第17話 困惑からの困惑
バドルス侯爵一家が王都を去って行くのを、涙ながらに見送るソフィア。
そんな彼女にマッカーシー大司教は優しく微笑み掛ける。
「しばしのお別れですね。今生の別れではありませんから、あまり悲しまないで下さい。社交シーズンが来れば、また会えるんですから」
「そ… そうですよね… 初めて私に優しくしてくれた人達なんで、離れ離れになるのが凄く寂しくて…」
涙を拭きつつ、笑顔を作るソフィア。
彼女の言葉と行動に違和感を覚えたマッカーシー大司教は、思い切って聞いてみる事にした。
「ソフィア様… 聞いてはいけない事かも知れませんが、初めて優しくしてくれたとは? 貴女の両親は、優しくしてくれなかったのですか? それと今の笑顔ですが、私には自然な笑顔には見えませんでした。言いたくなければ構いませんが、宜しければ教えて頂けませんか?」
言われてソフィアはコクリと頷く。
「あの… 大司教様にだけ話したいんで… 部屋でお話しして宜しいですか…?」
マッカーシー大司教は黙って頷き、ソフィアと共に彼女の部屋へと向かった。
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同じ頃、バドルス侯爵一家を乗せた馬車の中では…
「あ~あ… あんまりソフィア様と親しくなれなかったなぁ…」
「出会った途端にこれ──王都に行き、すぐ領地に戻る──だもん…」
「ず~っとバタバタしてて、あんまり話もできなかったなぁ…」
エリック、メアリー、フィリップ3人の延々と続く愚痴を、フランクとルイーズが苦笑しながら聞いていた。
「3ヶ月もすれば、また会えるんだから… その時までに、ソフィア様が喜んでくれる様な何かを考えたらどうだ?」
フランクが子供達に提案すると、3人は真剣な顔をして相談を始める。
(お上手ですわね♪ お陰で車内が静かになりましたわ♪)
ルイーズがフランクにだけ聞こえる様に囁く。
(あ… あぁ… 上手くいった様だな…)
そんなつもりで言ったワケでは無かったフランクの目は泳いでいた。
その後、フランクの領地『ハルバート』に着くまで車内や宿場町で子供達は相談し続け、フランクとルイーズはノンビリとした旅を楽しんだのだった。
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王宮に用意されたソフィアの部屋で、マッカーシー大司教は彼女に尋ねる。
「では、お話し下さいますか?」
ソフィアは黙って頷き、静かに話し始める。
「私が3歳の頃に戦争が始まったんです… 私の生まれた国、ヴァネル王国とランドール王国との戦争です。私が生まれた村、リネルは戦場に近い村だったそうです」
マッカーシーは頭の中に地図を思い描き、ヴァネル王国とランドール王国との国境付近にリネルと言う村が在る事を思い出した。
「…リネルと言う村には、10年ぐらい前に行った事があります。まだソフィア様が生まれる前ですが…」
「3歳だった私は何も解りませんでしたが… 後から聞いた話だと、ヴァネル王国が勝っていたのは最初だけで、すぐに負け始めたそうです。お父さんは戦争が終わる少し前に死んじゃったんです… お母さんは、すぐに私を連れて親戚の家に向かったんですが… 途中で盗賊に襲われて殺されちゃいました…」
フランクから話を聞いていたマッカーシーだが、本人から改めて話を聞いて表情が曇る。
「ですので、お父さんもお母さんも、私に優しくする余裕なんて無かったんだと思うんです。一緒に遊んだ事もあるんでしょうけど、それは戦争が始まる前だったんでしょうね… だから、何も覚えてないんです…」
マッカーシーは黙って頷く。
「ですので、私の記憶にある優しくしてくれた人は、バドルス侯爵様と家族、メイドの方々が初めてなんです。奴隷商の中では、店主様も使用人の方達も優しくしてくれる事なんてありません… 勿論、同じ奴隷の人達も… 誰も優しくなんてしてくれません… 皆、自分が生きていく事だけで精一杯ですから…」
涙を堪えるマッカーシー。
「私は文字も知らなかったんで、メモを取る事も出来なくて… 要領も悪かったから、毎日怒られてました。私より後から奴隷商に入った人が買われていくのに、私はなかなか買い手が付かなくて… 3年近くなって、やっとバドルス侯爵様に買って貰えたんです」
安堵の表情を浮かべるマッカーシー。
「でも、最初は不安でした… 貴族の人達はヨージョシュミの方が多く、ナグサミモノとかアイガンドレイにされるって聞いた事があったんで…」
『慰み者』『愛玩奴隷』と聞いて、椅子からズリ落ちるマッカーシー。
「だ… 大丈夫ですか!? 私、何か変な事を言いました!?」
「な… なんでもありません… ところでソフィア様は、慰み者や愛玩奴隷の意味をご存知で…?」
なんとか椅子に座り直し、尋ねるマッカーシーにソフィアはプルプルと首を振る。
「いえ… さっぱり意味が解ませんでしたけど… ただ、周りの人達の雰囲気から、何となく変な意味の言葉なんだろ~なとは思いましたけど…」
「その認識で間違いありません… 意味をお教えして良いのか判断しかねますが…」
迷うマッカーシーにソフィアは目を輝かせる。
その目は間違い無く『教えて欲しい』と訴えかけていた。
僅か8歳の子供に教えるのは憚られたが、聖女であるソフィアが無闇に使って良い言葉とは思えなかったので、思い切って教える事にした。
言葉の意味を知ったソフィアが真っ赤になったのは言うまでもない…
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夕食の後、ソフィアが大聖堂の聖女邸に戻る準備をしていると、見知らぬ女性が部屋を訪ねて来た。
「ソフィア様でいらっしゃいますね?」
「は… はい… そうですけど… あの… 貴女は…?」
警戒するソフィア。
ソフィアが警戒するのも無理はなかった。
女性はライトアーマーに身を包み、腰には剣を携えていた。
そんなソフィアに、女性は優しく話し始める。
「そんなに警戒しないで下さい。私はオリビア・フォン・マクレールと言います。国王陛下より、ソフィア様の護衛を仰せ付かりました。気軽にオーリャと呼んで下さい」
「ご… 護衛…? わわわわわ、わたしなんかに護衛ぇええええええっ!? 嘘ですよね!? 嘘だって言って下さいっ! 嘘ですよぉおおおおおっ!!!!」
パニックになり、床を転げ回りながら叫ぶソフィア。
「いや、あの… 嘘でも何でもなくて、本当に護衛なんですけど…」
ソフィアの姿を見て困惑するオリビア。
近くに居たメイドに頼んでマッカーシー大司教を呼んで貰い、なんとかソフィアを落ち着かせたのだった。
「そろそろ落ち着かれましたかな? まぁ、護衛が付くと聞いて驚かれるのは解りますが…」
「は… はい… なんとか… けぷぅっ…」
苦しそうに腹を擦るソフィア。
(落ち着いたと言うより、お茶を飲まされ過ぎて苦しいだけなんじゃ…)
お茶を32杯も飲まされたソフィアを見て、オリビアは微かに苦笑した。
「では、改めて紹介します。こちらはオリビア・フォン・マクレール嬢。この国の宰相であるセルゲイ・フォン・マクレール公爵の3女です」
「こここここ、公爵令嬢様ですかぁあああああっ!? そそそそそ、そんな方が、どうして私の護衛なんかにぃいいいいいいいっ!?」
またもパニックになり、腕や脚が変な動きをするソフィア。
そんなソフィアを見たオリビアの表情は、苦笑から呆れ顔に変わっていた。
だが、その変化は微妙なモノであった。
オリビアは無表情と言える程に表情が固く、家族でさえ変化に気付かない程だった。
マッカーシー大司教は、慌ててカップにお茶を注ぐ。
「お待ち下さい、大司教様。これ以上お茶を飲ませては、ソフィア様が嘔吐してしまいます」
小さな身体のソフィアを見て、ただでさえ飲ませ過ぎだと感じていたオリビアはマッカーシーを制止する。
「ソフィア様は聖女でありますから、無敵と言っても過言ではありません。ですが、それは何に対しても聖女としての能力を行使する事ができてこその無敵です。魔物や魔獣、魔王に対して能力を行使する事はできても、人間相手にはできないのではありませんか? ならば、その役目を代わりに行うのが私と言うワケです。ソフィア様に害を為す不埒者が居ないとも限りません。不肖、オリビア・フォン・マクレール。ソフィア様を守る為、粉骨砕身致します!」
片膝を突いて恭しく礼をするオリビアに、またもやソフィアはパニックになったのだった。




