第1話 奴隷に堕ちて3年、何故か侯爵に気に入られて買われました
(どうしてこうなったのかな…?)
井戸で水汲みをしながら少女──ソフィア──は考える。
思い起こせば3年前、戦争に負けたのが原因だった。
自分達の国、ヴァネル王国が領土拡大の為、隣国のランドール王国との戦争に踏み切ったのが5年前。
最初こそ勢いは良かったものの、戦局は徐々に悪化。
逆に攻め込まれる形となり、平民までもが防衛戦に駆り出された。
多くの国民が犠牲となり、ソフィアの父親も戦死。
母親と共に親戚を頼って旅をする途中、盗賊に襲われて母親が殺された。
ソフィア自身は奴隷商人に売られ、現在は雑用をしながら買い手が付くのを待っている状態だ。
(おとーさんやおかーさんがいきてたら…)
そこまで考えて、ソフィアはプルプルと頭を振る。
(かんがえてもしかたないや… それより、はやく水くみをすまさないと、またおこられちゃう…)
8歳の身体には少々大きい桶を抱え、ソフィアはヨタヨタしながらも急いで店に戻る。
「遅いぞソフィア! お客様がお待ちだ! 桶を置いてさっさと並べ!」
右目に眼帯をした小太りの小男が怒鳴る。
「は… はいっ! ごめんなさい!」
慌ててソフィアは列の右端に並ぶ。
「店主。どうでも良い事かも知れんが、この並び方に意味はあるのか?」
30歳を少し過ぎたと思われる、身形の良い長身の男が聞く。
「は… はい。侯爵様から見て左から順に、この店に入ってきてからの期間が長くなっております。ちなみに最後に来た娘は、ここに来て3年程になります」
店主の言葉を聞き、ソフィアに緊張が走る。
(こーしゃくさまなんだ… きぞくさまをみるのもはじめてだけど、はじめてみるきぞくさまがこーしゃくさまなんて…)
そう思っていると、不意に侯爵が顔をまじまじと見つめながら言う。
「3年も居るのか… 髪はボサボサだが綺麗な色をしている。眼の色も紫とは珍しい。何故3年も買い手が付かなかったのか… 何処か不思議な感じのする娘だな…」
「こう言うと商売人失格かも知れませんが、この娘は雑用係にしかなりませんよ? それでも要領は悪いしグズだしで… まぁ、だから3年も買い手が付かなかったんですがね。それより、他の連中は如何ですか?」
「ふむ…」
侯爵は腕を組んで何やら考え、やがて全員に向かって話し掛ける。
「1人ずつ名前と出身地、年齢を聞こうか。まずは君からだ」
言ってソフィアを指差す。
「は… はいっ! わたしはソフィアといいます! しゅっしんはヴァネルおーこくの…」
そこまで言った時、反対側の端に居た少女が怒りの表情でソフィアに駆け寄り、頬に平手打ちを放った。
「ナンシー! 何をしている!」
ナンシーと呼ばれた少女を羽交い締めにして止める店主。
ナンシーは尚も激昂し、ソフィアに向かって行こうとする。
「離して下さい! こいつの! こいつの国が戦争を仕掛けたから、私の両親は死んだんです! 両親が殺されたから、私はここに売られたんです! こいつの国が戦争を仕掛けなければ!」
「侯爵様の前で無礼だぞ! お前はもう良い! 部屋で静かにしてろ!」
店主に引き摺られてナンシーは奥の部屋へ連れて行かれる。
「ソフィアと言ったな… 続きを聞かせてくれ…」
ナンシーを目で追いながら、侯爵は続きを促す。
「は… はい… しゅっしんはヴァネルおーこくのリネルというむらで、ねんれーは… 8さいです…」
「ふむ、そうか… では、次の者」
次々と聞いていく侯爵。
そうして全員が言い終わると、侯爵は再びソフィアに向き合う。
「ソフィア… 先程のナンシーと言ったか? 彼女に殴られた事… 怒っているか?」
「え…? いえ、おこってはいません… わたしのくにがせんそーをしかけたのはほんとーですし、りょーしんがころされたつらさもわかります。わたしのりょーしんも、せんそーがげんいんでしんでますから… おとーさんはせんそーでへーたいさんになって… おかーさんはたびのとちゅーでとーぞくにおそわれて…」
「では、君の両親を殺した連中は憎いかね?」
ソフィアは静かに首を振る。
「にくんでもしかたありません… にくくないといえばうそになりますが、にくんでもしんだひとはいきかえりませんから…」
「なるほど… 君の考えは解った… では、そこの君… ラナと言ったか? 店主を連れて来てくれ」
侯爵は柔和な表情を浮かべ、1人の少女に指示を出す。
言われた少女は奥へと走っていき、やがて店主と戻ってくる。
戻ってきた店主は侯爵と応接室に入り、商談を始める。
「手間を掛けさせたな、店主。話を聞いた結果、ソフィアと言う娘を買う事にした。値段は?」
「えっ!? あんな穀潰し… じゃなくて役立たず… いやいや、何の取り柄も無いクソガ… ソフィアを!? 何故でございますか!? 他にもっと器量良しが…」
驚き、慌てる店主。
お茶を出している使用人達も驚いている。
それを見て、侯爵は苦笑しながら言う。
「だが、性格が良い。世話役には丁度良いだろう」
「世話役? 誰を世話するのでございますか!?」
「あぁ、言ってなかったかな…?」
侯爵は自嘲する様な笑みを浮かべ、その場に居る誰もが驚く言葉を口にする。
「聖女様だ」
「はっ?」
惚けた表情を浮かべる店主。
後ろに並ぶ使用人達も、同じ様な表情になっている。
「教会に神託が降りたのだ。数年の内に聖女としての力に目覚める10歳前後の少女が現れると… その聖女の世話役として、ソフィアは最適だと思ったのだ。人を憎まず恨まず、ありのままを受け入れる。聖女も人間だから、性格に難がある事も考えられる。過去の記録を調べたが、その様な例も多い。ソフィアの性格ならば、それすらも受け入れるだろう。年齢も近いだろうし、丁度良いとは思わんか?」
侯爵の言う事の半分も理解していない店主だったが、無駄飯食らいとしか思っていなかった厄介者を処分できるのは幸いと、ソフィアを侯爵に引き渡したのだった。
奴隷としては破格の小金貨3枚と言う安値で。
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店の外に出て、侯爵の後ろを歩きながらソフィアは尋ねる。
「あの… こーしゃくさま? 1つしつもんしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 何だね?」
「いぜん、わたしとどーねんだいのおんなのこがかわれていったことがあるんです… わたしはそのばにいなかったんですが、かわれたかたはきぞくさまだったそうです… あとできいたんですが、きぞくさまにはヨージョシュミのかたがおおく、ナグサミモノとかアイガンドレイとかにするんだとか… もしかしてこーしゃくさまも…?」
ソフィアに言われた侯爵は、思わず地面に倒れ込んだ。
「こ… こーしゃくさま!? どうされたんですか!?」
「ソフィア… 君は私を何だと思ってるんだ…? 私には妻も居るし、子供も居る… 幼女趣味でも無いし、君を慰み物とか愛玩奴隷なんかにするワケがないだろう…」
地面に倒れ込んだままで話す侯爵。
応接室での話はソフィアには伝わっていないので、勘違いするのも無理はなかった。
それに気付いた侯爵は、気を取り直して馬車の中でソフィアに説明した。
「わ… わたしがせーじょさまのせわやく…? そんなたいやく、わたしにつとまるでしょうか…?」
ソフィアが物怖じするのも無理はなかった。
一般的に、聖女は国王より立場が上とされている。
雲の上の存在である国王より更に上の存在。
そんな存在の世話役と聞かされて、動揺するなと言う方が無理な話であった。
「ソフィア、今から緊張する必要は無いぞ? 神託では、聖女の能力に目覚めた少女が現れるのは今から数年の内だ。まぁ、数年の内と言う事は、極端に言えば明日にでも現れると言う事だが… さすがにそれは無いだろうから、それまでに必要な事を覚えなさい。それに、君が任されるのは今まで通りの雑用だ。他は、年齢が近いだろうから話し相手かな?」
「わわわわわ! わたしがせーじょさまのはなしあいてに!? せせせせせ! せーじょさまとことばをかわすなんて! そそそそそ! そんなおそれおおいぃいい~… はぅっ…」
あまりにも頭が混乱したソフィアは失神した。
「思っていたより、気が小さいのか…? まぁ、聖女が傲慢な性格だった場合でも、その方が揉め事を起こさないだろうが…」
失神したソフィアを眺めながら、侯爵は誰に言うでもなく呟いた。
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やがて馬車は高い門を潜り、更に10分程走って大きな屋敷へと到着した。
まだ失神したままのソフィアを抱き抱え、侯爵は馬車を降りる。
「「「お帰りなさいませ、旦那様!」」」
ドアの前に勢揃いした使用人達が一斉に声を掛ける。
「ンあ…?」
大きな声に、ソフィアが目を覚ます。
「気が付いたか? それにしても、随分と軽いな。ちゃんと食べているのか?」
「えっ? えっ!? えぇえええええええ~っ????」
お姫様抱っこされている事に気付いたソフィアは、思わず手足をバタつかせる。
「こ… こら! 暴れるんじゃない! 落ちたらどうする!?」
「だ… 旦那様! 私が代わります!」
初老の男が慌てて近付き、ソフィアを引き受ける。
「旦那様、この娘は…?」
侯爵は屋敷の中へと入り、初老の男はソフィアを抱き抱えて質問する。
「探していた聖女の世話役… 雑用係だ。奴隷商まで行って、やっと適合する者が見付かった」
奴隷商と聞いて、初老の男は驚愕の表情を浮かべる。
周りに居る他の使用人達も同様の表情を浮かべている。
「奴隷商ですと!? では、この娘は奴隷!? その様な者を聖女様の…」
侯爵は手を突き出して続きを止める。
「だが人だ。私も人だ。聖女も人だ。人が人に仕える。何の問題もあるまい? それに、この娘… ソフィアは人を憎まない。人を恨まない。自分の母親を殺した盗賊でさえ憎まず恨まずだ。シュルツ、お前に同じ事ができるか? お前の妻や子、孫が殺されたとして… 殺した相手を憎まないか? 恨まないか?」
言われてシュルツと呼ばれた初老の男は黙り込んだ。
「憎むだろう? 恨むだろう? だが、ソフィアは憎んでも死んだ人間は生き返りませんと言ったのだ。そんなソフィアだからこそ、私は買ったのだよ」
「分かりました… それでは、私共が責任を持って聖女様に仕えるに相応しくなる様、教育を致しましょう」
こうしてソフィアは奴隷と言う身分は変わらないものの、いずれ現れる聖女の世話役、雑用係としての生活を始めるのだった。




