第33話 哀愁のオリビア
「ナンシーぃいいいいいいいっ!!!!」
「んにょわぁあああああっ! 何なんですかっ、オリビア様ぁああああっ!?」
ドアを壊れそうな程の勢いで開け、メイド部屋の1つに飛び込むオリビア。
名前を叫ばれたナンシーは勿論、他のメイド達も驚愕の表情で壁まで後退る。
「何だじゃないっ! どうして私がソフィア様を愛してるレズビアンなんて噂が広まってるんだぁあああっ!」
「し… 知りませんよぉおおお!」
「あ… それ、私です…」
しれっと手を上げるアンナ。
オリビアはナンシーに詰め寄った形、ナンシーは両手をオリビアに向けて制止する形でアンナの方を向く。
他のメイド達も、目を点にしてアンナを見ていた。
「ア… アンナ殿…? 何故、その様な…?」
顔を真っ赤にし、本来の無表情が崩れてしまうオリビア。
「何故… ですか? やっぱり浴室での一言ですねぇ… ソフィア様がナンシーに抱き付いた時の『羨ましい』が決定的かと…」
「そんなので私をレズだと決め付けないでくれ…」
ガックリと項垂れるオリビアに、アンナはニッコリと微笑みかける。
「でも、涎まで垂らしてましたからねぇ… その上で『羨ましい』だけでなく『私もソフィア様に抱き締められたくて』のセリフ… やっぱりソフィア様を愛してらっしゃるのでは?」
アンナに言われて思い出し、オリビアは半ばキョドりながら…
「いや! 愛してるとかじゃなくて! 確かに私はソフィア様を敬愛してるけど! アンナ殿が言ってるのとは意味が違うと言うか!」
言えば言う程に無表情を保てなくなるオリビアだった。
すると…
「んみゅぅう… 何を騒いでるんですかぁ…?」
寝ていたのを騒ぎで起こされたのか、目を擦りながらソフィアがメイド部屋に入ってきた。
「いえ、オリビア様がソフィア様を愛してて、レズビアンなのではないかと話し合っていたのです」
「ド直球に言うなぁあああああっ!!!!」
しれっと言うアンナに抗議の叫び声を上げるオリビア。
そんな彼女をソフィアはマジマジと見ながら…
「オーリャさん… そんなに表情が豊かだったんですね? なんだか嬉しいです♪」
1人で盛り上がるソフィア。
だが…
「ところで… れずびあんってなんですか?」
そこから説明しないといけないのかと、アンナやオリビアは勿論、大勢のメイド達もガックリと崩れ落ちたのだった。
その後、レズビアンについての説明を受けたソフィアは真っ赤になったのだった。
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「ここ最近、気になってる事があるんです」
突然のソフィアの言葉に、メイド達に緊張が走る。
笑顔で身構えるメイド達を見渡し、話し始めるソフィア。
「最近、なんだかメイドの皆さんが、無理して笑顔を作ってるみたいなんですよねぇ…? もしかして、私がオーリャさんの表情を読んでいるからでしょうか? だとしたら申し訳ないです…」
言いながら深々と頭を下げるソフィア。
「ソ、ソフィア様! 止めて下さい!」
「そうです! 私達に頭を下げるなんて、お止め下さい!」
慌てるメイド達。
だが、当のソフィアは…
「でも… ニーナさんは、私がテーブルを拭くのを止めようか迷ってましたよね? グレースさんは、私が食器を洗い場に持って行くのにオロオロしてましたし… キャロルさんは、夜明け前に私が起きて廊下を掃除するのに困惑してましたし… 勿論、皆さん笑顔のままでしたけ… ど…?」
そこまで言って、ソフィアは恐る恐るアンナを見る。
「ソフィア様…? 私の目を盗んでコソコソとテーブルを拭いたり、食器を洗い場に持って行ったり、廊下を掃除してたんですね…?」
アンナの眼は笑っていたが、眉間には皺が寄っており、誰が見ても怒っているのは明らかだった。
アンナは目を閉じて自身の額に手をやり、溜め息を吐きながら話し始める。
「はぁ… 旦那様… バドルス侯爵様の屋敷でも申し上げましたが、ソフィア様の行為はメイド達の仕事を奪っているのだと… ソフィア様! まだ話は終わっておりません!」
ソフィアはアンナが目を閉じ、額に手をやると同時に踵を返し、自分の部屋に向かって足音を立てない様に逃げ出していた。
アンナが気付いた時、ソフィアは既に自室の前で扉を開けようとしていたのだった。
そして…
「オーリャさん、ナンシーさん、後は任せますね♪ 私、寝てる途中だったんで♪ それじゃ、お休みなさい♡」
と、申し訳なさそうな表情ではあったものの、オリビアとナンシーに丸投げして自室に逃げ込んでしまった。
オリビアとナンシーは互いに顔を見合せ…
「ソフィア様、逞しくなったな…」
「奴隷商に居たソフィアと同一人物とは思えないんですけど… 本当にソフィアなんですよね…?」
互いに感想を述べ合うのだった。
アンナはナンシーの肩に手を置き、溜め息を吐きながら頷く。
「間違いなくソフィア様よ… あそこまで変わるとは思ってもみなかったけどね…」
アンナの言葉に、2人は『確かに』と言わんばかりに大きく頷いたのだった。
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「王宮より緊急の連絡です!」
ソフィア達が朝食を摂っていると、1人の兵士が食堂に飛び込んできた。
大急ぎで来たのか、肩で大きく息をしている。
そんな兵士の様子を見て、食堂中に緊張が走った。
「何があった!? いや… その前にアンナ殿、彼に何か飲み物を。まずは落ち着け。落ち着いてから詳しく話せ」
オリビアの指示で、アンナが兵士にお茶の入ったカップを手渡す。
兵士はアンナに礼を述べ、深呼吸してからお茶を飲み干した。
そして…
「トロールの群れが現れました。王都から10㎞東に在る森の中で確認されました。その後の動きですが、間違いなく王都に向かってきているとの事です」
報告を聞き、メイド達が青褪める。
そんな中でソフィアが立ち上がり、周りを見渡しながら…
「とろーるって、何ですか?」
全員がズッコケた。
「トロールは魔物の一種です。巨大な体躯を持ち、かつ怪力で、深い傷を負っても体組織を再生する事が出来、切られた腕を繋ぎ治せるとも言われます。醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くないそうです。凶暴、もしくは粗暴で大雑把とも言われます。棍棒を武器として使う事もあるそうです」
何故か説明しているのはアンナだった。
「すまないな、アンナ殿… この様な説明、私はどうも苦手でな…」
「そうだろうとは思ってました。オリビア様って、知識はありますが口下手… と言うより、感覚で覚えてるって感じですからねぇ」
苦笑しながら言うアンナ。
言われたオリビア自身も自覚していたのか、何も言えずに赤くなっていた。
「結構、厄介そうな魔物なんですね… すぐに怪我が治るなら、簡単には退治できないでしょうねぇ…」
ボソッと言うソフィアに、ナンシーは呆れた様な眼を向ける。
「何を言ってんのよ、ソフィアなら簡単でしょ? 昨夜シンディに聞いたけど、でっかい岩を一発の火球や雷撃で粉砕したそうじゃない? トロールなんて、ソフィアの敵じゃないわよ♪」
ソフィアの肩を抱き、ニカッと笑うナンシー。
そんなナンシーの眼前に、オリビアが剣を突き付ける。
「ソフィア〝様〟だ! いい加減、覚えたらどうだ!?」
目を剝いて驚くナンシー。
「ごごごごごっ ごめっ ごめ………」
『ごめんなさい』と言おうとしたが、ナンシーは恐怖に震えて喋れない。
すると、突き出された剣先をソフィアが指で摘まみ…
「電撃…」
バチィッ!!!!
「んがっ!」
音もなく倒れるオリビア。
電撃は雷撃より遥かに劣るものの、人を昏倒させるには充分な威力の雷系魔法である。
「な… なんで…?」
倒れながら聞くオリビアに、ソフィアはナンシーに抱き付きながら答える。
「ナンシーさんは私と同じ立場だった仲間であり、大切な友人です! そのナンシーさんに剣を突き付けるなんて、オーリャさんでも許せません!」
「そ… そんなぁ…」
遮光器土偶の様な眼になったオリビアは、その眼から涙をダバダバ流したのだった。




