第20話 オリビアとアンナ、マッカーシー大司教は何を思う?
「シンディさん、災難でしたね… 大丈夫ですか?」
オリビアに脅され、失禁してしまったシンディを気遣うソフィア。
「わ… 私なら大丈夫です… それより、それは私が… 自分で洗いますから…」
シンディが恥ずかしそうに言うが、ソフィアはニコニコしながら答える。
「慣れてますので、気にしないで下さい♪ 料理が下手だった私は、掃除と洗濯が担当でしたから♪」
「そ… そうは仰いましても… 聖女様ともあろう方が、私の… その…」
「私に任せて下さい♪」
結局、シンディが失禁で汚したパンツは、最後までソフィアが洗ったのだった。
ソフィアが慣れていると言ったのは大袈裟でも何でもなく、シンディのパンツは新品と見間違える程綺麗に洗われていた。
しかし…
「ソフィア様、何をしておられるのですか…?」
いつの間にか現れたアンナがソフィアを睨み付ける。
もっとも、聖女であるソフィアに対して威圧する事は憚られた為、睨むと言ってもジト目で見る程度に抑えているのだが…
それを差し引いても、彼女の目はパンツを洗うなど聖女のする事ではないと言いたげにキツかった。
そしてそれは、臆病なソフィアにとっては恐怖を感じるのに充分な迫力だった。
「いえ、その… 実は…」
アンナの迫力に怯えて床に正座するソフィアに代わり、シンディが事情を説明する。
「なるほど、オリビア様が… ちょっと言い聞かせて参りますので、ソフィア様とシンディは洗面所で待っていて下さい」
言ってその場を後にするアンナ。
「アンナさん、言い聞かせるって… 何を言うつもりなんでしょうか…?」
「オーリャさんから聞いたアンナさんとの事を考えると… 穏便には済まない気がするんですけど…」
ソフィアとシンディはお互いに頷き合い、コッソリと様子を見に行く事にした。
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「もう部屋に入ってるみたいですね…」
廊下の角から少し顔を覗かせて様子を見るソフィアとシンディ。
身長的にはシンディの方が高いのだが、聖女であるソフィアの頭上から覗き見る事を遠慮し、シンディは身体を屈めてソフィアの下から覗き込んでいる。
「さすがに遠くて、何も聞こえませんね。ドアの前まで行きませんか?」
ソフィアの提案に、シンディは小さく頷く。
2人は並んでソロソロと足音を忍ばせ、先程までオリビアの居たソフィアの部屋まで歩み寄る。
ドアの前で聞き耳を立てるが、何も聞こえない。
「もしかして、オーリャさんの部屋でしょうか? すぐ隣ですから、私の部屋なら壁に耳を付ければ聞こえるかも知れません」
言って自室のドアを開けるソフィア。
中に入ってオリビアの部屋側の壁に耳を付け、様子を伺うと…
オリビアとアンナが何やら話し合う声が聞こえてきた。
「少しお待ちを…」
アンナの声が聞こえたかと思いきや、壁の一部が開いてアンナが姿を現した。
「「んにょわぁあああああっ!」」
あまりの出来事に、ソフィアとシンディが珍妙な声を挙げる。
「ななななな、なんで!? どうして!?」
「どどどどど、何処から出てくるんですか!?」
慌てふためく2人に、アンナの後ろから出てきたオリビアが説明する。
「私は護衛ですからね。ソフィア様に何かあった時、ドア→廊下→ドアで駆け付けるより壁を開けた方が早いでしょう? 勿論、この壁のドアはソフィア様の部屋からも開けられる様に、両開き仕様になってます」
「大聖堂に設けられた聖女邸とは言え、聖女様に害を為そうとする不埒者が侵入しないとも限りませんからね。当然の措置です」
ドヤるオリビアとアンナだったが、ソフィアとシンディは少し考えて疑問を口にする。
「それ… 私が知らないとオーリャさんの部屋に逃げ込めないんじゃ…?」
「オリビア様が気付かなかった場合、隠し扉の存在をソフィア様が知らなかったら無意味ですよね…?」
ソフィアとシンディの突っ込みにオリビアとアンナは顔を見合わせ、冷や汗をダラダラ流したのだった。
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「…で、結局2人は何を話してたんですか?」
シンディが訝しげな表情でアンナに聞く。
洗面所を出ていった時のアンナからは、オリビアに対して説教でもするかの様な迫力があった。
が、今の2人からそんな様子が全く見られない事に、シンディは嫌な予感がしたのだった。
「アンナさんの様子からして、オリビア様を叱るんじゃないかと思ってたんですけど…」
「ですよねぇ… アンナさん、怖かったですから…」
ソフィアとシンディが言うと、オリビアとアンナは冷や汗をダラダラ流しながらキョドり始めた。
「いや、まぁ… 最初はシンディに対しての行動を叱るつもりだったんですけど~…」
「理由を話してる内に意気投合したと言うか~…」
「「ねぇ~♪」」
にこやかに声をハモらせる2人。
だが、意気投合と聞いたソフィアの脳裏には、ある疑念が浮かんでいた。
「そのいきとーごーって、まさかと思いますけど… 奴隷商の店主様を殺す事でいきとーごーしたんじゃ…?」
「「ソフィア様を虐待していた奴隷商の店主なんかに様付けは止めて下さいっ!」」
オリビアとアンナがハモって怒鳴る。
が、すぐに我へと返り…
「す… すみません! 私ったら、使用人の分際で聖女様に怒鳴るなど…」
「わ… 私も… 護衛と言う立場でありながら… 申し訳ありません…」
卑屈な態度を取る2人に、ソフィアは苦笑いするしかなかった。
「…お2人が私の事を思って下さってる事は解ります。でも、奴隷商の店主様… 店主さんを殺すのは止めて貰えませんか? 確かに私は殴られたり蹴られたりされてましたけど… それは私のドジと言うか、物覚えが悪かったと言うか… 原因は私なんですし、私自身が望んでませんので… 理解して下さいますか…?」
当事者であるソフィアから言われては、オリビアもアンナも自ら手を下すのは諦めるしかなかった。
そんな2人の思いを感じたのか、ソフィアが怪訝な表情になる。
「あの~… 別の方法で店主様… 店主さんを殺そうとか考えてません?」
「「いや~… 別に考えてませんけど~…」」
そう言う2人の目は泳いでいたのだった。
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「お2人の気持ちは理解します。ですが、奴隷商人を殺害するのは止めておいた方が良いでしょう」
オリビアとアンナから相談を受けたマッカーシー大司教は、2人の考えを否定する。
「何故ですか? 大司教様も、奴隷商の店主に対して怒っていたと聞きましたが…」
確かにマッカーシー大司教は怒っていた。
ソフィアから話を聞き、奴隷を人として扱わない奴隷商人に憤りを感じていた。
「はい、それは間違いありません。ですが、だからと言って奴隷商人を殺害しても良いとは思っておりません。私は奴隷商人の事を何も知らなかったので調べてみたのです。すると、全ての奴隷商人は店主が店内の全ての人… 奴隷も使用人も含め、全てを養っている事が判ったのです」
全てを養っていると聞き、オリビアとアンナが訝しげな表情になる。
「「全て…?」」
「はい、全てです。つまり、奴隷商人を殺害した場合、店で買われている奴隷達は勿論、そこで雇われている使用人達も、全ての者が路頭に迷う事になるのです。そうなった場合、お2人は責任を取れるのですかな?」
マッカーシー大司教が問い掛けるが、2人は何も答えられなかった。
「まぁ、非・人道的な商売をしている奴隷商人が、店内の全ての人を養っているとは誰も思わないでしょうね… 私も報告を聞いた時は、まさかと思いましたよ…」
意外な真実に、思わず溜め息を吐くアンナ。
だが、オリビアは納得できなかった。
「でも! だからと言って聖女様を虐待していた事は許せません! 殺す事はできなくても、せめてそれを後悔させてやらないと、私の気が済みません!」
オリビアの剣幕に、マッカーシー大司教は考えを巡らせる。
やがて彼は何かを思い付いたのか、両手をパンッと叩いて話し始める。
話を聞いたオリビアとアンナは、悪魔の様な笑みを浮かべるのだった。




