第30話 新たなメイド、ナンシー
国王は武闘大会が終わった後、急いで王宮の聖女邸を訪れてオリビアから事の顛末を聞いた。
「では、何も聞き出せないまま魔王崇拝者は死んでしまったのか…?」
国王が呆れた口調で言うと、オリビアは縮こまって項垂れる。
ちなみにソフィアは未だに失神したまま、部屋でベッドに横たわっている。
「まぁ、不可抗力と言いますか、ソフィア様の言葉に思わず剣を取り落としちゃったんですよね… で、運が悪かったとでも言うんでしょうか、その剣が魔王崇拝者の頸動脈を切ってしまいまして…」
「それで魔王崇拝者が死んでしまったと言う事か…」
国王は脱力し、ソファーに身を沈めた。
「それは仕方無い… と言って良いかは分かりませんが、不幸な事故だと諦めるしかありませんね… それにしても、ソフィア様は随分と成長なさった様ですね。ほんの1ヶ月程の間に何が…?」
今回の顛末の感想を述べるフランク・フォン・バドルス侯爵。
彼は武闘大会を観戦した後、国王と共に聖女邸を訪れていた。
彼の知っているソフィアは臆病で気が弱く、ちょっとした事で失神する少女だった。
しかし、闘技場で見たソフィアは凛としており、とてもフランクの知るソフィアと同一人物とは思えなかった。
「まぁ、大した事じゃないんどけどさ… 武闘大会の初日の観戦を中止して、街で治療奉仕をして貰ったんだよね… 怪我の治療で血を見る事に慣れたのが切っ掛けで変わられたんじゃないかな…?」
「それだけの事で? いや… まだソフィア様は幼い故、小さな事で大きく変わられる事も考えられますな…」
バドルス侯爵は考えつつも納得する。
「ところでソフィア様は何処に?」
キョロキョロと辺りを見回すバドルス侯爵。
「そう言えば、リビングに来た時から見当たらんが…? 魔王崇拝者を捕えてくれた礼を述べようと思って来たんじゃが… オリビア、ソフィア様は何処に居るんじゃ?」
国王も同じ様に辺りを見回しながら質問する。
「…失神なさって部屋のベッドで寝ておられますよ。今回の出来事では、目にした血の量が違いましたからねぇ… 頸動脈が切れた場合の出血量は、先日の治療で治した怪我での出血量とは比べ物にならないので… 成長したと言っても、まだソフィア様にはキツかったって事でしょうね…」
「それは…」
「仕方無いでしょうね…」
オリビアの話を聞いた国王とバドルス侯爵は、ソファーに身を沈めながら呟いた。
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「アンナさん。オリビア様の話だと、ソフィア様は人が死ぬのを目の当たりにされたんですよね?」
寝ているソフィアと世話をするメイド達を交互に眺めながら、シンディがアンナに話し掛ける。
「そうね… 落とした剣が頸動脈を切ったって事だから、相当な血を見たでしょうしね…」
シンディは自分の首筋を押さえて青褪める。
「ここの血管が切れたら、そんなに血が出るんですか…?」
「出ると言うより吹き出すわね… そして脳への血流が一気に減り、意識を失う事になる。意識を失う前に出血を抑えられなければ命取りね。側に居る誰かが出血を抑えてくれれば助かるかも知れないけど… ソフィア様もオリビア様も、予想外の出来事に行動が遅れちゃったみたいなのよ…」
話を聞き、更に青褪めるシンディ。
ソフィアの世話をしていたメイド達にもアンナの話は聞こえており、思わず首筋を押さえていた。
そんな中、1人のメイドがアンナに歩み寄る。
「アンナさん、今の話を聞くとソフィアは… じゃなくて、ソフィア様は大量の血を見たって事よね… ですよね? 私、ソフィア様は凄く気が小さい、臆病過ぎるって聞いたんです… そんなソフィアが… ソフィア様が大量の血を見て、大丈夫なの… なんですか?」
そのメイドは言葉遣いに慣れていないのか、時々言い直しながらチラチラと寝ているソフィアを見つつ質問する。
「貴女、見ない顔ね…? いえ、最近繁華街で見た様な…?」
顎に手をやり、そのメイドを見つめるアンナ。
「繁華街の奴隷商でソフィアに… ソフィア様に抱き締められたナンシーと言います。あの後、マッカーシー大司教様にお願いしてソフィアの… ソフィア様のメイドとして雇って貰ったんです」
「あぁ、あの時の… ソフィア様とは色々あったみたいだけど、ソフィア様は貴女に会えて嬉しそうだったわね」
アンナから色々あったと言われ、ばつが悪そうな顔になるナンシー。
「あはは… 実は、ソフィア……様が奴隷商に居た頃に、怒鳴ってビンタしちゃったんですよね… 後でラナさんって人から筋違いだって言われましたけど… 確かにソフィアの国が私の国に攻め込んだ事は事実ですけど、私の両親が死んだのはソフィア様の所為じゃないですモンね… でも、そんな私をソフィアは… ソフィア様は許してくれたんです… 自分の両親も戦争が原因で死んでるから、私の気持ちが解るからって… それに、自分を殴った私を抱き締めて再会を喜んでくれて… 凄く嬉しかった… だから私、決めたんです。少しでもソフィアの… ソフィア様の力になるって…」
ナンシーは涙を流しながら話した。
そんな彼女の肩をポンポンと叩き、アンナは優しく話し掛ける。
「なら、貴女はシンディと一緒にソフィア様の側近として仕えなさい。ただ、言葉遣いは早急に直しなさいね? ソフィア様や私達メイドはともかく、オリビア様が見逃すとは思えないから…」
「オリビア…? それ、誰ですか?」
ナンシーは涙を拭いながらアンナに聞く。
聖クレア王国内では有名なオリビアも、出身国の違うナンシーが知らないのも無理はなかった。
「確か貴女、自分の国はランドール王国だって言ってたわね。それなら知らなくても当然かもね… オリビア様はこの国、聖クレア王国の公爵令嬢なの。セルゲイ・フォン・マクレール公爵の3女で、幼い頃から聖女の護衛剣士になるのが夢だったのよ… 聖女の能力に目覚められたソフィア様を崇拝してらっしゃってね…」
「はぁ……」
公爵令嬢と聞いて強張るものの、続く話に困惑した表情を浮かべるナンシー。
「こんな事を言うのは気が引けるけど… オリビア様はソフィア様の事になると、抑制が効かなくなるのよね… この間も貴女がソフィア様をビンタしたって聞こえた時、貴女を斬ろうとしてたみたいだし…」
オリビアが自分を斬ろうとしてたと聞き、青褪めて後退るナンシー。
「さすがに、それは私かマッカーシー大司教様が止めるけどね… ただ、私もマッカーシー大司教様も居なかった場合、誰もオリビア様の暴走を止められないからねぇ…」
「アンナ殿、私を何だと思ってんだよ…?」
いつの間にか現れたオリビアが、アンナを無表情で睨む。
2人はソフィアの様子を見ながら何やら話し込む。
(この人がオリビア様… 確か奴隷商でソフィアに会った時、大司教様と一緒に居たっけ… 恐そうに見えるけど、ホントは優しい人なんじゃないかな…? 失神してるソフィアが心配なのか、やたらと気にしてチラチラ見てるし…)
自分に向けられた視線に気付いたオリビアが、ナンシーに歩み寄る。
「お前、確か奴隷商でソフィア様に抱き付かれてた…?」
「は… はいっ! マッカーシー大司教様に頼んで、ソフィア… 様のメイドとして雇って貰いました、ナンシーと申すます!」
慌てて訛ってしまうナンシー。
「ぶっ!」
ナンシーが訛ってしまった事に無表情で吹き出すオリビア。
オリビアの後ろでは、アンナとシンディが肩を震わせて笑いを堪えていた。
「そ… そんなに笑わなくても…」
恥ずかしそうに抗議するナンシー。
そんな彼女の後ろを黙って指差すオリビア。
ナンシーが振り返ると、他のメイド達もクスクス笑っていた。
「なんなのよ… ちょっと慌てて訛っちゃっただけじゃない…」
膨れながらも赤くなるナンシー。
彼女にとって、少々気恥ずかしいメイド初日となったのだった。
そんな中、ようやくソフィアが目を覚ます。




