第18話 一途な護衛、オリビア
セルゲイ・フォン・マクレール公爵の3女、オリビア・フォン・マクレール──通称:オーリャ──がソフィアの護衛になって共に大聖堂へと戻る事になった。
馬車に乗ってから2時間近くが経過したが、当のソフィアは未だに困惑していた。
「私の… 私の護衛が公爵令嬢様… なんで…? どうして…?」
「あの~… そろそろ落ち着いて下さいませんか? それと、私の事はオーリャとお呼び下さいと申し上げた筈です。公爵令嬢の肩書きは、ソフィア様の護衛になった時点で捨てたつもりですので」
オリビアの言葉で、更に困惑するソフィア。
「すすすすす、捨てたぁあああああっ!? どどどどど、どうしてですか!?」
あまりにもソフィアには考えの及ばないオリビアの言葉に驚き、彼女の腕が変な動きをしていた。
(タコみたい… かな…?)
オリビアは基本的に無表情であった。
幼少期から聖女の話を聞くのが好きで、読み書きを覚えてからは自宅の書斎に入り浸り、図書館に通いつめ、聖女についての文献を読み漁っていた。
そうしている内に、聖女の護衛──剣士──になるのが夢になった。
そして剣士としての修行を積む内に、彼女から表情が消えていったのだった。
なのにソフィアを見ていると、不思議と笑みが浮かぶ事に気付いた。
もっとも、オリビアは無表情なので、その笑みも微かではあるが…
(もしかしたら、これも聖女の力… 私もソフィア様に癒されているのか…?)
オリビアが自身の表情の変化に少なからず驚いている間も、ソフィアの腕は変な動きを続けていた。
(面白いから、もう少し見てようかな…? いや、それでは話が進まないか…)
初めて見るタコみたいなソフィアの動き。
思わず零れそうになる笑みを押し殺し、オリビアはソフィアの肩を優しく抑える。
「落ち着いて話を聞いて下さい。剣士となって聖女様の護衛を務める事は、私の幼少期からの夢だったんです。公爵令嬢の地位など、聖女様の護衛になる夢が叶うなら惜しくも何ともありません」
「ででででで、でもオリビア様… んむぅっ…」
ソフィアの口を指で押さえるオリビア。
「オーリャ、です。様付けも要りません。オーリャと呼び捨てて下さいませんか?」
「わわわわわ、私なんかが人様を呼び捨てなんて! そんな失礼な事は出来ませんっ!」
首をブンブン振って断るソフィア。
(この反応… やっぱり見てて面白い…)
その後、ソフィアとオリビアは聖女邸に着くまで話し合いを続け、馬車を降りる寸前に『オーリャさん』と呼ぶ事で落ち着いたのだった。
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「オーリャさんって、何歳なんですか? シンディさんよりは上って感じなのは判るんですけど…」
「シンディ? 誰の事ですか?」
聖女邸のリビングでお茶を飲みながらソフィアが質問すると、誰の事を言ってるのか解らないオリビアが逆に聞いてきた。
なにしろ総勢50名を超えるメイド達がリビングに集合しているのだから、無理もなかった。
「私にお茶を淹れてくれた、こちらの女性です。ちなみにオーリャさんにお茶を淹れてくれたのが、メイド長のアンナさんです」
言われてオリビアは2人をまじまじと見つめる。
ソフィア程ではないが、公爵令嬢だったオリビアに対して全員が緊張していた。
「私は少し前に15歳になりました。ですので、シンディよりは上でしょうね。彼女が何歳なのか知りませんが… そして、アンナよりは間違いなく下でしょう。やはり彼女が何歳なのか知りませんが…」
無表情で淡々と語るオリビア。
12歳のシンディは何も思わなかったが、28歳のアンナは少しばかり落ち込んでいた。
「そう言えば、私もアンナさんの歳は知らないんですよねぇ…」
ソフィアの一言に、アンナの歳を知っているシンディは思わず吹き出しそうになる。
「シンディ… 貴女、もしかして今…?」
睨み付けるアンナに思わず後退るシンディ。
だが…
「パッと見た感じ、30歳に届くか届かないかってトコでしょうか? ソフィア様から見れば、親と同世代ではないかと…」
更にオリビアが追い討ちを掛けた。
この世界では15歳で成人と見做される為、20歳前後で結婚・出産する女性は珍しくない。
オリビアの目には、アンナとソフィアの年齢差が母娘と言っても良いぐらいに離れて見えていた。
元・公爵令嬢のオリビアに文句を言える筈もなく、アンナは溜め息を吐きつつ頷くしかなかった。
「私は28歳です… オリビア様の仰る通り、私とソフィア様とは母娘と言っても良い年齢差ですね… 年増でスイマセン…」
もっとも、アンナ以外の全員が10歳前後なので、1人だけ大人のアンナは目立つ存在である。
落ち込みながら言うアンナに、オリビアは無表情で言う。
「自分を卑下しないでくれ。アンナ殿だからこそ、バドルス侯爵はメイド達の纏め役に抜擢されたのではないか?」
言われてハッとするアンナ。
「そ… そうでした。しっかりしないといけませんね!」
両手で頬を叩き、気合いを入れる彼女を見てオリビアは思った。
(こっちは生真面目過ぎて面白くないかな…?)
殆ど表情が変わらないオリビアだったが、ソフィアだけが僅かな変化に気付いたのかジッと見詰めていた。
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夕食と入浴を済ませたソフィアが部屋へ戻ろうとすると、少し後ろからオリビアが付いてくる。
「あの~…?」
おずおずとソフィアが質問しようとすると、それよりも早くオリビアが答える。
「私の部屋はソフィア様の隣にして頂きました。護衛の私がソフィア様の側を離れるワケには参りません。それと… その…」
「それと…?」
なにやら言い淀むオリビアに首を傾げるソフィア。
「す… 少し、お伺いしたい事が… お時間、宜しいでしょうか?」
些細な変化ではあるが、困惑した表情を読み取ったソフィアはコクリと頷く。
部屋へと入った2人は、テーブルを挟んで向かい合う。
が、当のオリビアはモジモジして話を切り出さない。
「え~っと… 私に聞きたい事があるんですよね…?」
ソフィアの方から話し掛けると、オリビアは恥ずかしそうに話し始める。
「さ… 先程ソフィア様は、私をジッと見詰めていましたよね…? 何を思って見詰められたのかは解りません… いえ、何となくですが解る様な… 私の思い過ごしかも知れませんが…」
言われてソフィアは宙を仰ぎ、少し考えて思い出す。
「あぁ、アンナさんが頬を叩いた時ですね? アンナさん、真面目ですもんねぇ♪」
言いつつ苦笑するソフィア。
真面目とソフィアが口にした事で、自身の僅かな表情の変化を彼女が読み取った事を理解するオリビア。
「何故、私の表情を読み取れたのですか? 自分で言うのも何ですが、私はかなり無表情な方です。家族でさえも、私の表情を読み取れないのに…」
「国王陛下とバドルス侯爵様からは、誰にも言わない方が良いって言われてたんですけど… 護衛のオーリャさんには教えておいた方が良いでしょうね…」
苦笑したままポリポリと頬を掻き、ソフィアは自身の生い立ちを話して聞かせた。
勿論、奴隷商での生活や、バドルス侯爵に買われてから今日に至るまで全てである。
「…ですので、奴隷だった頃のクセで、人の表情の変化に敏感になっちゃったんでしょうね… ちょっとした眉の動きとか、口の端の動きとか、目の動きとか… つい、気になっちゃうんですよねぇ…」
話を聞き終えたオリビアはワナワナと震えていた。
「あ… あの~… オーリャさん…?」
オリビアから立ち上る凄まじい殺気を感じ、ソフィアは冷や汗をダラダラ流しながら話し掛ける。
オリビアはユラリと立ち上り、鞘から剣を抜き放つ。
「おのれ、ハルバート──バドルス侯爵の領地──の奴隷商人! ソフィア様を虐待するなど、万死に値する! 素っ首、叩き落としてくれるわ!」
部屋を飛び出そうとするオリビアを、ソフィアは必死で抑える。
「ダメです、ダメです、ダメです! 奴隷商にはちがいほーけんってのがあるんです! 奴隷商の中での事は、誰も文句を言えないんです!」
「奴隷商の中が治外法権で守られてるんだったら、奴隷商の中で奴隷商人を斬っても文句を言われる筋合いは無いでしょう! ソフィア様を虐待した奴隷商人をブツ切りにしてやります!」
「そんなワケありませんよ! 誰か~っ! 誰か来て下さ~い! オーリャさんを止めて下さ~いっ!」
ソフィアの必死の呼び掛けに全てのメイド達が駆け付け、全員がオリビアに覆い被さる事で、ようやく騒ぎは収まったのだった。
【結果報告】
・軽傷─23名(擦り傷・打ち身等)
・重傷─10名(腕・肋骨等の骨折)
・重体─1名(大勢の体重で圧死寸前)




