第19話 気になるのは仕方無いけど、問い詰めるのは程々に
暴走しそうになったオリビアを抑える事で負傷した全員を、ソフィアが治したのは勿論だが…
オリビアだけは周りの制止で完治させなかった。
あまりにも大勢が彼女にのし掛かった事で圧死寸前になった為、数ヶ所の内臓破裂は治したが…
骨折は折れた骨を元の位置に戻し、固定するに留めてある。
「なんで完治させてくれないんだよ…? 治してくれたら、ハルバートの奴隷商人をぶった斬ってやるつもりだったのに…」
「だからですよ… 奴隷商人は治外法権で守られてるんですよ? オリビア様が奴隷商人を斬ったら、犯罪者として捕らわれてしまいます… そうなると、誰がソフィア様を護衛するんですか?」
アンナが言うと、オリビアはムスッとして言い返す。
「…骨折も治してくれないと、ソフィア様を護衛できないじゃないか?」
「骨折してるのは腕だけですよね? 脚が無事なら一緒に歩く事は可能です。剣を腰に挿して歩くだけでも、充分な威圧効果があります。腕の骨折を固定している副え木や包帯は、袖の長い服で隠しておけば大丈夫です」
淡々と語るアンナに、オリビアは肩を落として溜め息を吐くしかなかった。
その頃、ソフィアは…
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「そこは違います。右上に向かってハネ上げるんですよ」
「こ… こうですか?」
「そうです♪ そうする事で、次の文字へスムーズに繋がるんですよ♪」
文字の書き方… と言うより、単語や文章の書き方をシンディから教わっていた。
聖女の能力に目覚めた事で、文字や文章を読める様になったソフィアだったが、書く方はまだまだだった。
しかし、辛いとは全く思わず、書き方を覚えていく事を楽しんでいた。
普通の子供なら、幼少期は本を読み聞かせて貰い、その過程で簡単な単語や文章なら読める様になる。
5歳前後になると親が読み書きを教え、1人で本を読める様になっていく。
10歳になったら街の子供は学校に通って勉強し、学校の無い農村部の子供は教会で読み書きや計算を習う。
ソフィアは8歳なので学校に通える年齢ではなかったが、今まで何の知識も持たなかった為、教わる事の全てが目新しくて面白かった。
「ソフィア様、楽しそうですね♪」
「今まで何も知らなかったらしいわね。だから、何かを知る事が嬉しいんでしょうね♪」
「でも、ソフィア様が楽しそうだと、私達まで楽しくなりますよね♪」
「ソフィア様の笑顔が素敵なんですよぉ♪ あの屈託の無い笑顔がぁ♪」
ソフィアが勉強する様子を遠巻きに見ながら、メイドの少女達が雑談に花を咲かせる。
「君達、そろそろ昼食の準備を。ソフィア様を見ていたい気持ちは、よ~く解りますがね♪」
司祭の1人が話し掛けると、ハッとしたメイド達は急いで厨房へと向かうのだった。
そんなやり取りが行われている事にも気付かず、ソフィアは文字を書く練習に没頭していた。
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「…やっぱり骨折を治して貰えないか? この状態だと、食事を摂る事も出来ないんだが…」
手首の少し上から肩の付け根までを副え木と包帯で固定され、肘を曲げる事のできないオリビアがアンナに訴える。
「それは… 仕方ありませんね… ソフィア様に治して頂きましょう。食事が終わったら、また骨を折って固定しましょう」
「それは却下っ!」
本気で言ってるとしか思えないアンナの台詞を、オリビアは全力で拒否する。
「それなら、ハルバートの奴隷商人を害する事を諦めて下さい。彼の者を害する事は、オリビア様が罪に問われる事になり、ソフィア様にとっても望ましい事ではありませんので。それに、奴隷商には一定の需要があります。ある意味では奴隷商に拾われ、そこから買われる事で命を救われる者も居るのです。奴隷商人を殺す事は、そこに居る奴隷達の命をも奪う事になりかねません」
やはり淡々と語るアンナの意見は正しく、オリビアは悔しい気持ちを押し殺して了承するしかなかった。
(今は我慢するしかない… だが、ソフィア様を虐待した事は絶対に赦さん! いつか必ず素っ首叩き落としてくれる!)
全身をワナワナと震わせるオリビアを見て、アンナは彼女の肩にソッと手を置く。
「気持ちは理解します… 私も同じ気持ちですから… ですが、今は堪えて下さい… その内、罠に嵌めてブチ殺してあげましょう♪」
(この人… 本当はメイドなんかじゃなくて殺し屋なんじゃ…?)
アンナの冷たい笑顔と怒りに燃える目を見て、戦慄するオリビアだった。
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「オーリャさん、アンナさんと何かあったんですか?」
部屋に戻ると、ソフィアがオリビアに聞いてくる。
「えっ? いえ、その… ちょっと話をしてただけですよ…」
オリビアは言葉を濁したが、人を観察する事に長けているソフィアの目を誤魔化せるとは思えなかった。
「そうなんですか? なんだかアンナさんに怯えてる様に見えましたけど…」
(やっぱり誤魔化せないか…)
思わずオリビアは苦笑する。
「ソフィア様には敵いませんね… 仰る通りですよ」
肩を竦め、オリビアはアンナとのやり取りを話して聞かせる。
オリビアだけでなく、アンナまでもが奴隷商人を殺害しようとしてる事に、ソフィアは表情を曇らせる。
「何故、そんな悲しそうな顔をなさるんです? ハルバートの奴隷商人は、ソフィア様を虐待していたんでしょう? 憎いとは思わないんですか?」
ソフィアはフルフルと首を振る。
「憎くないと言えば嘘になります… 言われた事をするのが遅かったり失敗したりすると、殴られたり蹴られたり… でも、それは私の物覚えが悪かったり、言われた事と違う事をしたりとドジだったからで…」
「だからって、殴る蹴るするのは違うでしょう! いくら奴隷商の中が治外法権だからって、やって良い事と悪い事があります! 虐待するのは絶対に間違ってます!」
ソフィアの身体を抱き締め、涙を流しながら叫ぶオリビア。
ソフィアが虐待されていた事も悲しかったが、今この時も何処かの奴隷商で誰かが虐待されているかも知れない。
そう思うと、怒りよりも悲しみが溢れてくるのだった。
「はい、そこまで! いつまでソフィア様に抱き付いているんですか!? そんな羨ま… げふんげふんっ! 不埒な真似は、許されませんよ!?」
いつの間にか現れたシンディが、オリビアをソフィアから引き剥がす。
突然の事に呆然とするオリビアだったが、我に返るとグワシッとシンディの首根っこを掴んで部屋の隅へと連れて行く。
「ななななな、何ですかっ!? オリビア様!? まさか私を無礼討ちにっ!?」
「そんなワケないだろっ! 聞きたい事があるんだよ! 素直に答えたら殺さないから安心しろ!」
とても安心させられない言葉を発するオリビア。
「わわわわわ、分かりました! 何でも答えますから殺さないで下さい!」
殺すの一言にビビりまくるシンディ。
ソフィアに抱き付くオリビアに嫉妬し、思わず引き剥がした事を後悔していた。
「よ~し、では聞く。お前はアンナ殿の正体を知っているか? バドルス侯爵家にメイドとして入った頃から彼女の事は見ているだろう? 彼女の放つ殺気、只者ではない筈だ。死にたくなければ素直に答えろ!」
シンディの頸動脈に小型のナイフを当て、殺気に満ちた目で睨むオリビア。
「ししししし、知りません! 私にとってアンナさんはメイド長なだけなんです! 信じて下さい、本当です!」
涙をダバダバ流し、全身をガクガク震わせながら言うシンディ。
ソフィアは2人の様子を見てクローゼットへ入り、やがて何かを持って出てくる。
そしてオリビアの肩をポンポンと叩き、疲れた様に言うのだった。
「オーリャさん、そのぐらいにしておいて下さい… シンディさん、漏らしちゃってます…」
ソフィアの手には、真新しいパンツが握られていた…




