第23話 王都散策 ~後編~
ソフィアが曾ての奴隷仲間との話に花を咲かせている間、奴隷商人は聖女を愚弄した事で群衆にボコられていた。
その事に気付いていた奴隷達も居たのだが、普段から奴隷商人に虐待されていた為、誰も助けに入らなかった。
ただ、雇われている従業員や使用人だけは止めに入ろうとしていた。
が、群衆の壁に阻まれ止める事はできず、ただオロオロするだけだった。
十数分後、動かなくなった奴隷商人に唾を吐き掛け、ようやく群衆は去っていった。
「て… 店主様! だ… 大丈夫ですか!?」
「だ… 誰か! 早く! 早く医者を呼べ!」
「店主様を奥に運ぶんだ! おいっ! お前達も手伝え!」
店の中に居た奴隷達が慌てて出てくる。
だが、ソフィアと話している奴隷達に声は掛からなかった。
臨時で雇われている者を除き、全ての従業員や使用人はソフィアを認識していた。
が、そのソフィアが聖女だと聞き、その聖女が楽しそうに会話しているのを遮る度胸を持つ者は居なかった。
勿論、オリビアが剣の柄に手を掛けて構え、威嚇しているのも理由ではあったが…
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奴隷時代の仲間と思い掛けない再会をし、ソフィアは気分良く王都の街を歩く。
「随分とご機嫌ですな、ソフィア様?」
「はい♪ バドルス侯爵様に買われて数ヶ月しか経ってませんけど、一緒に過ごしてた皆さんが気になってたんです… 王都で会えるとは思ってなかったんで、凄く嬉しかったです♪ ラナさんとは会えませんでしたけど、良い所に買って貰えた様で安心しました♪」
マッカーシー大司教が聞くと、ソフィアはニコニコ笑顔で答えた。
「ソフィア様が喜んでると、私達も嬉しくなりますな♪」
「そうですね♪ ソフィア様が心から笑ってるのを、初めて見た気がします♪」
アンナの何気無い一言に、オリビアが怪訝な目を向ける。
「アンナ殿、初めてとは? ソフィア様はバドルス侯爵に買われ、奴隷から解放されたのではなかったのか? 奴隷なら心から笑えないだろうが、解放されたのなら心から笑えるだろう?」
「あ… いえ… ソフィア様は聖女と成られるまで、身分は奴隷のままでして…」
「なんだと!?」
驚き、思わず剣の柄に手を掛けるオリビア。
そんなオリビアを、マッカーシー大司教が諫める。
「落ち着いて下さい、オリビア殿。奴隷と言うのは、買われただけでは身分が変わらないのです… ソフィア様がバドルス侯爵に買われたのは、聖女の世話役としてだと伺ってます。つまり、身分としては奴隷のままなのです。なれば、心から笑うなど出来ない相談でしょう…」
口をつぐむオリビア。
「え~っと… そんなに深刻に考えなくても… 私に奴隷根性が染み付いてるだけですので…」
「「「それはそれで問題ですっ!」」」
オリビア、アンナ、シンディの声がハモる。
「私は何度かソフィア様の笑顔を拝見しましたが… いつも笑顔を作っておられましたな? 聖女と成られてからのソフィア様しか知りませんが、作り笑顔ばかりだった様に思えます」
マッカーシー大司教の疑問に、ソフィアは悲し気な表情になる。
その表情に、マッカーシーは見覚えがあった。
勿論、ソフィアの事ではない。
王国各地を視察して回っていた時、浮浪児が同じ表情をしていたのをである。
(同じですね… 彼等と同じく、ソフィア様は他人を信じられないのですね… だから、同じ境遇であった奴隷に対してしか、心からの笑顔を向けられないんでしょう… それ以外の他人に対しては、保身の為に笑顔を作っていると言う事なのかも知れませんね… だとすれば、なんとも不憫な…)
思案に耽るマッカーシーを、オリビアとアンナが左右から肘で突つく。
「大司教様… 考え事は後にして、王都の散策を続けましょう!」
「アンナ殿の言う通りです。ソフィア様に王都の街を楽しんで頂かなくては!」
2人の言葉で我に返ったマッカーシーは、慌てて王都の案内を再開した。
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「ソフィア様、王都の繁華街は如何でしたかな?」
繁華街の散策を終え、商店街方面へと向かいながらマッカーシー大司教がソフィアに尋ねる。
「はい… 私はハルバートと周辺の街の繁華街しか知らないんですが… さすがに王都ですね… 凄く広いし… 人も店も多いんで驚きました…」
目を丸くして、半ば放心しながらソフィアは答える。
「ハルバート周辺の街と言うと… ゲルマルト、ラファネル、メンジェス、サスペッティだったかな…? どの街もハルバートから馬車で2~3日の距離で、奴隷の売買はハルバートの奴隷商が一手に担ってたっけ…?」
オリビアの呟きにソフィアが頷く。
「はい。ハルバートで2ヶ月、それぞれの街で1ヶ月の割合で出店するんです。1年掛けて1周するって感じですね。大司教様とアンナさんはご存じですけど… 途中の宿場町では、私達奴隷は馬小屋で寝泊まりするんです」
「あの奴隷商人… ソフィア様を馬小屋に泊まらせるとは… やはり殺そう…!」
剣を抜き放ち、踵を返して奴隷商へ向かおうとするオリビア。
それをマッカーシー、アンナ、シンディが必死に抑える。
「落ち着いて下さい、オリビア殿! 当時のソフィア様は、まだ聖女ではありません!」
「殺してはいけません! 殺せばオリビア様が捕まってしまいます! そんな事になっては、ソフィア様の護衛ができなくなりますよ!」
「そうです! ソフィア様と離れ離れになっても良いんですか!?」
「ぅぐ…! それは… しかし…!」
悔しそうにするオリビア。
そんな彼女にソフィアが声を掛ける。
「オーリャさん… お腹、空いてませんか? そろそろお昼ですし、何か食べて落ち着きましょう♪」
敬愛する聖女に言われてはオリビアは逆らえない。
渋々剣を鞘に収め、ソフィアと並んで歩き出す。
やがて一行は商店街に到着し、点在する食堂の一つに入る。
「歩き回ったから、お腹が空きましたね♪ オーリャさん、お昼は何を食べるんですか?」
「そうですねぇ…」
メニューを眺めながら考えるオリビア。
「また、見てるこちらの方が胸灼けするぐらい食べられるんでしょうかね…?」
「かも知れないわね…」
シンディがアンナに聞くと、アンナはゲッソリした様子で答える。
しばらくすると食べたい物が決まったのか、オリビアがウェイトレスを呼んで注文を始める。
「カルボナーラとエビピラフ、ステーキを300gとサラダの盛り合わせ、デザートにチーズケーキを頼む」
「「やっぱり…」」
予想通りの注文量に、アンナとシンディは顔を見合わせて苦笑した。
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昼食の後、商店街や娯楽施設等を見て回り、日が沈む少し前に大聖堂の聖女邸へと一行は帰り着いた。
夕食の席でのソフィアは終始ご機嫌で、散策に同行しなかったメイド達──殆ど全てだが──が困惑する程だった。
「今日は凄く楽しかったです♪ 懐かしい人にも会えましたし♪ 奴隷商の店主さんは気の毒でしたけど…」
店主様と言えばオリビアに注意される。
かと言って、店主と呼び捨てるには気が引ける。
ソフィアは考えた末、奴隷商人をさん呼びする事にしていた。
(様呼びよりはマシだが… あんなヤツに敬称を付けるのは、やはりイラッとするな… こんな事を考えるのはソフィア様に対して失礼かも知れないが…)
オリビアは相変わらず無表情のままなので、彼女のイラつきには誰も気付かなかった。
ただ1人を除いては…
「ごめんなさい、オーリャさん… でも、私にはさん付けで言うのが精一杯なんです…」
思わず口に含んだお茶を吹き出しそうになるオリビア。
「んぐっ… げほっ! げほっ! ソ… ソフィア様…! また私の表情を…!?」
既の所でお茶を飲み込み、咽せながらソフィアに聞くオリビア。
「はい。眉が1㎜ぐらい寄って、1㎜ぐらい吊り上がりましたから… 私が店主さんって言ったのが気に障ったのかな~って… 違いましたか?」
「違いません… 仰る通りです… なんでそんな微妙な表情の動きで考えてる事まで…?」
オリビアに言われてソフィアはあっけらかんと答える。
「前にも言いましたけど、奴隷時代のクセですねぇ… どうしても人の表情が気になっちゃって。僅かな違いが分かる様になっちゃったんですね♪」
メイド達はソフィアの言葉を聞き、常に柔らかな笑顔を心掛ける決意をした。
オリビアの様な能面面より、楽しげな表情でいた方がソフィアに表情を読まれないだろうと思ったからである。
が、その考えが間違っていた事を、彼女達は後に思い知る事になるのだった。




