第37話 王都からバドルス侯爵への手紙と、相変わらずのソフィア
先日の武闘大会観戦の後、聖女邸を訪れたフランク・フォン・バドルス侯爵は、ソフィア達との食事を終えると急いで領地のハルバートに戻っていた。
武闘大会を観るのとソフィアと会う為に、仕事を途中で切り上げていたからである。
「ふぅ… さすがに疲れたな… 少しばかり仕事を残し過ぎたか… 武闘大会を初日から観ようなどと思わなければ良かったな… ソフィア様に会うのが目的だったのだから、最終日だけにすれば良かったか…」
疲れた眼を指でマッサージしていると、執務室のドアがノックされる。
「旦那様、王都のオリビア・フォン・マクレール公爵令嬢様より手紙が届きましてございます」
「入ってくれ」
フランクが促すと、手紙を持ったシュルツが入ってくる。
「王都から帰ったばかりで手紙が届くとは… それもソフィア様の護衛剣士のオリビア様からとはな… ソフィア様の件で、何か急ぎの案件かな…?」
手紙を受け取ったフランクは、訝しげな表情で封を切る。
手紙を読み進めるフランクの表情は、最初こそ険しかったが徐々に柔和になる。
そして、にこやかに話し出す。
「ははっ♪ ここまで逞しくなられるとは驚いた♪ しかし、相変わらずの様子も見られる様だな♪」
今度はその様子を見ていたシュルツが訝しげな表情になり、フランクに尋ねる。
「旦那様、いったい何が書かれていたので…?」
「まぁ、王都での出来事とソフィア様についてだが… 妻や子供達にも聞かせてやった方が良いだろう。シュルツ、ルイーズと子供達をリビングに… いや、ソフィア様の事なら使用人達も聞きたいだろう。皆を会議室に集めてくれ」
「承知しました♪」
ソフィアと聞いてシュルツも相好を崩して頷き、小走りに執務室をでていった。
そんなシュルツを見て、フランクは独り言ちる。
「シュルツもソフィア様の事が気になると見えるな。家令──使用人の監督──のシュルツがあの様子なら、他の執事やメイド達も…♪」
フランクは会議室での皆の反応を想像し、クスクス笑うのだった。
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会議室に集まった面々は、フランクが来るのを待ちながらソフィアの事を話し合っていた。
「ソフィア様、王都で元気にしてらっしゃるのかしら?」
「元気にしてても、気が弱くて臆病だからなぁ… そこがまた可愛らしいんだけど…」
「私、旦那様にお願いして、来月からソフィア様のお世話をする事になったんですよぉ♡ あぁ、来月が待ち遠しいですぅ♡」
「聖女という最高位の身分でありながら、全くそれを感じさせない♪ ソフィア様って、聖女以上の聖女なんじゃないか?」
等々…
また、フランクの妻ルイーズや子供達も、ソフィアの話に盛り上がっていた。
「ソフィア様、王都での生活に慣れたかなぁ?」
「王宮と大聖堂の聖女邸を行き来してるんですよね? 落ち着かないんじゃありませんか?」
「私だったら、どちらか片方に住まわせて貰いたいですわね… 行ったり来たりじゃ、フィリップが言う様に落ち着きませんもの」
「あらあら… ソフィア様の事になると、誰もが気になるみたいですわね♪ 勿論、私もですけど♡」
そんな中、ようやくフランクが会議室に入ってくる。
「待たせたかな? それにしても皆、随分とソフィア様の事が気になるみたいだな。食堂の前の廊下まで聞こえていたぞ♪」
フランクの言葉に全員が苦笑する。
「さて、王都からの手紙の内容だが… 皆は王都から東へ少し離れた所に大きな森が在るのは知ってるな?」
全員がコクリと頷く。
「その森にトロールの群れが現れ、王都に向かって来たそうだ」
会議室内がザワつく。
「落ち着いてくれ。トロールに関しては、王宮の近衛兵とハンターや冒険者の義勇兵に依って退治されている。キング・トロールも居たとの事だが、そちらは何とソフィア様が倒されたそうだ」
一瞬、フランクが何を言ってるか解らず、誰もがポカンとした表情になる。
そして…
「ソフィア様がキング・トロールを…?」
「まさか… あの臆病で気の弱いソフィア様が…?」
「マジかよ… トロール見て失神しなかったのか…?」
等々…
誰もが信じられないと言った様子で話し合っていた。
「私も驚いたがね。なんでも武闘大会の初日は観戦せず、街中で傷病人を治療していたそうだ。それが功を奏したらしく、魔物相手に物怖じしないだけの度胸も付いた様なんだ」
フランクが説明すると、誰もが信じられないと言った表情になる。
「そんな事で? …と言った感じだな。私も同じ思いだったが、ソフィア様はまだ8歳なんだ。ちょっとした事で劇的に変化する事もあるだろう。勿論、変わっていない部分もある様だが…」
「父上、ソフィア様の変わっていない部分とは何ですか?」
ソフィアの事が気になって仕方無いエリックが尋ねると、メアリーやフィリップは勿論、ルイーズまでがフランクに注目する。
いや、会議室に居る全ての者達が注目していた。
「うむ… ソフィア様はキング・トロールを倒すと、討伐に参加した近衛兵や義勇兵の慰労会を催す為に、一足先に聖女邸へと戻られたそうなんだが… 聖女邸の庭を使う事になった際、ドレス姿のまま泥だらけになって草むしりをされていたそうだ…」
全員が遮光器土偶の様な表情になり、『ソフィア様は、やっぱりソフィア様か…』と、妙に納得していたのだった。
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「くしゅっ!」
「ソフィア、風邪でも引いたの?」
食堂に向かって廊下を歩いている途中、クシャミしたソフィアに話し掛けるナンシー。
「アンナさんに言って、薬を貰って来ましょうか?」
ナンシーの反対側、ソフィアを挟む形で歩くシンディが言うと、ソフィアは首を振って答える。
「いえ、風邪って感じじゃないですね… 誰かが噂してるとクシャミが出るって言いますから、それじゃないかと思います」
「「あぁ、そっちのクシャミね」ですか」
納得するナンシーとシンディ。
3人の後ろを歩き、会話を聞いていたオリビアが首を傾げる。
「平民の間では、そんな俗説があるのか? 私は聞いた事がないんだが…?」
「オリビア様は貴族… それも、王族に次ぐ最上位の公爵家のご令嬢ですからねぇ… 平民の間で言われてる俗説なんて、知らなくて当然ですよ」
オリビアの疑問に答えるシンディ。
「そう言う意味では、オーリャさんもせけんしらずって事なんですかね? 私もせけんしらずだって、よく言われましたけど♪」
ソフィアに言われ、オリビアは指先で頬を掻く。
「恥ずかしながら、私の知ってる常識は〝貴族社会での常識〟なモノで… なので〝一般的な常識〟については、鋭意勉強中でして…」
少しモジモジしながら話すオリビアを、ソフィアは真剣な表情でジッと見つめる。
「ソ… ソフィア様、何ですか? そんなマジマジと見つめられると…」
「えいいって、ど~ゆ~意味ですか? それと、私が言ったせけんしらずも意味を教えて下さい! 自分で言ってて何ですが、実は意味を知らないんです!」
思わず廊下に倒れ込むオリビアとシンディ。
だが、奴隷商での生活とソフィアの境遇を知っているナンシーだけは、辛うじて耐えていた。
「そうよね… 5歳で奴隷商に売られたんだもの、そんな事も知らなくて当然かもね…」
その後、ソフィアは3人と夕食を共にしながら意味を知らない言葉を質問しまくり、給仕のメイド達を苦笑させていた。
更には…
「あ、〝アイガンドレイ〟と〝ナグサミモノ〟の意味は、以前にマッカーシー大司教様から教えて貰いましたから、説明しなくても大丈夫ですよ♪」
あっけらかんと言い、食堂に居る全ての者達をズッコケさせたのだった。




