第32話 思った事を口に出す際はご注意を
「おかしいわ… こんなの絶対におかしいわよ…」
やたらと広い湯舟で肩まで湯に浸かりながら、ブツブツ言うナンシー。
「あの… ナンシーさん? 何がおかしいんでしょうか?」
ナンシーの隣で同じ様に肩まで湯に浸かり、キョトンとした表情でソフィアが尋ねる。
「なんでソフィアが私達メイドと一緒に入浴してるのよ!? さっきの食事だって、考えてみたら私達と一緒に食べるのは変でしょ!? 国王陛下やバドルス侯爵様やオリビア様と一緒に食べるのは理解出来るけど、なんで大勢のメイド達も一緒に食べるワケ!?」
聖女とは国王より身分が上とされている。
例え出身が平民であってもだ。
また、平民であっても歴代の聖女の話は小説やお伽噺で知っており、特別な存在だと認識している。
そんな聖女が国王や貴族と食事を共にするのはともかく、メイドと共にするとは聞いた事がなかった。
ナンシーも幼少期に両親から聖女の話を聞かされ、特別な存在だと認識していた。
ソフィアが聖女だったのはナンシーにとって想定外だったが、その聖女であるソフィアが平民である自分やメイド達と一緒に食事するのは解せなかった。
勿論、現状の様に一緒に入浴している事もである。
「えぇと… ど~ゆ~事でしょうか…?」
いまいち自分の立場を認識していないソフィアは首を傾げる。
「さっきはバタバタしていたと言うか、あんたの強引さ… と言って良いか分かんないけど、なんとなく流されて一緒に食べたけど… お風呂に入って落ち着いたら気付いたのよ! 普通、貴族様とか身分が高い人は平民と食事しないし、お風呂も一緒に入ったりしないわよ!」
「そ… そ~ゆ~モノなんでしょうか…?」
激昂するナンシーだったが、ソフィアは相変わらずの様子だった。
そんなソフィアの隣で湯に浸かりながら、ナンシーの言葉にオリビアがコクコクと頷いていた。
「確かにナンシーの言う通りだな。普通、王族や貴族は平民であるメイドと食事を共にする事はない。勿論、入浴もだ。アンナ殿、何故この様な事に?」
オリビアの隣で寛ぐアンナに聞く。
アンナは思い出しながら答える。
「今更ですか? まぁ、最初はソフィア様に落ち着いて食事して頂く為でしたが… いつの間にかソフィア様にとっても私達にとっても、普通になっていた様ですね… お風呂に関しては… 間違いなく私とシンディの行いが原因ですわね…」
「行い…?」
アンナの言葉にオリビアは怪訝な表情に… ならなかった。
いや、オリビア的には怪訝な表情なのだが、その違いを見分けられるのはソフィアだけである。
が、雰囲気からオリビアが不機嫌になったのはアンナにも理解できた。
「ソフィア様が奴隷だった頃、お風呂に入った事もなかったそうなんです。と言うか、お風呂自体を知らなかったんですよ。で、旦那様に買われた日に私がソフィア様をお世話しまして…」
おずおずとアンナの隣に居たシンディが説明を始める。
「風呂を知らなかった!? ソフィア様が!?」
無表情のまま驚きの声を上げるオリビア。
ブンッと勢い良く反対側のソフィア… の更に隣に居るナンシーを見る。
「わ… 私は知ってますよ!? 私が奴隷になったのは最近の事ですから! 戦争が始まって、すぐに両親が死んじゃって… それから孤児院で過ごしてました。だから、お風呂は普通に入ってましたし…」
「なるほど… 確か、ヴァネル王国とランドール王国が戦争を始めたのが5年ぐらい前で… 終戦は3年ぐらい前だったかな…?」
ナンシーの話を聞き、回想を始めるオリビア。
「ヴァネル王国が優勢だったのは最初の2ヶ月程… 戦争が始まった直後に両親が亡くなったと言う事は…」
「私の住んでた街は国境からワリと近い方ですし、そこそこ大きな街でしたから真っ先に狙われたんでしょうね…」
オリビアの呟きに、ナンシーが話を続ける。
「その状況で、よく無事だったな…」
「両親が私に『教会へ行って、保護して貰え』と… 教会に子供達が集められて、他の街まで移動しました。そこで両親が死んだ事を知らされて…」
「それで孤児院に入ったワケか…」
コクリと頷くナンシー。
するとソフィアがソッと抱き締めてくる。
「ナンシーさん、大変でしたね… 私も両親を亡くしてますから、気持ちは解ります…」
「ちょっ…! ソフィア! 裸で抱き付かないで!」
顔を真っ赤にして慌てるナンシーから離れ、ソフィアは首を傾げて問い掛ける。
「でも、孤児院に入っていたのなら、どうして奴隷商に? まさか、私みたいに売られたとか? ちょっと考え難いですけど…」
ソフィアの疑問にオリビアは勿論、アンナやシンディ、他のメイド達もナンシーに注目する。
ナンシーは大きく溜め息を吐き、疲れた様に話し始める。
「そのまさかよ… 孤児院に入ったのは7歳だったわ… 孤児院での生活には慣れたけど、やっぱり大勢の子供達を抱えてるからね… 食事は質素だし量も充分とは言えない… だから、それなりの年齢の子供は街の商店とかで手伝いなんかして、小銭を稼いで食費の足しにしたりしてたの」
アンナはウンウンと頷き、オリビアに話し掛ける。
「その様な話は聞いた事があります。孤児院には国からの援助もあるのですが、普通ならともかく、戦争が原因で孤児が増えた事を考えると…」
「とてもじゃないが、充分とは言えないか…」
アンナはコクリと頷き続ける。
「そんな生活をしている孤児を正式に雇ってくれる商店も在ります。が、中には孤児を奴隷商に売る様な教会や商店も在る様ですね…」
話しながら、チラリとナンシーを見るアンナ。
ナンシーは悔しそうにパシャッと湯を叩く。
「私は… 商店に出入りしている業者に騙されて奴隷商に売られました…! 『私の手伝いをしてくれたら、今の倍は稼げるぞ』って… 少しでも孤児院の皆が充分な量を食べられたらって思って、その話を受けたんです。騙されてるとも知らずに…!」
アンナとオリビアは目を閉じて頷く。
シンディは違ったが、メイド達の中には孤児からメイドとして雇われた者も居て、自分も同じ目に遇っていたのかと考えると他人事とは思えなかった。
「指定する場所に荷物を持って行くだけで倍も稼げる… 世間知らずの子供が相手なら、簡単に騙せますよね? それで私は奴隷商に売られたんです。ソフィアがバドルス侯爵様に買われる1ヶ月ちょっと前ですね… その頃の私は、自分の境遇を恨んでました… 戦争さえ無ければ、両親さえ死ななければって…」
「それでソフィア様の出身がヴァネル王国と知って、思わず殴ったって事か…」
オリビアの言葉に項垂れるナンシー。
そんなナンシーを、またしても抱き締めるソフィア。
「ナンシーさん、気にしないで下さい。もし、私がナンシーさんの立場だったら、私もきっと…」
「ちょっ…! だから裸で抱き付かないでって…! それに、あんたが人を殴れるワケないでしょっ!」
「あはは、そうでした…」
そんな2人のやり取りを見て、オリビアが呟く。
「う… 羨ましい…!」
「「「「えっ!?」」」」
誰もが予想だにしていない言葉を発したオリビアを全員が凝視する。
いや、アンナだけが冷静にオリビアを見つめ…
「オリビア様… 湯舟に涎が落ちそうです…」
アンナに言われ、思わず口元を拭うオリビア。
「オーリャさん… 何を考えてるんですか…?」
そんなオリビアをジト目で見てしまうソフィアだった。
「ん… 失礼… ソフィア様に抱き締められたナンシーを見て、私もソフィア様に抱き締められたくて…」
「「「「抱き締められたくて…?」」」」
ソフィアだけでなく、全員からジト目で見られるオリビア。
この出来事があって以降、メイド達からオリビアに対する畏怖の念は(ほぼ)消えたのだった。




