様! ソフィア様の襟首を掴むとは、何たる無礼! 素っ首叩き落としてくれんっ!!!!」
オリビアは剣を抜き放ち、ラナに向かって突進する。
「えっ? えぇっ!? 何っ!? てか、ソフィア様って!? ど~ゆ~事!?」
迫るオリビアに、困惑するラナ。
ソフィアはオリビアの手前を指差し…
「地面掘削…」
すると、オリビアの進む先にポッカリと穴が開き…
「んどわぁあああああっ!!!!」
オリビアは突然出現した穴に突っ込み、勢いよく転落してしまう。
ラナは何がなんだか理解が追い付かず、呆然と立ち尽くす。
その後ろでは、ナンシーが腹を抱えて笑っていた。
「ナンシーさん… 肝心な事をラナさんに言わないで驚かせるなんて、悪趣味ですよ…」
「でもさ、ちょっと面白かったでしょ?」
ソフィアは苦笑しつつナンシーに話し掛け、ナンシーは再び悪戯っぽくニカッと笑う。
ちなみにナンシーは、後からソフィアが聖女である事を聞かされたラナに、思いっ切り頭を叩かれる事になる。




