第25話 王宮滞在中の予定、オリビアの怒り、そしてアンナの…
王宮の聖女邸の食堂で夕食を摂る一同。
と言っても、席に着いているのはソフィアとオリビア、そしてアンナとシンディだけである。
当初はソフィアとオリビアだけだったのだが、ソフィアの『2人だけだと他の皆さんに申し訳なくて、落ち着いて食事できません』との言葉で、アンナとシンディも一緒に食事する事にしたのだった。
「それにしても質素な食堂だな。大聖堂の聖女邸の食堂と変わらないんじゃないか?」
食事しつつ辺りを見渡しながら呟くオリビア。
「私は… 王宮の食堂みたいに豪華だと落ち着きませんよ。やっと大聖堂の邸での生活に慣れてきたトコなんで、これぐらいが丁度良いですね」
ソフィアの言葉に頷くアンナとシンディ。
「私もソフィア様の意見と同じですね。大聖堂の聖女邸の食堂も旦那様… バドルス侯爵様の邸の食堂と同じ様な感じでしたので…」
「そうなんですよ。バドルス侯爵様は贅沢する事を嫌ってまして…」
等と会話を楽しみながら食事を進めていると、王宮の侍従長が食堂に入ってくる。
「お食事中、失礼致します。聖女様が王宮に滞在中の予定が決まりましたので、お知らせに参りました。詳細は書類に纏めてありますので、お食事の後にでもご覧下さいませ。では…」
言い終わると侍従長は一礼し、王宮へと帰っていった。
数枚の紙束を残して…
「なんだか随分と慌ただしいな… ソフィア様の予定ったって、聖女邸でノンビリ過ごすか魔法の鍛練をするだけじゃないのか?」
言いつつ席を立ち、侍従長の置いていった書類を手にするオリビア。
そして…
「はぁっ? 明日から一週間、国王陛下主催の武闘大会を開催する!? ソフィア様は主賓として観戦だと!?」
思わず大声を出すオリビアだったが…
「ぶとーたいかい… って何ですか?」
ソフィアの素直な疑問に力が抜けそうになる。
「ちょっと待って下さい… 他にも書いてありますね…」
オリビアは気を取り直し、書類の続きに目を通す。
「武闘大会だけじゃない… 王都に捕えている魔物や魔獣と熟練剣士や魔導師の対決を観戦… 召還士が呼び出す下位悪魔と魔導師の対決を観戦… これって、もしかして…?」
「恐らく… 臆病で気の弱いソフィア様に、それらを少しでも克服して貰おうとの試みなんでしょうね… ちょっと… いえ、かなり性急に過ぎると思いますが…」
横から書類を覗きながら、アンナがイラついた様子で言う。
「アンナ殿の言う通りだな… この図面を見てくれ」
オリビアが差し出した書類には闘技場の見取り図が描かれており、ソフィアの観戦席は中央の円形台座から僅かな距離に在った。
ソフィアに危険が及ばない様、観戦席の左右には防御魔法を張る魔導師達が配置されているが…
「これならソフィア様に危険は無いが…」
「ソフィア様が失神しかねない場面が展開されるのは間違いないでしょうね…」
2人の話を聞き、思わず息を呑むソフィア。
「武闘大会では凄惨な殴り合い… 魔物や魔獣、下位悪魔との対決では、血しぶきが飛び散る事になるでしょうね…」
続けて言うアンナの言葉に、オリビアは頷く。
「私は平気だけど… いや、むしろ興奮するかな? だけどソフィア様は…?」
言ってソフィアを見ると、気の弱いソフィアは既に失神していたのだった。
─────────────────
「やはり時期尚早ですね… とは言え、国王陛下が主催の大会を中止する事もできませんし…」
失神したソフィアをベッドに寝かせ、予定を記された書類を見ながら悩むアンナ。
「なら、私が陛下に言おうか? 気が弱い… 臆病過ぎるソフィア様に、少しでも強くなって貰おうと画策したんだろうが… アンナ殿の言う通り、この内容は時期尚早に過ぎる」
言いつつ部屋を出ていこうとするオリビア。
「オリビア様、どちらへ?」
ソフィアの枕元に居たシンディが声を掛けると、オリビアはダッシュしながら叫ぶ。
「直接陛下に物申す! せめて怪我人の治療や狩りで、血を見る事に慣れてから開催すべきだ!」
アンナとシンディは呆然とオリビアを見送りつつも、彼女の言う通りだと頷き合った。
王宮に着いたオリビアは、一直線に謁見の間へと向かう。
「オ… オリビア様! 陛下は今、食事中でして! ですから…」
若い衛兵がオリビアを制しながら言うと、彼女は食堂の在る方向へと向きを変える。
「なら、食堂で話させて貰う! 私が来ている事を陛下に知らせろ! グズグズするな! ダッシュだ!」
「ハ… ハイッ!」
オリビアの剣幕に、慌てて食堂へと走り去る衛兵だった。
そして…
「陛下ぁあああああっ! ソフィア様に武闘大会の観戦、魔物や魔獣と剣士や魔導師の対決を観戦させるのは早過ぎます! すぐに中止する事を発表して下さいっ!」
「な… なんじゃ、オリビア! それは無理じゃぞ!? 既に開催の告知は行き届いておるのじゃ! 今さら中止など無理じゃ!」
手にしたナイフやフォークを落とし、国王が慌てて答えると…
「侍従長が持ってきた予定の書かれた書類! あれを私が読んだだけで、ソフィア様は失神されたんですぞ! そんなソフィア様が武闘大会などを間近で観戦して、ショック死でもされたら責任を取れるのですか!? 開催の告知が行き届いているなら、今すぐ中止の告知を出して下さいっ!」
聞き捨てならない言葉──ショック死──を聞き、国王は思わず息を呑む。
「ど… どういう事じゃ…?」
オリビアはテーブルをバンッと叩くと、その眼──それ以外は相変わらず無表情だが──に怒りを滲ませながら続ける。
「聞きましたぞ? ソフィア様は、陛下の鼻血を見ただけで失神したそうですな…? そんなソフィア様が、武闘大会をマトモに観戦できると思いますか? 魔物や魔獣と剣士や魔導師の対決をマトモに観戦できると思いますか? 武闘大会では、凄惨な殴り合いが展開されるでしょう。魔物や魔獣との対決では、魔物や魔獣を剣士は斬り殺し、魔導師は爆殺するでしょう。飛び散る血しぶき、飛散する肉片… 私ならワクワクしますが、ソフィア様が耐えられると思いますか? ショックのあまり、心臓麻痺が起こっても不思議ではありませんぞ?」
オリビアの説明に、エドワードは俯いて考え込む。
(確かに… 臆病で気の弱いソフィア様には、少しばかり早過ぎたかも知れんな… まずは血を見る事に慣れて貰うのが先決か… ならば、今回の予定は全て中止… 急いで知らせねばならんな… そしてソフィア様に関しては、民衆の怪我を治療して貰う事から始めるか…?)
考えを纏め、顔を上げるエドワード。
すると…
「どうしても中止して頂けないとなると、致し方ありません… このオリビア・フォン・マクレール、己の命を以てしてでも中止して頂きます… 陛下を弑し奉り、私は自害してでも…」
「それは、やり過ぎです」
いつの間にかオリビアの背後に居たアンナ。
彼女は両手でオリビアの首を掴むと、頸動脈を絞めて失神させる。
アンナは気を失ったオリビアを軽々と肩に担ぐと、唖然とするエドワード達に一礼し…
「オリビア様が失礼致しました。ですが、オリビア様の仰られた事も当然の事であります。ですので、ソフィア様の事を思って下さるのでしたら、最初は軽い怪我の治療から始めて、血を見る事に慣れさせてあげて下さいます様お願い致します。では…」
と言うと、踵を返して聖女邸へと帰っていった。
アンナが姿を消して数分。
我に返ったエドワードが呟く。
「余の気の所為かも知れんが… オリビアよりアンナの方が恐ろしいのかも知れんな…」
その言葉に、食堂に居た全員が大きく頷いたのだった。




